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“神殺し” ①

 □二〇四五年二月


 <Infinite Dendrogram>には、七大国家と呼ばれる国々が存在する。

 騎士の国、アルター王国。

 機械の国、ドライフ皇国。

 武仙帝国、黄河。

 刃の国、天地。

 妖精郷、レジェンダリア。

 商業都市連合、カルディナ。

 海上船団、グランバロア。

 <マスター>は例外なく、これらの国のいずれかを初期のスタート地点として選ぶことになる。

 だが、それはこの七つしか国がないという訳ではない。

 そうであれば七大国家ではなく、単に七国家(・・・)と呼ばれていただろう。

 七大国家以外の国は、概ね辺境か七大国家の国境に存在する。

 過去の歴史において獲得する意味がなかったか、獲得しない方が良いために放置された国々だ。


 前者の代表例は、<厳冬山脈>の只中にあるとされる秘境だ。

 国の名前すら周知されていない小さな国。

 常に氷と雪、そして獰猛な地竜と怪鳥の脅威にさらされる地獄の如き環境にあるとされる小さな国。書物には「ある」と明記されていたが、これまでの歴史で七大国家が足を踏み入れたことはない。

 なにせ、侵略しても何の旨味もない。作物は育たず、鉱物資源が取れるかも分からず、さらに地竜を刺激すれば遥か昔のカルディナ北部の二の舞である。

 ゆえに、彼らの存在は無視されている。

 ただ、<マスター>が増加してからは、探検そのものを目的として秘境を目指した<マスター>達がいる。

 彼らの多くは想像を絶する環境に撤退やデスペナルティを余儀なくされたが、ごく一部は秘境に辿り着いたという噂もあった。

 だが、そうであっても……七大国家にとっては意味のない存在である。


 反対にどこの国もその存在を認知しているが、しかし制圧していない国もある。

 それらは、三つ以上の七大国家の国境に存在する都市国家だ。

 一つの都市と付随する小さな村落だけの国であり、合わせても七大国家の一都市程度かそれ以下の国土しかない小国。

 軍事力は極小であり、戦争になれば確実に七大国家に奪われる。

 だが、そうはなっていない。

 なぜならば、奪うメリットよりも奪わないメリットが勝るからだ。

 国境の小国を獲得すれば、自然と他の七大国家と接することになる。

 小国の位置が二つの国の間ならばまだしも、三つとなると話がさらにややこしくなる。

 そこに侵攻した時点で、二つの国と同時に敵対する恐れがあったからだ。

 であれば、わざわざ猫の額のような領土を制圧して他国を刺激するよりも、放置していた方が国益になるというものだった。


 メイヘムという小国も、そうした国の一つだった。

 アルター王国、レジェンダリア、カルディナの三国の領土の境にある小国の一つで、牧歌的な風景の農業国だった。

 国の領土自体は広くなかったが、地属性魔法や錬金術も用いた農業で食料自給率は一〇〇〇%を優に超えており、余剰分を周辺三国に輸出して外貨を稼いでもいた。

 メイヘムは【覇王】による支配の崩壊した何百年も前からこうしてきた国であり、<マスター>の増加によって世界に変化が見られてからもそれに変化はなかった。

 また、<マスター>もこの国に立ち寄りはしても、居つく者はほとんどいなかった。

 というより、居つくことが難しかったとも言える。


 メイヘムを始めとした小国にはセーブポイントがない。


 七大国家が七大国家として特筆される理由は、国土と国力の大きさだけではない。必ず国内にセーブポイントを有する都市や村を含んでいることが挙げられる。

 対して、小国は村どころか首都の街にさえセーブポイントがない。

 それゆえ<マスター>のホームタウンたりえない点も、小国の小国たる由縁。

 しかし逆を言えば、セーブポイントの環境改善効果がなくともメイヘムのように農業的に恵まれた土地であるということなので、そう悪いことばかりではないのかもしれない。

 同様にモンスターによる被害もさほどなかったので、動乱の大陸においては安寧の中にあったと言ってもいい。

 彼らは、自分達はずっとそうして生きていくのだろうと思っていた。


 生きていけるのだろうと思っていた。


 ◇


「……退屈だなぁ」


 穏やかな晴れた日、一人の少年が草原の中の小高い丘に座りながらそんなありふれた言葉を呟いた。

 少年は、マールという名前だった。

 彼はメイヘムに属した村落にある牧場の次男であり、今年十歳になったばかりだった。

 彼は今、牧場で飼育している羊型のモンスター【コットン・シープ】を放牧し、草を食ませている。家業の手伝いであり、彼にとってはいつものことだ。 

 彼の傍らには家で飼っている亜竜級モンスターの【デミドラグハウンド】が、伏せたまま眠っている。

 以前に彼の父がカルディナの行商人から購入したテイムモンスターであり、牧場の牧羊犬代わりである。

 睨みを利かせれば【コットン・シープ】は言うことを聞くし、野生のモンスターに襲われてもほとんどは蹴散らせる。そうそういないが羊ドロボウでも同じことだ。

 厳めしい名前と顔付きの【デミドラグハウンド】だが、危険も仕事もない今はマールの隣でぐうぐうと眠っている。それでも、羊がどこかに逃げ出そうとすればすぐに起き上がり、それを制するのだろう。


