21巻発売記念SS Going My Way (2023/10/19 22:06修正)
(=ↀωↀ=)<21巻発売記念SS
(=ↀωↀ=)<なのでちょっぴり加筆部分のネタバレを含みます
□■二〇四三年八月九日
その日、浪岸遥翔は九歳の誕生日を迎えていた。
この年の彼は、例年よりも自分の誕生日を楽しみにしていた。
それは母の作ってくれる夕食が好物のハンバーグとコーンスープだからではない。
今年の彼が、誕生日プレゼントに<Infinite Dendrogram>のハードを望んでいたからだ。
七月に発売したばかりだが、既に全世界で注目の的となっている夢のゲーム。
だが、『<Infinite Dendrogram>が本物』だという情報が出回った時点で買い占められており、遥翔のクラスメートにも持っている者は誰もいなかった。
この時期の<Infinite Dendrogram>のハードはそのクオリティが世に知れ渡って初回出荷分が枯れ、二次出荷分も即完売で以降の予約分も順番待ちという状態。最もプレミアのついたシーズンだったとも言える。
しかし遥翔の父は可愛い息子からのリクエストに応えようと伝手を辿って探し求め、何とか入手して息子に贈ったのだった。
そんな父の苦労にあまり気づかず、遥翔少年は無邪気に喜んだ。
◇◆
バースデーケーキを食べた後、遥翔は早速<Infinite Dendrogram>にログインし、自らのアバターをメイキングした。
アバターの名は、ローガン・ゴッドハルト。
彼が<Infinite Dendrogram>以前にプレイしていたゲームの主人公の名前であり、ちょうど自分のフルネームの読みを変え、間に『神』を挟むと出来上がるので運命を感じたネームでもあった。
他ゲームの主人公の名前を持ってくるのも、自分の名前を強い言葉で修飾するのも、実に小学生なネーミングではあった。
余談だが、メイキング時にゲーム名とキャラ名で容姿をリクエストした場合、普通に通って管理AI側で自動的に設定してくれる。なのでローガン・ゴッドハルトのようにどこかで見たキャラのアバターは割と多い。
さて、自分の望み通りのメイキングを済ませた後、意気揚々と<Infinite Dendrogram>の世界に踏み出した遥翔……ローガンは。
「ひゅぅ……ひゅぅ……」
初ログイン時の落下演出で泣きそうになりながら荒く息を吐いていた。
安全であり、<Infinite Dendrogram>の伝える五感のリアリティを顕著に教えるための演出ではあるが、パラシュートなしのスカイダイビングは不意打ちにも程がある。
『これ高所恐怖症の人はどうするのさ……』と思わずにはいられない。
なお、そんな彼の周囲では、ログインしたばかりのプレイヤーによくある光景に対して『オレ達にもあったな、あんな頃が』と生暖かい視線が向けられる。
「……ッ! この程度、なんてことはない!」
しかしローガンはその視線に恥を覚え、勇気を奮い立たせて作ったキャラで立ち上がる。
そのまま、視線から逃げるように街の中へと駆けて行った。
◇◆
街の中に入ったローガンはこれからどうすべきかを考えていた。
「さて、まずはジョブに就くのがセオリーみたいだけど……」
視線をチラリと左手の甲……未だ孵化していない<エンブリオ>へと向ける。
<Infinite Dendrogram>を欲しいと思ってから、事前情報は集めていた。
ローガンは小学生なものの同年代では頭の良い少年だった。<Infinite Dendrogram>はまだ開始したばかりで未知の多い環境だが、それでも『ジョブと<エンブリオ>のシナジーが鍵』だということも調べている。
今ここでジョブを選んでも、孵化した<エンブリオ>次第ではタイムロスになるかもしれないとも考えていた。
どの道、もう時間も遅いので今日はあと一時間……こちらでも三時間程度しかプレイはできない。
夏休み中ではあるが、朝はラジオ体操に出るので夜更かしは厳禁だ。
出たいわけではないし本当は夜通しプレイしたいが、遥翔は成績優秀で勤勉な自分を誇っているので欠席はできない。
もう夏休みの宿題は毎日の絵日記以外終わらせているので、明日から思う存分やればいいとも思っている。小学生基準ではとてもしっかりしている少年である。
なので、今日の所は街の中をあちこち見学するだけで済ませようと考えた。
◇◆
「うーん。パワードスーツ系のジョブはないな」
街の中を歩いていると他のプレイヤーやNPCの姿も見受けられる。
中でも機械の国だけあってパワードスーツ【マーシャル】を装着した兵士の姿もあるが、機械装備の見栄えがローガンの容姿……というか基にしたゲームキャラのイメージと合わない。
また、そもそもまともなパワードスーツはルーキーが買える値段ではない。国から支給される兵士と違い、まだこの時期のプレイヤーで購入できる余裕のある者は少数派だ。
パワードスーツ運用のジョブ以外でも、皇国のクリスタルで就ける機械整備や開発を主とするジョブにローガンは興味を惹かれない。
