“神殺し” ⑤
(=ↀωↀ=)<12月6~8日にメロンブックス様の秋葉原イベント館にて
(=ↀωↀ=)<デンドロのオンリーショップが開催されます
https://www.melonbooks.co.jp/special/b/0/event/20191206_infinite_dendrogram/
(=ↀωↀ=)<デンドロのグッズが多数発売。まだ表示されていないグッズも色々あるようです
(=ↀωↀ=)<余談ですがブックカバーのネメシスは
(=ↀωↀ=)<以前にメロンブックス様の限定特典でのみ使われた絵柄なのでわりとレアです
□■アルター王国
【疫病王】の脅威は、キャンディがログアウトしていた一日の間に近隣国家に周知された。
小国とはいえメイヘムは近隣国と多少のやりとりはあり、首都には<DIN>の支局もあった。
そこからの最後の通信によって異常事態は他国へと広まり、脅威は周知された。(実際は滅んだ後にメイヘムの設備を使って双子が通信を行い、それを<DIN>の社長でもある双子が直接受け取ったというアリバイ作りをしている)
また、当代の【勇者】である草薙刀理の死亡も合わせて報告され、【疫病王】の恐ろしさをさらに強く示すことになった。
国を一つ滅ぼし、“国絶やし”と呼ばれるようになった【疫病王】の脅威。
キャンディが再度ログインしてからはメイヘムに隣接する三国がそれぞれに対応策を打ち出した。
カルディナの対応策は、遠距離攻撃エンブリオによる狙撃。
<超級>の一人、【砲神】イヴ・セレーネによる砲撃が実行された。
しかしそれを読んでいたかのように、直前でログアウトされて回避された。
レジェンダリアは【勇者】以上に頑健な肉体を持つ【超力士】バルク・ボルカンが向かったが、辿り着けずに死亡した。
王国は状態異常に高い耐性を持つアット・ウィキ率いるクラン<Wiki編纂部・アルター王国支部>が動いたが、状態異常ではない肉食細菌によって壊滅している。
また、装甲車の<エンブリオ>で突撃した者もいたが、対応したキャンディが金属を捕食する細菌を散布したことで気密性が失われ、壊滅している。
このとき、王国の<超級>は動いていない。
レイレイは常の不在。
【女教皇】扶桑月夜は王国との交渉中。
【超闘士】フィガロは折悪しく<墓標迷宮>深層へのソロアタック中。
【破壊王】はこのとき消息不明であった。(一説には天地での神獣討伐、そしてグランバロアの【屍要塞】事件に関わったとされる)
そうして各国が打倒できぬまま、キャンディは移動を再開。
その行き先が王国だと判明したとき、王国の民は敗戦の傷が癒えていないこの国に更なる災禍が降りかかるのかと絶望したが、それでは収まらないと考える者も多かった。
王国を滅ぼし、ドライフかレジェンダリアを滅ぼし、やがては大陸の全てを殺し尽くすのではないかと……畏れられた。
あたかも、忘れ去られた神の如く。
◇
王国東端の街アジャニの役所の一室、来客用の部屋でメイヘム唯一の生存者……マールは膝を抱えていた。
目元には涙の跡があったが、今はもう流れていない。
涙は枯れ……あるいは心もそうなりかけている。
マールには、あの日のことが何も分からなかった。
なぜ、刀理があんなにも必死だったのか。
なぜ、竜が自分を連れ去ったのか。
なぜ、共に過ごしてきた羊や牧羊犬が死んでいったのか。
その理由が分かったのはこの街について、人化した竜……アルクァルから事情を聞いたためだった。
最初は信じられなかった。信じたくなかった。
だって、信じたらいけないことだった。
アルクァルの言葉が本当だったら……父も母も兄も、マールの家族はみんな死んでしまったことになる。
優しかった村の大人も、同世代の友達も、弟妹のようだった子供も、先月生まれたばかりで村でお祝いした赤ん坊も、みんな死んでしまったことになる。
刀理も……死んでしまうことになる。
そんな話を信じるくらいなら、竜の言葉を嘘だと断じて、怒りを買って殺された方が遥かに良かった。
けれど、アルクァルは怒らなかった。
悲しみを湛えた目で、マールを見るだけだった。
そうしている間に、送り届けられた街も騒がしくなった。
メイヘムでの出来事が、<DIN>という新聞社を経由して伝わったからだ。
