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とある御伽噺

(=ↀωↀ=)<インフィニット・デンドログラム本編の六章・拾話&三十二話までお読みになった方向け

 □■20XXyears ago


 現在からは先々期文明と呼ばれた時代。

 一人の天才の手によって大幅に文明が前進し、魔法と科学が組み合わさった超技術の萌芽がいたるところで芽吹いていた頃。

 一人の技術者兼芸術家が、自らのアトリエで金属の塊を前に黙考していた。


「…………」


 彼の名はレオナルド・フィリップス。

 ゴーレム作製の頂点である【巨像王キング・オブ・コロッサス】であり、彫金の頂点である【彫金王(キング・オブ・メタル)】であり、錬金術の頂点である【錬金王キング・オブ・アルケミスト】でもある。

 生産系の超級職を三つも得た稀代の天才。

 しかし、当時の評価は超天才……名工フラグマンの風下に彼を置いていた。

 そのことに対して、彼は特に思うことはない。

 彼は他人の評価など気にも留めない。超級職を三つ獲得したことも、自らの作品づくりに必要であったからに過ぎない。

 しかし彼自身の評価に対して思うことはなくとも、自作に対しては別だ。

 今日も世間は噂している。


『フラグマン師は素晴らしき五騎の煌玉馬と美しき五体の煌玉人に続き、最強の兵器を作り始めたらしい』

『煌玉竜、なんと強き名か。その性能も凄まじきことになるだろうな』

『それに比べてフィリップス師のゴーレムはどうだ。機械を仕込んでおらぬし、あまりにも古びている。あれでは庭の置物よ』


 フラグマンの作品を上に置き、彼の作品を『古い』と評して低く見積もる。

 当時はフラグマンによって急速に魔法と機械を融合した技術が発展し、一種の産業革命を起こしていた。

 それゆえ、手製の魔法式ゴーレムに拘るフィリップスのゴーレムは流行に取り残されていた。

 しかし、彼にしてみれば、安易に機械を組み込むのは下手に思えた。

 フラグマンならばいいだろう。彼の作品なら何も問題はない。

 しかし彼に至らぬものが彼を真似て機械式のゴーレムを作れば、それはいずれ何らかの失敗を招くのではないかと思えたのだ。(事実、当時の非フラグマン製ゴーレムで名が知れた【マグナム・コロッサス】や【ドリム・ローグ】は後年暴走している)

