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ブレーメンの英雄達  作者: ぐったり騎士


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第15話 「共に進もう」

「蛍か、おかえり……?」


「……あ、父様。……ただいま帰りました」


 

 愛娘の帰宅に、当主の応権が向かいいれる。

 だが、彼女の帰宅時間がいつもより明らかに遅かったこと、そして、どこか疲れたように見えたため、応権は少し訝しんだ。

 からからと玄関の戸が閉まるのを待ち、応権は娘に問いかけた。

 


「何か、あったのか?」


「いえ、ちょっと、友達達と喫茶店で話し込んでしまいまして」


「友達!?」



 蛍の返答に、応権は思わず驚愕の声を上げる。

 どことなく声が上ずっているのはそれは何か動揺にも似た感覚があったためだろうか。



「はい……それで、その。土曜日に一緒にいろいろと遊びに行くことになりましたので、当日は朝から出かけます。基礎訓練は帰ってから、術の鍛錬については日曜に行いますので……」


「う、うむ。それはいいが……ほ、蛍、その友達というのが学校の――」


「あの、すみません。慣れないことなので少し疲れたようです。部屋で休みますね」



 去っていく娘の後姿を見送る応権。

 とたとたと離れへと歩いていく少女の足取りは、どことなくふらついているように見えたが、応権は驚きのあまりにそれに気づかず、慌てて愛妻の元へと足を早ませた。

 途中、館内にいる女中や従者たちが、当主の普段は見せないあわただしい様子に首をかしげるが、声をかける間もなく応権が去って行ったため、誰もその真意を聞くことはできなかった。

 


 目的の部屋にて応権がその襖をあけると、そこには上半身だけを起こし布団で体を休ませている、妻、柚子の姿。

 柚子は、夫のその取り乱した姿に驚き、「……貴方?」と疑問の声を上げると、夫は静かに言葉を紡ぐ。


  

「……柚子、喜べ、あの子が友達と茶屋にて談笑をしてきたといっていた。学校からの寄り道で、だ」


「――!」


「さらに、さらにだ。どうやらその友達と、土曜日に遊びに行く約束をしたらしい」


 驚きに声を詰まらせる柚子だが、応権はさらなる吉報を告げた。



「……ああっ。蛍さんが……そうですか」



 はらはらと落ちる涙を抑え、嗚咽を始める柚子。

 応権は膝をついて背を合わせ、そっとその肩を抱いた。

 


「その日の鍛錬は翌日に行うといっていたが……そんなことはどうでもよい。本当は、あの子はただ残された日々を楽しく生きるだけでも良いのだから。だが、それでも己を険しい道におき続けたあの子が、初めて自分のために……鍛錬などよりも遊びを優先させた。親として、これほど喜ばしいことがあろうか」


「ええ、ええ、本当によかった」



 左手で妻の肩を、そして左手で妻の手を掴み、何度も何度も頷く応権。

 震えているのは、妻か、自分かもわからぬまま、ただその感動に身を委ねる。

 


「うむ……ただ、何か、少し戸惑いが大きく感じられたのが気にはなったが――」


「それは……あの子もまだ距離感がつかめていないのかもしれないからではないでしょうか。それに、やはり『あのこと』がありますゆえに」


「そうだな……あと三年、そのときに永遠(とわ)の別れを友人に確実に味あわせてしまうことが心苦しいのかもしれない」


 

 気たるべき、近い未来。

 それは、必ずやってきてしまう悲劇。

 

 それを思うと、決して二人の心のうちがすべて晴れることはないのだが――それでも今は、娘に灯されたこの小さな喜びの光に、二人はかすかな希望の道を見出していた。



「でも……どんなお友達なのでしょう……同じクラスの女の子でしょうか」


「そうだな、学校の帰り道なのだから、学校の女生徒だろう。よし、今度はうちに招待するよう、それとなく言ってみるとしようか」


「まこと、よろしいかと。……うふふ、『蛍の母です』と挨拶するのが、今から楽しみで仕方ありません」


「むう、そうだな。そのときは、私も紋付袴を……いや、それでは逆にお客人を圧迫してしまうか。よし、では少し洒落た和服でも新調して――」





 と、かなりテンションを揚げてる夫婦の娘、蛍はというと――、

 


「………なによあの人たちは! 魔女? 魔王? サイボーグ? 宇宙人? マッドサイエンティスト? ……バカにしてるの!!」


 

