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“神殺し” ③

(=ↀωↀ=)<明日はいよいよクロレコ第一巻の発売日です


(=ↀωↀ=)<26日には漫画版六巻も発売です


(=ↀωↀ=)<そして来週11月1日は書籍11巻も発売と


(=ↀωↀ=)<新刊ラッシュですがよろしくお願いいたします

 ■首都メイヘム


 夜が明け、血に染まった首都は、もはや苦悶の声すらも聞こえない。

 多くが苦しみ、溶けて、今は骨を晒すのみ。


「~♪~~♪~」


 けれど一人だけ、苦悶とは無縁の人物がいた。

 その人物は、メイヘムの小さな王宮の庭園で……歌いながらクルクルと回っていた。

 装飾過剰のドレスのスカートを振り乱し、ソプラノで高らかに歌い上げる。

 まるで、溢れる感情を抑えきれないように。


「♪~♪~~」


 まだ若い人物だった。

 見目麗しい顔つきは、年若さゆえに一見では男性か女性かも定かではない。

 だが、実際にその人物を見たとき、人は顔よりも過剰な服装と……手に抱えた巨大なメスフラスコの如き鈍器に目を奪われるだろう。


 彼の者の名は、キャンディ・カーネイジ。

 <超級>にして、【疫病王】。

 このメイヘムに致死性の細菌を散布した張本人である。


「じゃんじゃんレベルが上がるのネ♪」


 彼は、自らの簡易ステータスウィンドウを眺めながら愉快そうに笑う。

 彼の思惑通り、街中で多くのティアンが死んでいるからだ。

 彼が王宮の庭で我が物顔に歌っていたのも、彼を止める衛兵や侍従が全て死んだからに他ならない。


「やっぱりティアンが経験値効率最高なのネ♪ それにこーゆーの(・・・・・)も久しぶりで嬉しいナ♪」


 上昇するレベルの表記は、消えていく命の証。

 しかしそれを知りながらも、キャンディは心からの笑顔を浮かべている。

 それはレベルが上がるというゲーム的な楽しみだけでなく、大量殺戮自体を喜んでいるようだった。

 NPCを相手に無双するというゲーム的な感覚よりもむしろ、本当に……。


「でも今回の《崩れゆく現在(プレゼント・コラプス)》は未完成なのネ。外部の日光や熱をエネルギー源にしなきゃいけないのは繁殖力半減だから……悩みどころなのネ」


 ふと、喜と楽の感情を少し治めて、今回の死病の蔓延での問題点に思考を切り替える。

 《崩れゆく現在》は彼の扱う細菌の中で、物理的に生物を捕食する肉食細菌の総称だ。

 今回は増殖速度を拡大した代わりに、罹患者の肉と熱だけでなく外部からも多少のエネルギー供与を必要とする仕様になってしまった。

 小国の首都一つ……よりもさらに広大な範囲に感染を拡大する代償である。


「んー、キャンディちゃんのMPでブーストするのも限度があるのネ。日光よりもお手軽な供給手段は……まぁ今回のレベルアップでできることも増えるかも知れないのネ」


 今も細菌を吐き出し続けているメスフラスコ型の鈍器――<超級エンブリオ>【悪性神威 レシェフ】の表面をコツコツと叩きながら、キャンディはそう思案した。


「GODがレベルアップできる。レシェフの細菌改造の精度向上。何より、見ていて楽しい。やって良かった一石三鳥なのネ♪」


 今も死人が増え続けるこの惨状の中心で、キャンディは心からそう思っていた。

 あるいは、それだけであれば……キャンディはNPC(ティアン)を人と思わぬ遊戯派の一種と見ることができただろう。


「どうにかしてレシェフをこの世界から地球に持って帰りたい(・・・・・・・)けど、流石にそれはまだ無理そう(・・・・・・)なのネ」


 だが、続く言葉は……少しばかり異常か、狂っていた。


「地球も同類がちょろちょろいるけど今のGODはGOD()じゃないしネー。早く元のGODくらいに戻りたいのネー」


 彼の言葉の意味は、余人には分からない。


「<超級エンブリオ>になっても駄目だったけど……その先(・・・)ならいけるかも? どうせ、行きつく先はインフィニットクラスなのネ」


 その言葉の意味が分かる者は、この地では決して多くはない。


「んん? でもここが別グループの同類が作った箱庭なら、レベル上げて到達すればこの体で渡れるかも? レシェフの進化。キャンディちゃんアバターの無限職インフィニット・ジョブ到達で昔の力を再入手。どっちでも目的達成? アガル~♪」


