第88話 人と怒りと
学校に行ってる途中で、奨学金があるから異世界に行けない事に気づきました。
奨学金は借金だから返さないままだと家族とか祖父母に全部行くんじゃ……と思ったんですね。
世知辛い世の中だなーって言ってたら友達に、死んだら奨学金は返さんで良いよって教えてもらえました。
これで安心して異世界に行けるね!
……安心?
「「「「ウオオオオォォォォォォォォ!!!!」」」」
怒りの炎を滾らせ、人の群れが感情のままに突撃していく。
「馬鹿野郎!待たねぇかお前ら!!」
「だめだ!!戻るんだ!!」
ポワンとクルトの叫び声も感情に任せた雄叫びの前にはかき消されてしまう。
最早彼らの声は届いていない。
ギリギリもっていた細い糸は先ほどの言葉を以てして遂に千切れてしまった。
後に残ったのは怒りに暴走する冒険者だけだ。
「チィ、無駄だったか」
ダメで元々。そもそも成功する確率は低い勝負だった。
大きな落胆は無く、それでもそれなりの悔しさはあった。
「仕方ありませんよ。元々分が悪かったんですから」
「まあな。だがどうにか奴さんらの負担を軽減してやりたかったんだが……」
「僕たちにできるのは、少しでも魔物を狩って後処理を楽にすること位ですか」
「ああ、残念だがな。流石に人類最強が居ればどうこうなることもないだろ。……おい!お前さん!!残念だったが今回は……ん?」
二人の声に緊迫感がないのは別に諦めたとかそんなことでは無く、純粋に心配がないからであった。
人類最強が王都に控えているから。
紫苑は知らないが人類最強とはそれだけの功績と実力を見せてきたからだ。
そうなれば気楽な物でとりあえず励ましておくかと、ポワンは先ほど一筋の光を見せてくれた冒険者の少年に声を掛けようとしたが、どうにも様子がおかしいことに気がついた。
「ハハッ、ハハハハハ。……あ~」
「お、おい?どうした?」
突然空を仰いで笑い出した少年に戸惑いを隠せない。
笑い声が止んだ。
空を仰いだままピタリと笑い声を止めた少年。
暫しの沈黙が周囲に降り立ち――それ以上の圧迫感がその場を覆い尽くした。
「グッ!?」
「な!?」
グリンと顔を戻すと、今なお無謀な突撃を繰り返している冒険者達とその元凶である魔族に、鋭い眼光を突き刺す。
「良いぜ、それがお前達の選択ならこちらも相応の態度を取らせて貰おうか……!!」
地面が蹴り砕かれ、怒りを伴った暴風が吹き荒れた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
分かっている。
そもそもの前提として魔族が悪いのは分かっているつもりだ。
だがさっきの冒険者どもの事が気に入らない。心底気に入らない。
奴らの言っていることはもっともだと思う。もし仲間が連れ去られて、どうなっているか分からない状態だとしたら、俺はおとなしく王都を守ることに専念できるか自信はない。
だがそれはそれだ。
俺はふつふつと自身の中から湧き上がってくるものを抑えきれなかった。
そもそもだ。現在被害を受けているのは誰だと思う?
王都の住民か?違う。彼らはまだ被害は受けていない。
罵倒された俺か?違う。あんなもの被害とは言えない。
ではだれか?
それは今も少人数で魔物を倒し続けている冒険者だ。もっと言えばライム達だ。
それは普段と違う強力な魔物を相手している冒険者達だ。さらに言えばそれを倒しているライム達だ。
つまりだ。
――こいつら全員俺の仲間に不当な苦労を強いている訳だ。
ついうっかり変な笑い声が漏れてしまうくらいは仕方ないと思うんだよな。
ぶちのめすぞ貴様ら。
仲間の為なのだろう。仲間のことを大事にしているのだろう。それは王都が襲われそうな事を抜きにすると間違いではないことだ。
もし俺が逆の立場だったら同じ事をしていただとか、仲間を守るためにやっているとか。
確かにそう思うのだろう。確かにそう考えるのだろう。
だがそんなことは。
――どうだって良い。
道理もルールも知ったことでは無い。くそ食らえだ。
大事なのはそんな「たられば」ではなく今だ。今被害を受けているのが俺の仲間だと言うことだ。
王都を守りたいと言ったのは事実。
だが残念だが優先度はライム達が圧倒的に上。
見捨てるのは気分が悪いから。家族が失われる理不尽が憎いから。
助ける理由は確かにある。
だがそれでも俺の家族の優先度には届かない。
何より王都を守ろうとしている以上大義名分は俺にある。
実のところ根っこで考えていることは俺とこいつら冒険者に大した違いはない。
だが先に自分を優先したのはお前達だ。自分の感情を制御できなかったのはお前達だ。
なら俺が同じ事をやっても文句なんて言わせない……!!
