ロボータの冒険 超獣・竜王・ポメラニアン 地上最悪の決戦編 ⑫
□■<ニッサ辺境伯領>・<スリーブ山>
生者の数も残り少ない山に、《渦静銀雅》が舞う。
黒い氷の塊――コアを中心に周回する死の雪結晶に触れた物質は即座に凍り、砕かれ、分かたれる。
そんな死の公転の内側を、一人と一匹が駆ける。
【鮮血帝】ブラッド・Oと【磨刃超獣 キル・キル・バ】、【凍竜王】に挑む二体の人外。
『ふむ……』
自らの射程内を飛び回る吸血鬼を、【凍竜王】は冷静に分析する。
(【塊竜王】と似ているな)
蒼き外装で闘うオーの姿に想起したのは、自らの師であった【竜王】。
(血液で自身の肉体の表面に、別のステータスを持ったもう一つの肉体を作っている)
オーの襲来から一連の攻防で【凍竜王】は手の内を読もうとしているが、その推測は概ね正しい。
オーの<超級エンブリオ>は血液置換型。
オーの体外への放出と共に質量を増大し、色と形状が変化し、ステータスの異なる肉体となる。
AGI特化の《疾蒼》、END特化の《装紅》、STR特化の《暴緑》といった各特化形態の特化ステータス発揮値は、“物理最強”と呼ばれる【獣王】クラス。
可変するステータスはアタッカーやタンク、インターセプトなど、物理系ビルドの役割をいずれも受け持てる万能型だ。
(……足の傷)
だが、【凍竜王】が気にしたのは性能面だけではない。
(膨れた赤や緑ならともかく。さほど体格の変わらぬ青ならば、あれだけの重傷を負えば内側にもダメージが徹っていそうなもの)
先刻、今と同じ蒼い姿で“氷晶宮”を攻撃した際、オーの右足は砕けて大量出血していた。
その後、人の姿に戻って話していたときはそんな傷など残っていなかった。
しかし今、蒼い姿の右足は……先刻よりは浅くなっているが傷がある。
(自己修復としても少し妙な気配だ。何かあるなぁ。お互い、まだ読み合いか。掛からないとはそういうこと)
高を括らず、冷静に【凍竜王】はオーを見定める。
同時に、相手も自分を冷静に分析していることも理解している。
この攻防の中で【凍竜王】が仕込んだ罠の一つを、オーが既に看破していることも。
(だが、遠からず脱落者が出て状況が動くだろうなぁ)
【凍竜王】はオーではなく……もう一体の敵対者を見ながらそんなことを考えた。
◇◆
オーは《渦静銀雅》の渦中で、冷静に周囲の状況を見定める。
迫る雪結晶も、共に駆ける獣も、範囲外から戦いを傍観する人とモンスターも、今の彼の視界には見えている。
その状態で、【凍竜王】の手の内を見定めんとしていた。
(接触が死に繋がる……か。ディスの<エンブリオ>に近い)
《疾蒼》を纏ったオーは、雪結晶を回避しながら自らの記憶を掘り起こす。
舞い踊る雪結晶は、同盟者の一人が用いる<超級エンブリオ>に近いプレッシャーを放っていた。
(それでも潜り抜けて叩けばいいという話なら単純だったが……)
オーは雪結晶を回避しながら、目と鼻に集中する。
自然、【凍竜王】の周囲にエネルギーの奇妙な濃淡を感じていた。
(先刻のトラップ空間を再展開している。迂闊に飛び込めば、それで御終いか……)
目に見えて《銀施戒》を解除し、《渦静銀雅》に切り換えたと見せかけ、密かに再展開。
雪結晶のみに気を取られれば、自ら凍気に踏み込んで死ぬ。
強かにして老獪。長い年月を生き、技術を磨いた【竜王】の手腕だ。
(加えて、継続ダメージ源となる冷気も消えていない。これだけ手を広げられるということは……切り札のように見せたこれも本当の意味での切り札ではない)
同時展開が意味するのは、この恐るべき《渦静銀雅》さえも【凍竜王】が全身全霊を尽くすスキルではないということ。
オーは『これが限度』と考えるよりも、『さらに一段階は先がある』と考えた方がマシだと経験で知っている。
同盟を築くまでに戦った同盟者は、概ねそういう連中だった。
(……相手に届くルートを見出せるか?)
