20巻発売記念SS お茶会クエスチョン
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■某月某日
【テトラ・グラマトン】。
世界最大級の水陸両用戦艦であり、指名手配クラン<IF>の生活拠点でもある。
メガフロートの<超級エンブリオ>を本拠地とする<GFRS>や空中プラットフォームを本拠地とする<ウェルキン・アライアンス>と並び、変わり種の本拠地だ。
「……んっと」
さて、そんな【テトラ・グラマトン】において、一人の少女……ドリスが巨大な船の廊下を掃除していた。
彼女は【エルトラーム号】にて発生した客船ジャックによって父を喪い、自身も命の危機に遭い……そこをエミリーに助けられ、拾われたという経緯がある。
当初、父を亡くし見知らぬ船の中で目を覚ました彼女は混乱していた。
しかし、エミリー達は父を失ったばかりの彼女に優しく接し、世話を焼いた。
やがてドリスはエミリーと友人にもなり、少しずつ悲劇で傷ついた心を癒していった。
彼女はこの船の面々を命の恩人であり、優しい人々だと思っている。
まぁ、そんな彼女達が指名手配されているクランのメンバーと知ったのは、ドリスがすっかり馴染んだ後だったのだが。
とはいえ、知ったところでそれはそれ。
自分への悪意の類をドリスは感じられなかったし、彼らはドリスに対して真摯だった。
今から怖がって嫌うというのも感情的には無理な話だった。
そもそも、優しく娘思いだった彼女の父も奴隷商人の部下という身の上である。
結局のところ、人間の印象とは立場よりも自分自身との関係性に依るのかもしれないと、ドリスは十代前半で悟り始めていた。
(複雑な部分はあるけれど……張さん達には助けられてばかりだし……)
張からはあの船に辿り着くまで、陰ながらドリスと父を護衛していたことも明かされた。
父の取引材料だった珠をカルディナへと確実に渡すためだったという。
なぜ彼らがカルディナの益になる行動をしたのかはドリスには分からなかったが、結果として父の死地となった客船に導いたことを張は詫びたのだ。
張は<IF>のサポートメンバーで元マフィアという肩書の割には正直すぎる人物だ。
自分を恩人と慕うドリスに対して、彼女の遭った事件の裏側を秘したまま接することが辛くなったのかもしれない。
しかしながら……。
(明かされたところで……恨む筋合いはないんだよね……)
仮に彼の護衛がなければ、そもそもドリス達が生きて船に辿り着けたかは怪しい。それくらいにドリスの父……というか父が従っていた奴隷商人は恨みを買っていた。
そして客船を襲ったのは<IF>ともカルディナとも無関係な他国の元軍人達。
つまり父の死に関して、張を恨む筋合いはなかった。やはり恩人に他ならない。
恨むとなれば八つ当たりや逆恨みに近く、それをするにはドリスはもう彼らに親しみを覚えてしまっていた。
そんな訳で、ドリスの<IF>での生活は続いている。
とはいえ、タダ飯食らいでい続けるのも座りが悪かったので、最近は自分から頼んで掃除などの雑務に従事している。
この巨大船……【テトラ・グラマトン】は基本的に少人数で運用可能。必要に応じて都度改人が足される形だが、それでも人手があって困るものではない。
しかし、掃除や洗濯、エミリーの遊び相手だけではまだ足りない気もしている。
何分、父一人娘一人で苦労してきた身だ。今の恵まれた衣食住に対し、かつての家事未満の労働では不足していると感じている。
(私もジョブに就いた方が……)
年齢を理由にまだドリスは就いておらず、適正や限界も測っていなかった。
どこかで張に打診して、適正を調べたジョブから役立てるものを選べればと考えている。
「ドリス」
そんなことを考えていた彼女の後ろでドアが開き、中から出てきた男性……張に声を掛けられる。
「なん、でしょう?」
振り向いて応えようとして、一瞬だけ言葉が切れる。
その理由は、張の服装だ。
「茶の支度が整った。ラスカルさんとエミリーを呼んでもらえるか?」
今日の彼は……エプロンを着用している。
普段の服装の上にそれなので、かなりシュールである。
「張さんが準備を?」
「ああ。今日はな」
しかしながら、違和感のある組み合わせの筈なのにエプロン自体はなぜか馴染んでいた。
エプロンは新品ではなく、使い慣れている雰囲気があった。
「ラスカルさんは自室。エミリーは……恐らく図書室の方だろう」