「退屈だなぁ……」


 マールは同じ言葉を繰り返す。

 彼はいつもそう思っている。

 このまま家業を手伝い続けるのだろう。

 しかし、次男の彼は家を継ぐこともできない。家の手伝いを一生続けるか、どこか男兄弟のいない牧場か農家に婿入りすることになる。


「大きな国では、とてもすごいこと(・・・・・)が起きているらしいのに……」


 彼が住むのは小さな村だが、時折やってくる商人や吟遊詩人が七大国家で起きた出来事を村民に伝えてくれる。

 それは七大国家で発行された新聞であったり、吟遊詩人の歌であったりだ。

 マールにとって、それらは本当に驚くべき話だった。


 海上に浮かぶ国を襲う、巨大な白い鯨の怪物。

 王国を蹂躙した、黄金の三つ首竜。

 皇国で巻き起こった、新たな皇王を決める内戦。

 そして、王国と皇国の戦争。


 大人達や女の子達は恐ろしいと怯えていたけれど、マールは逆に興奮した。

 だって、それらの恐ろしい物語は、英雄とセットだったから。


 白い鯨を討ち果たした、爆炎の<マスター>。

 黄金の三つ首竜を倒した、三人のトップランカー。

 内戦と戦争で他に比類なき活躍をして、流星までも砕いた巨大な獣。


 そんな英雄達の話を聞いて、マールは「自分もそんな風になりたい」と思った。

 けれど、彼は<マスター>ではなくティアンに過ぎず、どうやって<マスター>になれるかも分からない。

 まだ子供だからジョブにも就いていないし、適性だって英雄になれるようなものかも分からない。

 彼は「英雄になりたい」とは思っていたが、根拠なく「なれる」と思うほどに子供ではなかった。

 それゆえに、余計に考えてしまう。

 英雄達の波乱万丈の世界と、代わり映えのしない自分の日常。

 英雄のように生きたい夢と、そうはなれない現実。

 比較すればしただけ、マールは悲しくなってしまう。

 自分の未来はなんて狭いのだろう……と。


「……そろそろ帰ろうかな」


 羊がお腹いっぱいになった頃、マールは立ち上がった。

 それに合わせて【デミドラグハウンド】も起き上がり、一声吼えてから羊達へと駆け出した。

 そうして、マールについていくように羊を誘導する。

 テイムモンスター同様に【ジュエル】に仕舞えばこんな手間をかける必要はないけれど、羊達は普段から【ジュエル】に入れているわけではない。そもそもテイムもしていない。

 だって数が多すぎるから。何十匹もの羊達をパーティ枠やキャパシティで管理するのは、非戦闘員には難しい。

 だから、テイムして【ジュエル】に入れるのではなく、自然に飼い慣らして牧場に入れている。野生扱いなので、死んだときにアイテムをドロップするのもお得だ。

 この手法を伝えたのは、ずっと昔のファーム・キャットという人物らしい。

 マールは『その人がいなければ、僕もこんな退屈なことを続けなくてもよかったのかな……』と八つ当たり気味に思ったりしていた。


 マールが羊達と一緒に村に帰ると、村はなんだか騒がしかった。

 けれどみんな慌てている様子はなくて、驚いて、そして嬉しそうだ。

 行商人や吟遊詩人が来たときに似ているな、とマールは思った。


「お! マール! 遅かったじゃないか!」


 帰ってきたマールに気づいた三つ年上の兄が、興奮した様子で話しかけてきた。


「どうしたの、お兄ちゃん?」

「村にお客さんが来たんだけど、すごくて! すごいんだよ! 特別なんだよ!」


 何がすごくて特別なのかさっぱり分からない。