 慣れ親しんだ古風のゴーレムを彼が創り続けるのも、それが自身にとっての最良であると考えたため。

 芸術品にして、守護者であるゴーレムやガーゴイル。それこそが自らの進み続けるべき道である、と。

 だが……。


「一つ、創ってみるか」


 世のフラグマン賛美と自らの評価の低さに思うことはない。

 だが、『フラグマンの手法が最もよく、他は全て下策』という世間の雰囲気にだけは抗おうと考えたのだ。


 その日から彼はアトリエに篭った。

 【錬金王】たる自らの錬金術で作り上げた新たな金属……後に超級金属と呼ばれるものを材料に。

 【彫金王】たる自らのスキルで超級金属を加工し。

 【巨像王】たる自らの全てで、作品を創り上げる。

 それは長い時間を掛けた。

 その過程で、世間では大きな動きが幾つもあった。

 “化身”と呼ばれる存在の襲来。

 東方国家の壊滅。

 人類の存亡を賭けた最終戦争。

 しかしそんな世間の動きと彼は無関係だった。

 元より過去の遺物扱い。数年間も世間に己の作品を出さなかった彼のことを誰も思い出さなかったし、動員しようとも思わなかった。

 ゆえに彼はアトリエで自らの作品に……最後の作品に打ち込み続けた。

 そして……。


「できたか……」


 それは……極めて巨大なゴーレム。否、ガーゴイルだった。

 全高は一〇〇メテルにも達し、その全身が超級金属で出来ている。

 当時最硬の素材で全身を作り、なおかつ様々な防御能力も組み込んでいる。

 翼も、尾も、口中にさえも、彼の持ちえる技術の粋を集めている。

 その銘は『最高』。

 当時間違いなく最高のガーゴイルであり、それ以外の銘は不要だった。

 しかし……。


「……やはり、か」


 起動を命じた『最高』は、僅かに動いただけで彫像のように固まってしまった。

 あまりにも多くを仕込みすぎた上に、超級金属という規格外で出来たその体。

 起動時に注いだ彼の魔力だけでは、まともに動かせなかったのである。

 数多の超級職を持つ彼の、数万のMPを注いでも一〇秒足らず。

 とても実用的ではない。これでは使えない。

 だが、彼は満足した。


「この莫大な消費こそが、これの力の証明か」


 恐らく自分は創れたのだろう、と。

 フラグマン師の煌玉竜にも匹敵するか……上回る何かを。

 彼にはそれで満足だった。

 元より誰かに評価してもらうつもりもない。

 “化身”という正体すら分からない終わりに抗う戦力とするつもりもない。

 動かずとも、このままアトリエと共に戦火と土に埋もれようとも、創っただけで満足だった。


「どの道、誰も壊せぬ。この戦いで人類が滅びようと……人類の生きた証にはなってくれるだろうしな」


 もしもこの『最高』を壊せる者がいれば、その者は『最高』を超えた……『最強』か何かであるだろうと、彼は考えた。


「さらばだ、我が最高傑作よ。もはや会うことはないだろうが、達者でな。……言うまでもないことか」


 彼は最後に『最高』へと手を振って、アトリエを去った。


 外は自国に迫る“化身”の報に騒動となっており、今からでは無事に逃げられるかも不明瞭だ。

 しかし、彼は満足していた。

 もはや自らはこの世でするべきことは終えたのだ、と。

 そうして彼は、逃げ惑う人々の波の中に消えていった。


 その後のレオナルド・フィリップスの生死や没年は定かではない。


 ◇◆


 長い、長い時間が経った。

 一〇〇年は当然のように超えて、二〇〇年は優に超えて……はたしてどれほどの時が流れたものか。

 半ば土中に埋もれた施設……かつてアトリエと呼ばれた場所で、ソレは目覚めた。

 何百年と地脈から流入し続けた自然の魔力を溜め込み、自らのうちに新たな無形の動力炉を形成し、ソレ……『最高』は活動を再開した。

 活動を再開して、自我を獲得して……しかしそれ以上は何もしなかった。


 『最高』には何の使命も与えられてはいなかったからだ。


 この『最高』はフラグマンの遺した様々な兵器と違い、『“化身”と戦う』という使命すら持たない。

 一人の天才が、ただ創るべくして創っただけのありのままの最高傑作。それが『最高』だ。

 何の使命もないから、何もしない。

 目覚めた『最高』は正に雨どいの悪魔像(ガーゴイル)の如く、かつて自らの主が過ごしたアトリエの跡地で、ただ黙々と立ち続けるだけだった。


