ロボータの冒険 超獣・竜王・ポメラニアン 地上最悪の決戦編 ⑮
□■<ニッサ辺境伯領>・<スリーブ山>
人間が去り、<エンブリオ>も消え、竜と吸血鬼と人狼のみが争う戦場。
地獄の有り様を呈する山嶺に、新たな人外達が姿を現した。
しかし、その者達の出現を、争う三者の内の二者は理解できなかった。
参上する意図がまるで分からなかったのだ。
【凍竜王】は訝しげに、その者達を見る。
それは狼やゴブリンの群れ。
ありふれた種族であり、ロボータ・ファミリーの一員である。
「正気か?」
無論、【塊竜王】との戦いは【凍竜王】も少しは見ていた。
残骸ドラゴンとの戦いぶりから純竜クラスにまで強化されることも知っている。
だが、生態系の頂点に近い領域に立つ者達が争うこの場においては、全くの無力。
弾避けや囮にもならない。精々でオーの回復薬代わりだろう。
しかし、そんな弱者の群れを……
『待って、いました!』
【バーストライカ】は待ちかねたように迎える。
『……準備は整ったということか?』
オーもまた【凍竜王】と似た感想だったが、しかし共闘する【バーストライカ】の実力は既に理解している。
全くの無策で戦力外をこの場に連れてくるとも思えなかった。
『ええ。……AWOOOOOOOooo!!』
オーの言葉に頷いた【バーストライカ】が、突然遠吠えした。
まるで誰かに合図を送るように。
直後、現れた狼とゴブリンの群れが【凍竜王】に……【凍竜王】の展開した《銀施戒》に向けて突撃し始める。
《銀施戒》は一定以下のステータスのものを凍結させる足切りの領域。
純竜クラスでも耐え切れず、彼らの突入は完全な自殺行為でしかない。
効果の詳細は知らずとも、野生に生きる者達ならば放たれるプレッシャーで危険度は察せられてもいいはずだ。
ゆえに、オーだけでなく【凍竜王】も驚いたが……。
その動きの中で、彼らに変化が生じた。
【バーストライカ】の、突入するモンスター達の身体が、輝くオーラに包まれていく。
まるで何かから祝福されるように、彼らは光を纏いながら《銀施戒》に突入し……。
――ただの一匹も凍ることなく、死の領域を駆け抜ける。
『…………』
この時点で、【凍竜王】は冷静だった。
相手方に強力なバッファーがいることは既に把握できている。
あるいは統率者かもしれないとも予想していた。
凍気への耐性を持たせるか、耐えられるほどにステータスを増強している可能性もありえた。
だからこそ、確実に殺すつもりで指を動かす。
オーと【バーストライカ】に向わせていた数十枚の《渦静銀雅》を、有象無象のモンスターに差し向ける。
《銀施戒》には耐えられているが、速度はオーや【バーストライカ】と比べればあくびが出る。超音速で飛翔する死の雪結晶を、神話級の【キル・キル・バ】の獣体さえも斬殺したスキルを避けられるはずもない。
彼らは一様に《渦静銀雅》に接触し。
――傷一つなく突破した。
『――――』
今度は、黒氷の中の【凍竜王】もその目を見開いていた。
『信じられないものを見た』としか言いようがない顔。
無理もない。自らの必殺の刃が直撃したというのに、雑兵としか思えぬモンスター達が何事もなくやり過ごした。
多少装備が壊れている者もいるが、それだけだ。
『幻では』とも考えたが、凍土に足跡を刻み、雄叫びを上げ、阻むために生成した《晶永冷瓏》を叩くモンスター達は……紛れもなく実体だった。
この【凍竜王】ですら未知にして信じがたい現象こそが、【群狼大王 ロボータ】の獲得した新たなスキルである。
スキルの名は、《群狼総進撃》。
二十四時間に一度、三分間のみ使用可能なスキル。
その効果は、『【群狼大王 ロボータ】の配下は一切のダメージと状態異常を受けない』。
三分限定の――軍団無敵化である。
それは配下に絶対の安全を提供するスキルにして、ロボータの本質。
古代伝説級に至ったリソースと時間制限を設けて結実した防御スキル。
しかしこの効果は同時に、『戦闘で防御を気にする必要がない』ということ。
何をしても傷つかないのだから、あらん限りの力を攻撃に回すことができる。
副次的な効果で言えば、肉体を全力で動かした場合の筋繊維の断裂さえも気にする必要がない。
正真正銘、全力で攻撃し続けられる。
総進撃の名のままに。
ゆえに今、【群狼大王】の群れは――神話級最強の領域を進軍する。