 兄は興奮しすぎて肝心の内容が中々口から出て来ない様子だった。


「何がすごいの?」

「だからな、来たんだよ! すごい人が!」


 だからそれが誰なのかと聞きたいマールに、兄はようやく少し落ち着いて、こう言った。


「――【勇者】様が来たんだよ!」

 ――それはたしかに『特別』だった。



 ◇


 【勇者(ヒーロー)】。

 それは、ティアンにとっては特別な意味を持つ。

 伝説に幾度となく登場する特殊超級職の一つであり、絶大な力を持つ者だ。


 【勇者】は、生まれたときから【勇者】として生まれてくる。

 剣を振るい、魔法を使い、様々な技術にも精通する。

 出来ないことがないという万能の才の持ち主だと言われている。

 そして、【勇者】は生まれる家系を選ばない。

 【聖剣王】や【機皇】、【聖女】や【龍帝】のように限られた血統から生まれるのでなく、万民の赤子の誰かが『特別』な存在……【勇者】として生まれてくる。

 誰でもそのように生まれる可能性がある。それはティアンの平民にとっては……一部貴族にとっても……希望のような存在だった。


 それゆえか、マールの住む村も偶然立ち寄った【勇者】を快く歓迎した。

 村に唯一ある講堂に並べられたテーブルには料理が所狭しと並べられ、歓待の宴が開かれていた。

 マールもまた他の村人同様に宴に参加し、【勇者】の話を真剣に聞いていた。


「ほう! では【勇者】様は天地からはるばるとこのメイヘムまで!」

「はい。修行と見聞のため、大陸の西の果てへと向かう旅路の途上です」


 マールの村の村長の家に逗留することになった今代の【勇者】。

 彼は、まだ二十歳にもならない青年だった。

 長い黒髪を後ろで束ねた青年は名前を草薙刀理(トーリ)といい、天地の出身であるそうだ。

 極東の天地から、大陸の西側にあるこの村まで。

 それはマールには想像もできないほどに長く、壮大な旅だ。


「西の果てに辿り着いたらどうするの!」

「そうしたら、今度は南に回ってレジェンダリアへ。それも済んだら……<厳冬山脈>に向かおうと思っています」


 子供の問いかけにも丁寧に答える【勇者】。

 彼の言葉に、村人たちは「おぉ」と感嘆の声を上げた。

 彼は正に勇者だった。常人であれば不可能と思えるような旅も、彼ならば踏破してみせるのではないかと期待できる。


「ねえねえ! これまではどんなところに行ったの!」

「砂漠は!」

「海はー!」

「ええ、それではお話ししましょう。まず、天地を出た私は……」


 このように冒険の話をせがまれるのはよくあることなのか、彼は慣れた様子で話し始める。

 彼の話す物語は、マールの村の人々が目にしたこともないものばかりだった。


 天地を出てすぐ、大陸との<狭海>で遭遇した中身のない鎧武者。

 黄河の山中で出会った、身一つなれど凄まじい技量の武芸者。

 カルディナの砂漠で目にした、地を揺らし、天を覆う巨大な魔法。

 戦いの話だけでなく、<狭海>を渡り終えた後に振り返った故郷への海路が美しく見えたことや、黄河の山々の雄大さ。

 また、旅の途中で一匹のドラゴンに出会い、テイムして共に旅をするようになったことを話した時は、子供達が「見せて見せて!」とせがんでいた。


 それら全ての話は、彼の優れた語り口で目に映るように伝えられた。

 あるいは、【吟遊詩人】の才も【勇者】にはあるのかもしれない。

 しかし不思議なことに、彼の話は戦った相手や目撃した現象を称賛するものばかりだった。

