ロボータの冒険 超獣・竜王・ポメラニアン 地上最悪の決戦編 ①
(=ↀωↀ=)<新年あけましておめでとうございます
(=ↀωↀ=)<ちょっと投稿間隔をいつもよりあけてやっていきます
(=ↀωↀ=)<ちなみに今回のエピソードは<トライ・フラッグス>の一部ですが
(=ↀωↀ=)<「本編に書こうかなどうしようかな」
(=ↀωↀ=)<「でもデスピリもユーゴーも出てないしな」
(=ↀωↀ=)<ってなったからこっちに投稿されます
(=ↀωↀ=)<本編の七章ResultⅡまで読んでいること推奨
(=ↀωↀ=)<あと可能ならば
(=ↀωↀ=)<漫画版二巻以降収録の『ロボータの冒険』を読んでるとなお良いかもしれません
(=ↀωↀ=)<そうです。彼が主役です
□■<トライ・フラッグス>開戦一週間前
王国と皇国の二国間戦争である<トライ・フラッグス>が布告され、それによって王国の各都市は準備に追われていた。
戦争状態となれば、都市外のティアンは敵国<マスター>に襲われても不思議ない状態。
それゆえ、戦争が始まる前に他都市への物資輸送を行う者達も多い。
物資には商人の商材だけでなく、<マスター>を支援する物資も含まれている。
それらが襲撃されることも想定され、輸送には王国の<マスター>が護衛に着いている。
特に戦争に参加できないランク外の者達は、此処が稼ぎ時とばかりに張り切っている。
『うーん、最近何だか騒々しいのである……』
そんな慌ただしい人間達をさておいて。
ギデオンの公園の芝生の上で白いポメラニアンが日向ぼっこをしながら転がっていた。
【ティールポメラニアン】という名前のテイムモンスター……に偽装した<UBM>【群狼王 ロボータ】である。
特徴として、多くのモンスターを配下にしているが自身は物凄く弱い個体だ。
そして、昨今の王国の修羅場に巻き込まれすぎてすっかりビビりが入っているワンコでもある。
その影響か、ペットに扮するスキルを身に着けて都市内活動を可能としたこの<UBM>。
人間が「かわいいかわいい」と言いながらくれるご飯を味わい、他のモンスターのいない安全な環境でゴロゴロしていた。
『部下一号達はレベル上げで街の外であるし……吾輩はご飯食べて寝るしかないのである』
【ロボータ】の配下は、配下筆頭である部下一号が全て連れて街の外に出ている。
部下一号は『動乱の気配がします。これまでにないくらい人間の猛者が動いてますし、中には探知能力に優れた者もいるかもしれません。隠蔽能力があるボスはともかく、ボスの影の中の俺達はバレてもおかしくないので』と一時的に街の外に出ているのだ。
なお、【ロボータ】本人(本犬)は『どーらん?』とよく分かっていなかった。
そうして半日が過ぎ、先ほど部下を通して経験値が入って【ロボータ】のレベルが上がっている。それが彼らの便りの代わりだった。
ちなみに、レベルが上がったところで【ロボータ】は支援スキル特化型。街にいながらも配下にバフを送れるほどだが、ステータスは今も『【ティールウルフ】にリーチ差で負ける』程度である。
あまりにも弱いので戦争直前で剣呑な空気のマップに連れて行くのも危険だったこともあり、一匹だけでのお留守番だ。
部下一号からは『危ないので絶対に街の外に出ないでくださいね。ボスもこの街の中なら(街のペット扱いされてるから)安全でしょうし。もしもこの街が危ないようなら部下Xを戻しますので、背中に乗って逃げてください』と念を押されている。
『うーん。大丈夫であるかな。このクールで頼れる吾輩抜きでは、部下一号達も苦労しそうであるが……へくちっ』
部下の心配と一致しない自己評価を述べたとき、ちょうど公園に風が吹いた。
その風は少し冷たく、犬……もとい狼の身でも肌寒い。
『どこか風除けになる場所は……むむ』
辺りを見回した【ロボータ】は、公園の傍に奇妙なものを見つける。
それは動物の毛皮を縫った巨大な幌で覆われた小さな小屋のようなもの。