現在は皇国専用となっているジョブの多くは、ローガンの趣味に合わなかった。
『じゃあ何で機械の国を選んだの?』という話だが、アバターの元ネタになったゲームがスチームパンク風の世界観でありながら、大剣を背負ったファンタジー寄りの主人公が活躍するゲームだったのである。往年のゲームファンにビジュアルイメージを分かりやすく伝えるならば、最後の幻想の七作目が近い。
なので、皇国を選んだのはもう仕方ない。
中身より好きだったゲームに近い風景を選んだ結果である。
「うーん」
さて、ジョブをどうするかという問題だ。
元ネタを考慮するならば【戦士】、【騎士】、あとは大剣スタイルの【剣士】だろう。
しかし、どうにもそれらは国を問わずありふれている。
子供心に『埋没するジョブより個性的なジョブ』という嗜好がある。
特殊な構成になる素手を除けば、一応はどのジョブでも好きな武器を使うことはできる。
なので、いっそジョブは妥協してもいいかと考え直す。
「あれ?」
そんなことを考えていると、<エンブリオ>が孵化した。
かなり早い期間での孵化である。ローガン自身、平均孵化時間を調べていたので今日の内には孵化しないと思っていた。
孵化までの条件や時間についてはパーソナルが関わるため、プレイヤー側が比較データを揃えるのは難しい。
だが、強いて言えば『どのような<エンブリオ>になるか』に関して<エンブリオ>側が迷う必要がないほど早い。
そして今、ローガンより生まれた<エンブリオ>はTYPE:テリトリー、【数値改竄 ルンペルシュティルツヒェン】という銘だった。
「るん……なに?」
名前の複雑さと元ネタの分からなさに首を傾げる。
小さな頃にお母さんに読み聞かせてもらった童話集で聞いたような聞かなかったような……というレベルだ。話の中身は完全に記憶の彼方である。
「スキルは……《ダブルアップ》? ポーカーみたいな?」
昔やったRPGのカジノでのミニゲームを思い出しながら、内容に目を通す。
スキル効果は、『自身のジョブスキルに記された数値を一ヶ所、二倍にできる』だった。
「…………」
とても悪いことができそうな気はするが、どの程度のことができるかは現段階だとまだ情報が足りない。
とりあえず、今日はもう時間だったのでログアウトして、翌日のラジオ体操に備えて眠ったローガンだった。
◇◆
□■二〇四三年八月一〇日
ラジオ体操に参加してスタンプを貰い、お母さんの作った朝ごはんを食べた後、遥翔は<Infinite Dendrogram>攻略サイトを回って調べ物をした。
まだゲームとしては始まったばかりだが、そのクオリティと情報量の膨大さから攻略サイトは山のように存在している。
情報の確度や詳細の差が大きく、中には噂やデマを故意ではなく真実として流布してしまっているサイトも数多くある。
情報収集手段について、後々は外部では攻略wiki、内部では<DIN>が常識となるが、黎明期と言っていい二〇四三年八月はまだその段階にはない。
そのため、遥翔は何時間も掛けて調べ物をする羽目になった。
それでも何とかして、現段階で分かっている『ジョブスキルの説明に数字を含む戦闘職』をコピペ抽出してリストアップできた。戦闘職であるのはマスト。
そして下級職でよく見られるのは『短時間ステータスをX%上昇させる』類のスキルや、特定種族へのダメージを2倍にするスキルなどだ。
「んんん……」
《ダブルアップ》で前者のスキルの上昇量を二倍にするのは普通に強い気がするが、結局は単なるステータス増強だ。
齎される結果はありふれたものであり、この極めて柔軟かつ高性能な自身の<エンブリオ>を活かしているとは思えない。
何なら、他のエンブリオならステータス補正だけで同等以上の効果を得て、プラスαの能力がついたモノも多いだろう。
わざわざ他者の下位互換になる道を、幼いながらに『自分は優秀』だと確信している遥翔は良しとしない。
求めるのは、もっと独創的で普通なら使われない意表を突いた何か。
そうして遥翔がリストに目を通していると……。
「《コール・デヴィル・ソルジャー》?」
下級職の中では比較的長い名称のスキルが目に留まった。
悪魔崇拝者系統下級職【悪魔崇拝者】が使うスキルであり、説明文には『下級悪魔【ソルジャー・デビル】を1体呼び出し、30分間使役する』と書かれている。
ご丁寧に、召喚される悪魔のステータスまで付記されている。これもルンペルシュティルツヒェンの操作範囲だろう。
しかし、何故わざわざ『1体』と記されているのか。
《ダブルアップ》を使うことを考えると助かるが違和感もある。
その理由は、同じく下級職で覚えられるスキルを見て理解した。
「《コール・デヴィル・エレメント》……悪魔を2体呼ぶスキルもあるんだ」
エレメントは空軍などで使われる二機一組を意味する言葉だ。
《コール・デヴィル・ソルジャー》のマイナーチェンジであり、微妙に悪魔の性能も変わっている。空軍用語であるためか、AGI寄りのステータスだ。