本来であれば死を免れぬ《銀施戒》の領域内を、本来であれば両断される《渦静銀雅》の渦中を、《晶永冷瓏》で作られた怪物の只中を、有象無象であったはずの者達が駆け抜ける。
『――勝負を決めます。切り札を使うならばお早めに』
群れの先頭に立つべく、大王の一番の部下が駆けていく。
共闘者に決着を促し、後ろ手に指で『2』と『3』を示しながら。
(そういうカラクリか)
【バーストライカ】がモンスター達と戦う後ろでオーは分析し、理解する。
指で示されたのは時間だと、オーも察している。
これだけのスキルに時間制限がないはずはなく、指のカタチから残り二三分……否、二分三〇秒か二三秒だろうとも理解した。
ゆえに、切り札を持つと言った自分を急かしたのだ、と。
ロボータ・ファミリーの奮闘は凄まじく、【バーストライカ】もまた防御の必要がなくなったことで攻撃に集中している。
時に本体を狙い、時に仲間の進軍を阻むために生成された壁を粉砕しながら、【凍竜王】を打ち倒すべく動き回っている。
彼らの猛攻に対して【凍竜王】も手を打ってはいるが、死なず傷つかない相手は止められない。
直接凍らせることはできず、《晶永冷瓏》で囲んで拘束しようとしても、【バーストライカ】が仲間ごと氷を砕く勢いで駆け回ってすぐに解放してしまう。フレンドリーファイアも今ならばない。
(同情はするが……)
極めてやりづらい相手だろう。
オーでもこんな群れの相手は御免だ。
しかし、それよりもこの場では重要なことがある。
(――操作が鈍ったな)
オーからすれば、一目瞭然。
今の今まで、オーと【バーストライカ】という二大強者を相手に単騎で渡り合っていた【凍竜王】が明確に調子を落とした。
《晶永冷瓏》で壁やモンスターを作る速度や精度。
さらには雪結晶の操作は精彩を欠き、オーに対する狙いも甘い。
ロスが多くなり、操作も遅れ、それが【バーストライカ】達の攻撃の隙を作る。
(そうか、【凍竜王】)
原因は……明白。
(お前は――これほど多くの敵と、戦ったことがないんだな)
数だけで言えば、ロボータ・ファミリーは少数の部類。
【凍竜王】の長き生の中では、千を超える敵を一瞬で凍結させたこともあった。
しかしそれは戦いではなく、一方的な蹂躙でしかない。
当然だ。有象無象の敵は彼女の凍気の圏内に入るだけで死に絶える。
生存できるのは彼女と同格、神話級相当の猛者だけであり……そんな連中が十も二十も徒党を組んで出てくるわけがない。二体同時ですらそうはない。
だからこそ、彼女はそれを前提に自身の戦闘スタイルを組み研鑽した。
彼女の戦闘スタイルは格下を一瞬で滅ぼすこと。
そして同格以上とは一対一、あるいは少数を相手に戦うことを想定している。
だがここに、彼女の凍気を受けてもまるで堪えない群れがある。
大王の齎す短時間の奇跡だが、強者以外の生存者を許さぬこの地獄でその生を繋いでいる。
数十のモンスターが本気を出した彼女の領域で生きているなど前代未聞であり、その数は明確に【凍竜王】の制御能力を超えていた。
千年以上の時をかけて対少数精鋭用のスタイルを組み上げた【凍竜王】。
それゆえ想定していない……想定する必要が皆無だった『彼女の領域での多数生存』というケースには対応力が落ちる。
技術を研鑽し、芸術品のように精緻な戦闘スタイルだからこそ、想定外の処理で生じるロスも大きいのだと……彼女自身も初めて自覚した。
《群狼総進撃》という『死なず傷つかない弱者』を多数作り出すスキル。
精緻・迅速・正確なコントロールが必須の彼女のスタイルにとって……鬼門だった。
『ならば……』
今こそが、自分の切り札の使い時だとオーも決断する。
『――《暗黒神話・無相三眼》!』
――必殺スキルの宣言と共に、オーの全身が膨張する。
蒼い肉体が脈打ち、血が泡立つ。
オーの視界の端で、蒼、紅、緑のバーが混ざり合う。
その後には、三色合わさり混濁した黒く長大なバーが一つ。
肉体もまた黒に染まり、一つのカタチに収まる。
――その姿は名状しがたいものだった。
筋肉の隆起した漆黒の肉体、円錐型の頭部、身体から伸びる無数の突起。
そして、凹凸のない顔に灯る蒼・紅・緑の輝き。
見る者の正気を失わせるような、冒涜的な姿。
この異形こそが、【鮮血帝】ブラッド・Oの切り札。