内部はとても暖かそうで、丁度良く毛布の類がうずたかく積まれている。
『ベストタイミングであるー♪』
【ロボータ】はフラフラとその小屋のようなものに入り込み、毛布の中に潜り込む。
野宿や洞窟では味わえない暖かさに、【ロボータ】は緩んだ表情でスヤスヤ眠り始めた。
そうして、彼が完全に寝入った頃……。
「ギデオンで仕入れるもんは仕入れただば。そんじゃま、ニッサ辺境伯領に向かうべ。護衛の方、お願いするでよ」
「了解でーす」
王国でも北の地域の商人とその護衛の<マスター>達が、小屋のようなものに近づく。
いや、それは小屋ではない。王国北部の地域で使われている、モンスター素材で作った竜車である。
そうして商人が竜車を引く地竜を呼び出して繋ぎ、彼らは目的地であるニッサ辺境伯領へと出発した。
……【ロボータ】が毛布に埋もれて眠っていることに気づかぬまま。
◇◆◇
□■<トライ・フラッグス>一日目・夕刻・<ニッサ辺境伯領>
アルター王国の南西には、広大な森林と山岳を持つニッサ辺境伯領がある。
山岳に沿った道でレジェンダリアと古くから交易をおこなっている地域であり、それこそ三強時代に西方が侵略国家アドラスターの支配下にあったときから、この地方はレジェンダリアとの窓口だった。
また、領主であるニッサ辺境伯も含めてレジェンダリアの部族の血が入った住民も多い地域だ。それゆえかアルター王国とレジェンダリアの両方に属していると考える者もおり、やや複雑な住民感情の地域でもある。
そんなニッサ辺境伯領にとって皇国との戦争は……少し遠い話でもあった。
南西に位置するために皇国からは遠く、またレジェンダリアの介入もありうる地域なので前回の戦争でも皇国は手を出してこなかった。
対岸の火事とまでは言うまいが、『まぁ自分達が巻き込まれる確率は低いだろう』という意見の者はそれなりにいた。
もしも王国が崩壊したときも、皇国ではなくレジェンダリアに併合されるのではないか……と考えるくらいには。
だから彼らは知らなかったし、想像もしなかった。
これから、ニッサ辺境伯領で起こることを。
人知の及ばぬ、神話の激突を。
◇◆
人の入らぬ山の奥深く。
ニッサ辺境伯領にある人跡のないこの地に、しかし今は百人近い人間が集まっている。
彼らは二つの集団であり、しかし同じ名前を冠している。
<Wiki編纂部・アルター王国支部>。
<Wiki編纂部・ドライフ皇国支部>。
共に、<Infinite Dendrogram>内での未知を探し、文に記して世に伝え、あるいは希少な映像資料で動画再生数と広告費を稼ぐ集団である。
同じ目的で、属する国が違うだけの集団。
同様の集団が各国に一つずつあり、より細かく特化した小規模なものも幾つかある。
しかし同じ目的で同じ名前を冠していようと、別集団。
そしてこの二国の支部については明確に――敵対関係と言っていい。
「…………」
<王国支部>のオーナーである【氷王】アット・ウィキは、黙したまま眼前の集団を……正確にはその中央に立つ男を見ている。
同時に、ウィンドウの端にある時計にも視線を送っていた。
「ふむ。日時の指定はこちら、場所の指定はそちら。しかしながら、随分と辺鄙な場所を選んだものですね、ウィキ君」
細い眼鏡を押し上げながら、どこか嫌味な声音でアットに話しかけたのは蛇のような目の男だった。
わざわざこの<Infinite Dendrogram>で白スーツなど仕立てており、まるで裏社会を舞台とした漫画から出てきたような印象を受ける……と言うよりも実際にとある漫画のキャラデザインと名前を丸々持ってきた男だ。
マフィア風の男の名は、パレード・W・デッド。
<皇国支部>のクランオーナーである。
「まぁ、皇国の山は草木もろくになく、あるのは雪か土だけなのでここよりも殺風景ですが。ヒヒヒヒ」
パレードが妖怪のような笑声を上げると、<王国支部>の者達は気味が悪そうな視線を送った。なお、<皇国支部>の人間も一部含まれる。