 そんな日々がまた一〇〇年近く続いた。

 いつからか、彼……『最高』の周囲には村が出来ていた。

 巨大な像でもある彼を守り神として祀りながら、人々は村を作っていた。

 “化身”と呼ばれる存在の大侵攻の後、生き残った人々の間では神への信仰は弱まっていた。

 無理からぬことだ。神がいるならあのような災厄が起こるはずはないと悲嘆したのである。

 しかしそれでも、一部ではまだ神に祈る気持ちがあった。

 あるいはそれは神ではなく、自分を見守る名もない何か、存在すら不確かなものへと向けた信仰であるだろう。

 そうした穏やかな信仰の営みを保持した一団が、彼を見つけ、その巨大さと威容から形ある守り神として祀り始めたのである。

 彼は人々に親しまれた。

 穀物が取れれば供えられ、祭りの時期には焚き火で囲まれる。

 時には怖れを知らない子供が肝試しに彼の体の上を駆け回ることもあったが、彼が動くことはなかった。

 穏やかな日々の風景の一部として、彼は世界に溶け込んでいた。

 あたかもかつての主が最後に思った、『かつての人類が生きた証』そのもののように。

 人々の営みを見下ろしながら……彼は時を過ごした。


 その変わらぬ日々に、終わりが訪れた。

 当時の大陸北部の国……現在のカルディナの北部にあったとある国が<厳冬山脈>に侵攻したのがその発端だ。

 『地竜種の長である【地竜王 マザー・ドラグランド】は、万病に効く奇跡の果実を保有している』という伝説を信じた当時の王が、自らの延命のために戦いを挑んだのである。

 その国は強かった。

 あるいは現在の七大国家を二つ束ねたほどには強かった。

 だが、地竜の王国を前には無力だった。

 数千と、数万と、雲霞の如く押し寄せる地竜の波に飲まれ……瞬く間にその国は滅んだ。

 しかしそれでも地竜の波は止まらず、さらに南方へと人類を蹂躙せんと押し寄せる。


 彼が祀られていた村も、南方にある村の一つだった。

 村人達は報を聞き怯え、竦み、神に祈る。

 全員が伏して彼の前に集まり、神頼みをしていた。

 『どうか、どうか我らをお救いください』、と。

 そうした頼み事は、これまでにもあった。

 『村に豊穣を』。

 『疫病が来ませぬように』。

 しかし、彼にはそんなことは“出来ない”。

 彼にはそんな機能は備わっていないのだから。

 だが……。


『どうか、地竜を退けて我らをお守りください』

 ――それは彼に“出来る”ことだった。


 やがて、地平線の先に地竜の群れが現れる。

 優に一〇〇〇体を超えるだろう純竜の群れ。

 中には上位純竜も多く、その戦力はあまりにも莫大だ。

 国であろうと容易く滅ぶ。

 しかし、人間の村など一瞬で揉み潰せるその大戦力は、


 ――彼の口腔から放たれた分子振動熱線砲(メーサーキャノン)によって迎撃された。


 彼を創った男が『フラグマンが開発した兵器の一つを魔法のみで再現できないか』と試し、結局一度の試射をするタイミングもなかったモノ。


 それは正常に機能し――一度の照射で一〇〇体近い純竜を殲滅した。


 その瞬間のことを、村人も、地竜も理解できなかっただろう。

 しかし周囲の理解を置きざりに……彼は動いた。

 重力を断ち切る翼で浮遊し、村を出て、北方から迫る純竜の群れの前にその身を置く。

 純竜の群れは彼を敵と見定めて、一心不乱に突撃する。

 いまだ九〇〇近い純竜の群れ。これで倒せぬはずはない。


 だが、倒せない。


 攻撃は徹らず、尾の一振りで砕け散り、その巨体で圧倒される。

 生態系の頂点に近いはずの純竜が、一〇〇〇体揃って只一体のガーゴイルに成す術もなく蹂躙されていく。


 その様、正に一騎当千。


 やがて、純竜が大幅に数を減らした頃、一体の巨大な竜が現れた。

 その名は【金竜王 ドラグメタル】。

 地竜王の第二子であり、神話級金属よりも硬いと言われる体を持つ神話級の<UBM>。

 最硬の体を持つ地竜がガーゴイルを打ち倒さんと前に出たのである。

 生き残っていた地竜は自分達を率いる【ドラグメタル】の出陣に勝利を確信し、


 ――その展望を【ドラグメタル】の体ごと砕かれた。


 神話級金属よりも硬いはずの【ドラグメタル】の体が、ガーゴイルによって砕かれているのだ。

 さもありなん。彼の体を形成するのは、超級金属。

 一人の天才が生み出した、最高にして最硬の金属。