【戦血臨理 ナイアルラトホテップ】の必殺スキルである。
『――――Tititi』
《無相三眼》は地を蹴り、――コンマ一秒後には黒氷の前に立っていた。
数多の防御を突破して、距離をゼロとした異形。
しかしその動きも見えたのか、予想していたのか、【凍竜王】は【バーストライカ】の初撃を防いだ時のように《晶永冷瓏》で壁を作る。
『――《Bloody Impact》』
――しかしその護りは、黒き異形の一撃で粉砕され……黒氷にも拳が届いた。
『……ッ!』
【凍竜王】本体をカバーする最硬の黒氷に、更なる亀裂が生じる。
それは【凍竜王】の読みの狂い。
先刻の、“氷晶宮”を砕いた《暴緑》の一撃であればギリギリで耐えるだけの強度を今の《晶永冷瓏》は有していたが、それでは読み足りない。
しかし再認識の時間は自らの領域内で暴れ回るロボータ・ファミリーに潰されていた。
そうでなければ【凍竜王】も気づけていただろう。
《無相三眼》の発揮するステータスが、既に神話級の領域さえも超えている、と。
オーがこれまで繰り出した《疾蒼》、《装紅》、《暴緑》の三形態は、それぞれがSTR、END、AGIのいずれかに特化している。
各形態共に特化ステータスは二十万、それ以外の二つは二万のステータスを割り振られ、HPは一〇〇万だ。
そして、《暗黒神話・無相三眼》は三形態のステータス全てを合算する。
STR・END・AGIのステータスは、いずれも特化形態よりなお高い二十四万。
HPこそ三〇〇万止まりだが、三種に限った合計値では【獣王】や必殺スキルを使った【破壊王】さえも――上回る。
『Tick Tack』
奇妙な鳴き声のような駆動音を発しながら、黒い異形――《無相三眼》が駆ける。
凍気の中であっても、圧倒的なステータスとダメージを気にせぬ異形の動きで支障なく活動している。
『Tititi』
全てのステータスが特化形態よりも上昇しているが、その中でも速度が際立っている。
それは、これまでの《疾蒼》が全速力ではなかったからだ。
AGIを発揮しようとすれば、その速度での跳躍や疾走、激突に耐えるためにある程度はENDも必要になる。
十分の一程度のENDがあれば耐えられると言われるが、それでも最高速度を出し続ければ肉体に負担が掛かり、激突のダメージも大きい。
実際、“氷晶宮”との激突で《疾蒼》の右足が砕けている。《疾蒼》はそれを考慮していたからこそ、【凍竜王】との戦闘中も発揮できる速度に限界があった。
だが、今は違う。
短期決戦、その上で《装紅》以上の……AGIと同値のENDも獲得した今ならば、何も躊躇うことなくフルスロットルで駆け抜けられる。
圧倒的なAGIで引き延ばされた時間の中で、【凍竜王】へと攻撃を撃ち込んでいく。
【凍竜王】も《晶永冷瓏》での防御を繰り返すが、ロボータ・ファミリーによって処理能力を浪費させられているために完全なガードができていない。
攻撃も、もはや《渦静銀雅》を圧倒する速度の《無相三眼》には届かない。
今このとき、ロボータ・ファミリーと《無相三眼》は、神話級最強を相手に圧倒的な優位に立っていた。
【凍竜王】は防御の《晶永冷瓏》と黒氷越しに打ちのめされている。
それでも――黒氷の内にいる彼女の笑みは消えない。
(……これは本当に、<厳冬山脈>では味わえなかった感覚だ)
防戦一方に追い込まれ、今も高速でスキルを操作しながら……それでも【凍竜王】は思考の端で自己を振り返る。
しかし思考の一部を割かれようと、彼女の指先は予測される攻撃位置に《晶永冷瓏》を配し、自身を凌駕する速度を持った二体の攻撃に対してガードを固める。
長い時間で積み重ねた戦闘経験による先読み……それこそシュウ・スターリングと同等かそれ以上の先読みで予め手を打つことで対処しているのだ。
しかし、それも限界に達しようとしている。
先刻、オーが推測したとおりの理由で。
(我をこれほどまでに手こずらせるとはな。……【塊竜王】を討った人狼、その長がこのスキルの使い手か? 我や兄上とはまるで違う強さ……興味深い力だ)
ガードが遅れて、またも攻撃の一部が黒氷に当たる。
《群狼総進撃》で無敵状態のロボータ・ファミリーによってかき乱された今は、先読みも戦闘の組み立ても、破綻しかかっている。
(……ふふふ、だが、まぁ、分かって、きたな?)
