二〇二六年の雛祭り
□二〇二六年三月三日
三月三日。
人や国によっては『世界野生生物の日』などの記念日を思い浮かべるかもしれないが、日本においては桃の節句、雛祭りである。
「おだいりさーまとおひなさまー♪」
日本のN県N市のとある一般家庭においても雛人形を飾り、その前で子供が歌を歌って雛祭りを祝っている。
男女二人の姉弟であり、どちらもお内裏様やお雛様をイメージした子供用の衣装を着せられている。先ほどまで、二人の母親が「可愛いわねー」、「出張中のあの人にも送ってあげなきゃ」と言いながら記念写真を撮っていた名残だ。
母親が言うように子供らしい見た目の可愛い二人は……。
「ふーたりならんですかしがおー♪」
「……姉貴。そこはすまし顔だ。スカシ顔のお内裏様とお雛様がいてたまるか」
「え? でも雛人形ってめかし込みまくってるスカシ顔じゃない?」
「見方が捻くれてやがる……」
話し始めれば、どちらもどこか見た目とズレた喋り方をしていた。
二人の内、姉は八歳。弟も……今日で八歳だ。
本日は雛祭りであり、姉弟の弟――椋鳥修一の八歳の誕生日である。
姉は端午の節句で弟は桃の節句の生まれだった。
ついでに言えば、母の名前は『七草』で誕生日は一月七日……七草の節句である。
「ここまで来ると何か超常的なものが働いているのでは?」と修一は悩んだものだが、「超常現象に一家言ある知り合いに聞いたけどガチの偶然だったよ?」と姉から言われて考えるのをやめた。超常現象に一家言ある知り合いがいる幼女が謎すぎるからだ。
なお、誕生日のせいかは不明だが、二人の母親は行事や記念日を大事にするタイプである。
それゆえ、誕生日に行事がいくらか混ざる。
具体的には、椋鳥家姉弟の誕生日ケーキは母の手作り且つ和風テイストになる。
台所で制作過程を見た今年のケーキは菱餅のようであった。
閑話休題。
「ひとの歌にケチつけるならあんたが歌いなさいよ。今度仕事でも歌うんでしょ? すごいわねー、神童ちゃん」
「……はぁ。まぁ、たしかに仕事の種類は増えるがな」
揶揄うような姉の言葉に、修一は溜息と共に返答する。
「単に同年代の子供より頭の回りが良くて、演技も見れるもので、顔も悪くないから使いやすい。それだけだろ」
「自分で言う?」
「ただの事実だ。歌だってテクニックをこなせてるだけで、才能ある大人のプロには及ばない。俺は技術と立ち回りを覚えるのが他の子どもより数年早いだけ。演技も歌も、小さい子供だから秀でているように見えているだけなんだよ」
八歳になったばかりの子供が言うことではない。
さらに言えば、いま述べたようなことを子供がそうそうやれるはずもない。
ゆえに、修一は言葉通りに周囲から秀でて見え、『神童』などと呼ばれることもあった。
子供の時点でこれならば、将来はどれほどの名優になるかと期待もされている。
しかし本人自身は『この道がそう遠くまでは続いていない』と見切りをつけていた。
「子供だから上にいるだけで、その内に周りが追いついて埋もれる。だから、俳優業も歌手業も続けるとしても小学生の間だけだ」
子役を小学生の時点で辞める旨は既に両親にも話しているが、受け入れられている。
母親は子供達については『人の迷惑にならない範囲でやりたいことをやればいいのよ』と思っているし、父親も道徳的に問題のある行為以外は口出ししない。
修一が子役として稼いでいる金銭も全て修一の将来のために貯金されていた。
両親について、自分達と比べて『普通』だと思っている修一だが、この大らかさと欲のなさについてはありがたく思っている。
恐らくは、姉も同様だろう。
「アタシはあんたが本腰入れて努力を続ければ大人になっても普通にやってけると思うけどね。……ていうか、相変わらずムカつくくらい悟ってるわね。そんなんだからネットで『人生二周目』とか言われるのよ?」
「生憎と、生前の記憶なんて持ち合わせてないさ。……というか、それを言ったら姉貴も大概だろ」
「アタシはいいのよ。アタシの人生は他の人の何倍も密度があるから。そう! 年齢×数倍のアタシは既に大人のレディということよ!」
「はっ……」
「あ、いま鼻で笑ったわね愚弟! 高い高いするわよ!」
「……もう屋根の上に放り投げられるのは勘弁だ」
修一の態度に腹を立てている姉。
だが、修一からすれば両親同様にこの姉の存在も大きかった。
彼が自身の天才性を自覚しても、才ある者によくある『増長』をしなかった最たる理由は……姉の天災性である。
自分の傍に規格を外れた猛獣がいると、生まれて間もなく本能が悟った。
この姉がいるからこそ、姉という『蓋』があるからこそ、自分は人の規格の範囲で生き方を模索しようと……物心ついた時点で思えていた。
それゆえ、物心ついた頃の彼にはただ才能と姉への畏怖、……そして違和感だけがあったのだ。
「…………」
違和感。そう、違和感だ。
何か自分というものに違和感があり、根底から間違えているような感覚がある。
いっそ姉が言うように『人生二周目』であればよかったとさえ思うが、そんな記憶は全くない。
だからこそ、生まれたときから姉を畏れていたのと同じように……修一は生まれたときから『生き方』を探している。
いま子役をしているのは……椋鳥修一以外を演じることで、目的に掠っている感触があるからだ。
今後もしっくりくる『生き方』を探して色々なことに手を伸ばすだろう。
「二人ともー。ケーキ作ってきたわよー」
そんなことを修一が考えていると、母がお盆に人数分の皿と手作りケーキを載せて運んできた。
「あ! ママ! ダメだって! 何か運ぶときは呼んでって言ったじゃん!」
姉が怒ったようにそう言う。
「このくらい大丈夫よー。今は安定期だもの」
そう言う母の腹部は……目に見えて膨らんでいた。
二人の母親である七草は、現在妊娠六ヶ月。
四ヶ月もすれば、椋鳥家には三人目の子供が生まれる
「修一ももうすぐお兄ちゃんになるのよー」
「分かってるよ、母さん」
末っ子としては最後の誕生日であるが、修一がそれについて何かを思うことは特にない。
「ふふふ。あんたも弟の上に立つ苦労を知るといいわ!」
「姉貴……それ冗談で言ってんだよな?」
どう考えても姉のせいで苦労していた記憶しかない。
とはいえ姉の災害ぶりが幼い弟に及ばぬように頑張らねばならないという意味では……確実に修一は苦労するだろう。
「それじゃあロウソクに火をつけてお歌を歌いましょ」
「いえー!」
「…………」
母と姉に自身の誕生日を祝われながら、修一は思う。
(次に生まれてくるキョウダイは『普通』だといいな)
両親の負担と自身の心の安寧を考えながら、修一は切にそう願うのだった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<なお、『普通』の弟は後天的にメンタルモンスターと化した
( ̄(エ) ̄)<解せぬ
○椋鳥修一
ずっと自分探しをしている少年。
数多の才能を持ち、年齢不相応の知性も持ち合わせている。
姉という『蓋』はあるものの、八歳の頃はまだ才能と欲求に振り回され気味なのか、思考が少し尖っている。
この後、仕事と武道、そして弟の養育を通して丸くなり、生まれ持った違和感もいつしか薄くなった。




