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プロローグ 「最後の戦い」

 その少女――神奈森かんなもりの姓を持つ彼女は、退魔師として血を繋ぐ『魂守の一族』の正当後継者として、歴代でもきわめて優秀な才を持っているといわれてきた。

 事実、少女のたゆまぬ努力は実を結び、経験ではまだ劣るものの、技術のみであれば天才といわれた父をも超え、すべての基本となる生命の力――霊力の総量においても歴代で五本の指に入ると評されている。

 美しき黒髪を振り乱し退魔の役目を果たすその姿は、美しく、そして儚く見え、まるで彼女の名前を表しているかのようであった。

 そんな彼女に、一族の者達は「彼女こそ最高にして至宝の術者となるであろう」と、賞賛を絶やさなかった。

 

 だが、そんな彼女は周囲の賛美に意をもかけず、幾多の激戦を超え、死線を潜り抜け、ひたすら努力に邁進する。


 ――20のよわいにて命を失うことが宿命付けられた、己の業を恨むことなく。

 

 彼女の放つ封滅の術式はおおゆみの矢より早く、強く、そして力強く空を進み、敵を討つ。

 彼女の纏う霊力の衣は、小柄な少女の身に成人男子の一流アスリート以上の筋力、瞬発力、持久力、柔軟性を擬似的に付与し。

 彼女が行う結界の儀式は、いかなる悪意をも遮断する絶対の盾となり、力なき人々を守る。


 一族の賛美など関係ない。

 

 誰とも知らない者たちが、すぐそばにあった脅威に気づかぬまま平和を享受し笑っている。


 ただ、それこそが彼女の誇りであり、そして折れぬ心――信念となり彼女を支え続けたのである。




*******

 

 それは、世界の景色が紅葉の赤から冷たい白へと変えつつあった、とある寒い冬のこと。


 その日、少女の死の宿命、そして世界の運命をかけた戦いは、ついに幕を開けた。

 

 自分たちを取り囲む、大小さまざまな異形――魂守の一族が【マガツ】と呼んでいる邪悪な意識の集合体は、その数、数千を超えていた。

 その一体一体が、ほんの少し前の少女であれば、一対一でも油断のならぬ相手ばかりである。

 

 だが、その絶望的な戦いからも、彼女は負けるつもりなどはなかった。

 彼女を支える信念ももちろんだが、なにより、今、彼女の周りには、それまではいなかった仲間――友がいるのだ。

 

 ちょっと変わった、それでも頼りになる、かけがえのない初めての友達。

 

 力を合わせれば、きっと、この圧倒的不利な、普通なら絶望しか見い出せない戦いですらも乗り越えることができる。

 彼女はそう信じた。

 

 たとえ、それが自分自身でも楽観的すぎる、ただのやせ我慢のようなものだとしても、自分はそう信じるのだと、彼女はすべてをかけてその戦いに挑んだのだ。

 

 

 挑んだのだが――



 これは、ない。

 

 これはないだろう。

 

 




 ドーン、と。

 

 花火が近距離で上がったかのような内蔵に響く音が、結界内に響き渡る。

 それは明々(あかあか)と、そして赤々(あかあか)と少女の視界を染めた。

 そして同時に、自分達に襲い掛かっていた大量の異形たちが、内部から破裂したように膨らんだかと思うと、一瞬で霧散する。

 

 もう一度改めて言うが――一瞬である。

 

 自分が身構えて、さあ、来なさい! と声を上げた直後に、マガツたちの2割が吹っ飛んだのだ。

 

 しばらく身構えたままでいた彼女であるが、自分に襲い掛かってくるはずの異形たちがまったくこちらに近寄ってくることができず、ただ一方的に蹂躙されている。

 


 黒髪の少女は、そのあまりにあまりな光景に「ええと……」と呟いた後、結局何を言ったらいいか思いつかず、そのままなんとなく指先を震わせたまま、呆けたように立ち尽くした。


 ――なんだこれ。

 なにか、いろいろとおかしい。

 