竜生初の乱戦で操作に遅れが生じていた【凍竜王】だが、段々と理解する。
どれほどの数が自らの領域で生存していようと、この場にいる存在で注意を払うべきはたったの二体しかいない。
【バーストライカ】と《無相三眼》、自らを倒しうる攻撃力を持つ二体だけに注意していれば、他の有象無象に構う必要などない。
(間違いなく、群れの護りは永続ではない。一時間、十分、相手のランクとリソース次第ではそれよりも短い時間で効果は消える。タイムリミットが近づけば、我の領域から撤退を開始するだろう。連中を考慮するのはそれからでいい。今は人狼と【鮮血帝】だ)
それを理解し、他は多少の壁で動きを阻害するに留め、二体に集中し直す。
立て直しに掛かった時間はおよそ一分。
それなりに掛かったとも言えるが、しかしまだ然程のダメージもなく取り返しはつく。
――はずだった。
◇◆
それは一匹の【ハイ・ゴブリンウォーリアー】だった。
ロボータ・ファミリーでも比較的古参に数えられる者。この群れでの暮らしも長く、忠誠心もあり、【バーストライカ】に【竜王】との戦いを呼びかけられたときも一も二もなく了解した。
なお、【バーストライカ】は肝心のロボータには『ちょっとスキルのテストをしてきます』とだけ言って、部下Xを護衛において放置している。怖がられても困るからだ。
さて、そうしてロボータ・ファミリーの運命を決める戦いに踏み込んだ彼だが、運悪く持っていた武器が切りつけた《晶永冷瓏》の強度に耐え切れず、折れてしまった。
群れの配下は無傷でも、装備まで無事ではない。
群れの【ハイ・ゴブリンスミス】がミスリルで造ったそれなりに強度のある武器だったが、流石に相手が悪かったと言える。
素手で殴っても然程の意味はなく、仲間達の武器にも余裕はない。
そんなとき……彼は一本の剣を見つけた。
まるで牙のようにも見える反った刃だったが、柄はついていない。
しかし茎を持って武器として使うことはできるだろう。
彼は此処で戦っていた人間の遺品か何かと考え、ありがたく使わせてもらうことにした。
彼は眼前の《晶永冷瓏》……【凍竜王】が展開した壁の最も内側に切り掛かり……。
◇◆
【凍竜王】の近くにあった壁が、あっさりと切り裂かれた。
「…………え?」
全く想像もしていなかった事態を目にして、【凍竜王】は少女のような声を漏らす。
強化されているとはいえ、ただのゴブリンや狼に壊せるはずがない自らの守り。
しかし現に、一匹のゴブリンによってその守りは突破された。
ゴブリンの手には、刃。
――【キル・キル・バ】の片割れがそこに在った。
『ッ!?』
この瞬間、【凍竜王】の笑みは固まり、冷や汗を流しながら自らの迂闊さを恥じた。
死んだと判断して、敵戦力から外した【キル・キル・バ】。
しかし、神話級の妖刀は……まだ生きていた。
それは先刻、【キル・キル・バ】にカバーを割かれたときと同じであり、同じ日に同じ失敗を二度繰り返したとも言える。
これもまた、彼女の生では初めてのことだ。
あるいは自覚なしに、彼女にも緊張と焦燥があったのか。
(あの刃は、無視できんな……!)