 思い切り、やさぐれていた。

 

 早々に布団を敷いて、そこに突っ伏すと、そのままの体勢で枕をばす、ばすっと拳を叩きこむ。

 完全に無意識であったことと、顔を伏せていたために気づかなかったが、その拳には霊力が込められていたあたり、相当にテンションがおかしいらしい。

 


「そうよ、おかしいのよ! きっとあれは私の知らない退魔師の一族なのよ! そして知らない術でいろいろとわけのわからない現象をおこしてるだけで――」

  

  

 まず、真奈の光と音を奏でる謎の文様だが――魂守の一族の分家が使う術にも、なんかそういうものがあったような気もする。


 皇の動く影についてだが、おそらく操影術とかいうものではないだろうか。実際には影ではなく、霊力の波長を変えてああいう色にしていて、それを恐ろしく高い精度で操っている――これならありえる。ただし、なぜ食べ物が影の中に吸い込まれたのかは不明だが、これはきっと……なにかあるのだ。


 凌平の、首筋にストローで液体注入とか耳の後ろにカードを差し込むとかしていたのは――手品だ。新聞紙にコップの水を注いで漏れないとか、首の後ろからトランプをだすのと、変わらないだろう。多分

 

 アンは――ちょっと大人びているだけの、ただの小学生だ。ドラポンとかいうのは、なんかそういう新種の動物がいたのだろう。世の中にはエリマキをしたり二足歩行で歩いたりするトカゲだっているのだから、ちょっと空を飛んで炎をはくトカゲだっていておかしくない。

 

 究は――変態だ。それ以外ない。

 

 

 つまり、彼らはただの変人である。

 そう考えれば、いろいろと楽なのだが――

 

  

「でも――助けてくれるって、言ってくれたのよね……」



 そう。

 それが、あの変人たちの、目的はそれぞれ違えど、蛍の手助けをするということが共通見解であった。

 

 もちろん、危険だから関わるな、とはいったが、「もっと危険なものもいるので今更」と突っぱねられた。

 邪魔するな、といえば「ならこっちで勝手にやるから気にするな」と言われ、迷惑だといえば「それはそっちの都合。こっちが知るか」と返される。

 最終的には

 「だから、ホコロビはお前らだけの『もの』じゃねーんだから、俺らが勝手にやることを、お前ら一族が文句言う権利もねーだろ。こっちがなんとかしろってお願いしてるわけじゃねーんだから」

 である。

 

 取り付く島がない。

 ただ――何も言い返すこともできなかった。

 もちろん、言いたいことはいろいろあったが、彼らにはそれが「通じない」。

 それがはっきりわかってしまったからこそ、蛍は何もいえなかったのだ。


 あのときのことを、蛍は、もう一度思い出してみる。





*********



「んじゃ、そろそろ時間も遅くなってきたし、いったんしめるか。つーわけで神奈森、ホコロビ対策のためにいろいろ調査なり確認なりしたいから、今日行ったとおり土曜に集まってほしいんだが、かまわないか?」


「ちょ、ちょっと!なんで貴方達が関わることが確定してるんですか!」


 

 それぞれの注文が終わったころを見計らって次の予定を騙りだした正史に、蛍が慌てて拒否の言葉を示す。

 それに対して、正史は「ん?」と軽く疑問の声を出して、



「手助け、ほしくないのか?」


「欲しい、欲しくないじゃなくて、貴方達を危険に巻き込むわけにはいきません!」



 助けてくれる人がいる、というのは、確かに心強くもある。

 実際、一部の警察関連などの協力者――あくまで、上からの圧力的な形ではあるが――は居ないわけではないし、助かっていることは事実である。

 だが、いくらなんでも無関係な者たちを自分が宿命として受け入れた退魔の世界に踏み込ませるわけには行かないと、蛍は拒絶した。

 確かに、正史が始めてホコロビとであったときの対応から、彼が興味本位で踏み込もうとしているのではないことはわかるが、それでも彼らを危険に晒すことなど、許されることではない。

 何しろ、彼らはホコロビがいかに危険か、さらに【マガツ】といわれる上位存在のことも知らないのだから――



「それはおかしい。ホコロビというものが存在するということ自体、現時点で巻き込まれているといえる。それに実際に対応できるかどうかは別として、対策方法を知っているに越したことがない。それに今までも私たちは魔神龍の降臨や妖怪大戦争、マナストリーム暴走事件、世界同時核爆弾テロなどを何とかしてきた。危険など今さらだな。そしてその危険を少なくする意味でも、調査や協力などをしたいのだが?」