 自分自身の活躍を喧伝するのではなく、自分が旅の中で目にした素晴らしいものについて語っている。

 ただ、彼の語りは本職の吟遊詩人よりもなお臨場感に溢れ、聞く人々の心を震わせていたので、彼の語る話に文句をつけるものなど一人もいなかった。

 そうして村人の殆どが満足して、宴もたけなわというところで宴はお開きとなった。


 『特別』な一夜を経験した村人が幸せそうに家路につく中、マールだけは不満そうな顔で講堂を後にしていた。


 ◇


「……ッ」


 家に帰って寝床についたマールは、しかし眠れずにいた。

 頭の中がグチャグチャして、お腹の中がムカムカして、とても眠れない。

 マールは、羨ましかったのである。

 自分とはまるで違う、【勇者】草薙刀理。

 彼の生まれ持ったジョブだけではない、丁寧に相手と話す物腰も、これまで辿ってきた道筋も、マールの考える英雄そのものだ。

 今までは、伝え聞くだけだった英雄。

 そんな『特別』が実際に目の前に現れたとき、自分とのあまりの違いに……泣きそうになった。


「…………」


 このままベッドの中に入っていても、無駄に嫌な汗をかくだけだと思った。

 だから、二段ベッドの上に眠る兄を起こさないように床を出て……そのままこっそりと家を出た。


 夜風に涼みながら、マールは家の周りを散歩していた。

 少しでも、気持ちを落ち着けたかったから。

 幸いにして、今日は月と星のどちらもが輝いていて、夜闇の中の彼を照らしてくれていた。

 何となく歩き続けて、村の川にかかった小さな橋にまで辿り着く。


「……あれ?」


 するとそこに、自分同様に星明りに照らされる人影を見た。

 『村の人はもうみんな寝静まっているはずなのに』と思ったが、今日は【勇者】がやってきた『特別』な日だから、お酒でも飲んで夜更かしした誰かかも知れないと思った。

 酔って川に落ちたら危ないから一声かけようかな、とか。

 夜に出歩いているのを見咎められて怒られるかな、とか。

 そんなことを考えながら人影に近づくマールだったが……近づくにつれて人影が酔っ払いでも……村人でもないことに気づく。


「……【勇者】様?」

「……おや?」


 橋から夜の川を眺めていたのは、この村に来た『特別』……【勇者】草薙刀理だった。


「君は、講堂でも見た子ですね。こんな夜更けにどうしましたか?」


 マールのような子供しかいない場でも、彼は丁寧な言葉遣いを崩さなかった。


「……お散歩」

「はは、私もです」


 複雑な顔でマールはそう返したが、彼は笑ってそう言った。


「とても綺麗な風景なので、散歩したくなりました」

「…………」


 マールにとっては見慣れただけの風景も、特別な人には違って見えるのだろうかと……ほんの少しだけ暗い感情で思いもした。


「…………」

「……少しだけ話をしませんか?」


 そう言って、彼はマールを手招きする。

 マールは躊躇ったが、『【勇者】と二人きりで話す』というのはきっと彼の平凡な人生に降って湧いた『特別』なことだと思った。

 だから頷いて、彼の傍へと近づいた。


「…………」

「…………」


 そうして、二人は並んで夜の川を見下ろす。

 【勇者】は何も言わない。マールが何か言うのを待っているようだった。

 あるいは、「話をしよう」と誘ったのも、こんな夜中に一人出歩いていたマールを心配し、気に掛けたからかもしれない。

 そんな彼に対し……根負けしたマールは言葉を発した。