【キル・キル・バ】の刃は強度に関係なく、触れたものを両断する。
《晶永冷瓏》でも、黒氷でも、……【凍竜王】本人でも。
それを、ロボータ・ファミリーが握っている。
殺せない相手が防げない刃で襲ってくる。
紛れもない脅威である。
(刃だけならば《渦静銀雅》で……)
しかし即座にこれまでの戦闘での光景を思い出し、肉体ではなく装備への攻撃が有効であることを利用し、刃目掛けて《渦静銀雅》を飛ばす。
ゴブリンも折角拾った武器をまた壊されてはかなわないと回避しようとするが、【バーストライカ】やオーのような回避などできるわけもない。
そして【キル・キル・バ】の片割れに《渦静銀雅》が命中し……。
――【キル・キル・バ】がオーラを纏い、《渦静銀雅》を跳ねのけた。
『……!?』
それはきっと、【凍竜王】にとってこの日最大の衝撃だっただろう。
だが、その状況を真の意味で理解できるものはこの場にはいない。
この状況を含めて<Infinite Dendrogram>全土をモニターしている管理者ですら、推測するしかない事態であったからだ。
◇◆
<UBM>のランクは、不変ではない。リソースを得ていけば上昇する。
しかし極稀に、落ちることもある。
とある【竜王】は戦いに敗れて死に、リソースを奪われた後に蘇生された。
その【竜王】は、<UBM>ではない最上位純竜にまでランクが落ちてしまっていた。
死亡などで発生するリソース低下による、ランクダウン。
今回、【キル・キル・バ】に発生したのはそれに近いものだ。
まず、取りついて変質させていた肉体……獣の身体が死んだ。
この身体にも大量のリソースが宿っていたため、その分だけダウン。
次に、双刃としての片割れを【凍竜王】に砕かれた。
当然、その分だけ更にランクダウン。
【キル・キル・バ】が完全死亡したわけではないため、光の塵と化したリソースはまだ【凍竜王】に渡ってはおらず、宙ぶらりんの状態だ。
だが、残された【キル・キル・バ】からリソースが失われたという事実は変わらない。
それによって、今の【キル・キル・バ】は伝説級にまで格が落ちている。
この状況、妖刀である【キル・キル・バ】に論理的な思考はできていない。
だが、自分を持つゴブリンが他の<UBM>から支援を受けていることは、力の流れで理解できた。
そして、人間の言葉に直せばこう考えた。
『再起のため、自分もこの恩恵を得ることはできないか』、と。
そんな衝動を抱き、パスを繋ぎ、半ば押し掛けるように配下となり……そして今、配下全てに適用される《群狼総進撃》の恩恵に与ったのだ。
『…………』
ロボータ自身に配下と認識されておらず、《王の群れ》の対象にも指定されていないためステータスは強化されていない。
だが、『破壊されない』だけで【キル・キル・バ】には十分だ。
破壊されなければ、【キル・キル・バ】は何であろうと断ち切れるのだから。
【凍竜王】以外に認識されることもないまま、ロボータ・ファミリーに新たな<UBM>が加わった。
◇◆
『……! …………ッ!』
殺せない敵、防げない刃、――破壊できない武器。
雑兵に過ぎないゴブリンが最上級の脅威に変じた。
その事実に【凍竜王】の戦術は更なる立て直しを強いられ、
『――揺らぎましたね』
『――《Bloody Chain》』
――二体の強敵はその間隙を見逃さない。
その瞬間の【凍竜王】の処理能力は限界に達していた。
《晶永冷瓏》のガードは……一枚たりとも二体の動きに間に合わなかったのだ。
【バーストライカ】が仕掛けたのはヴィジャボリオンを討った最大加速の噛撃。
逸話級の頃よりも遥かに威力を増した炎の牙が、黒氷のカバーを抉り取る。
咄嗟に首を傾けて回避した【凍竜王】だが、彼女の守りは大きく削がれ、黒氷の中の本体が露出する。
その本体を、黒い血の鎖が縛り付ける。
露わになった彼女の正体を気に留めることもなく、強敵を倒す機会を逃すまいと《無相三眼》は動いている。
