<四海走破> ⑨(第一部エピローグ)
□<南西境界海域>
【亡霊戦艦】討伐の翌日、船団は<南西境界海域>を順調に航行していた。
昨日の戦闘で、メンバーには一人の死者も重傷者も出ていない。
【連絡艇】を特攻させた際に海に飛び込んだマシューとバロア、それと破壊途中で【ドーラ】が消滅したヴァナは、いずれも無事船団に拾われた。
【亡霊戦艦】の縄張りであり、他の水棲モンスターもいなかったことが幸いしたのだろう。
討伐以降は戦闘が起きることもなく、平和なものだ。
「…………」
そうして今、ライト少佐は中央船の甲板から海を眺めている。
先ほどまで中央船で船長達の会議があり、それからとあることがあってまだ自分の船に帰っていないのだ。
「物思いにふけってどうした?」
そんな彼に、ン・レフトが話しかける。
「やはり、あれか? 持っていかれて悔しいといったところか?」
「いえ、そうではありません。……無関係ではありませんが」
ン・レフトは海面の一点を指差してそう言ったが、ライト少佐は否定する。
「我々は、優に一〇〇〇年以上もこの海域に君臨した<UBM>を、死者すら出すことなく討伐したのだな……と思いまして。感慨にふける……というよりは困惑しています」
「そうだな。偉業と言っていい。何なら、この功績で免罪を訴えてみるか?」
「やめておきましょう。死にたくはないし、死ぬわけにもいかない」
ン・レフトの発言が冗談だと、ライト少佐も分かっている。
あの【覇王】がこの程度で己の言を翻す訳がないのだから。
「……こちらには聖属性砲弾をはじめとしたアンデッドへの備えが大量にありました。だからと言って、ああも一方的に倒せるとは……普通ならありえません」
各員の奮闘はあった。
だが、それでも船の一隻や二隻は沈んでいてもおかしくはない……むしろ当然だった。
しかし、当然を覆す要因があの戦場にはあったのだ。
それが何かを、二人は知っている。
「……バロア代表の予感。あれは、一体どのようなものなのですか……?」
「…………」
ライト少佐に問われたン・レフトは沈黙し、懐からパイプを取り出し、煙草を入れて一服した。
一拍置いて、煙と共に言葉を吐き出す。
「――【先導者】」
それはただ一言だが、しかしライト少佐には大きな衝撃を与えた。
「それは、伝説にある失われた特殊超級職の一つでは……」
「『その者、空を見る。余人に見えぬ未来の道筋を探し、選び、辿り、やがて結末に至る。その者、暗き道をただ独り先に進み、余人を導く者。ゆえに、【先導者】』」
まるで何回も聞き、唱えた言葉を繰り返すように、ン・レフトはそう言った。
「……ワシの家に伝わる言葉だ。嘘か真か、ワシの先祖は【先導者】であったらしい」
「な……!」
「驚くな。真実とは限らん。だが……あの小僧の予感は、この言葉に近いと思う」
「ですが、バロア少年はジョブを持っておりません」
「何かが足りんのだろうよ。大昔の伝説で言えば、【聖剣王】は剣に触れねば目覚めぬそうではないか。同じように、【先導者】も何かが足りていない」
ン・レフトは再び煙草を吸い、煙を吐く。
「だが、あの小僧は才能だけが芽吹き始めている」
「そんな……ありえるのですか?」
「予感……未来予知とでも言うのか? 突きつめてしまえば勘の究極系。正誤を問わなければ、誰でも持っているものだろう」
船の縁をコンコンと叩き、灰を海に落としながらン・レフトは言う
「――つまりセンススキルだ」
「!」
剣を振ること、乗り物を操ること。それらセンススキルはジョブによって習得でき、スキルレベルを上げるほどに高度化する。
しかし時に、スキルレベル以上に自前の才能や努力によって、スキルレベルの動きを凌駕する者もいる。
「才能の範疇ならばジョブに就くより前に……ある程度なら発現していてもおかしくはないな」