 それは、小さな愚痴のようなものから始まった。

 毎日が同じことの繰り返しで、退屈なこと。

 村の外では物語のように劇的なことが起きているのに、村では何もないこと。

 自分が平凡な子供に過ぎないことを話したときは、少しだけ【勇者】である彼への嫉妬も混ざった。

 やがて、昼間に羊の放牧をしながら考えていたこと……自らの未来の狭さへの嘆きまでも口にしていた。


「…………」


 マールの話を、彼は静かに聞き続けた。


「……【勇者】様って、『特別』なんだよね?」

「そうですね」


 ポツリと零した言葉に、彼は頷いた。


「【勇者】というのは、才能の器です」

「うつわ?」

「【勇者】のスキルは、《オールマイティ(万能)》。全ての下級職と上級職に適性を持ち、それらを一〇〇ずつ取得できるスキルです」

「え!?」


 その言葉に、マールは驚いた。

 下級職は六つ、上級職は二つ、それが限度だと教えられている。

 それだって才能がある人の話で、才能のない人はもっと少なくなる。

 就けるジョブだって、適正によって限られる。

 だから、彼の述べた数は……ありえない。


「……ジョブも、何でも?」

「何でも、です。今の下級職は八〇以上。上級職は……条件をクリアしなければ就けないから八ですね。下級職は就いただけのものがほとんどなので、合計レベルは一〇〇〇を超えた程度ですが」

「そんなの……」


 そんなの、ずるい……とマールは思った。

 人の何十倍も、どんなジョブにでも就けるなんて……他と違いすぎて、ずるい。

 生まれたときに【勇者】かそうじゃないかで、全然違う。

 人生が始まった時点で、絶対に埋められない差がついてしまっている。


「そうだね、ずるい」


 【勇者】は……刀理はマールの心の声を読んだかのようにそう言った。

 あるいは、彼が修めたジョブの中にはそうしたスキルも備わっているのか。

 ただ、彼の言葉遣いは、少しだけ砕けていた。


「破格の才だ。【勇者】とは何事も可能で、レベルだってどこまでも高められる。何でもできる。生き方を自由に選べる」

「…………」


 彼の言葉が自慢のように聞こえて、マールは不愉快だった。

 しかし、続く言葉に……驚いた。


「けれど、天地にいた頃の私に……『何でも』はなかったし、選べる生き方もなかったんだ」

「え?」


 思わず、顔を見た。

 マールに語りかける刀理の顔は、どこか寂しそうだった。


「私の故郷……天地は常に内乱を続けている国だ。大名同士の争いだけでなく、武人一人一人も争っている。自らを高めるため、そして自らの力を証明するために他を殺し続ける国。人を殺すのが最も簡単に強くなれる手段だと知っているから。強くなるために人を殺すし、強いというだけで殺される。修羅の国とも、人は言う」


 マールも知っている。

 ずっと遠い国だけれど、戦士の国だと聞いている。

 マールはその情景を夢想して、胸を高鳴らせたけれど。


「私は幾度も命を狙われ、……逆に奪ってきた」


 刀理は、違うようだった。


「殺し合いを否定するわけではない。けど、それだけではあまりにも……未来が狭い」

「……え?」


 その言葉は、自分の中にもあるものだ。


「私が偶然にも生まれ持った【勇者】の力。何事も可能とする力。しかし、天地にいたままでは力の使い道も、私の未来も、一つしか見えない。戦い続ける修羅の道しかないんだ。『特別』な存在でも、未来を選べない」