意図を持ったハンドサインを【バーストライカ】に見せながら、スキルを……彼のもう一つの切り札を使う。
『――《Bloody Joker》』
「ハッ……!」
本体を晒され、縛り付けられたまま、しかし冷静に【凍竜王】は《渦静銀雅》を操作する。
操作可能な全ての《渦静銀雅》で全方位から《無相三眼》を断つ。
相手の変化後の速度も考慮した上での回避不能な一体集中の包囲陣。
他の敵の動きは二の次に、今攻撃態勢に入っている者から仕留める決断。
処理能力が破綻した先読みではなく、一瞬の選択の連続に全てを賭けるギリギリの戦い。
それはこの場における【凍竜王】のベストだった。
だが――初手の時点で相手が上回った。
回避不能の雪結晶群が、《無相三眼》の立つ場所を一斉に通過した瞬間。
――《無相三眼》は【凍竜王】の眼前にいた。
《無相三眼》は全身に傷を作り、左腕を失っている。
《渦静銀雅》の包囲網が完全に締まる前に、腕一本分を犠牲にしてでも脱出するルートを通ったのだろう。
だが、それは無理なはずだ。
相手の速度を鑑みても、それで脱出できる状態ではなかった。
『――《Bloody Joker》』
【凍竜王】の眼前で右腕を振り上げながら、《無相三眼》は再度同じスキルを行使する。
「……ああ、そうだったな。【鮮血帝】にはそれがあった」
まるで観念でもしたかのように、【凍竜王】はポツリと述べた。
【凍竜王】は知っている。
【鮮血帝】というジョブと、その奥義を。
今の《無相三眼》の全身のダメージは、左腕以外は【凍竜王】によるものではない。
《無相三眼》が、勝手に作ったのだ。
――低すぎるENDで動いたがために。
◇◆
吸血鬼系統は「人間」をやめ、吸血鬼という「アンデッド」に……血を吸うだけで生きられる別の存在に変わるジョブ。
そして、『命』を『力』に変えるジョブである。
【鮮血帝】の奥義、《ブラッディ・ジョーカー》はその在り方の極致。
人のカタチのまま、人から変革するように。
変幻自在のワイルドカードのように。
自らのHP上限一割を対価に、ステータスを振り替える。
ステータスからステータスへと数値を移動させ、加算できる。
そう。包囲網の中、オーは《無相三眼》のENDの内の二〇万を――AGIに振り替えたのだ。
◇◆
四十四万のAGIと四万のEND。
最大速度を発揮できるギリギリの設定を上回る超々音速機動は、左腕の損失を差し引いても、凍気の中を移動するだけで全身に傷をつけた。
《無相三眼》の内部構造にもダメージを与えただろう。
だが、問題はない。
――次で終わる。
速さは相手の全力の攻撃を突破し、近づくために必要だった。
そして近づいた今は、腕を振り下ろすだけの時間が得られれば問題ない。
必要なものは捕らえて逃さぬ力と神話の怪物を殺す力。
共闘者と仲間達は、無敵時間が残っている内に先のハンドサインで撤退している。
今この山頂に残っているのは、《無相三眼》と縛られた【凍竜王】のみ。
だから、問題はない。
《ブラッディ・ジョーカー》は――STRに集中する。
《無相三眼》の振り上げた右腕が膨張する。
STR七〇万オーバー、あのバルドルの必殺形態にも倍する力の権化。
それこそはかつて、怒りと共に山を一つ砕いた姿であり……。
『――《Bloody Impact》』
――今、その光景を繰り返す者の姿である。
相手を殺しても拳は止まらないと判断し、【凍竜王】は全力での防御を行使する。
だが、その護りも意味がないことはわかっていた。
その後の光景は、彼女の予想通り。
黒き神の鉄槌が振り下ろされ、《晶永冷瓏》は硝子のように叩き割られ、黒氷に達し、
――拳の一撃で<スリーブ山>が砕かれた。
To be continued
◇◆
「く、は……」
山嶺を砕く破壊の渦中、【凍竜王】は笑みを零した。
凄まじき破壊の力は、彼女の兄を想起させる。