先に道理を破ったのはお前達だ。
ならばこそ、道理が守ってくれるなどと思うなよ。
「〈風門〉!!」
突如として戦場に横倒しの竜巻が現れる。
うねりながら伸び、進む竜巻は進行方向にある一切合切を吹き飛ばして魔族へと到達する。
冒険者をも吹き飛ばすそれは一見して危険な物に見えるが、実際には殺傷能力はほぼ無くその効果は風を巻き起こすただ、その一点にのみ注力された物だった。
魔族も障壁と言っていたもので易々と防ぎ、訝かしげに眉をひそめる。
彼からすれば、味方を吹き飛ばすだけの意味の分からない魔法だったからだ。
しかしその疑問はすぐに氷解することになる。
「振撃……!!」
気がつけば地面を転がっていた。
訳が分からなかった。あの人間の声が聞こえたと思ったらいきなり吹き飛んでいたのだから。
必死に体勢を立て直し、拳を振り抜いた姿の人間を視認することになる。
「なん……だと」
そして更に驚愕の事実を認識することになる。
障壁が5枚ほどきれいさっぱり無くなっていた。もちろん自分にダメージは無い。障壁が全て防いでくれている。
だが、逆に言えばその障壁の上から自分を殴り飛ばしたことになる。
ここに至って魔族は初めて冷や汗を流すことになる。
障壁はまだ26枚ある。
――否。障壁はあと5回しか防いでくれない。
6回目に一枚残ることになるがそんな物焼け石に水だ。
一度で5枚の障壁を壊してくる相手にさしたる効果は望めない。
むしろ障壁を4枚壊すだけのダメージで十分戦闘に影響が出てくる。
ましてやその状況で十全に攻撃が避けられる筈も無い。そうなった時点で摘みだ。
相手の攻撃を受けていけない。その上だ自分は攻撃を当てていかなければいけない。
「クソッ、俺様完全に貧乏クジ引かされたんじゃねえか」
思わずこぼしてしまう程度には危機的な状況だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――硬い。
それが魔族を殴ったときに出てきた素直な感想だった。
先ほど使った〈風門〉。これは風を引き起こし、横倒しの竜巻を作り出す魔法だ。
うねる竜巻は周囲のものを吹き飛ばすがそれだけ。魔法としては殺傷能力は低く、大した効果が無いように見える。邪魔な冒険者を吹き飛ばすには非常に使いやすいが。
それはさておき、この魔法の真価は竜巻の中にある。
実はこの竜巻の中には強力な風がながれているのだ。しかも俺の方から竜巻の先端の向かって。
これが先ほどの俺の攻撃の正体。
風の推進力を瞬歩の速度に乗せ強力な振動を加えた拳、振撃で殴りつけた。
相手の魔族は吹き飛んでいったがダメージを受けたような様子は無い。
むしろさっきより俺を警戒して手を出しづらくなった印象さえある。
〈風門〉を使った高速の攻撃には致命的な弱点があるからなおさらだ。
ただ今は……
「おい、お前。良くもやってくれたな!」
「覚悟はできてるんだろうなクソガキ」
こちらの方が問題だ。
先ほどの〈風門〉に巻き込まれた冒険者達が怒り心頭といった様子で詰めかけてくる。
さて、ここで状況を整理してみようか。
まず魔物の群れが現れた。
そこで冒険者と騎士と救護班で協力して押さえ込むことに成功。
魔族の登場と共に魔物の第2波がいきなり出現。
魔物の討伐に向かえば良かったのだが迷宮内のことで魔族に恨みを抱いていた者達が魔族に突撃。
かなりの人数がそちらに流れたため魔物の取りこぼしや、苦戦する者が出始めた。
そこで説得を試みたもののあと一歩のところで失敗。←いまここ。
今の俺の目標は『魔族に執着している冒険者を魔物討伐に戻すこと』だ。
王都も守られるし、ライム達だけにスタンピードが押しつけられることもなくなる。
まさに大義名分の元、俺の憂いを解消できる。
そのために解決しなければならない問題は、魔物と戦闘可能な状態で冒険者を魔族から引き離さなければならない状況にあることだ。
話し合いが無意味だからと、ボコボコにした後魔族から引き離したとしても、戦力として使えない以上、俺の狙いからはずれる。
説得は失敗した。きっと何を言っても無駄だろうし、できたとしてもわざわざもう一度説得するのは時間の無駄だし、面倒でしかないからもうやらない。
だが解決できる策はある。
『冒険者は魔族に執着している』
じゃあその問題の魔族を消し去ってしまいましょうという訳だ。
実にシンプルでわかりやすい結論だ。
と言うわけで今からやります。
とりあえず挨拶くらいしてやろう。よろこべ。
「おいおい、何言ってんだ。そもそもスタンピードそっちのけで私怨に走っている時点で悪いのはそちらだろう。弱いくせに邪魔するとか迷惑でしかないぞ?分かってるか?ん?」
「テメェ……!!」
俺の挨拶が気にくわなかったのか、逆上して斬りかかってきた。
なんて危ない奴なんだ。
で、ここでもう一つ。