世間が事件を事実としたために……マールの心もそれが事実と認めざるを得なかった。
そして……刀理の死もマールは知った。
それから、マールは役所に保護された。
メイヘムから逃げてきたことを告げ、《真偽判定》での確認を受けた。
疫病の検査も受けたが、マールは罹患していなかった。
刀理の行動は自分を助けるためのギリギリの行動であったのだろうと、マールは動揺する心の片隅で思った。
アルクァルは何時しかいなくなっていた。マールを役所に送り届けた後、「やることがある」と言って飛び立ってしまった。
だから今、マールは一人でここにいる。
「…………」
マールの傍には何もない。
貸し与えられた見覚えのない部屋に一人きり。
けれど、今はもう世界の全てがこの部屋と同じだ。
もうマールが生きてきた『世界』は、広い大陸のどこにもないのだから。
いつまでも続くと思っていた代わり映えのしない日常は、終わってしまったのだから。
かつてのマールが考えていたようなすごいこと……恐ろしいことによって途絶えてしまった。
だから今、マールは未知の世界に独りきりだ。
「……こんなの、いやだよ……」
平凡な日常の中で、マールは大事件を夢想していた。
冒険譚、英雄譚に夢を馳せた。
けれど、自分の身に起きた出来事はただの悲劇であり、絶望だった。
あれから何度も眠りについて、目覚めたときには今が夢であることを祈って、けれどそれは叶わない。
現実が、少年の心を追い込んで……影を落としていく。
『マールくん、起きているかしら?』
「…………うん」
部屋のドアがノックされて、役所の職員の女性がマールに声をかける。
保護されてから、マールは何度か呼ばれ、質問されていた。
メイヘムで唯一の生存者であるマールから少しでも情報を聞き、【疫病王】への対策を立てたいと考えている。
けれど、マールには何もわからないし、何も答えられないのだ。
分かったのは、飼っていたモンスター達が次々に死滅して、それを見下ろしながらアルクァルと共に飛んで逃げて、そして……刀理に見送られたことだけだ。
けれど、その情報も無意味ではなかった。
【疫病王】の細菌、その性質の一部がマールの証言から分かったのだという。
それもあって他にも何か見落としていることがないかと、時間を置いて尋ねられている。
だから今もまた質問されるのだと思ったが……違った。
『実は……【疫病王】がこの街に向かっているらしいの』
「!?」
『明朝までに避難することになるかもしれないから、準備はしておいて……』
そう言って職員はドアの前から去っていた。
準備といっても、マールには持ち物など何もない。
準備の必要があるのは心だけで……しかしそれは準備できない。
「……うぅ」
【疫病王】。マールの全てを奪った存在が、この街にも訪れる。
マールはその言葉にとても怯え、あの日の光景がフラッシュバックした。
まるで……絶望が取りこぼしたマールを追いかけてきているように感じられたからだ。
「どう、どして……」
恐怖と悲しみと怒りと無力感と後悔、全てが混然となってマールの手足を縫い留めていた……。
◇
アジャニの役所の一室には、各新聞社の記者達が詰めていた。
王国東端であり、最もメイヘムに近いアジャニ伯爵領。
それゆえ、【疫病王】襲来の危機にさらされる可能性が最も高く、伯爵から緊急の発表があった際にそれを伝えるために彼らは詰めているのである。
大小様々な新聞社の記者がおり、中には<マスター>の姿もいくらか混ざっている。
その中に、少しだけ目をひく女性がいた。
黒いサングラスにスーツ姿と、服装を含めてファンタジーらしいアルター王国では少し……かなり浮く格好をしている。
女性がつけた腕章は広域に情報網を持ち、今回の【疫病王】の一件を最初に報せた新聞社である<DIN>の所属であることを示している。
他の記者同様に発表を待って詰めている彼女は、何故かスケッチブックに絵を描いているようだった。
そんな彼女のスケッチブックを、同じく<DIN>の腕章をつけた女性記者が横から覗き込んだ。
「マリー。何を描いているの? また男性の裸?」
「いえいえー。ちょっと情報を整理しているんですよー」
そう言う記者――マリー・アドラーのスケッチブックに書かれているのは、奇妙な図形だった。
