第63話 底無き優しさ
第63話 底無き優しさ
くそっ!どこにいるんだ!!
さっきまでいた草原から、側にあった林に入り込んだ俺は乱立する木々を避けながら声の主を探す。
あの悲鳴を聞いてすぐに駆け出したが、気配察知の範囲外にいるのか悲鳴の主を見つけられない。
現在の気配察知の範囲が約100メートル程なので、それで見つけられないと言うことはかなり離れている事になる。
それなら――
「魔力反響」
探索範囲をさらに広げるまで。
マップの表示範囲がどんどん広がっていく。
――見つけた……!!
俺が林に入った場所から、ほぼ反対側の林の端にいる。
どうやら、林を抜けないといけないようだ。
走っている……いや、逃げているな。
後ろにいるのは……オーガか。
まずい。
そろそろ追い付かれそうだ。
追い付きそうなのは一体だけだが、後ろに何体も控えている。
くそっ!こっちは真っ直ぐ走れないから速度が出ないっていうのに……!!
「グルルルルゥゥ……!」
「邪魔だ!どけ〈風圧砲〉!!」
出会い頭に襲いきってきた犬のような魔物を吹き飛ばした。
時間がないのに、この通り魔物も襲ってくる。
いちいち対処しないといけないので時間が取られてしまう。
無視をすると助けに入ったときに挟み撃ちにされかねないし、引き剥がしたとしても後ろから追いかけてくるライム達が対処をしなくてはいけなくなる。
だからなるべく倒すようにしつつ、吹き飛ばす方針をとっている。
だいたい倒せているはずだ。
また出てきたら吹き飛ばす。
慈悲はない。
ん……?
吹き飛ばす……跳ぶ――それだ!
何で簡単なことに気づかなかったんだ?
障害物があって避けるのに手間が掛かるのなら、最初から障害物の無い道を通ればいいのに。
俺は走りながら上に飛び上がるとそのまま天躯を使って木を飛び越える。
障害物は無い。
道が拓けた――
「瞬天!!」
足に魔力を纏い、瞬間の要領で空中を蹴りつける。
やって来るのは圧倒的な加速感。
勢いが落ちる前にまた一歩踏み出す。
再びやって来る加速感に景色が後ろに流れていく。
これなら間に合う……!!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ハアッ……!ハアッ……!」
背後から迫る地響きが、死神の嘲笑の様に聞こえる。
それが既に息の切れた私に休ませることを許さない。
この首輪さえ無ければ……!!
この首輪はステータスを封じる――奴隷の首輪。
とある事情で村を追い出され途方に暮れていた私は親切な人族の女性に助けられたのです。
でもそれは間違いでした。
お腹の空いていた私は差し出された食事に飛び付きました。
――睡眠薬が入っていることにも気づかずに。
身が覚めた時には首輪が付けられ牢屋に入っていたのです。
女性の事を聞くとお金を笑顔で受け取ってどこかに行ったそうです。
目の前が真っ暗になる思いでした。
村から出たこともなく、警戒もしていなかった私は絶好のカモだったのです。
村から追い出され、人に騙され。
そして挙げ句の果てには――魔物のエサにされた。
馬車に乗せられて移動していると魔物の叫び声が聞こえ、奴隷商が慌て始めたのです。
いつも偉ぶっている奴隷商が慌てているのは見ていて良い気味でした。
でもそれも長くは続かなくて。
「おい、お前。囮になれ」
最初は言葉の意味が理解出来なかったです。
次に聞き間違えかと。
でもそれは聞き間違えでも何でも無かったのです。
馬車から蹴り落とされ身をもって思い知らされた私は、落ちたときの痛みが引かない体を引きずって走ります。
恐らく私が選ばれたのはあいつにいつも反抗して、この首飾りを離さなかったからだと思うのです。
これだけは絶対に手放せない。
それこそ死んでも。
「うッ……」
頑張って逃げていれば誰かが助けてくれるかもしれない。
そんな希望をもって走りました。
――でも現実は無情で。
走っていた私は何かに躓いてこけてしまったのです。
フラフラになりながら夢中走っていて、足元を見ていなかったのが原因ですね。
もうすぐ死ぬかもしれないのに、そんなことを冷静に考えている自分がいることに気づきました。
地面が震え、巨大な足音がすぐ側で聞えています。
――ああ、これで終わり。でも……それで良いのかも。
もう皆から冷たい目で見られることも、誰かに騙されることも無くなるのです。
でもやっぱり――
「生きて……みたかったな……」
私の呟くような声が霧散して。
とても悲しくて。
でも涙は出てこなくて。
たぶんもう、私の涙は枯れてしまったのです。
迫ってくる巨大な拳に死を覚悟して目を瞑ります。
でも覚悟していた痛みは来ませんでした。
代わりに
「良いぜ。その願い、叶えてやるよ」
そんな声が聞こえたような気がしました。
誰か、助けてくれたのですか?
でも今度こそ聞き間違えかもしれない。
目を開けても誰もいないかもしれない。
目を開けるのが――怖い。
それでも私は覚悟して目を開きます。
もし本当助けてくれたのならどんな人か気になるから。
目を開けると男の人の背中が見えました。
「大丈夫か?」
男の人が聞いてきました。
歳は……私と同じくらいでしょうか?
そんな人がオーガの拳を剣一本で受け止めていたのです。
でもそんなことより思ったのは――
「逃げて……。危ない……ですよ……?」
世間では大人と見られる歳だけど、この歳だと体はまだ成長しきってない上に危ないし、逃げた方が良い。
思うように動かない口を無理矢理動かして言葉を紡ぐと、男の人は驚いたような顔をしました。
私、何か変なことを言ってしまったのでしょうか?
男の人は笑いながら前を正面に向き直ると言いました。
「大丈夫だ。全く……問題ない」
ズン!という踏み込みと共にオーガの拳を押し返し、そのまま剣を降り下ろしました。
オーガは体を斜めに切り裂かれ、血を出す事も許されずに傷口を氷漬けにされます。
――すごい。
そんな考えを最後に、意識が薄れていきました。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オーガを切り裂いた俺は、オーガに襲われていた人が安堵したかのように気を失うのを見守っていた。
「逃げて、か」
今まさに自分の命の危険だったのに他人の心配をする。
普通の人間なら無理だ。
まず、自分を助けてくれることを願う。
それなのにまず俺の心配をしてくれた。
おそらく彼女は優しいのだ。
それも心の底から。
「こんなに気分良く人助けができるのは初めてだな」
ん?
人助け、したことあったか?
……あったあった多分な。
「〈光の盾〉」
俺が苦手な光魔法。
でも今なら上手く扱える気がした。
光が彼女を、盾どころかドームのように、そして優しく包み込む。
よし、上手くいった。
後続のオーガを見据える。
取り合えず、殲滅開始だ……!!