「…………」


 自分とは違う『特別』な存在……刀理が自分と似た悩みを抱えていることに、マールは気づいた。


「私は……それが嫌だった」


 夜空を見上げながら、心を零すように刀理はそう呟いた。


「だから、国を出た。修行を重ね、世界を巡り、それらの経験を経て故国へと帰れば……かつては見えなかった未来が見えるかもしれないと思っていた」


 それは他の者同様に修羅の道かもしれないし、あるいは真逆の道かもしれない。


「思っていたって、今は?」

「……今も分からないさ。私の旅路はまだ途中だから。いつか答えを見出して、自分の生き方を選ぶ日が来ると……今でもそう思っていたいけれど」


 あるいは、マールが英雄に夢抱いて胸躍らせたように、刀理もそうだったのかもしれない。

 彼は天地の外に思いを馳せ、そこに行けば答えが見つかると思っていた。

 けれど、彼が村人達に語ったように、天地を出ても戦いはある。

 答えは、未だ見つかっていないのだろう。

 それでも彼は旅を続け、自分の生き方を探している。


「…………」


 平凡な子供に過ぎない自分と、誰よりも才能に溢れた刀理。

 それでも、二人にはどこか似たところがあるのかもしれないと思った。

 きっと刀理もそう思ったからこそ……自分の話をしたのだろう。


「明日」

「え?」

「明日、羊の放牧をするんだ。やったことがなかったら……来たらいいよ」


 自分が彼にしてあげられること。

 それは、彼がまだ試していない道を示すことかもしれないと考えての、提案だった。


「うん、必ず」


 刀理は、マールの言葉に頷いた。

 その表情は、嬉しそうだった。


 ◇


 その後も、一週間にわたって刀理は村に滞在した。

 予定よりも長い滞在、刀理は村での牧歌的な生活をマール達と共に過ごした。

 彼の故郷では味わえない穏やかな時間を、刀理は噛み締めていた。


 それでも、ずっとはいられない。

 今日一日を過ごしたら、明日には出発することになる。

 この世界の旅は、【勇者】であっても危険な旅路。村を再訪できるかは分からない。

 だから、今日という日をこの村での最後の思い出にするため、悔いを残さず過ごそうと考えた。


「さて、今日は麦畑の収穫だったな」


 この村での最後の体験、すっかり仲良くなったマール達との最後の思い出作りを楽しみに、刀理は貸してもらっている部屋を出た。


「おはようございます、村長」

「おお、刀理様。おはようございます」


 村長の呼び方も『【勇者】様』から変わっていた。

 それだけ、彼がこの村に馴染んだということだろう。

 ただ、彼は少し困った顔で窓の外を眺めていた。


「どうしました?」

「それが、今朝の朝刊が届きません。いつもなら首都の新聞社から朝一番に届くのですが」


 お手上げという仕草で村長はそう言った。

 小さな村なので新聞社の支局もなく、首都から隠密特化の怪鳥が新聞を運んでくるのだという。


「まぁ、配達のテイムモンスターが襲われることもありますし、朝刊自体が落ちることもあるのですけどね。ともあれ、刀理様もお目覚めになりましたし、朝食にしましょう」


 冗談めかして笑いながら、村長は既に朝食の並べられたテーブルへと刀理を促した。

 刀理も応じ、村長とその妻、子供達と共に朝食をいただいた。


 朝食が済んだ頃、家の外から鳥の羽ばたきが聞こえた。


「おや、ようやくですな」

「?」


 村長が「やはり朝刊が遅れましたかな?」と言いながら家の外に出る。

 だが、刀理は違和感に気づいていた。

 鳥の羽ばたきが、ひどく不安定で……呼吸音にも奇妙な喘鳴が混ざっていることに。


「ひぃぃ……!?」


 直後、新聞を受け取るために家を出た村長の、恐怖の声が聞こえた。


「ッ!」


 刀理は瞬時に己の武具を《瞬間装備》・《瞬間装着》し、屋外へと飛び出す。

 彼の感知系スキルに反応はなかったが、村長の反応はそう行動するに足るものだと考えたからだ。

 結論を言えば、屋外に彼が戦闘装備を整えるような脅威はなかった。



『Gi……ge……gyui……』

 あったのは……血反吐を吐きながら狂ったように羽ばたく一羽の鳥の姿。



 脚に新聞社の名前を明記した鞄を括りつけたその鳥は、口から血を、翼から羽を零しながら地面へと墜落する。

 そして間もなく、苦しげに鳴いて息絶える。

 血反吐も羽も、死骸諸共に光の塵になって消えていく。


「これ……は!」


 鳥の脚についていた鞄は留め具が外れており、中から大量の新聞紙がばら撒かれている。

 それらは、消えない血(ティアンの血)で汚れている。

 血と紙の山に紛れるように、文面を殴り書かれた紙が一枚混ざっていた。

 そこには、恐らくは最後の力で遺したのであろう情報が書かれていた。


 ――――『首都に致死性の病が蔓延』、と。


 To be continued

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