「わ、分かりました!」
「慌てなくてもいい。マジックアイテムに入った茶は冷めないからな」
「はい、……」
そう優しく言う彼を『やっぱり犯罪者っぽくない……』とドリスは思わざるをえなかった。
◆
そうしてお茶の時間になり、この船の人間達がサロンに集まった。
ドリス以外は友人になったエミリーと、彼女の保護者のような張、そしてラスカル。
マキナもいるが、彼女は食べずにラスカルの後ろに立っている。そうしているとまるで服装通りにメイドのようだ。
今日のティータイムは張が準備したので黄河風。
色取り取りの点心と温かい烏龍茶の組み合わせ。
エミリーが「おいしいおいしい」とゴマ団子を頬張り、ドリスも美味しく味わっている。
ただ、食べながら『張さんって戦闘系の超級職でマフィアの元幹部なのにどうしてこんなにご飯が美味しいんだろう』と疑問には思った。
ただ、エプロンも含めて突っ込んではいけない気がしていた。
「ちゃんおじしゃんって、どうしてこんなにりょうりじょうじゅなのー?」
が、エミリーも同じことを思ったようで疑問を口にしてくれた。
ドリスは内心で『ナイス。エミリーちゃん』と思った。
張は質問に頷き、回答する。
「我が張家は元々帝国の臣籍にあった。されどかつての黄河内戦で没落してな。その後は裏社会で生きることを決めたらしい。だが、内戦からしばらく後、とある事件で市井に落とされた古龍人の姫君が一族の父祖の主となった。以降は一族で代々付き従ってきたのだ」
一度は臣下の立場を失った者達が、仕えるに足る血筋と力の持ち主を再び得た。
そのことが一族の方向性を決めたのだと張は言う。
「没落した一族であり、追放された姫君の血に仕える家系だ。張家の子女の教育には戦闘や謀略だけでなく、『何があっても主を助けられるように』と身の回りの世話や路銀の稼ぎ方も含まれていた。こうした茶や料理もその一つだ」
「なるほど。マフィア一族というよりも、臣下としてのカラーが強かったわけだ。アンタの仕事の幅広さにも納得がいくな」
武人であり、マフィアであり、執事。そういう存在なのだろう。
ラスカルはそう言いながら『……だから支部長に回されたのか?』と内心で悟る。
トップに近すぎるがゆえに、他の幹部に疎まれて組織の中で外に置かれた。
あるいはトップとしても、張が万能であるがゆえに外部で一つの区画を仕切らせた方がいいと考えたか。
(表向きの理由としては、戦力優先で龍を僵尸にしていたせいもあるだろうが……)
龍に纏わる者を信仰する国で龍を僵尸にするのはロックが過ぎる。なんなら<IF>に接触する前に、その一事を理由として黄河に潰される恐れもあったほどだ。
実際、内戦以前には古龍人のアンデッドに関連して一悶着起きた伝説もある。
ラスカルがそのようなことを考えている間に、話は切り変わっていた。
「張さん、【料理人】のジョブがないのにこんなにも美味しい料理を作れるなんてすごいです」
「手先が器用な人はスキルに頼らずやれますからね! 器用な張さんはもちろんこの通りです! 死体をバラして符を仕込んで僵尸作るよりは簡単ですから!」
「ええ、まぁ……」
ドリスの呟きに横から答えたマキナの言葉に、張は微妙な顔で頷く。
「人が食べている最中に死体の話をするなポンコツ」
「あいたぁ……!?」
ラスカルは後ろに手を伸ばしてマキナの額をデコピンで弾いた。
「うぅ……。あ、そういえば御主人様って料理できます?」
「俺は完全にスキル頼りの生産職だろう。それに向こうでも自炊などしないからな。お前に自動調理器を作らせた方が早い」
「丸投げ遠回りぃ……」
余談だが、<IF>においてラスカルの家事能力はエミリーに次いでブービーだ。
喫茶店経営のゼクス、火星一人暮らしのゼタ、天才パティシエ(無自覚)のガーベラ。
改人任せのラ・クリマもリアルではできるだろうし、ローガンも小学生レベルはある。キャンディも実はそれなりだ。
ラスカルはリアルでも昔から使用人に任せるような家だったので、逆に不得手であった。
(……エドの奴は父子家庭だったせいか料理上手だったな)
度々親友の手料理を食べた過去を思い出し、ラスカルは僅かに視線を下げる。
次いで、エミリーに視線を向けたが……彼女は幸せそうに点心を頬張っていた。
(エミリーも父方に引き取られていれば……考えても詮無いことか)
ラスカルは茶を啜って、息を吐き、今しがたの思考を頭から追い出した。
