第87話 着火
しばらくは毎日できます
「まずい、まずいよシオン。このままじゃあ……」
「ああ、分かってる」
焦燥感をにじませたデニスの言葉に首肯を返す。
先ほどの魔族の出現に因って非常にまずい状態になった。
新しい魔物の出現だとか、魔族自体の戦闘力だとかそういうことではない。や、もちろんそれもあるが。
一番の問題は――冒険者自身だ。
約一週間前ダンジョン内で魔族が仕掛けた転移の罠によって少なくない数の冒険者が消息不明になった。
これが現状の大きな問題に一役買っている。
義憤に駆られた冒険者達が魔族に向かって無謀な突撃を仕掛けては、鎧袖一触とばかりに吹き飛ばされているのだ。
しかも全体の約半数にもなる冒険者達がだ。
もちろん魔物は素通り。
残りの冒険者と騎士団がこれの対処に当たっているが、やはり捌ききれていない。
ダンジョン産の強力な魔物があまり居なかったのが救いか。
「邪魔だァ!!」
魔族が腕を振るう度に軽々と吹き飛ばされていく大量の冒険者。
魔族に吹き飛ばされている方も、魔物の相手をしている方も救護班に運び出されている数がどんどん増えている。
このままでは前線が崩壊するのも想像に難くない。
ああ、クソッ!面倒事を増やしてくれやがって!!このままだと王都に入られるぞ。
「ライム、デニス、二人で魔物の相手をしてくれ。フィラムとサリーもだ。頼んだぞ」
「……ご主人は?」
「決まってるだろう。あれの相手だ」
「……一人で?」
不満そうに見上げてくるライムのその声には隠しきれていない心配の念が込められていた。
心の底から俺の身を案じてくれている瞳に、既に意思を決めていた俺をしても揺らぎそうになる何かがあった。
それでも答えを変えることはない。
「そうだ。このままだと魔物が王都に入る。平和に暮らしてる奴の家族が失われるなんて、考えただけでもはらわたが煮えくりかえりそうだ。そんな理不尽あっちゃいけない」
人助けだなんて高尚な考えを持っている訳じゃない。ただ、どうしようもなく許容できない。
例えば、目の前で死にそうなヤツを見かけて、それでも無視するなんてまねは俺にはできない。
例えば、他人任せにした挙句、目の前で死なれたりしたら目も当てられない。
そうなってしまえば枕を高くして眠ることはできないから。
目の前で家族を失うことも、そんな状況になることも欠片も許容できない。
「それでも納得できないなら俺のために戦ってくれないか?」
そこまで心配してくれるのなら、俺の身を案じてくれるのなら。
どうか手伝って欲しい。
「……分かった」
渋々と言った様子で頷いたライムは「でも」と続けた。
「終わったら何かご褒美をしょもうするからね!」
ふんすと鼻息も荒く条件を追加してきたライムの頭をクシャリと撫でて笑みを浮かべる。
「もちろんだ。それじゃ皆、頼んだぞ」
後顧の憂いは絶った。
魔物の討伐と冒険者達のサポートをライム達に任せ、あとは冒険者を魔族から引き離せば良いだけ。
簡単な話だ。一人魔族に向けて急ぎ脚を進める。
遠目に魔族が黒い風を作り出し、再び周囲の冒険者を吹き飛ばしたのが見えた。
まるで木の葉のように吹き散らされ、魔族の側から冒険者がいなくなる。
道が開けた。
そのタイミングを逃さず瞬歩を使い、放たれた矢のごとく突進する。
「ッアァ!!」
――ガキィィイン!!
突き刺そうとしたの黒剣は、しかし一歩手前で硬質な見えない何かに阻まれてしまった。
余裕そうな魔族の顔が癪に障る。
「癪に障る顔だな」
「どういう意味だコラァ!?」
おっと失礼。無意識に口に出してしまったようだ。
バックステップで距離を取りつつ〈螺旋氷槍〉を複数発動し連続でたたき込む。高速回転する氷の槍が唸りを上げて次々と食らいついて行くと、何かが割れるような硬質な音が響き渡り、その周辺に氷の花が咲いた。
倒せては……いないはずだ。少なくともそんなに生易しい相手だとは感じなかった。
氷が時間を稼いでいる間に急いで振り返った俺は、冒険者達に叫び掛ける。
「おい、今のうちだ!早く戻って魔物の討伐を手伝ってくれ!このままだと手が足りない!!」
「ふざけるな!!俺達の仲間がこいつら魔族に連れ去られたんだぞ!こいつを見過ごせって言うのか!!」
「そうよ!あなたに仲間を連れ去られたつらさが分かるの!?」
「そんなこと言ってる場合か!このままだと町に入られるぞ!!」
クソッ!分かっちゃ居たが冒険者からの反発が酷い。
魔族を諦めさせるのは無理か……!?
そもそも新参の若造が一人、説得しようとしたところでたかが知れている。
それでも説得できる可能性にかけてきたが……、最初から魔物の討伐に向かうべきだったか?
冒険者からのあまりの反発に、説得を諦めかけたところで、突き刺さるようにして声が割って入った。
「おい、おめぇら。確かに仲間を連れ去られた辛さは他の誰にも分かるもんじゃねえ。だがよ、今は他に優先することがあるんじゃねえのか?」
「ポワンさん……」
声の主は『じゅ~し~み~と』のリーダーポワンだった。相変わらず名前と一致してない厳つい顔だと、会って初日ながらに思う。
かなりの知れている顔なのか、話を聞いた冒険者の熱が収まってきている。まあ、一度見たら忘れられんからな。
「ポワンさんの言うとおりだ。僕たち冒険者は何の為にここに居るのか。それはもちろん王都を守る為だよね。断じて魔族に怒りをぶつけるためではないはずだ」
「クルトさんも……」
ポワンに続いて声を上げたのは、ダンジョン脱出時に戦ったパーティのリーダーっぽそうな優男の槍使いだった。どうやら名前はクルトと言うらしい。
こちらも顔は知られているらしく、冒険者の怒気が収まっていく。
これは……いけるか!?
だがその空気を壊すようにピシリピシリと冷たい音が鳴り響く。
割砕かれた氷から出てきた男は静まりかえった空気の中、俺を見据えて朗々と続ける。
「やるじゃねえかクソ人間。32枚ある俺様の障壁の内の1枚壊せるとは大したもんだ。それに比べて……」
グルリと周囲を睥睨して言葉を投げ落とす。
「お前らたいしたことねえな。雑魚ども」
消えた筈の火が再び灯った。
……最悪だ。
「おい、乗せられるなよ……。あいつがそれを狙ってんのはわかるだろう!!」
「うるせえ……。最近冒険者になったばっかりのお前に言われてくねえ!!」
拳を握りしめた冒険者が葛藤を絞り出すように叫ぶ。
しまった、逆効果だった。こればっかりは俺のミスだ。
自分達は魔族に決定だを与えられず、ポッとでの冒険者の方が危機な対象としてみられている。
その本人から挑発に乗るなと言われても嫌みにしか聞こえない。
だがそれでも。
「頼む!!魔物を討伐する方に手を貸してくれ!このままだと魔物が王都に入る!俺の仲間が今も食い止めているんだ」
「……黙れ。そんなことを言っておいてお前こいつを一人でどうにかするつもりなんじゃないのか!仲間を連れ去られて、そんなこと俺達が許せるわけ無いだろうが!!お前がその立場だったらできんのか!?」
消えない激情を瞳に宿らせた冒険者達が鬼の形相でこちらを睨み付ける。
「お前にこいつは渡さない……!!」