「……」



 淡々とした口調で遼平が言った、予想外すぎる返答に蛍の脳が思考を止めた。

 どうも、蛍の知らないところですでに何度か世界の危機は訪れていたようである。

 そして、知らないうちに、彼らが解決していたらしい。

 

 さて、「それら」とホコロビやマガツたちと、「どちらが危険か」と問われれば、蛍には答えようがない。

 知らないのだから当然である。

 また、だからこそ知ってる情報をくれ、と彼らがいうのも理解できる。

 

 蛍自身、その魔神龍やら大戦争やらについて「え、なにそれ。詳しく説明してくれないと不安です」と言い掛けたのを、自分のつばとともにごくりと飲み込んだのだから。



「ええと……その、私たちの活動の邪魔になります。一応、ちゃんと一族の中で計画があったり手続きがあったりしてやってますし、実際の活動で手が一杯なのに、貴方達への協力にまで対応することが、その……」



 続いて蛍が提示したのは、単純に「こっちの退魔活動の邪魔をしないで。大変だから」という訓告である。

 相手が受け入れてしまっているのでは、危険だからという理由が通用しないと見ての、切り替えであった。


 しかし――

 


「じゃあこっちで勝手にホコロビ探ししましょうか。人間の想い云々っていうならメンタルロールあたりが反応するだろうし、いけるでしょ」


「え」



 真奈のそんなひとことで、蛍の言い分は崩れ去る。



「そですねー。ホコロビが関係したと思われる事件については、白部さんに依頼しましょうか。そしたら現場押さえて一通りのイデアエネルギーチェックして、そこから発生のパターンを割り出しましょう。そうすれば次にホコロビが発生しそうな地点とか予測できると思いますよ。

 そしたらホコロビをとっ捕まえて本格的に調査ですねー。うーふーふー。うーふーふー。うふふふふふふふー。皇くん、それじゃホコロビからの攻撃とかあったら、いろいろ食らってみてくださいねー。どんな効果があるのか調べるので」


「カカイチのカレーで手を打つ」




 さらに、究により追撃である。

 言っていることの半分が理解不能であるが、どうも、彼女は「ホコロビ」の発生が予測可能と言っているらしい。

 それどころか、ホコロビを捕まえるとか、自分の仲間に「ホコロビの攻撃を食らってみろ」とか無茶を言っている。

 だが、言われたほうも、全国チェーン店のカレーで了承していたりする。

 

 すでに、発想が自分の常識を超えていた。



「えと、その……迷惑、なんですけど」



 ポツリと。

 呟いた蛍の言葉は、もはや懇願に近かった。

 

 だが、その懇願も、

 

 

「そんなそっちの都合なんぞ、知らん。こっちはこっちの都合でやってるんだし」

 

 

 あっさりと正史に叩き折られる。



「だいたい、迷惑って……なんで?」


「なんでって……」


「まあもちろん、退魔師としての誇りがあるのにぽっとでのこっちに対応されたら立場がないとか、そういう【そっちの都合】での迷惑はあるんだろうけどさ。でも、『ホコロビを倒すため』『人に危害が及ぶのを防ぐため』とかだったら、俺らがやることがそっちの迷惑になる理由って、あるの?」



 不思議そうに聞いてきた正史に、蛍は明確に答えが出せない。

 相手が普通であれば、「貴方達を守る必要ができてしまう」と言えるのであるが――



「俺らのやることがお前らの迷惑になりうるのは、こっちの面々が魂森の一族の『足手まとい』になったり、そっちの作業の邪魔になる場合だろ。 だったら、まず足手まといになるのか、邪魔になるのか確認してからいってくれ」


 それに――と、正史は少し大仰に手を広げて、蛍に最後の大鉈を振るった。



「何度も言ってるけど、ホコロビはお前らだけの『もの』じゃねーんだから、俺らが勝手にやることを、お前ら一族が文句言う権利もねーだろ」

「ぐっ……」


 

