<四海走破> ⑧
■14XX years ago
先々期文明と呼ばれた時代。大陸の西方、とある国家の軍港に一隻の巨大な戦艦が停泊していた。
その戦艦は試験航行を終えて、所属する海軍基地に帰港したばかりである。
下ろされた階段型のタラップから多くの軍人が船を降り、陸に戻ってくる最中だ。
「…………」
そんな様子を、一人の男が港から見ていた。
彼の視線は降りてくる軍人達よりは、戦艦に向けられていただろう。
その艦は大型戦艦の前部後部に半分ほどの大きさの船が合計で四隻接続した形状である。上から見れば『出』の字のように見えるかもしれない。
船としてはかなり特殊……むしろ異形とさえ言える。
しかしながらそのような異形にこの艦を仕上げたのは……港から見上げるこの男であった。
「フラグマン師! お越しになられていたのですか!」
と、戦艦から降りてきたばかりの将官の軍服を着た男……この船の船長が見上げる男に声を掛けた。
その男――【大賢者】フラグマンは軽く会釈し、船長と話し始める。
「ええ。私の手掛けた船ですから。それで、試験航行はどうでしたか?」
「この【アヴァン・ドーラ】は完璧です。第一、第二艦隊と連携しての【エンペラー・ホエール】の群れの殲滅も一人の戦死者もなく終えることが出来ました」
【エンペラー・ホエール】とは、この付近の海に移動してきた上位純竜クラスの水棲モンスターだ。
知能も高く、群れで活動することから従来の艦隊では返り討ちに遭うほど強敵であったという。
しかしそれに対して投入されたのがこの新鋭艦、【アヴァン・ドーラ】である。
自己修復能力を持った無人オプション艦【ドーラ】四隻を用いて群れを追い込み、従来の艦隊と連携した一斉砲撃で群れを殲滅したのである。
「一隻で艦隊に匹敵する……最高の仕上がりですよ」
「そうですか。それは良かった」
「ええ。【エンペラー・ホエール】の死骸も全て回収しました。これでまた国が潤いますよ」
未だ“化身”が襲来していないこの時。“天秤の化身”によるアイテム変換の理も世界に染み込んでおらず、モンスターもティアン同様に屍を晒し、ティアンはそれを加工して様々なものを作り上げていた。
通常の死体は後のドロップ品ほどのリソースを含んではいなかったが、それでも食用や日用品、武具への加工を含めて多くのことに使われていた。
そして【エンペラー・ホエール】の肉や髭は高級品であった。
「ただ……殲滅の際、一頭だけ【エンペラー・ホエール】の幼体に逃げられてしまいました」
「そのくらいなら問題はないのでは?」
「それが特異個体のようだったので、少し惜しいことをしました」
「特異個体?」
「ええ。アルビノで、畸形なのか二頭が並んでくっついたような形でした。重傷を負わせましたが仕留めきれず、逃げられてしまいました」
そうした報告を聞き、フラグマンは少しだけ考えたが……すぐに思考を切り替えた。
「ふむ。……少しの興味はありますが、捨て置いても問題ないでしょう。どの道、今後の海の覇者はこうした兵器です」
「そのとおりですね。この船は素晴らしい。いずれはこの【アヴァン・ドーラ】で我が国が大陸一周航海を成し遂げるでしょう」
大陸一周航海。
それは先々期文明と呼ばれる時代にも一度も達成されてはいない。
国同士の諍いや海に住まう強大なモンスター……【海竜王】をはじめとする者達によって失敗するからだ。
夢想の類の言葉である。
「できると思いますか?」
「もちろん」
しかしそんなことも、【アヴァン・ドーラ】ならば可能であるとこの船長は思っていた。
「大陸一周に夢をお持ちで?」
「はい。実は……恥ずかしながら海軍に入った最初の理由もそれが目的でした」
「それはそれは……」
「軍務に就くうちにその夢は忘れていたのですが、今回の試験航海で【アヴァン・ドーラ】の性能を体感し、この船ならばと……夢を思い出すほどに強く思いました」
この国が国家事業として大陸一周を数十年に一度は行っていることを、フラグマンは思い出した。
無論、これまで成功したことはない。
しかし船長は、【アヴァン・ドーラ】ならば次こそ成功できると信じていた。
「……ああ。【ドーラ】なら長期航海の危険察知にも有効かもしれませんね」
「ええ。この【アヴァン・ドーラ】のオプション艦システム【ドーラ】は画期的です。流石は名工と謳われるフラグマン師です」
「まぁ、私は元々人工知能の専門家でしたからね」