「あ、そうだ。質問タイムの流れで聞きたいんですけど」
ラスカルがそうしていると、マキナがそんなことを言い出す。
「……いつから質問タイムになった」
「まあまあ、いいじゃないですか。私、前からドリスさんに聞きたかったことがあるんですよ」
「え? わたしですか?」
そうしていると、マキナがドリスを見ながら話を切り出した。
「二〇〇〇年前の先祖って誰か伝わってます?」
その問いに、その場に居合わせたエミリー以外の全員が首を傾げた。
「……マキナ。それはどういう質問だ?」
「昔の知り合いに似ていたので気になるんですよねー。基礎部分のプログラムが気に掛けてるっていうか……。なので確認のために教えてもらえないかなーっと」
「え……? あの……?」
問われてもドリス自身にはさっぱりだった。
そもそも二〇〇〇年前の先祖が誰かなど、長命種でもなければ知る由もない。
むしろ二〇〇〇年経ても顔立ちに特徴が残っているものなのだろうか?
「流石に文明崩壊以前の記録など<遺跡>でもなければ残っている方が稀だ。七大国家の王族でもあるとすれば黄河やレジェンダリアくらい。まして、ドリスは元々一般人。そこまで先祖の話が伝わっている訳がない」
「やっぱりそうなりますよね。いやー、年代スキップしちゃうとそういう実感湧きにくいから困りますよね。機能停止して再起動したら二〇〇〇年ですから! 寝過ごしにも程があります!」
共感の難しい経歴である。
「二〇〇〇年ですか……。かの先々期文明を知る者からすれば、今は随分と文明が退行して見えるのでは?」
途方もない時間。それこそ黄河という国の発端……初代【龍帝】誕生以前にまで遡るほどの過去にあった超技術の文明。
張は遺された技術からでも感じられる技術の差を思い、当時の生き証人であるマキナに問いかけた。
「いえ別に? 町村の様子なんかは今も昔も大差ないですよ? ドライフあたりが近いですかね」
しかし、張の問いかけに対して過去の文明を知るマキナは、意外にも否定で答えた。
「<遺跡>の出土品を見るとそうは思えないのですが……」
「それは<遺跡>……シェルターやら隠し研究所やら軍事基地だからですね」
マキナの発言に張は疑問符を浮かべたが、横で聞いていたラスカルは納得する。
「技術の最先端とインフラは違うということか」
「そういうことです」
最先端技術を構築しても、その技術がインフラとして広まるまでにはタイムラグがある。
地球においてもそれは同じだ。ライト兄弟が飛行機で人類初の動力飛行を為し遂げてから、それが旅客機という形で使われるまでには十数年の歳月を要している。
「今は先々期文明と呼ばれている時期の先進技術って、ほとんどは私の創造主であるフラグマンが提示したものですからね。若いときから注目浴びて色々発表していましたけど、それでも脚光を浴びてから“化身”襲来まで四半世紀も経ってませんし。作った技術がインフラとして世界中に施されるには時間が足りなかったんですよ」
「まぁもちろん各国の首都や軍事基地なんかは技術がふんだんに使われましたけど」、とマキナは述べた。
各地に残る<遺跡>はそうしたフラグマンの技術が施された一部なのだ、と。
「二〇〇〇年経っても変わらないものだってあるからなおさらですね。この点心なんかもほぼそのままありましたし」
「へー、そうにゃんだー!」
「……?」
マキナの言葉にエミリーは「ちゅうごくよんしぇんにぇんかー」などと感心したが、その横でラスカルは一つの疑問を覚えた。
今この世界に流布しているいくつかの文化はキャット一族……恐らくは先々期文明を滅ぼした先期文明の“化身”達、管理AIによるものだ。
後に迎え入れる<マスター>が、ブレイクスルーを起こしにくいように地球文化を馴染ませている。
しかしながら、黄河の厨師系統のようにジョブに紐づいた元々の料理文化……地球の中華料理に近いものは存在した。
実際、マキナの発言はそれを示唆している。
つまりは、この世界は来訪した管理AIが手を加える前から、ある程度は地球に近い文化も持っていたのだ。
この世界をゲームではなく世界として見る……知る一部の者達の間でも、『この世界を作った存在は地球の文化を参考にジョブを作った』と考えられている。ジョブには煌騎兵系統のように地球と無縁のものもあるが、様々な類似点から地球を見ているのは間違いない、と。
だが、それはいつ見て、いつ作ったのか?