 息を詰まらせる蛍。

 そして、彼らにこちらの言い分が通じない理由が、ようやく見えてきた。

 彼が今語ったことは、なんのことはない、ほんの十分ほど前に、一対一で彼と話したときに言われたこと、そのままなのだ。


「これは、世界の問題であって、魂守の一族だけが背負わなければならないものではない。というかそもそも義務も『権利』もない」


 結局のところ――それに尽きるのである。

 宿命だ、業だとどれだけ一族や蛍が言ったところで、世界からしてみれば

「勝手に活動している一団体に過ぎず、命令権もなにもない」

 というのが、彼らの示していることだ。


 そのことに気づき蛍が言うべきことを失っていると、それまで一人携帯ゲームに熱中していたアンが、不意にひょい、と顔を上げた。

 そして、蛍にぽてぽてと近づくと、とんとん、とその膝を叩いて、彼女を自分へと向き直りさせる。



「蛍ちん蛍ちん。あのね。蛍ちんがあたしたちに『やめろ』っていう理由、全部蛍ちん自身に言えることだって、わかるかにゃ?」


「え?」


「危険だから、邪魔だから、迷惑だからやめてくれって『あたしら』がいったら、蛍ちんは戦うのやめるの? ちがうよねー」



 だからね、と。

 アンは、その見た目らしからぬ、とても深い笑顔を蛍に向けて、



「蛍ちんたちが人類守ってるのが勝手なおせっかいなら、あたしたちが蛍ちんの手助けしようとしてるのも、勝手なおせっかい。同じでしょ? それでいいんじゃないの? お友達を手助けしたいって想うのは、普通のことだとおもうのだー」


「……とも……だち?」



 まるで、聞いたことがない言葉を確認するように、蛍は思わず首をかしげた。

 視界の先に居る幼女は、そんな蛍の様子を見ると、むにむにと唇を楽しげに動かしながら、目を細めていく。



「そだよー。『俺の友達が大変だから手を貸して欲しい』って、あたしたちは『友達』のマーちゃんに頼まれたの。他のみんなもそれぞれ目的はあるんだろうけど……蛍ちんを助けようっていう一番の理由は、それだけのことなんだよ」



 だよね、とアンが顔を向けた先に、その少年はいた。

 いつの間にか、眼鏡をかけなおしていた、狐で、狸な、その少年。

 

 あいもかわらず、どこか飄々としている彼、正史は、珍しく照れた様子でほほをかいていた。



「クラスメートで、いい奴っぽいのが、どこからどうみても大変なことを理不尽に背負いこんじまってる。

 それが、正直、むかついてたまらないから、勝手に踏み込んでるってだけなんだけどな。

 単に、我侭なんだよ、俺は」


 

 そう自重めいた口調で呟いた正史は――


 「遊びの誘いを断られたくない」と。

 そんなことを想っている、子供のような顔をしていた。


 






 

 と、蛍が正史の顔をそんな風に感じた直後、



「いやまあ、正直な話、お前には協力してもらいたいんだよ。マジで」


 

 ため息とともに、がっくりと正史がうな垂れた。

 その一瞬の彼の豹変に、蛍も困惑してしまうが、とりあえず、彼のいうその理由を考えてみた。

 


「……え? それは、その、そのほうが調査が楽、だからですか?」


「まあそれもあるけど」


「けど?」


 

 ぐるり、とあたりを――すなわち今ここに居る面々、それも一部のマッドな方々を見渡して、正史は再度大きなため息をついた。

 そして、がっと、蛍の肩を軽く掴んで、正史は半笑いのまま、蛍に告げる。



「お前って言う情報源がないと、一部の奴等が『新たな玩具』の調査のために手当たり次第に手をつける。それこそ、ありとあらゆる権力なり力なりを駆使して、己の欲望のために爆走する。さらにはそこに――」



 ちらり、と皇の方を見て、

 


「力を持った奴がそいつらからの報酬目当てに暴走しはじめて……そのほうが収集がつかねーんだよ」


「……」



 蛍の肩をがっしと掴む少年の目は、どこか諦めにも似た安寧と、その偽りの平和に身をゆだねてしまったことへの憤りが混じった、どこか淀んだものであった。死んだような魚の目、というのは、きっとこういうものを言うのだろう。

 ああ、きっと、こんな表情を、これから私もたくさんするんだろうな、とどこか予感めいたものを、蛍は感じていた。



「うん……なんか、こう……うん」


「いや、マジでスマン」



 少年の心からの謝罪が、そんな蛍の予感を肯定しているようで、今後のことを憂う蛍の内臓をさらに締め上げていくのである。

 


 

 キリキリキリ。

 キリキリキリキリキリキリ。



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