「さて、ちゃんと時間通りにお互い揃いましたし……部外者もいないようで」
「そういう契約だったからな」
「よろしい」
開戦前から両者は連絡を取り合い、契約を交わしていた。
部外者を交えず、パレードの指定した日時に、アットの指定した場所で会う。
しかしそれは利敵行為ではない。
なぜなら二つのクランが今日ここで対面しているのは……雌雄を決するためだ。
「ウィキ君も御存知のように、我々にとって実はこの戦争の勝敗など関係ない」
「…………」
その言葉は、アット自身も述べたことがあるものだ。
<編纂部>の活動は、戦争の勝敗に左右されない。
いや、むしろ……。
「王国が敗れれば皇国に併合されるでしょう。皇国は乾坤一擲の戦争に敗れれば亡国一直線。王国を呑むか、皇国が無法地帯となって他国に……手近な王国に移住といったところですか。どちらにせよ、両支部は新たな活動範囲を得る訳ですね」
どちらであろうと、彼らの享受する最大の結果は同じ。
王国の決闘施設や<墓標迷宮>。
皇国の機械技術や<厳冬山脈>、<淫魔の宮>。
そして双方の<遺跡>。
国家限定のコンテンツは双方に解放される。
それは情報を武器とする<編纂部>にとっては、どう転んでも美味しいという話だ。
「我々は世界派や遊戯派とは違う。研究と趣味に没頭するだけのオタクども、愛国者のノリで目の前しか見えていないアホ狼ども、今が楽しければそれでいいジャングルのバカども。いずれとも、違う」
自国の上位三大クランを揶揄しながら、パレードはニヤリと笑う。
「我々はビジネスがしたいのですよ。RMT禁止法でアイテムのRMTは禁止。だが、情報配信は禁止されていない。動画の広告収入だけではない。有料会員制の情報サイトの開設も進めています。それだけで向こうでも生きていけるでしょう」
<Infinite Dendrogram>が従来のゲームと違う点は数多あるが、パレードはその最たるものを『情報量』だと考えている。
それこそ、リアルの国一つ……否、大陸一つに相当する情報の塊。
従来のゲームのように、攻略しきれるものではない。
その上で、希少な情報は限りなく希少だ。
モンスターの生息分布。ドロップ内容。<UBM>の位置情報。
そして超級職への転職条件。
人によってはリアルマネーを何万とつぎ込んでも手に入れたい情報が、<Infinite Dendrogram>には存在する。
「我々は今ある形から一歩先に進める。そのために、情報源が増えることは好ましい。<トライ・フラッグス>よ、ありがとう」
活動領域を広げ、情報の獲得先が増えることがパレードには嬉しかった。
だが、問題もある。
「しかしながら、情報を得るには人手が要ります。そして競合他社はいない方が良い。それは、そちらも同じ考えでしょう?」
「…………そうだな」
「それこそ、一つのクランに併合ということもありましょう。二ヶ国分の<マスター>が集まれば、ランキング争いも過熱しましょうから」
パレードは既に戦争後のクランランキングも見据えているようだった。
気が早いと評するか、先見の明があると評するかは人による。
「だからこそ、すべきことがありますよねぇぇ?」
しかし、首を斜めに傾けながら、ねめつけるようにウィキを見る姿は知性よりも魔性を感じさせた。ロールプレイか素かも不明で気味が悪い。
余談だが、<皇国支部>の若い女性メンバーが泣きそうな顔になっていた。
「ああ……」
だが、妖怪じみたパレードに物怖じすることもなく、アットは揺らがずに視線を交わして受け答える。
「――どちらの格が上かをハッキリさせよう」
「――そぉゆうということですよぉぉぉ、ウィキくぅぅぅん!」
冷静なアットの言葉に、テンションが高まって上ずったパレードの声が重なる。
彼らの契約。
それは――この日この場所でのクラン単位の決闘だ。
先に敵オーナーを落としたクランが、戦争後の合併クランの主導権を握ることになる。
加えて、相手の支部に情報公開せずに秘蔵していた各種情報を譲る契約もある。