極端に縦に短く、横に長い半球であり、数値も含めて書き込まれている。
ただ、なぜか図形の上にはマスコットのような鳥のマークが書かれてもいる。
「ところでアジャニ支局が飼ってる怪鳥って、高度何メテルまでいけましたっけ?」
「六〇〇〇メテルほどじゃないかしら」
「強さは?」
「亜竜クラスだったはずよ」
「……少し微妙で賭けになりますねー」
メモしながら何事かを悩むマリーに、ティアンの同僚記者はまた何か変わったことをやろうとしているんだろうなと考えた。
マリーなど<マスター>の記者は一種の特派員であり、特殊な技能で一風変わった情報を集める仕事をしている。<マスター>の不死性があれば、命がけの情報だって<マスター>達は持ち帰ることができるのだから。
そんな<マスター>の記者であるマリーが、なぜか今日はこのアジャニに詰めていることも含めて不思議なことは多い。
<マスター>の記者を取りまとめる人物……双子社長ならば理由を知っているのかもしれないが、一般記者である彼女に窺い知ることはできない。
「おや?」
二人が話していると、記者達の部屋に役所の職員……そしてこのアジャニを治めるアジャニ伯爵が入室した。
伯爵からの直接の発表ということで、記者達は自分達の予感が的中してしまったことを悟る。
その予感の通り、伯爵の口からは【疫病王】のアジャニへの襲来と西方への避難計画が告げられた。
「?」
しかし、伯爵が苦渋の顔で避難を発表する最中……なぜかマリーは別の方向を見た。
視線は壁に遮られていたが、彼女はまるでその先の何かを見通しているようであった。
それから、マリーは同僚に耳打ちする。
「……すみません。ボク、ちょっと抜けますね」
「え?」
そう言って同僚がマリーを振り向いたとき……その姿はなかった。
まるで最初からいなかったように、マリーは消えていたのである。
同僚は少し混乱したものの、『<マスター>ならこういうこともあるわね』と納得して、伯爵の発表に向き直った。
◇
マールがベッドの上で膝を抱えていると、窓枠が外から叩かれた。
「我だ。開けてくれ」
その声に、マールは聞き覚えがあった。
よろよろとした足取りで窓に近づき、鍵を開ける。
窓を開くと外から体格のいい……少しトカゲに似た瞳の青年が飛び込んできた。
一見するとレジェンダリアの血が入っているように見えるが、彼こそは元【雷竜王】……アルクァルの人化した姿である。
「まずは、謝ろう。仇である【疫病王】を倒し損ねた」
その言葉で、マールは彼が刀理の仇を討ちに行ったのだと知った。
そして刀理でも勝てなかった【疫病王】には、竜であっても勝てなかったのだということも悟った。
「奴は今、この街に向かって歩いている。明日には奴の疫病がこの街に到達するだろう。その前に、避難しなければならない」
「…………」
「汝はどうするかを聞きたい」
「どうする、か?」
何を聞かれているのか、マールには分からなかった。
「我は刀理より汝の安全を頼まれた。汝を預けたこの街もまた病の海に沈むのならば、逃がさねばならない。人と共に逃げてもいいが、我の翼ならばそれよりも速く、彼方へと遠ざかることもできる。あるいは、海上の国に行けばあの疫病も届かぬかもしれん」
「…………」
アルクァルは友であった刀理に義理立てし、同じく刀理の友であったマールを生かそうとしている。
アルクァルと共に逃げるか、アジャニの人々と共に逃げるかという選択。
けれど、マールは……。
「僕は……ここに残るよ」
どちらもを、選ばなかった。
「……何故だ?」
「だって、生きていても、僕にはもう……何もないんだもの」
家族も、友人も、家も、故郷も……彼を彼たらしめていたものは最早ない。
自分自身を見失って、けれど新しく生きる足場を見つける事さえできなくて、もはやマールに残っているのは諦観と絶望だけだった。
「刀理様だって、アルクァルだって、【疫病王】には敵わなかった。もう、この大陸に生きている人がみんな殺されてしまうなら……僕も早くみんなのところに……」
「汝……」
そんなマールに対し、アルクァルが何事かの言葉を投げかけようとしたとき……。
『――でしたら、【疫病王】が人の手で倒せると証明してみせましょうか?』