今の彼女は黒氷を含めて行使しうる防御手段の全てで、自身への破壊の到達を遅らせている。
だが、そう時を置かずに届くだろう。
<エンブリオ>の力を借りたとはいえ、人間にこれができるのかと感動さえする。
それに何より……弱者さえも自分の凍気の中で生存させ、あの妖刀も屈服させた恐るべき<UBM>の存在。
(未知の事柄ばかり。本当に山を出て良かった。反省点も分かった。死んだ【塊竜王】には悪いが、パレードの誘いに乗って正解だったな)
【凍竜王】は、まだ笑っていた。
流血し、重傷を負い、大破壊の中で死にかけながらも楽しげに、旅行の思い出を反芻する子供のような顔だった。
けれど……。
(今回はここまでだ。楽しかったぞ、【鮮血帝】)
ついに彼女は笑みを消して――。
「《竜神装》」
そっと黒氷に――自身の《竜神装》に触れて、
「――青睡蓮」
――黒を青に染める。
黒とは黒氷であり、黒き異形であり、夜の山。
全ての黒が青に染まり、万象は――――。
◇◆◇
□■<自然都市ニッサ>
街を襲う巨竜が消えた後も、山から聞こえる戦いの音に、ニッサの人々は不安な思いを抱えていた。
山に人を送ろうとしても、南の街壁を巨竜に壊された影響でそれもままならない。
人々は南方の慣れ親しんだ山から聞こえる戦闘音に怯えながら、夜の闇の中で震えていた。
そうして、山の方を見張っていた衛兵の一部が駆けおりてくる何人かの人間やモンスターの姿を見た後、それは起きた。
山が、爆発したのだ。
噴火ではない。
まるで隕石でも激突したかのように、山頂から潰され、放射するように山だった土砂を世界にばら撒いていく。
山が砕かれて吹き飛んでいくさまなど、人々は初めて見た。
だが、さらに驚くべき変化はその後にあった。
――吹き飛んだ土砂の全てが凍りついていた。
空中の土砂も、砕かれていた山も、山を砕く破壊の力さえも、青い氷に包まれる。
<スリーブ山>の全てが静止して……後に残ったものは巨大な氷像。
砕けて飛び散る瞬間の山を凍らせたそれは、まるで巨大な青い花のようだった。
◇◆
それから日が昇っても氷が融けることはなかった。
かつて山だった氷像はニッサの地に残り続け、この日の出来事は多くの人間に語られていく。
あたかも、神話のように。
To be continued
(=ↀωↀ=)<To be continuedで終わったと思わせてまだある
(=ↀωↀ=)<実際、一回目のTo be continuedで締めたんだけど
(=ↀωↀ=)<「あとちょっとだしなぁ」で延ばさずに最後まで書いた
(=ↀωↀ=)<そしてエイプリルフールなので一回目のも消さなかった
(=ↀωↀ=)<ちなみに文字数は一万を超えたので本当に二話分のボリュームでした
(=ↀωↀ=)<次回エピローグです
〇《群狼総進撃》
(=ↀωↀ=)<MTG的に言うと自分の全てのクリーチャーに
(=ↀωↀ=)<『破壊不能』・『呪禁』・『警戒』持たせるようなもの
(=ↀωↀ=)<雑にフルパンできる奴
〇《暗黒神話・無相三眼》/《ブラッディ・ジョーカー》/《ブラッディ・インパクト》
(=ↀωↀ=)<ステータスおばけがステータス振り替え使ってくる
(=ↀωↀ=)<さらにHP削れる代わりに攻撃力上げるスキルも足す
(=ↀωↀ=)<物理的な殴りでは<マスター>でもトップ3に入る
〇《竜神装》黒蕾/青睡蓮
【凍竜王】の《竜神装》。
普段は不活性状態で黒氷のカバー……最も強固な護りとして【凍竜王】を覆っている。
しかし彼女の宣言で活性化した場合は青色に染まり、華が開くように展開。
その後は一瞬で圧縮された《竜王気》を凍気に再変換して解放する。
言わば爆弾型の《竜神装》。
(=ↀωↀ=)<八寒地獄の一つである嗢鉢羅はサンスクリット語で『青い睡蓮』
(=ↀωↀ=)<つまり師である【塊竜王】の《黒城地獄》と似たネーミングです