 あるいは、その全てを理解できる者は彼しかいないかもしれない。

 管理者も、先々期文明の記憶継承者も、管理代行者であっても、全ては理解できないかもしれない。


「明るい未来のために、とりま経験値大量ゲットなのネ♪」


 しかし何だとしても、キャンディは自分の未来のためにこの小国の未来を閉ざすことを再決定した。


「なぜ、こんな……」

「およ?」


 また上昇したレベルにキャンディがにやけていると、後ろから声を掛ける者がいた。

 それは場内から這いずってきた一人の騎士。

 《崩れゆく現在》に感染しているためか口と両目から血を流し、既に四肢に力が入らないようだった。


「もう日が昇ってから三十分は経ってるのに生きてるのは感心なのネ♪ もしかして超級職? 経験値沢山とれそうでアガルー♪」


 彼は、メイヘムの筆頭騎士を務めるティアンだった。

 前衛タンク系の超級職【盾王】であり、ジョブ名同様にメイヘムの盾として尽力してきた人物だ。

 しかし、そんな彼でも……蔓延した病から人々を守ることはできなかった。

 民衆も、仲間も、王も、王妃も、幼い王子も既に息絶えている。

 彼も生きてはいるが……既に戦う力など残ってはいない。

 それでも生きている者の気配を感じてこの庭園まで移動し……そこで下手人たるキャンディを発見した。


「貴様は……貴様は何者なんだ……! どうやって……何のために……こんな……!」

「んー、メイドの土産というか、ロバの耳っぽく教えてあげちゃう♪」


 彼の血を吐く誰何に対し、ニンマリと笑っていたキャンディは指を振る仕草と共に『特別だゾ♪』と一言置いて、


「――――GOD()だから」

 ――――表情を消して、そう答えた。


「か、み……?」


 意味不明な回答だが、キャンディはそれが答えの全てと言わんばかりだ。


「仕方ない。もうちょっと丁寧に教えてあげるのネ」


 表情をニコリと変えて、キャンディは自らの言葉を補足する。


「GODはGODだけど、今のGODの体は向こうもこっちもGODじゃない。リソース足りないから、GODに戻るために大量殺戮でリソースゲットなのネ。これが動機。で、手段の方だけど、レシェフは細菌を改造してばら撒く<エンブリオ>。大量殺戮特化型なのネ。それでそれで、レシェフを半身として生み出したこのGOD()が、大量殺戮嫌いなわけないのネ。むしろ、あの地球でもやりたいくらいなのネ。八十億とかあの地球の人類多すぎ。ちょっと昔にGODが君臨してた世界くらいに減らしときたいのネ」