「…………」
「この話、他には言うでないぞ」
「……はい」
バロアが【先導者】の適格者であり、その才能ゆえに予感として様々な行動を行っているのは理解できた。
しかしそれは危うくもある。
なぜなら、バロアは適格者ではあれどまだ【先導者】ではない。
今のバロアの予感は、特殊超級職の……ジョブスキルの保証もないただの勘に過ぎない。
ゆえに、実情は綱渡りであり、外れないとは限らない。
自分達の行動の根幹が綱渡りであると、船団の多くの者が知るべきではないと、二人は理解していた。
彼らは秘密を知るがゆえの重さを抱えながら……海上にいる三人の仲間の姿を見ていた。
◇
船団の五隻の帆船の間を、小さな船が一隻航行していた。
それは高速艇であり、しかし昨日乗っていた【連絡艇】よりは二回りほど大きく、そして速かった。
金属の装甲に覆われた黒い船体は、周囲の帆船とは時代がまるで違うようにも見える。
いや、本当に時代は違うのだろう。
なぜならばこの高速艇は……。
「……むぅ、やはり不公平だ」
「まだ言ってんのかよ……。仕方ねえだろ、なんかそうなっちまったんだから」
高速艇の後部座席で頬を膨らませているヴァナに、呆れたような顔で操縦席のマシューが言葉を返す。
「僕はマシューさんで良かったと思いますよ」
「いや待て、バロア。こいつより私の方が頑張ってたんだ。報われないとおかしい」
「お菓子食べます?」
「報酬が安い……食べるが」
同じく後部座席に座るバロアがアイテムボックスから豆菓子の袋を取り出し、開け口をヴァナに向けた。
ヴァナはポリポリと、少し幸せそうにその豆菓子を齧っていた。
(栗鼠だな……)
(りす……)
マシューとバロアはその様子を見て、『結局彼女はどの動物に近いんだ?』と少し悩んだ。
「ふぅ……。昨日の戦いで特典武具を使ってしまったからな。後遺症でしばらく空腹になりやすい」
「燃費悪いな。……でも俺のコイツはかなり燃費良いぞ。MPもコイツが自前で補ってるみたいだし」
マシューはそう言って、ドアをノックするように操縦桿を軽く叩いた。
「……不公平」
「まあまあ」
「しかしほんと、俺もまさかと思ったんだがな……」
マシューは『自分でもまだ信じられない』といった声で、
「――俺がMVPになるとは」
事実を口にした。
そう、【亡霊戦艦】討伐におけるMVPを獲得したのは……マシューだった。
◇
【<UBM>【亡霊戦艦 アヴァン・ドーラ】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【マシュー・ドリア】がMVPに選出されました】
【【マシュー・ドリア】にMVP特典【幽星艦艇 アヴァン・ドーラ】を贈与します】
そのアナウンスは船団の全員が聞いていたし、ほぼ全員が驚いた。
それこそ、マシュー自身も含めてだ。
ほとんどの者は作戦を立案したバロアか船団の指揮を執ったライト少佐、あるいは機雷と白兵戦による攻撃を重ねたヴァナが獲得するものと思っていたのである。
MVPの選出がいかなる基準でなされるかは不明であるが、戦闘中の功績によるのは間違いない。
今回の戦闘で各人の功績をまとめると、次のようなものになる。
まず、バロアは効果的な作戦を立案し、それによって討伐を為した。
しかし攻撃やスキルによる補助はなく、そこまで突出した功績とはならなかった。
次に、ライト少佐は船団を指揮して【亡霊戦艦】の本体を撃沈した。これでMVPを取れてもおかしくはない。
しかし、二つの理由で功績が落ちる。
第一に、【連絡艇】の会敵から測定した戦闘参加時間の中でほぼ最後に現れたこと。
第二に、スキルによる補助や指揮は行っていたが、実際に砲撃を行っていたのは船員達ということである。
戦闘参加時間の短さと功績の分散により、一歩引いた功績となったのである。