 神話級金属と比する程度のものを、砕けぬはずがない。


 【ドラグメタル】を倒された地竜達は潰走し、北方へと逃げ去っていった。

 この想定外の大敗北と【ドラグメタル】を失ったことで、地竜の王国の南進も終息し……“化身”襲来以来の人類未曾有の危機は終わりを告げた。

 そして彼もまた『地竜を退ける』という役目を終え、その場で停止したのだった。


「……驚いた」


 ただ、彼が機能を停止していた時間はさほど長くはなかった。

 彼の前に、あるものが現れたからだ。


「こんなものを見逃し、<UBM>にもしていなかったとは……。同僚に仕事の不備とつつかれても文句は言えないか」


 それは奇妙なものだった。

 人型ではあるが、人ではない生物の部位を複数持ち合わせた男だ。


「ああ。言葉は通じるのだったな。初めまして。私の名はエ……いや、ジャバウォックだ」


 男は管理AI……今のこの世界の管理者と呼ばれる存在の一体だった。

 その中でも<UBM>……特別なモンスターを管理する担当者である。

 男の言葉を、彼は聞き続ける。


「率直に言おう。私に回収されてくれ。間違いなく<イレギュラー>に相当するその力、<SUBM>として管理しておきたい」


 <SUBM>とは、<UBM>の頂点。

 【金竜王】などの神話級すら上回り、この世界で最も強いモンスター達の分類である。


『…………』

「君には後にある仕事を果たして欲しい。代わりに、君の希望も聞こう」


 ジャバウォックなるものは<SUBM>と見込んだものにはこうして交渉する。

 ある竜は<SUBM>となる見返りに、【天竜王】を討つ許可を獲得している。


『…………』


 その申し出は、彼にとってさほどの意味はない。

 だが、使命を与えられるというのは彼にとっては本分だ。

 ゆえに、彼は頷いた。


「よろしい。話が早くて非常に助かった。滅ぼされるか従うか選べ、という段にまで話がいかないのは稀だな。……まぁ、ほとんどはドーマウスやチェシャに滅ぼされるのだが」


 多くの<イレギュラー>は<SUBM>にはならず、危険分子として管理AIの本体に滅ぼされる。

 例外は放置しても問題がないか、倒すことの影響が大きすぎるか、管理AIでも容易には倒しきれないものだけだ。


「さて、対価だ。何か希望はあるかね?」

『…………』


 彼自身に望みなどはない。

 だが……彼は自らが見守り続け、今も地竜から守った村を振り返った。

 そこでは、村人達が心配そうに彼を見ていた。

 そうしてふと、彼は自らが果たせなかった使命があることを思い出した。


「『村に豊穣を』、『疫病が来ませぬように』、か。奇妙な願いだが承知した。環境担当のキャタピラーに話を通しておこう。セーブポイントを設置してそれを基点に環境を整備すればやれるはずだ」

『…………』

「よろしい。では保管させてもらうぞ。……っと、その前に<UBM>にしなければな。そちらのリソースならばすぐに<SUBM>に至るだろうが、名の希望はあるかね?」

『…………』

「なし、か。ならば私が決めよう。君の名は――【一騎当千 グレイテスト・ワン】だ」


 『最高』と呼ばれた彼に相応しい名であった。

 そうして彼――【グレイテスト・ワン】は、ジャバウォックに連れられて姿を消した。

 最後にもう一度だけ、彼を守り神として祀っていた村人達を振り返って……手を振った。


 いつしか、彼を創った人が別れ際にそうしたように。


 ◇◆


 その後、【グレイテスト・ワン】が守った名もなき村は大きな変化を遂げる。

 セーブポイントの設置と環境の大幅な改変。加えて、病の発症率も大幅に下がっていた。

 その噂を聞いて人々が集まり、村はやがて町となり、都市となった。

 その都市はいつしか大陸の貿易の要所となり、有数の都市国家の一つとなった。

 しかし、住む人々も、在り方も、大きく様変わりしたが、変わらないものもある。


「おばあちゃん! またおはなしきかせて!」

「まもりがみさまのー!」

「いいよ。これはおばあちゃんがおばあちゃんから聞いた話だけれどね。むかしむかし……」


 巨大な都市の片隅には、今も人々を地竜から助けた守り神の御伽噺が残っている……。


 Episode End

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