どうやら悪魔崇拝者系統には召喚数や召喚対象の異なる同型スキルが数多くある。中には【ソルジャー・デヴィル】より格段に性能の高いものや、特定条件下で優位に動ける悪魔もある。
上位の召喚になるとMP消費ではなくアイテムコストなどが必要になるらしいが、恐らくはそれも《ダブルアップ》で操作できる数値の範疇だろう。
つまりは、系統そのものがルンペルシュティルツヒェンとの相性が良いということ。
気になったので、遥翔は悪魔崇拝者系統そのものの情報を掘り下げて調べてみる。
すると、悪魔召喚について記されたゲーム内の古文書……その翻訳らしき画像が見つかった。
【それは偽りの悪魔を呼び出す邪法。
デモンの影絵たるデヴィルの具象化。
魔力を捧げ、宝物を捧げ、贄を捧げ、映し出せ。
仮初の幻影によって現実を刈り取らん。
されど禁忌を留意せよ。
原初の機構の奥底にある封印、神を騙る真なる悪魔には触れるべからず。
器の技巧もまた、原初の機構に補われた仮初に過ぎないのだから】
「なんか思わせぶりなフレーバーテキストだな……。スキル習得かもっと上のジョブへの転職条件のヒント?」
どうもしばらくは関係なさそうな気がしたので、その疑問は一旦棚上げする。
さて、この時点で遥翔は【悪魔崇拝者】への転職に意欲的だ。
一通り見た感じでは、悪魔崇拝者系統はあまり人気のあるジョブではない。
『効率が悪い』、『召喚職なら【召喚師】や【精霊術師】の方が強い』、『使い捨ての肉壁(薄い)』、『燃費悪いが式神の方が自由度高い』など不評が目立つ。
しかし、それらのレビューに対して、遥翔は『自分ならば』と考える。
《ダブルアップ》があれば、悪魔を同じコストで倍の数、あるいは倍の時間使役することができる。
効率が悪いと言われる【悪魔崇拝者】のスキルを、優れた効率で使えるのだ。
<エンブリオ>が進化すれば、さらに効率が増すことも考えられる。
「ふふふ、いいじゃないか!」
誰もが弱職と言うジョブを、自分だけが有意義に使いこなせる。
そう、例えるなら『弱スキルだと思われたが実は最強』や、『主人公だけ使いこなせるユニーク』といった題材は、四半世紀以上前から創作物では好まれている。
そして、小学生の遥翔は『自分だけの最強』にめちゃくちゃ心惹かれた。
「それに……悪魔召喚を使えば色々楽そうだし」
《エレメント》ならば四体の悪魔を即座に揃えられる。
それはソロでもパーティとして動けるということだ。
正直、見知らぬ誰かと組むのはハードルが高い。
従来のゲームのようなインスタンスパーティのシステムもなく、仲間を募ってパーティを組む必要がある。
しかしこれならばパーティとして動け、ソロであるから自分のペースで活動でき、ドロップアイテムなども独り占めできる。
それは実にストレスがない。別のゲームで味わったように『小学生のキッズだから』と舐められることもないだろう。
むしろ誰もが畏怖する孤高の最強ロードを歩むことも不可能ではない。
「サービス開始から一ヶ月弱。ちょっと出遅れたけど、ここから追い上げてやろうじゃないか!」
かくして二〇四三年八月、浪岸遥翔ことローガン・ゴッドハルトは、自分の信じる効率の良いデンドロライフを始めるのだった。
◇◆
なお、彼が真に自身の最高効率である生き方を知るのは、二〇四五年の春になる。
Episode End
○浪岸遥翔
(=ↀωↀ=)<毎日学校に通い、夏休みの宿題は速攻で終わらせ、ラジオ体操も皆勤する
(=ↀωↀ=)<進研○ミとかやってて小学校のテストでも100点をとる
(=ↀωↀ=)<が、自分より出来ない同年代をナチュラルに見下しがちで友達は少ない
(=ↀωↀ=)<あと視野も狭いというか最初から思考に入ってないものがわりとある
(=ↀωↀ=)<要するに『自分は特別に頭が良いと思いこんだよくいる小学生』
(=ↀωↀ=)<人は万能感に満ちた少年期から失敗と反省を繰り返して大人になる
○誕生日
(=ↀωↀ=)<こういう必要性がないとあまり誕生日をお出ししないスタイル
(=ↀωↀ=)<余談ですが作者は明日誕生日です
○なお、容姿の方もゲーム名とキャラ名でリクエストした場合、普通に通って管理AI側で自動的に設定してくれるのでどこかで見たキャラのアバターは割と多い。
(=ↀωↀ=)<具体例:漫画版の背景でとても目立つ<マスター>の皆さん
○古文書
(=ↀωↀ=)<後日、なぜかネット上から画像が消えてデンドロでも所有者不明になった
修正追記:
(=ↀωↀ=)<作者がガバって過去の記述と矛盾したので修正
(=ↀωↀ=)<二倍の部分しか覚えてなくて一ヶ所とまで指定していたのを忘れていた
(=ↀωↀ=)<書籍の方を直すのは難しいのでこっちを直します
(=ↀωↀ=)<……《ツイン・ダブルアップ》の名称は好きだから第二形態これだな
(=ↀωↀ=)<第一と第二で抑えた分、上級進化で数値が跳ねる形になると思われます