では最初から戦闘に参加していたヴァナはどうか。
実を言えば、彼女の行った機雷攻撃はあまりカウントされていない。修復されたことでダメージが消え、功績が低下したのである。
また、直接乗り込んだ際も撃沈までは届かなかったため、そこでも功績が伸びなかった。
そしてMVPを獲得したマシューの功績はと言えば……実はこれがかなりの率を占めた。
彼は特攻により【ドーラ】を一隻撃沈させているが、これよりも大きな功績がある。
それは彼が【連絡艇】を操縦し、最初の【ドーラ】との会敵から延べ一時間に迫るほどの戦闘時間、被弾することなく攻撃のターゲットを取り続けたことである。
地球のMMO用語で言えば『回避盾』や『避けタンク』というものに当たるだろう。
こういった討伐では概ね攻撃担当の功績が大きくなるが、攻撃担当の数が多い場合などはヒーラーなどの支援役がMVPとなることもある。
今回はそれがタンクだったということだ。
◇
そうしてマシューは自身初となる特典武具を獲得した。
今は性能を確かめるテスト航行中で、バロアとヴァナもそれに付き合っている。
というのも……。
「それで、例のスキルの正体は分かったのか?」
「一通り走らせてみたが、妙なところは何もない。アンデッド由来なわりに呪いや不気味な機能がある訳でもない。今のところは頑丈で消耗がないってだけの船だ」
マシューはそう言って、
「だもんで、読めない装備スキルの正体も分からん」
この【幽星艦艇】は特殊装備品であり、保有している装備スキルは一つのみ。
しかもそのスキルも《???》とのみ記載されて詳細不明である。
「<UBM>の性質を思えば、発現する装備スキルはあのオプション艦か誤認のどちらかのはずだ。しかし……最初から装備スキルが不明とは妙な特典武具だ」
「まぁ、消費なしで航行してるだけでも使える船だと思うぜ? こんな風に武器もついてるしよ」
マシューが操縦桿のスイッチを操作すると、船体の両側から小型の砲門が迫り出している。スキルとして明記されていないが、動力といい火器といい特殊装備品として備わっているものは多い。
「これからはコイツでバンバン活躍してやるからよ! バロアと族長もしっかり見とけよ!」
「はい。期待してます」
「……お前は船長だろう? 指揮はいいのか、海賊?」
「それブーメランだからな、アニマル族長」
前線に殴り込むスタイルの船長二人は、そんな言葉を言い合った。
「ふぅ……。もっとも、暫くは戦闘もないだろうがな」
「そうなのか?」
「この海域は安全だ。今はまだ【亡霊戦艦】の出現時期だからな。人の航行はないし、賢く強力なモンスターも避けている。賢くないモンスターは駆逐されているだろう」
【亡霊戦艦】との戦いは、結局一人の死者も重傷者もなく終結した。
そして終わってみれば、<西海>への安全な航路だけが残っていたのである。
「死ぬ思いをした甲斐があったってもんだな」
「あるいは……先々期文明の先人が道を空けてくれた、とでも言うべきかな?」
「詩人ですね」
「……ふん」
自分で言ってて少し恥ずかしくなったのか、ヴァナは顔を赤くして顔を背けた。
「ともあれ、次の目的地までは一ヶ月といったところか」
「ああ。爺さんがキオーラで補給を行うって言ってたからな」
キオーラはアドラスター所属の都市国家であり、現在アドラスターが<西海>に唯一保有する港町である。
「港で補給できるのはそこが最後になる。そこから北にアドラスターの港町は無え。何より……」
「<北海>から先に進めば、黄河の支配地域に行き当たりますからね」
「……私達は亡霊の艦隊と戦った」
ヴァナはそこで言葉を切り、東を……水平線と大陸を隔てた先にある海を想像する。
それは、バロアとマシューも同様だった。
「しかしいずれは……生者の艦隊と鉢合わせるかもしれんな」
◇◇◇
■???