(あるいは、その情報の中にこの<トライ・フラッグス>そのものに関わるものもあるか)
アットはそう考えたし、相手もそう考えているだろうと察した。
<フラッグ>や<超級>の配置など、知っていても不思議ではないのだ。
両支部にとって戦争は勝とうが負けようが関係ない。
だが、――遊戯であるならば敗北よりも勝利が優先される。
それもまた、両者共通の認識だ。
「あとさんぷぅぅぅん♪」
事前に契約した開戦時間まであと三分となったとき、双方は自分達にバフスキルの使用を開始した。
相手を対象とするスキルは刻限まで禁止されているが、準備は可能。
アットは自らの魔法で壁役の【パルマフロスト・ゴーレム】を呼び出し、配置する。
「ケヒヒヒ!」
パレードもまた、自らの左腕を掲げている。
掲げた左手の紋章は、『門と門を繋ぐ橋』。
「おいでなさいビフロストォ!!」
彼が左手の指を鳴らした直後、紋章が発光し――彼の背後に巨大な城門が構築される。
(やはり、開戦前に出したか……固定式空間ゲートを)
アットは緊張を滲ませながら、その城門を見上げる。
ビフロスト。北欧神話に伝わる虹の橋。
その名を冠した<エンブリオ>の能力は――世にも珍しき空間転移ゲートの一つ。
ただし、その条件は“不退転”のイゴーロナク……莫大なMPで様々な無理を押し通したスモールのチェンジリングよりも厳しい。
まず、事前に城門――ビフロストから創出される資材を用いて、固定門を作る必要がある。
転移ゲートはビフロスト本体と建設した固定門の間でのみ有効であり、接続する固定門は時々で切り替えられるが最大で三ヶ所しか作れない。
また、固定門は物理的に破壊可能であり、破壊された固定門は当然使用不可能になる。
さらにゲートの展開時間にも限度がある。一日五分間ずつ展開時間がチャージされるが、最大で六〇分までしか蓄積されない。
そして城門と固定門のどちらからでも移動できるが、その日の内に通れるのは一方向のみ。城門から固定門側に移動した場合、固定門から城門側に帰れるのは翌日だ。
片手の指が埋まるほどの条件を必要とするが、それでもなおこの<エンブリオ>は極めて有効だ。
この<Infinite Dendrogram>屈指のネックである広大なマップと移動時間の問題を、解決しているのだから。
それこそ、やりようによっては東方と西方を繋ぐことすら可能だろう。
ただし――このパレードという男にとってビフロストの主用途は移動手段ではない。
移動手段であれば、余人を交えぬこの戦いで出す訳がない。
「あとにふぅぅん。生物移動禁止で《開門》!」
パレードの笑声に呼応するかのように城門が開き、内側に虹色の光が広がる。
するとゲートが繋がったのか、門の向こうから冷たい――極寒の吹雪が吹いた。
「この冷気……<厳冬山脈>の!」
「イグザクトリィィィイ! 接続した固定門は<厳冬山脈>の中腹ですよぉ?」
その言葉を聞き、アットは『よく破壊されなかったものだ』と考えた。
固定門に限らず、建造物はモンスターが凶暴な地域ほど破壊されやすいというのに。
だがしかし……パレードにとってはだからこそ良いのだろう。
「ワン・ミニィィィッツ」
そして戦闘開始まで残り一分となったとき、
「《ルアー・オーラ》ァ」
パレードは自らにバフを……強化とは呼べぬバフをかける。
それは、下級職【囮】のジョブスキル。
囮系統は【歩き葡萄】というモンスターに近いジョブであり、《ルアー・オーラ》は知能の低いモンスターの本能に訴えかけ……自身を狙わせる。
直後、門の向こうから吹雪に混ざり、無数の唸り声と足音が聞こえてくる。
門を通して《ルアー・オーラ》に惹かれた、<厳冬山脈>のモンスターの音だ。
生物の移動を禁止しているために通って来られないが、そうでなければビフロストで空間を超越したモンスターがパレードに食らいついているだろう。
「ケヒヒヒヒヒ……今日は随分と活きが良いみたいですよぉ?」
ビフロストから吹き込む吹雪と猛獣達の声に身を振るわえながら、パレードが笑う。