「機械式ゴーレムの生みの親であるフラグマン師以上の専門家なんておりませんよ」
船長の言葉にフラグマンは一瞬だけ表情を消して……すぐに笑みを取り繕った。
「……そのとおりですね」
「本当に、フラグマン師は並ぶものなき大天才です」
「…………」
その幾万回も他者の口から述べられた言葉に無言の笑みでフラグマンは返す。
彼にしてみれば、自分自身の評価はそこまで高くない。
むしろ、三重超級職で知られるレオナルド・フィリップスのような者こそが本物の天才であろうとすら思っていたが、自分の口からそれを言うことはなかった。
(……【アヴァン・ドーラ】はスペック通り。完全無人化できているのがオプション艦のみであることと、本体のコアを破壊されれば全ての機能が停止するという問題は残っている)
フラグマンは【アヴァン・ドーラ】を見上げながら、確認するように思考を進める。
(次の段階は、指揮官機を含めた完全無人化。その次は複数機による相互修復性の完成だ。複数機の内の一機のコアが無事であれば、自己修復を継続できる仕組みを確立しなければ……)
フラグマンは考える。
次の兵器……煌玉兵の元となる方針を。
次の次の兵器……【アクラ・ヴァスター】に繋がる技術を。
兵器を。科学を。人類の技術の時計を、フラグマンは先へと進めようとしていた。
「まだ……足りない」
そう呟いた彼の声はあまりに小さく、誰の耳にも聞こえなかった。
◇
この後、大陸には“異大陸船”と一三体の“化身”の襲来し、先々期文明と呼ばれた時代は終焉を迎える。
フラグマンの創り上げた【アヴァン・ドーラ】も沈み、後にアンデッドとして蘇った。
天才と呼ばれた男の英知。とある軍人の夢。“夢遊の化身”が齎した悪夢。
全ての成れの果ては、一〇〇〇年以上も存在し続けた。
そして遥かな時を超え、かつての夢と同じ目的を掲げた一団と戦っている。
成れの果ての、その先は……間もなく訪れようとしていた。
◇◇◇
□■<南西境界海域>
この海域における【亡霊戦艦 アヴァン・ドーラ】討伐戦は最終局面に突入した。
船団の五隻の帆船による聖属性砲弾の集中砲火を受け、【亡霊戦艦】の本体は装甲や兵装を砕かれていく。
だが、四隻のオプション艦【ドーラ】は、その砲撃を阻まんと船団へと急行していた。
「ライト少佐! 四隻の小型【亡霊戦艦】が……このままではあと三分ほどで船団が射程に入ります!」
「砲撃を続行だ! どの道、ここで息の根を止められなければこちらの負けとなる!」
「了解!」
そして船団の五隻は一心不乱に装填と砲撃を繰り返し、【亡霊戦艦】の本体を討ち取らんとする。
船団の中心で艦隊へのバフスキルを発動させながら、ライト少佐は静かに言葉を発する。
「……頼むぞ。マシュー、ヴァナ、……バロア代表」
それは、この戦場にいる仲間達への言葉だった。
◇
【亡霊戦艦】には四隻のオプション艦【ドーラ】があるが、船団に近づいているのは二隻。
一隻は【連絡艇】の包囲していたときの陣形で船団の真逆に位置し、距離的に遠い。
一隻は最初に【連絡艇】と接敵したものであり、最も機雷によるダメージを受けたために修復が済んでおらず船速が明らかに遅い。
結果として、まともに接近しているのは二隻のみだ。
「で、あの二隻どうやって止める!」
「さっきはああ言ったくせに無計画か、海賊」
マシューの言葉に、ヴァナが呆れたようにそう言った。
「自分じゃ思いつかねえがやるしかねえんだよ!」
「ふぅ。航行に支障があるほどのダメージを受ければ、先刻のように停船して修復に回るだろう。それを繰り返せばいい」
「聖属性の機雷を何発も当ててようやく溜まったダメージだぞ!」
「ああ。だから――私が直接やる」
そう言って、ヴァナは【連絡艇】の後部座席で立ち上がる。
「お前がやるって……さっき攻撃しようとしても駄目じゃなかったか?」
「攻撃しようとすると方向を狂わされるなら、簡単な解決方法がある」
ヴァナはそう言って、持っていた機雷や攻撃用【ジェム】のアイテムボックスをバロアへと放り、
「――行ってくる」
――海中へとその身を投じた。
瞬間、彼女の姿はマシューとバロアの視界から消失する。
水棲亜人としての高い遊泳能力。
そして「亜音速で泳げる」と語った言葉のままに、【連絡艇】に勝るほどの速度でヴァナは水中を滑るように泳ぐ。
そしてただの移動であればスキルに誤認されることもなく、ヴァナは最も船団と距離が近い【ドーラ】に肉薄し、