接触即死の《渦静銀雅》と濃淡圧縮式の《銀施戒》、二重の死線を掻い潜って【凍竜王】を倒す道をオーは探す。
その中で、一瞬だけ視線をニッサの街へと向ける。
(時間との戦い……か)
内心、オーは焦っている。
【凍竜王】がこの形態に変じて間もなく、ニッサ近郊に土塊の巨竜が出現したためだ。
街に侵攻するあちらも対処しなければならない。
だが、眼前の【凍竜王】を放置して巨竜に向えば、今よりもニッサに危険が生じる。
巨竜と【凍竜王】に挟撃されればオーでも勝算はない。
一つずつ、目の前の危険を排除していくしかニッサを存続させる道はないのだ。
(領軍と都市の<マスター>で持ち堪えてくれればいいが……)
友の危機に気は急くが、しかし無理攻めで勝てる相手でもない。
オーは焦りながらも、冷静さを失わないように努めた。
(直近の問題は、遠からず相手の攻撃が俺一人に集中すること)
オーは一瞬だけ、視線を共にこの難敵の攻略に挑む獣へと向けた。
両断の獣、【磨刃超獣 キル・キル・バ】。
その全身には夥しい傷が刻まれ、流血が全身を染めていた。
オーの襲来まで、【凍竜王】と相対していた獣。
しかし、戦いの中で一方的に傷つき、その生命力も限界に近付いている。
動きも鈍り、雪結晶の完全な回避もできず、指や肉を少しずつ凍結切断されている。
オーも【凍竜王】も、最初の脱落者は【キル・キル・バ】だと理解していた。
それは、【キル・キル・バ】が弱いということではない。
ただ、どうしようもなく【凍竜王】とは噛み合わなかった。
【キル・キル・バ】は触れて傷つけた者を両断する性質を持つ。
そして【キル・キル・バ】の牙と体毛に触れて傷つかない者などいない。
接触両断の理不尽を相手に押しつける、神話級に相応しい超獣だ。
もしも肉弾戦の殴り合いに特化したオーが【キル・キル・バ】と戦ったならば、攻撃する度に手足を両断される。一対一はオーの手数が尽きるか【キル・キル・バ】の命が尽きるかのデッドヒートであったはずだ。
だが、【キル・キル・バ】は【凍竜王】と相対してしまった。
凍気で間接的に攻撃し、接触の際に氷を操り挟んでくる【凍竜王】に致命打を与えられず、逆に自身の生命力を削られ続けてしまった。
長時間に亘る一方的な消耗。
この局面において、【キル・キル・バ】に限界が訪れるのは当然の帰結と言えた。
相性。格が近い相手との戦闘において最も重大な要素が味方していなかった。
(この<UBM>が落ちるのはまずい。ターゲットが減れば負担が増す。……俺はその前に勝負を決めに動かなければならない)
攻性形態をとりながらも【凍竜王】には付け入る隙がない。
《暴緑》の攻撃力ならばコアを砕くことは可能に思えるが、その一撃を決めるためにはトラップのないルートを通らねばならない。
だが、今も余力を残す【凍竜王】のトラップに隙などあるとは思えない。
あったとしても、それは更なる罠への布石だろう。
何らかの要因で【凍竜王】の防衛態勢が緩む機会があれば最善だが、【キル・キル・バ】の絶命前にそんな都合のいいことが起こるとは思っていない。
(残された手段は使い切っての強行突破)
オーの視界の端には周囲の光学映像以外に……赤や青など複数の色のバーが見えている。
その内、青色のバーはジリジリと現在進行形で消耗していた。
(だが、まだ巨竜がいる)
切り札を切れば、【凍竜王】の護りを強引に突破して撃破することも可能かもしれない。
しかし余力を失くせば、現在ニッサを襲う巨竜は討てない。
(手が足りない。<超級>クラスの戦力があと一人いれば……。だが、ニッサにもここにもそれだけの戦力はない。……せめて、相手が【凍竜王】だけならば)
回避行動を繰り返しながら、オーの脳内ではニッサと【キル・キル・バ】のタイムリミット、自身と【凍竜王】の手札、周囲の生存者などの情報が巡っていた。
焦っていると言っていい。
しかし、焦りを理由に一か八かの賭けには出ることはない。
彼の勝敗とデスペナルティは彼だけの問題ではない。
勝敗はニッサにいるキュオンの、デスペナルティは彼を慕う吸血氏族の未来が掛かっている。
だからこそ、小数点の賭けには出られない。
それでも――賭けねばならないときは来る。
(積み重ねろ。今の自分にとって、最大の勝算を)
今の手札は必殺スキルと奥義、瀕死の【キル・キル・バ】。
相手の手札は《渦静銀雅》と《銀施戒》、ニッサの巨竜、そして見せていない切り札。
相手の札は強く、まだ超えられない。
あと一枚……二枚は札の変化が必要だ。
彼の思考が、その変化の糸口を探していたとき……。
――ニッサの巨竜が崩れ始めた。
◇◆
【キル・キル・バ】自身も理解している。
今ここで争い競う三者の中で最初に脱落するのは自分である、と。
全身に幾つもの重傷を負い、流した血の量は総量の六分の一にもなる。神話級の生命力を以てしても死が近い。
【キル・キル・バ】は愚かではない。自分の死を、理解している。
それについて特別思うことはない。
【キル・キル・バ】の思考は、いつだってシンプルだ。
――怒りと殺意。
縄張りに入ってきたことに怒り、殺す。
逃げられたことに怒り、殺す。
追いかける邪魔をする連中に怒り、殺す。
突然出てきた氷のバケモノに遮られて怒り、殺す。
そいつに劣っていて怒り、殺す。
切り札を使わされて怒り、殺す。
切り札でも死なず怒り、殺す。
更なる乱入者が現れて怒り、殺す。
バケモノがこれまで舐めて手を抜いていたと分かって怒り、殺す。
自分が真っ先に倒れることに怒り、殺す。
斬、切、Kill。
自分の身を顧みることはなく、思考は怒りと殺意にのみ占有される。
あたかも、呪いの如く。
眼前の生物達への殺意が濃縮され、鋭さを増していく。
<UBM>になってから何時も、彼の思考はシンプルだ。
だから今、命が途絶えようとしても……殺意の思考がブレることはない。
名前のまま、殺意の刃として。
ただ、そのときを待つ。
To be continued
(=ↀωↀ=)<長くなったので分割
(=ↀωↀ=)<次の更新は22:00




