ロボータの冒険 超獣・竜王・ポメラニアン 地上最悪の決戦編 ⓪
(=ↀωↀ=)<今回短めなので早くできました
■某月某日・<厳冬山脈>
超級職【扇動王】を得た頃、パレードは単身での<厳冬山脈>踏破を目論んでいた。
それは<皇国支部>の動画の再生数があまり伸びなかったため、テコ入れも兼ねた挑戦であった。
特に、<王国支部>の<墓標迷宮>探索行に再生回数でトリプルスコアをつけられたことが効いていた。一発逆転のセンセーショナルなネタが必要なのだ。
パレードは防寒用の装備をオーダーメイドし、大量の消費アイテムをボックスに揃え、さらに<叡智の三角>……フランクリンから逃げ足だけが取り柄のテイムモンスターを大量に確保した。
そして彼は単独で<厳冬山脈>の探索を開始した。
ヘイトをテイムモンスターに擦り付けてデコイとし、モンスターとの戦闘を回避。
その手口で、可能な限り消耗せずに最奥を目指した。
それは上手くいき、彼の探索は順調だった。
順調過ぎた。
それゆえ……出会ってしまったのだ。
『――この地まで踏み込んでくる人間とは珍しい』
――巨大な氷の彫刻にも似た、恐るべき存在に。
「あ、あわわ……」
【扇動王】のスキルでも誘因不可能。
人間と同等かそれ以上の高い知性と――隔絶した実力を否が応にも理解させられる。
この<厳冬山脈>の中でもなお尋常ではない凍気を纏う氷の竜。
銘を――【凍竜王 ドラグフリーズ】。
パレードがこれまでに見た、どんなモンスターよりも恐ろしい威圧感。
彼女が『闖入者に話しかけよう』という気まぐれで凍気を調整していなければ、パレードは既に氷の破片と化していただろう。
『問おう』
「は、あい!」
パレードは恐怖で言葉を噛みながら応じる。
ゲームであるはずの<Infinite Dendrogram>で生命の危機を錯覚しながら、跪いて【凍竜王】の言葉を待つ。
『うぬは、白き魔獣に関わりがある者か?』
しかしその質問は、パレードの想定にないものだった。
何のことだかさっぱり分からない。
「……魔獣?」
『我らが領域を、五つの山々と三体の【竜王】を滅ぼした白き魔獣を知る者か?』
「し、知りません!? 私は無関係でございまぁす!!」
雪原に額を擦りつけながら、パレードは即座に叫んだ。
そんな者、知る訳がない。
そんな行い、重犯罪どころではない。
あまりにもリスクの高すぎる大犯罪を、自分やその関係者がするわけがない。
パレードとてモンスターを囮に逃げ進んできただけで、地竜を害してはいない。
<厳冬山脈>の外縁部より内側は、【地竜王】の法が支配する世界だからだ。
<厳冬山脈>の山々は彼ら……地竜王統の属国に等しい。
そんなものを滅ぼしてしまえば、地竜との全面戦争になる。
かつてカルディナを砂漠化させた地竜のスタンピードの再来を招く。
あらゆる国家で指名手配され、数多の世界派<マスター>から狙われるだろう。
『そうか。……ふぅむ』
何事かを考える【凍竜王】に、パレードは冷や汗を凍らせながら言葉を待つ。
そして……。
『此度の件、関係する母の法は二つある』
【凍竜王】はパレードを見下ろしながら、言葉を重ねる。
『一つ、この<厳冬山脈>の外で死した【竜王】の死は、【竜王】の種族のみの恨みである。二つ、この<厳冬山脈>の中で地竜以外のモノに【竜王】が殺されたならば、地竜そのものが血で贖わせる。昔から決められている』
「……!」
ならば、この<厳冬山脈>の内部で『獣』に殺された今は、その法に明確に反している。
種族単位ではなく、地竜全体の恨みとして犯人を殺しにかかっている。
パレードは、『これ、最悪の場合は皇国が滅ぶんじゃないか』、と思った。
『此度、我が裁定の任を賜った。さて、ヒトよ。我はどうすべきと考える?』
(何で私がそんなこと聞かれてるんですかぁぁあああ!?)