 そもそも、今この場に張られた野球場一つ分はありそうな強大な結界にしても、自分が作り出したものではなく、「みょうんみょうん、ぽにゅんぽにゅーん」とファンシーな音を立てている謎の装置であるところからして、いろいろとおかしかったのではあるが、それでも命を懸けた壮絶な戦いを想定していた。

 だが、始まってみれば自分がすることがほとんどないのである。


 やるせない気持ちのまま、彼女は自分の右隣を見ると――



「マテリアル弾効果あり。さらに3ポイント程度イデアレベルを下げた弾でも十分であると判断。弾薬を切り替えて確認する」



 迷彩服を着た青年がまるで誰かに報告をするかのような口調で呟くと、彼は手にしていた黒光りする重火器の弾丸を入れ替える。

 おかしいのはその弾丸が彼の手の平の中――「握っていた」ということを示す比喩ではなく、正真正銘、彼の手の『体内』からがしゃこん、がしゃこん、という機械音とともに排出されたことだ。

 青年は装填作業を瞬時に終えると、すぐにトリガーを引き絞ぼる。

 ぱらら、ぱららっと軽快な音を立てて銃撃が繰り出され、音速を超えるスピードで放たれたそれは、少女が行使してきたどんな術よりも速く異形達へと突き刺さった。


 少女は思う。


 あの一発の銃弾と同じ速度、威力を出せる術式や道具が、私たちの一族にはあっただろうかと。

 そんなことを考える度に、とても物悲しい気持ちになっていく。

 


「うわははははは! 輝いてる! 久々に輝いてるよオレ様!」



 妙につんつんととがった髪と、牙のような八重歯のやんちゃそうな少年が、拳を振り上げながら非常に気持ちよさそうに笑い声を上げている。なにか吹っ切れたというか、今までどれだけ鬱憤が溜まっていたのか、その顔にはうれし泣きの涙が溢れていた。

 ごうん、ごうんと大降りするそのかいなから発生している衝撃は、理不尽なまでの力を持って、空気と地面を破壊するように轟音を立てた。

 その一撃ごとに消滅していく大量の異形――【マガツ】は、少女が知る常識で言えば、一族の精鋭が数人がかりで数時間かけてやっと処理できるほどのものだろう。

 それを、彼は実に爽快に気持ちよさそうに駆逐していく。


 素手で。



「うわははははははは! うわははははははは!」



 彼がいま、どれだけすがすがしい気持ちでいるかと思うと、少女は彼を羨ましく――ついでに憎憎しく思ってしまう。



「ほい、こっち封印終了っと。……うわ、純度ひっく。

 なによ、日本が滅ぼされるとか言ってたから【マガツ】とかいうのもさぞかしメンタルコアのエネルギー純度が高いと思ったのに……

 見た目でかいだけで中身スカスカの粗悪魔獣みたいなもんじゃない」



 サイドポニーの少女が、自身の持つ小瓶を眺めながらため息とともにそんなことをぼやいている。


 ――まず、メンタルコアとはなんだろうか。


 神奈森の者達は長年にわたり【マガツ】と戦ってきたが、そんなものが存在するなど聞いたこともなかった。

 また、「封印」とあの少女は言っていたが、そもそも【マガツ】とは消滅させるものであって、封印できるということなど、自分は知らない。

 さらには、彼女が鼻歌交じりに捕らえたそれらでは、どうも彼女はお気に召されなかったらしく「もっと出てこーい、マガツちゃーん」と叫んでいる有様だ。

 

 この少女には恩義がある。あるのだが、その物言いを聞くとなんだか一族みんなが今まで道化だったような気がしてとても切ない。



「はいはい、ぐちらねーでとっとと終わらせてくださーにゃ。報酬もらってるっつーてもワタシャ報酬いらんからとっとと帰って寝たいでござりまするよ?