水中から――その船上へと跳躍した。
ヴァナはただ一度の跳躍で【ドーラ】の甲板に降り立った。
それはまるで、航海の初日に中央船に奇襲をかけてシージャックした時のように。
しかし船団を阻むために跳んだあの時と違い、今の彼女は船団を守るために動いた。
【ドーラ】の甲板に降り立ったヴァナは、その船上を見回して言う。
「……狂いなし。直接乗ってしまえば、方向も何もあったものではあるまいよ。踏みしめるこの両足が、正しい的を教えてくれる」
あるいは直接触れさえすれば《ランブリング・ヴィジョン》の効果もないのか。
どちらにしろ、彼女の両目は壊すべき船体をしっかりと見据えていた。
「……!」
そのとき、船上にいくつもの銃器――セントリーガンがせり上がる。
小型のモンスターに群がられた際に駆逐できるよう設えられた迎撃兵器である。
「なるほど。迎撃用のトラップか。……流石に私が作るものよりも科学的だな」
そんな風に呟いたヴァナに対し、彼女を囲う数十のセントリーガンから無数の銃弾が放たれる。
そしてその殆どが――ヴァナに命中した。
数十のセントリーガンの硝煙と甲板を削った粉塵が、戦場を覆う。
人一人に対してはオーバーキルでしかない銃弾の雨が生み出した煙の雲。
直後――煙の中から飛び出した何かが、一瞬で数多のセントリーガンをへし折った。
黒い影にしか見えない何かは甲板を疾走し、セントリーガンを破壊し尽くし、その軌道に沿って甲板に大きな傷を残していく。
それはやがて艦上の砲塔へと到達し、拳を叩きつけてその砲身を拉げさせた。
『――さて、海賊にはさんざ地味だなんだと煽られたがな』
その黒い影はヴァナの声でそう言って、
『私も戦闘系超級職の端くれ――特典武具の一つは持っているさ』
言葉と共に砲塔を艦上から無理やりに取り外した。
そんな彼女の姿は、漆黒の――狼のような全身鎧で覆われていた。
【飢狼纏身 ネヴァーフル】。
元は伝説級の<UBM>であり、ヴァナがレジェンダリアにいた頃に討伐したものだ。
特典武具としての装備スキルである《飢狼顕現》は装着者のSTR、AGIを大幅に跳ね上げ、《ダメージ減算》に似た効果を発揮して弱小の攻撃は無為とする。生前の強大な捕食者としての力を顕現させる強力な特典武具である。
ただしデメリットとして装着者は尋常ならざる速度でカロリーを消耗し、五分程度で餓死するほどの飢餓の苦しみを味わう半ば呪いの武具でもある。
装備スキルの強大な性能も、そのデメリットがあればこそ。
常人ならば諸刃の剣。失ったカロリーが戻らぬことを考慮すれば、装着が死を意味するだろう。
しかし、【神獣狩】ならば話は別だ。
【神獣狩】は七日七夜飲まず食わずで獲物を追い、狩りたてることすら可能な長期戦に特化した狩猟の超級職。
それゆえに、ヴァナはこのデメリットを克服している。
『やはり朽ちているためか脆いな。一隻を粉々にするくらいは余裕か』
ヴァナはそう言って取り外した砲塔を甲板に叩きつけ、【ドーラ】を盛大に粉砕していく。
『さて、私はこの飢えにしばらく耐えられるが……それでも腹が減ってイラつきはするんだ。飢えを誤魔化すために暴れさせてもらうぞ』
その言葉と共に、ヴァナは再び黒い颶風となって疾走する。
暴獣の如き戦闘系超級職は、そのまま【ドーラ】の上で破壊の限りを尽くした。
◇
「……おっかね」
【連絡艇】の上でヴァナの奮闘という名の大暴れを見て、マシューは思ったことをそのまま呟いていた。
「あいつ、獰猛さがシャチどころじゃねーな。……で、バロア」
「はい」
マシューは助手席に座るバロアに視線を向けて、問いかける。
「俺の方はさっぱりなんだが……あと一隻潰す方法思いついたか?」
今現在ヴァナが破壊活動中の一隻を除き、船団に迫るもう一隻の【ドーラ】。
それを潰せる位置にいるのはマシューとバロアのみ。
武器は機雷などを満載したヴァナのアイテムボックスがあるが、これをばらまいても足止めできるかは分からない。
そもそも、狙って攻撃しようとすれば《ランブリング・ヴィジョン》の第二効果でズラされる。
そしてタイムリミットはあと一分ほど。
そんな詰みかけた状況で問われたバロアは、
「はい。一つ、思いついたことがあります」
ごく自然に、あっさりとそう答えた。
そうして導き出した答えを手短に説明して……。
「…………正気かよ」
マシューは引きつった笑みを返すしかなかった。