今の世界を造成した時間加速が管理AIによるものであったとしても、その前にも長い歴史がこの世界にはあった。
それこそ、同じ時間の流れであれば――参考とした文化が地球に生まれる前から。
ならば管理AIが差配する前から時間加速が行われていたのか?
それとも、別に地球を参考にした訳ではないのか?
もしも後者であれば、参考としたのは地球ではなく……しかし地球と似通ったどこかになる。
否、そもそも自分達の住む地球自体が一つとは……。
「…………」
そこで、ラスカルは考えを止めた。
マキナという過去の歴史の生き証人。
それによって必要もないのに世界の謎に触れる機会に恵まれてしまう問題は、ラスカルを度々悩ませる。
しかしながら、ラスカル自身の目的とそれらの謎は何の関係もない。
むしろ、深く考え過ぎれば瑕疵にもなりかねない事案だ。
この世界の過去も、未来も、ラスカルにとっては重要ではない。
彼にとって重要な過去と未来は、別にある。
自分の目的のために、世界を振り回すのが、<IF>。
そうあらんとして組織を作ったのは、彼自身。疑問を重ねても、足踏みはしない。
ゆえに、ラスカルは一つ息を吐いた後、温かい茶を飲み下すと共に疑問を腹の内に収めた。
◆
お茶会が終わり、「ごちそうさま」と告げて各々の作業に戻る。
張は片付けの後に自分の仕事を。
ドリスは張の手伝いと、それからまた掃除の続きを。
ラスカルも……山のように溜まった下部組織の報告確認と差配の数々を。
それからエミリーは……。
「じゃあおべんきょうのちゅづきしてくるねー!」
図書室で、勉強を。
彼女が自主学習しているのは、エレメンタリースクールの低学年向けの内容だ。
リアルではなくこちらの世界で、ラスカルが傘下を通じて用意させた地球用の教材で勉強している。
三倍時間の世界で、知識の後れを……かつて行えなかったことを取り戻すように。
「……エミリー」
ラスカルは彼女の背に声を掛けた。
それは、つい声を掛けてしまった、という風でもある。
「なーにー?」
「ああ、その……」
無邪気な顔で首を傾げるエミリー。
そんな彼女にラスカルは暫し言葉に悩んで……。
「――いま、幸せか?」
真実の片鱗を知る度に心の中で重なる疑問から、漏れた言葉を投げかけた。
「うん! おいしくておなかいっぱいだもん!」
その問いは子供らしい無邪気な言葉で返された。
「……そうか」
今はそれでいいのだろうと、再び心の疑問を塞ぐ。
まだ答えには早いと理解して、これまで通り目的に向かう。
「勉強、頑張れよ」
「わかってりゅ!」
元気よく頷いて、エミリーは図書室へと駆けて行った。
それを見送ったラスカルは、自身もすべきことのために自室へと向かうのだった。
◆
<IF>という組織の、しかしそうとは思えぬほどに穏やかな日常。
こうした日々は誰かが欠け落ちるまで続くのだろう。
あるいは、いつかどこかで目的に辿り着くまで……続く。
Episode End
(=ↀωↀ=)<全員が疑問を投げかけられる話