ここまでは、手の込んだ自殺。
だが、パレードにとって……この行動は拳銃の撃鉄を上げたようなものだ。
「5、4――」
そして残りが五秒を切り、パレードは自らの長い人差し指でアットを指差す。
アットとパレードの視線が再び交わされ、アットには《看破》で彼のジョブもはっきり見えている。
――【扇動王】。
モンスターのヘイトを誘引する囮系統の超級職。
《ルアー・オーラ》のスキルレベルはEXに達し、もはや理性あるモンスターはおろかティアンですら彼を襲いたくなるだろう。
だが、そのスキル効果もやはり……前段階。
「3、2――」
【扇動王】の奥義の名は――《指名手配》。
「1――」
――自らのヘイトを他者に擦り付けるスキルである。
「――0! 非人間範疇生物許可!」
両クランの戦闘開始の刻限になった瞬間。
ビフロストからモンスターが溢れ出し、一斉にアットへと襲い掛かった。
「……!」
分かっていても、事前に防げない。
刻限前の戦闘禁止のルールゆえに、そのコンボの作動は防げない。
パレードは空間転移ゲートであるビフロストと【扇動王】を併用する。
凶猛なモンスターの群生地とゲートを繋げ、自らのスキルでゲートのこちら側に誘引した上で相手にモンスターの大軍を擦り付ける。
即ち、――MPKの専門家。
「《ホワイトフィールド》!」
アットが自らのゴーレムも巻き込みながら、氷属性の上級奥義を撃ち放つ。
氷でできた【パルマフロスト・ゴーレム】はノーダメージだが、殺到するモンスターにも効果が薄い。
(冷気に耐性がある……! <厳冬山脈>に繋いだのは俺のジョブを把握してのことか!)
両クランの決戦が決まる前、アットは“トーナメント”の三日目に参戦して決勝まで勝ち進んだ。ゆえに、彼が【氷王】であることも含めて手の内は知られている。
そして今回の開戦時間も、固定門を設置した<厳冬山脈>のモンスターが最も活発化する時間を選んでのものだ。
「オーナーを援護だ! モンスター共を近づけさせるな!」
<王国支部>の<マスター>がアットを守るべく動く。
だが、それに呼応して<皇国支部>の<マスター>達も動いている。
互いにオーナーの首の取り合い。先に攻め切った方の勝ち。
だが、大量のモンスター……最低でも亜竜クラスのモンスターの集団を押し付けられた時点で、<王国支部>が不利になっている。
「……余人を交えず、じゃなかったかな」
「おやおやおやおや! ウィキくぅうん? これが余人に見えるなら眼科健診をおススメしますよぉぉぉ♪」
モンスターは人間範疇生物ではない。
つまりは、事前の取り決めの対象外ということだ。
ほぼ互角のクラン同士の真っ向勝負という形で始めた上で、モンスターを擦り付けて圧倒する。
ルールの範疇だが、最悪の手でもある。
「……まぁ、そうだろうな」
だが……アットは狼狽えもせず、パレードの言葉にそう述べた。
自らに迫るモンスターをゴーレムと仲間達が壁となって阻む最中、どこか涼しい顔をしている。
「?」
その冷静な反応に、パレードがまたも妖怪のように首を傾ける。
「パレード。お前の手口を俺達が知らないとでも思ったか? お前自身は動画にしていなかったが、それなりに有名だったぞ」
「……ほぅ? 不利な形になると分かっていてこの勝負を受けたと?」
妖怪のような笑みを消して、パレードがアットの真意を測るように注視する。
「読み通り、お前がこの形に持ってくるなら……俺達も遠慮しなくていい」
そしてアットは……またチラリと時計を見た。
既に開戦時間は過ぎているのに、まだ気にすべき時間があるとでも言うように。
「本当は<編纂部>同士の戦い以外で使いたかったがな。仕方……ないッ!」
そして突如として踵を返し、――背を向けて逃走した。
その逃走に、パレードが呆気にとられる。
(逃げた? オーナーの死で勝敗がつくのですから、撤退もありえましょうが。ここで逃げても戦力を欠いてジリ貧になるだ、け……!)