あんしらが実験とー、ストレス解消とー、素材収集とー言い出さんけら、とうに終わっとってけっちゃ」



 タバコをふかしながら、面倒くさそうにぼやいているのは着物姿で短髪の女性。

 口調が日本語の方言としてもごちゃまぜでかなり怪しいのが気に掛かる。、

 そんな彼女は紫煙とともにため息もついているあたり、言葉通り本当に早く家に帰ってのんびりしたいらしい。

 愚痴りながら群がってくる有象無象の【マガツ】を、まるで小バエを払うかのように片手で軽く叩き落としている。


 ……もうこの人だけでいいんじゃないかな、と少女は思った。


 ちなみに、いま彼女がデコピンで葬り去ったのは、少女の父が三年前に三日間の激闘の末に倒した【オオマガツ】とほぼ同等の力を持っていたようだが、気にしたら負けなのだと必死で理性を保つ。

 


 そして最後に――



「まあ、というわけで色々と解決しそうなわけだが――」



 クラスメイトの少年が、小さなPCらしきものを叩いてそうつぶやいた。

 それは、どこかタヌキとキツネの混じったような、眼鏡をかけた少年で――この現状を作り出した最大の元凶でもある。

 少年が、ものすごく「してやったり」という顔をしているのが果てしなく腹立たしい。


 なにしろ彼は、気に入った相手にはびっくりさせたり唖然とさせたり――ようは、人をからかうことが大好きな、いやらしい性格なのだ。


 ほんとうに腹立たしい。

 

 イライラするほど腹立たしいのだが――困ったことに、彼はとても良い人で、彼が負ってくれた労力には感謝してもしきれなくて、そして少女じぶんとはこれからずっと関わっていくことになるだろう、大切な、初めての心許せる友人なのである。

 

 そんな彼は、少女に対してとどめとなる一言を、気楽に名前を呼びつつ投げ放つ。



「んじゃほたる、これでおまえさんの問題は解決したわけだし――約束どおり、これからいろいろと手伝ってもらうぞ?」



 そう、大切な友人ではあるが――今は、切れてもいいわよね?



 少女は最終的にそう思うに至り、瞬間――こめかみの辺りで何かが「ぷつん」と音を立てるのを聞いた。



「ふ………」


「ふ?」


 まず、最初に出たのは小さな吐息。

 それに対して、少年が訝しげに少女の顔を覗き込む。



「ふふふふふふふ……」


「お、うれしいのか。そうだよなー、全部解決したもんなー。うんうん」



 少女の口から漏れていくのは、笑い声のような次の言葉への頭文字。

 それに少年が返したのも、少女が笑ってくれたことに対する喜びの言葉だ。

 だが――彼自身の表情はニヤニヤと意地の悪い狐面になっており、少女の言葉が笑顔から発せられたものではないことなど、とっくにわかっているのだろう。

 

 

 だから、少女は我慢するのをやめた。

 ああ、もういいや――と、内なるもう一人の自分が、立てた親指をゆっくりと下に向けて、ゴーサインを出したような錯覚すらする。

 

 彼女はこみ上げてくるその感情を、今まで抑えよう抑えようと我慢し続けたその思いを、胸の奥から開放して――




「ふっざけないでぇぇぇぇ!!」



 切れた。

 

 彼女の全身を、淡く緑色に光る「蛍」のような美しいきらめきが包む。それこそは彼女の持つ力であり、そして命の輝きである。

 少女は、自分自身でも今まで経験したことがないほどに力が漲っており、さらには「あとはもう思う存分それをこいつらにぶっ放してしまえ」と本能にも似た何かの囁きを受け入れた。

 激流のようにほとばしる彼女の霊力は、制御から外れた「余波」でありながらもマガツたちを次々と切り裂いていく。

 高まり続ける己の霊力はとどまることを知らず、強く、強く、輝きを増していく。


 このとき、もしその力を計測していたとしたら、彼女の一族において始祖を超える歴代最強の数値を記録していたのだが――それは、もう彼女にはどうでもよいことであった。



「毎日死闘を繰り広げていた私の『平凡』な退魔師人生を返してぇぇぇぇ!」




 黒髪の美少女、神奈森かんなもり ほたる

 

 これから、このチート集団である【ブレーメン】の新しい英雄の一員となるであろう彼女の壮大な『歓迎会』は――そんな少女の絶叫にて、最高潮を迎えたのである――。

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