「え……あ……え?」


 キャンディの捲くし立てた言葉を、彼は理解できない。

 理解できるわけがない。


「んー。『何者』も、『どうやって』も、『何のため』も、おまけに『将来の夢』まで全部教えてあげたのに分からないなんて……君って駄目なニンゲンなのネ?」


 キャンディは『困ったちゃんなのネ』と言いながら、彼の傍に近づいてしゃがみ込み、


「――どっちだと思う?」

 彼の髪を掴み、その両目を覗き込みながら……キャンディは逆に問いかける。


「GODが自分をGOD()の来世だと思い込んでる頭おかしいクズ野郎なのか、それとも本当にGOD()の生まれ変わりの頭おかしいクズ野郎なのか」


 形だけの笑みを浮かべた顔で、瞼を閉じる。


「ごめんねー、GODも知らなーい。この記憶がホントかウソか妄想か誤認かも今は分からなーい。誰も知らなーい。分かってくれなーい。分からない人はもう死んだー♪」


 キャンディは歌うように言葉を発して、再び瞼をあけて彼の顔を見る。

 そのとき……。


「君も死んでたー♪」


 キャンディが話しかけていたティアンは、最後までキャンディの言葉を一ミリも理解できないまま息絶えていた。

 キャンディが掴んでいた髪を離すと、死体の顔が地面にぶつかった。


「まぁ、たまに吐き出さないとストレスだからありがとうなのネ。ロバの耳」


 それから、キャンディはまた自分のステータスを見る作業に戻った。

 キャンディは笑い、レシェフは細菌を撒き、細菌は増殖を繰り返す。

 やがて、メイヘムの国土は疫病に呑み込まれた。


 神と自称し、神と自認し、神と自覚する……狂った悪性の手によって。


 ◇


 首都の人間がキャンディ一人を残して死に絶えた頃、首都に向かう一つの影があった。

 地上を目にも止まらぬ超音速で駆けるは、【勇者】草薙刀理。

 継続的に自身へと回復魔法を使用しながら、全力の疾走を継続している。


「コフッ……」


 しかし、それも限界に達しつつある。

 彼も既に病……《崩れゆく現在》に感染している。

 細菌の中でも、物理的に感染者の血肉を貪る肉食細菌。

 彼の回復魔法による回復量よりも、《崩れゆく現在》による損傷の方が大きい。

 まして、損傷による傷痍系状態異常によって、彼の体が発揮するパフォーマンスも落ち始めている。

 走る速度も低下し、未だ地平線の先にある首都まで生きて辿り着けるかも分からない。


「まだ、だ……!」


 だが、刀理は首都へと走り続ける。

 装備した【試製滅丸星兜】は、今も首都に座すキャンディの姿を捉えている。

 だが、自分の後にあの敵を捉えられる者はいないかもしれない。

 そう思うからこそ、刀理はあらん限りの命で怨敵キャンディへと駆けている。

 身につけた数多のパッシブ・アクティブスキルで体を補強しながら、二本の足で進む。

 しかし、それは消耗だ。

 スキルを使えば使うほど、回復魔法に使うMPが削れていく。

 彼の余命は、火に晒された蝋燭のように減り続けている。

 それでも、彼は止まらない。


 首都への道の途上で、一組の骨を見た。

 御者台には大人と子供の骨。

 親子だったのだろうか、牽くテイムモンスターも消えて傾いた竜車に、寄り添うように座っていた。


 道沿いの民家では、農作業の道具を手にした幾つかの骨があった。

 いつもと同じ日常の始まりを、迎えられなかった者達の姿だった。


 そして、刀理の滞在していた村。

 彼を温かく歓待してくれた人々の、溶ける音と断末魔が耳に残っている。


 首都を中心に、メイヘムの全てが殺されている。

 あったはずの多くの未来が閉ざされ、絶やされている。


 その絶対悪を、刀理は許せない。

 【勇者】として、そして未来を望んだ一人の人間として。

 その刃、届かせずにはいられない。


 やがて、刀理の視界に首都の外壁が目に入った。

 キャンディまで、あと僅か。


「……ッ!」


 だが、そこでついに彼の体の破綻が決定的なものになる。

 既に、彼の足の筋肉は半分以上が細菌に食われ、失われていた。

 胴と手足、顔までも、骨が見えている。

 超音速で動き続けることはできず、首都を前にして彼の速度は大きく減じた。


「ま……だ……!」


 それでも彼の意思は自身の足を止めない。

 血を吹き出しながら、骨を軋ませながら、一歩一歩進んでいく。


 少しずつ、視界の中で外壁が大きくなる。

 ――左腕が脱落した。


 巨大な都市の門を、走れなくなった足で潜り抜ける。

 ――両の目が零れ落ちた。


 石畳の道を、血の跡と共に進む。

 ――走る力が失われ、這いずって進んだ。


 キャンディのいる王宮まで、あと二〇〇メテル。

 ――MPが枯渇し、回復魔法が使えなくなった。


 肉体の崩壊が加速する。