それは、何かが起きる直前の行動。
【扇動王】になる前、囮系統としてヘイト管理の回避タンクとして活動を続けてきたがゆえの経験と直感。
ここで逃げねば死ぬという直感があり、それに従ってパレードは逃げた。
直後、――何かが起きた。
殺到していたモンスターや<皇国支部>の<マスター>が細切れになり、同時にゴーレムや少数の<王国支部>の<マスター>も切断された。
爆発的に広がる切断、とも言うべき光景。
血煙にその惨劇の中心点が隠され、間もなくモンスターと<マスター>の遺体が光の塵になって消えたことで――何かが見える。
それは……剣歯虎に似た生物だった。
しかし体躯は象ほどもあり、人間など牙を使うまでもなく一呑みに出来そうな巨体。
それでもやはり、その生物の最大の特徴は牙だろう。
その牙は、刃だった。
比喩や用途の問題ではない。
――正真の金属の長刃が二本、上顎から伸びている。
金と銀のどちらとも言えぬ光沢の、その刃。
それが<マスター>ごと無数のモンスターを裂いたのは、疑いようがない。
見る者が視れば尋常な金属ではない――神話級を超えた金属であると理解する代物。
だが、今ここに集った<マスター>達の視線を集めたのは、牙ではなく銘だった。
剣歯虎の頭上にはモンスターであることを示すように銘が……<UBM>の銘がある。
同時に、一部の<マスター>はそれが保有するリソース量から、それの等級さえも把握してしまった。
剣歯虎の銘は――【キル・キル・バ】
<神話級UBM>――【磨刃超獣 キル・キル・バ】。
<王国支部>が王国内マップの散策中に発見し、太刀打ちできず三年以上観察していた<UBM>である。
「な、なん……?」
パレードが、想定外の事態に細い目を丸くする。
だが、それが偶然でないことは、寸前のアットの行動で理解していた。
「…………ウィキ君?」
「こいつは縄張りに入った者を許さない」
強張った表情のパレードに、アットが冷静な――しかし冷や汗を流している――顔で応える。
「どこまでも追いかけ、近づいた者も斬り殺す」
アットがチラリと見た視線の先では、真っ二つになった仲間……【キル・キル・バ】の縄張りに入り、此処まで逃げてきた速度特化の<王国支部>メンバーの死体がある。
彼はアットの作戦に乗り、志願して近隣の縄張りからこの爆弾をここまで連れてきたのだ。
つまりは……。
「つまりは――モンスタートレインだ。お互い、最悪の手をぶつけ合おうか、パレード」
「ウィキィィィィィ!?」
『――GWOOOOAAAAA!!』
パレードの絶叫と共に、【キル・キル・バ】が新たな犠牲者に飛び掛かった。
To be continued