パレードは、ソロで<厳冬山脈>に入ったことを死ぬほど後悔した。
痛覚がないはずなのに、物凄く胃が痛い。リアルで勤めていた出版社が潰れ、担当漫画家に強制打ち切りを告げたときにも匹敵する。
だが、ここで返答を誤るわけにはいかない。
これが皇国崩壊の引き金になってしまえば、これまで築き上げてきたものも、今後の情報ビジネスも台無しだ。
「わ、私は誠心誠意、お答えさせていただきます! で、ですが判断のため、下手人の情報を今少しいただければと……」
現状では何を言えばいいかも分からないため、パレードは追加の情報を乞うた。
それは【凍竜王】の逆鱗には触れなかったらしく、彼女は鷹揚に頷いて話し始める。
『我も詳しくは知らぬ。逃げ延びた者は『白い魔獣』、『牙』、『恐ろしい』とだけ遺して事切れた。銘も分からぬ。獅子なのか、虎なのか、狼なのかも分からぬ。奇妙奇天烈な見た目かもしれぬ。まぁ、古代伝説級を含む【竜王】を三体も倒すのだ。強くはあろうさ』
「むむむ……」
パレードは悩みながら、しかし考えをまとめる。
銘が分からないという情報。これはモンスターかもしれないし……ガーディアンの<エンブリオ>かもしれない、と。
だが、後者はまずい。地竜の報復が<マスター>全体に及びかねない。
まさかこんな山奥に分け入る<マスター>が自分以外にいるとも思えないが、その可能性を示すだけでも最悪だ。
「であれば、下手人は神話級以上の魔獣ということですね……!」
ゆえに、犯人は『恐ろしく強い魔獣』ということにしなければならないと、パレードは結論付けた。
『そうなるか。そうなるなぁ……』
そう呟く【凍竜王】の内心は……パレードには分からない。
パレードの考えを読んだのか、読まなかったのかも、分からない。
だが、不気味な沈黙があった。
それは考えているのではなく……まだパレードの言葉を待っているようだった。
パレードは直感する。
ここで【凍竜王】に利する何事かを提示できなければ自分もビジネスも終わりだ、と。
「せ、僭越ながら……」
『申せ』
生唾を呑み込み、冷や汗を凍らせながらパレードは話す。
「わ、私の<エンブリオ>の力を、使わせていただければ、と」
『<エンブリオ>。<マスター>の持つ特異な力か……』
「ハハァ……! 仰る通りでございます。私の<エンブリオ>は、遠方を繋ぐ力にございます! この地に門を築けば、私のいる場所まで瞬時に移動ができまする」
『ほぅ。それで?』
【凍竜王】は興味深そうに、面白そうに続きを促す。
「わ、私と私のクランが総力を挙げ、この<厳冬山脈>の外で下手人を捜索させていただきまする! 下手人を見つけた暁には、門を通じて【凍竜王】殿下にお越しいただき、誅殺していただければと……」
『なるほど。捜索の手間と、移動の手間をうぬが担うと?』
「仰る通りでございます!!」
『ふむ。ふむ……』
また何事かを考えている様子の【凍竜王】。
だが、先ほどよりも機嫌は良さそうに見える。
『よかろう。捜索の任、うぬに委託する』
「ハハァ……!」
パレードは額を雪に埋めながら、内心でガッツポーズをとる。
少なくとも、すぐに皇国がどうこうという話ではなくなった。
『自分は英雄なんじゃないか?』とさえ考える。誰にも言えないが。
(神話級以上の白い魔獣……どこに犯人がいるかなんて分からない。だが、<皇国支部>ならば見つけることはできるはず。……あるいは<王国支部>の方が情報を持っているかもしれない。該当するものが見つかれば、それを『犯人』にしてしまえばいい)
平伏しながら、パレードは今後のプランを考えていた。
(……『犯人』、か)
実を言うと、彼は犯人についても考えていた。
目撃者が最後に残した、三つのワード。
内二つ……『牙』と『恐ろしい』に該当する存在にならば、パレードは心当たりがあった。
(でも、あいつじゃない。あいつは恐ろしいし、牙が目立つが……白くもないし獣でもない)
だが、最も具体的な容姿の情報と相違があったため、容疑者から外した。
それに、想像した人物が犯人であればそれこそ最悪だったため、パレードがこの不確かな推論を口にすることはなかったのである。
そんな内心を抱くパレードに、【凍竜王】が再び問いかける。
『して、自ら仕事を申し出たうぬは、何を求める?』
「はぇ? あ、はい、そうですね……」
【凍竜王】の言葉に、パレードは『報酬とか貰えるんだ……』と呆けるくらいに驚いた。
必死だったので、そんな欲にまで考えを回す余裕がなかった。
だが、何かくれるというのならば……と考え、口にする。
「……必要なとき、戦力をご提供いただければと」
そうして、パレードは自身の戦術について話し、それに<厳冬山脈>のモンスター……地竜を除くモンスターを使う許可を求めた。
『許可する。好きに使え。地竜にはうぬの《ルアー・オーラ》に抗える【竜王】以外は、門に近づかぬよう触れを出そう。それでも混ざる愚か者は地竜でも使って構わん』
「ありがたき幸せ……!」
そうしてパレードと【凍竜王】の契約は済んだ。
パレードは門を建造した後、意気揚々と皇都の門へと帰還したのである。
◆
「おひい様」
『【塊竜王】か』
「あの人間、下手人を見つけ出せますかな? 下手人を間違える。あるいは、おひい様を利用して無関係の魔獣を仕留める算段ということもあるのでは?」
『ホホホ。それならそれで構わぬ』
「と申しますと?」
『「下手人は神話級以上の魔獣」と奴は自ら言ったのだ。奴が門を開き、私を招くときは、それだけの位階の敵が存在するということ。そうでなければ、契約は偽りとなる』
「そうですな」
『ならば、間違っていても良いではないか』
「……ああ、そういうことですか」
『我らの国の内では、共食いにも限度がある。怪鳥共を含めてもだ。そして我や兄、上位の子は理由なく外界に出られぬ』
「【金竜王】様のこともありますれば、仕方なきことかと」
『ああ。だが、母上より賜った此度の勅命と奴の申し出は、我が外界の猛者を倒してリソースを得る機会となる。ゆえに、相対するは下手人でなくとも構わん』
「然り然り」
『むしろ、下手人が見つかった後も、「これではない」と言い続けよう。いつまで我に給仕できるかは知らぬが、限界まで喰らわせてもらう』
『兄上の、――そして母上の領域に辿り着くまでな』
To be continued