だが同時に知る。
「つっても、それしかねえか」
マシューは瞑目し、深々と息を吐いた。
そして覚悟を決めて口角を上げ、
「なら、やってやろうじゃねえか!!」
――目を閉じたまま、【連絡艇】のアクセルを全開にした。
そのままアクセルのベタ踏みで加速させていく。
「ッッ‼」
体に掛かるGを感じながら、【連絡艇】の進路を右回りに大きく円を描くような角度に固定する。
そのまま加速を続け、円形の起動を何周もしながらスペック上の最高速である亜音速……マッハ〇・五へと近づけていく。
「ぐ、おぉ……無事か! バロア!」
「だいじょうぶ、です……!」
ジョブのない子供のステータスには酷どころか殺人的な加速であるが、それに耐えながらバロアは答える。
ヴァナから預かったアイテムボックスを強く握りしめている。
「オオオォォ‼」
やがて何度も円を周回しながら、【連絡艇】は亜音速に達する。
目を閉じているマシューには、もう自分の位置も分からない。
――当然、【ドーラ】の位置も分からない。
――知らない。
「直進!」
そしてバロアの指示と共に、面舵を直進へと戻した。
――直進の先には、船団を射程距離に収めんとする【ドーラ】があった。
「フンッ‼」
舵を直進に戻すと同時に、マシューは舵を――引き抜いて破壊した。
船の進路変更が不可能となり、方向を誤認しようが無意味となってからマシューは目を見開いた。
「降りるぞ! バロア!」
「はい!」
バロアはマシューの声に応えると同時に、アイテムボックスを足元に放り落とした。
そして【連絡艇】と【ドーラ】の距離が縮まり、マシューの体感時間で激突する数秒前。
マシューはバロアを抱えて、海へと飛び込み……。
――無人の【連絡艇】は、亜音速で【ドーラ】の船底に激突した。
同時に、船内にあったアイテムボックスが激突の衝撃で圧壊。
内部にあった全ての機雷と【ジェム】を一瞬で開放され、
――轟く爆音と共に一斉に炸裂した。
【連絡艇】の激突で砕けた船底の穴はそれより遥かに巨大な聖属性の爆発で塗り潰され、十倍以上の大穴へと広がる。
『O……O…………』
悲鳴のような軋みと共に【ドーラ】が海中へと没していく。
自己修復能力で塞ぐよりも、巨大な穴から船内に大量の海水が流れ込む方が早い。
アンデッドとしての力の多くも聖属性の爆発によって失われている。
そうして【ドーラ】の一隻は、かつてそうなったように海底へと轟沈していった。
同時に、ヴァナに蹂躙されたもう一隻も修復速度を遥かに上回るダメージを受け続けて、海中へと没していく。
船団を排する役目を負ったオプション艦は二隻ともが失われた。
そして……。
◇
「船団に接近していた二隻の小型【亡霊戦艦】、沈没!」
「敵艦、コアと思しき動力炉を確認!」
「この機に畳みかける! 全艦艇最大火力装填……合わせろ!」
その号令と共に、乱れ撃ちを行っていた各帆船が一斉に砲弾を装填。
「――《終束砲撃》‼」
ライト少佐が【提督】の奥義……範囲内の全艦艇の次弾攻撃力を五倍化する範囲バフを発動する。
そうして全艦が一斉に蒼い光を帯びて、
「――撃ぇ‼」
ライト少佐の号令と共に、最後の砲撃を撃ち放った。
蒼い光を放ちながら飛来する無数の聖属性砲弾。
属性相性と奥義による強化。
二重に跳ね上がったその砲弾の威力を受け止めるだけの装甲を、【亡霊戦艦 アヴァン・ドーラ】はもう持ち合わせてはいない。
砲弾は砕けた船体、そしてコアである動力炉に突き刺さり……炸裂する。
それは瞬く間に……跡形もなくコアを消滅させた。
『――――』
【亡霊戦艦】自身が最期に放った音は、着弾音と爆発音によって掻き消されて誰にも聞こえなかった。
それは無念を悔やむ声か、解放の喜びの声か、あるいはただの鋼の軋みか。
いずれにしろ、もはや誰にも分からない。
在りし日に人の夢を乗せた船は、今の人の意思を乗せた船団に敗れ……沈んだのである。
To be continued
(=ↀωↀ=)<次のエピローグ終了後に本編へと戻る予定ですー
・余談
(=ↀωↀ=)<冒頭にちょっと話が出てきた白くて畸形のクジラ
(=ↀωↀ=)<これがどうなるかは読者の皆さんのお察しの通りです
(=ↀωↀ=)<自分達を滅ぼした艦隊の砲や自己修復する【ドーラ】を目撃し
(=ↀωↀ=)<最終的にそれらを自ら獲得してあの<SUBM>に至ります
(=ↀωↀ=)<【グレイテスト・ワン】同様に人間由来とも言える