自身の工房で、【大賢者】フラグマンはとあるものを見ていた。
それは海を行く五隻の帆船とその傍を航行する小型の高速艇……大陸一周航海の船団を俯瞰する映像。
彼らが出港する前に、船体に施した監視用の魔法によって齎されるリアルタイムの映像である。
当代のフラグマンは幻や音を遠距離に映し出す技術に秀でていた。
だからこそ、先代と先々代が死んだ激動の三強時代を生き延びているのだが……。
「…………」
フラグマンは複雑な思いを映像に映る高速艇に向けていた。
自分に記憶を遺した初代の創ったモノであり、“化身”によって変わり果てたモノ。
その撃破を喜ぶべきか、悲しむべきか、あるいはそもそも何も思うべきではないのかも、フラグマンには定かではなかった。
「……彼らが大陸を一周する目があると【覇王】は考えているのでしょうか」
たしかに古代伝説級の<UBM>と化した【アヴァン・ドーラ】を撃破した手腕は確かなものだ。
あるいは彼らならば、いい所まではいくかもしれない。
今少し厄介な状況になっている<西海>も、極寒の自然環境や大型水棲生物が襲う<北海>も、彼らは乗り越えるかもしれない。
「けれど、どう頑張っても進めるのは<東海>まで」
黄河帝国や天地の領海に入れば、彼らは壮絶な迎撃を受ける。
どちらの国もまさか北を回ってくる船があるとは思っていない。
そんな航路は異常であり、ありえないからだ。侵略国家が攻めるならば、普通は南から東への海路を使う。
それゆえ北から船団が現れれば侵略国家アドラスターの仕掛けた恐るべき計略であると判断し、異常事態に全力で対応するだろう。
「しかしだからこそ理解に苦しむ。あの【覇王】が、自分の遊興が己に従わぬ黄河や天地の手で終わることなど望むはずがない」
【覇王】は残酷で容赦のない独裁者であるが、無駄な娯楽は好まず、馬鹿でもない。
そして負けること、劣ることを許容しない。
であれば、どう足掻いても敵国の手で潰える遊興などやるはずがない。
「あるいは、ありえない北からの船団の侵入で他の警備網に穴を作るため? ですがたった五隻の船団を領海に入れた程度でどれほどに…………待った、待った、待った! まさか!?」
フラグマンは、ゾッとするような可能性を想像した。
「クリスタル!」
「はい」
フラグマンが呼び掛けると、工房の中で待機していた少女……額に水晶のような煌玉を嵌めたモノが即座に応じた。
「アレの進路予測を!」
「はい」
具体的な指定のない言葉を、しかしクリスタルと呼ばれた少女は理解した。
彼女が手をかざすと、工房の壁面にホログラムの地図が映し出される。
それは中央に大陸が置かれた市販の地図とほぼ等しいもので、その周囲に四枚の花弁を持つ花の如き線が描かれている。
その線はとある生物の進路予測だ。
<北海>、<西海>、<南海>、そして<東海>に接近し、それ以外は大きく大陸から距離を取る進路。
その予測にはどの海に、いつ近づくかの時期も記載されている。
「…………」
フラグマンは目を見開いて、その予測を……<東海>に近づく時期を見る。
それは、【覇王】の定めた期限の一、二ヶ月前。
予定通りならば、船団が<東海>……黄河や天地の領海に差し掛かる頃合いだ。
「間違い……ない……!」
【覇王】が何をしようとしているかを理解したフラグマンは、歯を強く噛み、軋ませた。
「【覇王】……! この一手で、黄河を滅ぼす気か!」
フラグマンは、ホログラムの地図に己の拳を叩きつけた。
ホログラムをすり抜けて工房の壁にぶち当たるが、フラグマンはそれどころではなかった。
フラグマンが叩きつけた拳に重なるモノ。
ホログラムの地図は、市販品のそれと等しく。
拳には地図に載るほどの大きさの――海蛇の絵が重なっていた。
To be Next Episode
(=ↀωↀ=)<四海走破の第一部終了
(=ↀωↀ=)<終わってみれば第一部だけで全体予定話数の三倍でした
(=ↀωↀ=)<……マジでどうやって三話で全部収めるつもりだったんだ過去作者
(=ↀωↀ=)<ともあれここで一旦中断して
(=ↀωↀ=)<しばらくは六・五章とか蒼白に集中しますー
(=ↀωↀ=)<懇親会での東京行きとか他作業もあるので
(=ↀωↀ=)<次回更新はちょっと遅くなるかもしれませんが
(=ↀωↀ=)<気長にお待ちください