――聞き覚えのない声が室内に発せられた。
それは、奇妙な声だった。
老いているのか、若いのか。
男なのか、女なのか。
定かならぬ声……変声された声が室内で静かに染み渡るように聞こえてきた。
「!」
アルクァルが声のした方角を振り向くと、そこには奇妙なものがあった。
それは、黒い靄だった。
一体いつ、室内に入って来ていたのか。アルクァルに一切の気配を感じさせないまま、人型の黒い靄がドアの横に立っていた。
それが可能である相手に、アルクァルは警戒を向ける。
「貴様、何者だ?」
アルクァルの問いかけに対し、その人物はアルクァルと……マールを見ながら答える。
『“――ボクは影”』
そして一歩、マールへと近づく。
どこが顏かも定かならぬ黒い靄の奥で、しかしマールの目を真っすぐに見ている。
『“君の絶望の影であり、悲しみの源を闇の中へと引きずり込む――死色の影”』
どこか芝居がかった口調で言葉を続け、
『――“Into the Shadow”』
――両手を広げ、まるで演劇の舞台のようにその一文を発した。
それこそが大事、とでも言うように。
「…………」
影を名乗った人物の異様な雰囲気に、アルクァルは警戒しながらも言葉を失くす。
彼の背後で守られるマールは……。
「悲しみの、源を……?」
悲しみの源を闇の中へと引きずり込む。
その言葉が悲しむマールを殺すという意味でないのならば、それが示すことは……。
「【疫病王】を……倒すっていうこと?」
『ええ。あなたが望むならば』
マールの問いに、影はあっさりと頷いた。
「……できるのか?」
自身も【勇者】刀理もできなかったことが、この謎の影にできるとは思えない。
思えないが……眼前の奇妙な影には確かな自信があるようだった。
『ただ、仕事の対価はいただきます』
「対価、だと。金銭か?」
『いえ、協力ですね。あなた……人化したドラゴンにお手伝いいただく形になります』
指差しながら言われた言葉に、アルクァルは面食らう。
憎き【疫病王】を倒せるならば、協力は惜しまない。
しかしそれでは、この影に得がないからだ。
「貴様は、それでいいのか?」
『ええ、まぁ。ああいう輩を依頼されて倒す役割自体が、ボクにとっては意味があることなので』
「…………」
アルクァルにはその言葉の意味が不明だったが、嘘を言っていないことだけは確信できた。何らかの、影だけに意味があるロジックと利益で動こうとしている。
「……分かった。協力しよう」
『はい。では後は……あなたの言葉次第です』
そう言って、影は再びマールを見る。
『ボクが動くには、依頼人が必要です。あなたは、どうしたいのですか?』
それもまたこの影だけのロジックであり、動機なのだろう。
その問いかけは、選択の提示だった。
きっと、影はマールが何を選択してもいいのだろう。
依頼せず、逃げることやただ留まることを選んでも構わない。
そのときはアルクァルの協力がなくとも倒す手を見つけるだろうし、他の依頼人も探すかもしれない。
しかしきっと……最初にこの選択をマールに持ちかけたのは、マール自身に理由があるからだ。
きっとこの世の誰よりも、マールにそれを頼む理由があるからだ。
「…………」
マールは思い出す。
これまでの、何の変哲もない日常だと思っていた……二度と帰らぬ黄金の日々を。
母の温もりと、ずっと食べていられると思った手料理を。
父の頼もしさと、疲れて背中に背負われたことを。
兄の優しさと、手を繋いで歩いてくれたことを。
家族との記憶が、流れるように思い出される。
同時に、羊達の鳴き声や匂い、風に流れる麦の畑、故郷の風景が蘇る。
そして、全く違う境遇の……けれど同じ思いを持っていた友人の顔が浮かんだ。
「……って」
マールは……涙が止め処なく溢れ出した目で、影を見上げる。
そして、彼は口にする。
「み、んなの……仇を取って……!!」
己の心の奥底から湧き上がった……正しき怒りを。
『もちろん』
嗚咽で途切れる依頼人の声を聞き届け、影は踵を返す。
『そのために――マリー・アドラーがいる』
そして、異なる物語の殺し屋の名を冠した<マスター>が動き出す。
――神を自称する者を殺すために。
To be continued
(σ■-■)<ボクの出番ですよー