三話 参拝者は契約者へ
元日夜、神社の巫女の奏邨柚凪によって神社へと連れ戻される主人公、本条揺戯。先ほどお祓いのために居た社内に入ると、そこには一人の男が待っていたー
元日初日の夜となり、人気がなくなった広々とした祭壇部屋を開けると、そこには、先ほどの初老まではいかないほどの男がいた。俺をここまで連れ戻した奏邨さんの話によると、彼が神様ということになる。
「捕まえてきましたよ。えびすさま」
そう奏邨さんが呼ぶと、男は振り返った。
「おお、無事に捕まえられたか」
捕まえた、という表現の仕方は如何なものかと思ったが、会話の何気ないやり取りに二人の親しさが見て取れた。
えびすさま、と柚凪が言ったということは、七福神の恵比寿ということだろう。しかし、よくあるメタボ体質で垂れ目のイラストとは対照的で、すらっとした人間的な姿をしているため、本物なのかと少し疑問に思った。
「絵と全然違うなって思ってるね。無理もない。私は恵比寿の資格を持った神であって、本物の恵比寿ではないんじゃよ。恵比寿であって、恵比寿でない。なかなか神々の仕組みも人間が考えているよりも複雑なんじゃよ」
そうえびすさまが言うと、座布団を敷いてくれた。
恵比寿であって、恵比寿でない。少し、反芻して理解できたが、となると神様の世界には恵比寿は複数いるのだと考えると面白い話だと思った。
「待っていたよ。穢れも祓えただろうし、今回は声がちゃんと聞こるようじゃな」
「はい。聞こえます」
「それは良かった。まずは、自己紹介じゃな。まぁ、座ってくれ」
「ありがとうございます」
言われるままに、俺と奏邨さんは正座する。
「私はえびす。ここの御神体として祀られている神じゃ。後利益は、君も知っているであろう、商売繁盛だ。農業、漁業なんかも言われておるな。福の神とも言われておる。ただし、私は恵比須本人ではなく、恵比須の資格を持った神なのじゃ。まぁ、細かい説明はいずれするとして、こんなところかのう」
「今一度聞きますけど、本当に神様なんですか?」
「そうじゃ。証明するのは君が視えている、ということくらいじゃな。さっきのお祓いで、周りが私に反応しなかったじゃろ」
「確かにそうですね」
確かに神主の後ろに近距離で立つ男がいるのに何十人もの人間が知らんぷりする方がおかしい、とりあえずは信じることにする。
「まぁ、納得いってもらえたところで本題に入るかのう。だいたいの話は柚凪から聞いていると思うが、単刀直入に言うと、期間限定で私の遣いになって欲しいのじゃ」
「遣い、と言いますと?」
「遣いというのは、人間と神をつなぐ橋渡しとなる者のことで、古代から巫女、そして神主が行ってきたんじゃ。しかし、近年は霊的力を信ずるものは減り、神と交信できるものは減ってしまってのう。ここの神主も本殿のそうじ、祭事等よく頑張ってくれているのじゃが、未だに意思疎通は取れておらん。
私の言葉を聞けるものが現れるのは数十年に一人いれば良い方。そのうえ、最近神社会も情報化社会へと移行しつつある。そう考えると、この移行期に私の言葉が聞ける人間はいくらいても足らんのじゃよ」
「神社会も大変な時期、ということですか」
「そうじゃ。特に、情報化の進んでおらん神やその遣いは社会から置いてかれてつつあってな。神の間での格差が広がりつつある。それを縮めるには、人間に力を借りなくてはいけなくてのう」
「それで、俺が選ばれたと」
「そうじゃ。君の純粋さ、そしてまっすぐさ。さらには私と意思疎通できる力。私には、最適な人物だと思ったのじゃ。・・・どうじゃろう。遣いになってはもらえんじゃろうか?」
だが、と俺は考える。俺は受験生になり、自分以外の人間や髪に目を向けていられるほど果たして時間はあるのだろうか。
「あの、貴重でありがたい話なんですが」
「受験生だから、時間が心配なのかのう?」
やはり、神様には心は見透かされてしまうか。
「そうなんです。だから、寄与できる時間が限られてくると思うのですが」
「それなら問題ない。とりあえず、一ヶ月のお試し期間ということでまずはどうじゃろうか? あれじゃ、今よく人間社会にあるじゃろう。もし満足行かなかったら全額返金! みたいなやつ。もし、満足行かんかったら、特例で時間を巻き戻してやれるぞ」
嘘のような話だが、それなら無駄にはならないだろう。
「それに、タダでやってくれとは言わん。それはさすがに神のエゴになってしまうからな。善意ある人間だからといって、対価を払わんということはせん。…そうじゃな、柚凪、お主は何を願っておったかのう?」
「わっ、私ですか!?」奏邨さんが慌てるような仕草をする。「願いごとはむやみに人に言っちゃうと叶わない、ってえびすさまが言ったんじゃないですか、言えませんよ!」
「おっと、そうじゃったな。…ああ! 思い出したわい。お主の望みはアレじゃったな、アレ」
えびすさまは奏邨さんを見てニヤけた。
「アレ、ですか?」
「そうです!」
奏邨さんが頬を赤く染める。ということは、人には言いにくい願いをしたということだろうか。
「まあ、女の子の秘密は守ってやらんとのう、すまんが秘密じゃ」
唯一の参考人物、奏邨さんが秘密となると、決めるのはなかなか難しそうだ。
「うーん。すぐに決めるのは難しいので、今は保留でもいいですか?」
これから関わっていく中で少しずつ見出すのも悪くないだろう。
「それでもよい。では、私の遣いとなってくれる、ということで良いか?」
「はい。とりあえず」
「よし、口約束ではいかんからのう。ちゃんと雇用契約書を書いてもらうかのう」
そう言うと、えびすさまは紙と筆を目の前に出現させ、俺に手渡した。
四話に続きます。多分、今週中です。いよいよ、最初に出てきた神器の話題に入ります。