『魔族に執着している冒険者を魔物討伐に戻すこと』
これはこいつらを魔物討伐に戻せないほど傷つけてはいけないということだ。
逆に言えば――魔物討伐に戻れるならどのように扱ってもかまわないということだ。
「くらえ!!」
怒りによる技も何も無い大ぶりの一撃。そんなものが当たるはずも無く逆にこちらの拳をお見舞いしてあげた。
「震撃」
震撃。
振撃とは違い、振動が拳を中心にして接触部に拡散する攻撃だ。
まあ、簡単に言えば振撃がライフルで震撃がショットガンのようなものだと思って貰えば良い。
技の性質上めっちゃ吹っ飛ぶ。もちろん手加減しているので致命傷にはなり得ないが、それでも即座の復帰は無理だ。少しは時間をおかないとな。
おまけに空中で〈風撃〉を何回か当てておいたから更に吹き飛んでいった。さらば。
ちなみに気絶した冒険者は治療班が連れて行った。準備していたんじゃないかと思うほどの早さだった。
怪我はなく、気絶しただけだ。
どうせ魔族を相手にしている間は戦力にならないし、魔族の相手が終わった頃には目を覚ましてなんの問題もなく戻ってくるだろう。
「馬鹿め!!後ろががら空きだ!!」
飛んでいった冒険者を眺めていたら、後ろから襲われた。
もちろん気づいている。
取り出した黒剣で、後ろを振り向きもせずに受け止める。
「馬鹿はお前だ」
冒険者の方はと言うと「いつの間に剣が……!?」とか言っていた。
邪魔。
殴るのに邪魔だったので、剣はインベントリの能力『瞬間着脱』でインベントリに送り込み、震撃で吹き飛ばす。もちろん〈風撃〉のおまけ付きだ。
魔物を相手している冒険者で遠巻きに見ていた奴らが「鬼畜か」とか「えげつねぇ」とか言っていたが聞かなかったことにしてあげた。俺は優しいからな。
ちなみに気絶した冒険者は治癒班が(略)。
今みたいに少数なら気絶させるのは難しくないが、全員となると話は別だ。非常に手間がかかる。
だから大本をたたく方が確実かつ、早い。
もう一度黒剣を取り出し、背後から襲いかかってきた魔族を迎え撃つ。
腕を振るいひっかくようにして生み出してきた、三条の闇の斬撃を受け止める。
「テメェ……!見えてんのか!」
「まあな」
黒剣を取り出せたネタは知っての通り。
インベントリの即座に取り出す能力だ。『瞬間着脱』でしまうこともできる。
これにより剣と拳を即座に変えての戦闘が可能になった。
普通だったら素手から剣への移行も、剣から素手への移行もワンクッション置く必要がある。これはその工程を限りなくゼロにしてくれるので非常に助かる。
それから背後からの攻撃を何度も避けることができているのは実は全部視えているからだ。
これは伝説級スキルの『メニュー』に内包されている『マップ』にカラクリがある。
このマップ、自分を中心として周囲を自動的にマッピングしていくのだが、視覚的に表示することも、脳内表示にすることも、他人に見せるように表示することもできる。
そして気配察知を併用すればマップに生物の現在位置も表示することができる。
で、これを応用してみた。
マップ発動中に〈魔力反響〉を使い、脳内表示をする。自分を中心にした、詳細な3Dの脳内表示だ。
これだけで俺の知覚範囲は大幅に広がり、360度の認識ができるようになったのだ。
俺の脳の処理が許す限りの範囲内は完全把握。これがある限り背後からの不意打ちは完封できるし、何がどこにあるかも分かる。
とは言えもちろん限界もある。半径にして約6メートル。
それが俺の今の処理能力の限界だった。ちなみに最初に発動したときには死にかけた。
20メートルは無理だったよ……。体積にして何倍になるかは考えたくも無い。
分割した思考も割り当てているが、これ以上増やすと魔法の発動にさしあたるので、現状ではこれが限界となる。更に言えばこれは頭に負荷がかかるので長期戦には向かない。
シェリーとセフィーナは戦闘に直結しない便利スキルなんて言っていたが、そんなことはない。
『メニュー』が万能過ぎてヤバい。
と言うわけでさっそく。
競り合った状態から攻撃を受け流し、懐に潜り込むと即座に剣をしまう。
「振撃」
貫通力の高い振動魔力を伴った拳が魔族の障壁を3枚ほど貫いていく。
これまでの様子から鑑みて、障壁の上から攻撃しても痛みは無いようなので、こいつの歪んだ表情は不用意に俺に近づいた失敗から来る物だろう。
今回は吹き飛ぶことは無かったが俺から距離を取るためか、勢いを利用して後ろに下がった。現状有効打を与えられるのが振撃位なのでその判断は正しいと言えるだろう。
もちろん俺がそれを許すはずも無く、〈風門〉と瞬歩を使って接近を試みようとする。がそれは阻まれてしまった。他ならぬ冒険者の手によって。
どうしても人間ミサイルが試してみたいようだな。
団体様だから飛距離アップのおまけをしてあげよう。
誰がギネスに載るかな?
※そんなギネスはありません