 刀理の体は、もう肉がついている部位の方が少ない。

 【勇者】としての膨大なHPもレッドゾーンをとうに下回っている。


 それでも刀理は視えない目で、動かない足で、片方だけの腕で……キャンディへと進む。


「……、……」


 もはや言葉を発する舌もない。

 全ては細菌に食われて消えた。

 それでも、彼の魂と意思は進むことを選んでいた。


 だが……それももう終わりだ。


 彼のHPが……………………ゼロに至った。


「……………………」


 そうして……彼の命は尽きた。

 仇であるキャンディに辿り着くことなく……【勇者】草薙刀理は息絶えた。



 ◆


「んー? そろそろ上がらない感じなのネ?」


 キャンディは自分のステータスを見ながら少し残念そうに言った。

 それまでは上がっていたレベルも、この数分は上がる様子もなくなっている。


「ま、増殖範囲内の対象は殺し尽くしたってことなのネ。これにてしゅーりょー。だいぶレベルアップしたし、次はもうちょっと人口の多い国でやるのネ♪」


 メイヘムという国そのものを殺した【疫病王】は、今回の大量殺戮で味を占めていた。

 ゆえに、次はこのメイヘムよりも大きな国で同じことをしようと考えた。


「カルディナの砂漠は増殖が難しそうだし、レジェンダリアも環境が変らしいから……ここは王国なのネ。七大国家で一番弱ってるらしいし、丁度いいターゲットなのネ」


 そんな風に、次のターゲットをアルター王国と定める。


「さーて、それじゃ西へ向かってレッツゴーなのネ♪」


 ここでやることはやり終えたと、ウキウキとした様子で王宮を……メイヘムを出ることにする。

 鼻歌を歌いながら、キャンディは楽しく城門を抜けた。




 ――――そこに修羅がいた。




「――え?」


 キャンディは、自分の目を疑う。

 それは死んでいた。

 誰がどう見ても死んでいた。

 だって、それは……『骨』なのだ。

 このメイヘム全土に転がるモノと同じ。



 肉のない白骨が――天地の鎧兜を着ている。



 むしろ、そうしたアンデッドモンスターと言われれば、納得もしよう。

 だが、それはモンスターではない。 

 それは、一人の男の死体だった。

 死体になる寸前の、躯。

 

 ――《ラスト・コマンド》で動く草薙刀理の死体。


 天地とは、修羅の国。

 最期の一太刀を当てるために、他国よりも遥かに【死兵】の取得者が多い。

 それは、【勇者】であっても例外ではない。



 【勇者】はキャンディに辿り着く前に死んで、――――死んでから(・・・・・)辿り着いた。



「……なに」

 キャンディの口から「なにこれ」という言葉が漏れるよりも早く、



 ――刀理の刃が閃いた。



 死した彼の、命の全てを尽くした斬撃。

 《ラスト・コマンド》で繋いだ命と残るSPも駆使して、死せる体で放たれた一閃。

 それは、狙い過たずにキャンディの頸を捉えた。




 絶命必至の一閃は致命の一撃であり――――キャンディの【ブローチ】を砕いた。




 それが、最後だった。

 この一閃が、タイムリミット。


 《ラスト・コマンド》の効果時間は切れ……刀理の骨は首都の石畳に散らばった。


「…………」


 キャンディは、己の頸を撫でる。

 その一瞬、死を実感した。

 彼の記憶が妄想でなければ、二度目の死を感じた。


 落ちた兜を拾い上げ、散らばる骨をジッと見つめながら……。


「……やるぅ」


 少しだけ引きつった……楽しさと恐怖が綯交ぜになった顔で、キャンディは微笑した。

 そうしてキャンディは、ログアウトを選択した。

 念には念を。再び【ブローチ】が装備できるようになるまで、慎重策をとったのだ。


 ゆえに刀理の最後の一閃は、キャンディの企みを二四時間遅らせるだけのものだった。


 ◆


 そのように、【勇者】は死んだ。

 ティアンの希望は、心優しき青年は、【疫病王】に殺された。

 それが結果だ。


 彼が遺せたものは、たった二つ。

 二四時間という猶予。

 竜の友と共に逃がした一人の少年の命。


 彼の遺したものが意味を為すか否かは――これより分かる。


 To be continued


(=ↀωↀ=)<“神殺し”前半終了


(=ↀωↀ=)<次回から後半ですが


(=ↀωↀ=)<今少し立て込んでるので来週は更新できないかもしれません


(=ↀωↀ=)<更新できなかったらすみません

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キャンディは別世界の神でこの世界に記憶だけ転生した存在だと認識していると… それが真実であれ嘘であれ恐ろしい存在だ…
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