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神遣いのユラギ!  作者: Atsu
二章 春〈待祭祀〉る風
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四話 碧(あお)の神器

御鏡神社の春祭り初日を終えた帰り際、揺戯ゆらぎはとある人物に遭遇する。

 祭りの雑多な音が遠ざかる中、心地よいリズムを刻む足音が突如として途絶えた。振り返ると、奏邨かなむらさんが立ち止まっていた。

「どうしたの、奏邨さん?」

俯く奏邨さんの様子は少しおかしく、注意深く表情を伺いながら尋ねた。境内の屋台から漏れてくる光で照らされる、奏邨さんの表情は、先ほどと一転して憔悴していた。どうしたのだろう。

「具合でも悪くなった?」

俺は覗き込むように姿勢を落とし、再度訪ねた。

「ううん、…その」

なにやら躊躇している様子だ。

「いいよ、聞くから」

そう言うと、彼女は口を静かに開く。

「…私、見ちゃったの」

目の正気はかろうじてあるようで、何か頭の中の整理が追いついていないように思えた。

「…何を?」

思考を阻害しないよう、ゆっくりと話す。

「人型の幽霊。それも、セーラー服の女の子」

震えた声。普段、神様という特異な者を見慣れている彼女であっても、人外への畏怖があったことに内心驚いた。

「いるのはなんとなく知ってたけど、実際に見ると不気味で」

俺を見つめる瞳には明かりが戻っていた。

「確かに。実際に見えると怖いよね」

驚いたミミズクのように奏邨さんは縮み上がっている。俺は彼女の手を取る。

「大丈夫だって」

彼女の手はやはり冷たく、色白さが薄明かりの中で際立っている。その恐怖心を吸い取るように、俺は背中を優しくさすった。

「どう、落ち着いた?」

「う、うん。少し」

「よし。じゃあ、かえろうか」

「うん」

ゆっくりと歩きはじめる。心の処理が追いついていないのであろう。奏邨さんの歩幅は、先ほどよりかなり狭い。

「でも、こんなんじゃダメ、だよね。仮にも、神社の巫女やってるんだし」

少しずつ表情を取り戻し始めてはいるが、必要以上に語尾が強かった。ちょっと、心配だな。

「家までおくろうか?」

俺は提案する。しかし、

「いいよ。情けない、ってえびすさまに言われちゃう」

強く彼女は否定した。変なところで気を張っちゃうタイプか。そう思いつつも、彼女の思いを汲み、途中で別れることにした。

「じゃあ、気をつけて」

「うん。また明日ね、ゆらくん」

その背中はどこか重たげだった。俺は心の中で、彼女の安眠を願い、角を曲がるまでの背中を見送った。


 家路を歩いていると、ふいに後ろから自転車が流れていく。ブレーキ音が届くと、自転車は目の前の街灯で止まった。

「ユラギくんじゃないか。神社からの帰り?」

街灯に照らされた顔には見覚えがある。今朝、学校で会った薗田そのだ君だった。自転車から降りると、俺の隣にやってきた。

「うん。薗田君も手伝いの帰り?」

「ああ。奏邨さんから手伝いのこと、聞いたのか。手伝い自体はすぐ終わったよ。そのあと、僕も神社に寄ってきた。僕は別件で」

「別件?」

「ほら、これを見ればわかるかな?」

園田君はポケットから、何かを取り出す。変形し、見覚えのある形状となったソレは街灯に照らされた。

「どうしてそれを…」

俺は驚きのあまり、声が漏れ出た。彼が手のひらに乗せている長方形のフレーム。それはまぎれもなく、俺たちも携えている神器しんき、だった。神器とは神様たちの世界で用いられている情報端末で、人間界でいう、いわばスマートフォンのようなものだ。神様の遣いをしている人間だけが、持つことを許されている。

「ああ、聞いてなかったか。実は僕も遣いでね」

飄々とした口調で言う園田君。対照的に、俺はもう一つのことで、驚きを隠せずにいた。

それは、神器の色。彼の持つ、神器はまるで、ラピスラズリのような美しい光沢をはらんだ碧色をしている。人間の遣いに与えられる神器は、通常であれば白色と決まっているはず。なぜ、彼が白以外の神器を携えているのか、俺は思案せずにはいられなかった。

「どうして、碧色なの?」

俺は訝しげに尋ねる。もしかして、園田君は人間ではなく、神様なのだろうか。どうやら、園田君は俺の質問の意図に気付いた様子で、笑みを浮かべた。

「もしかして、僕が神様だと思った? 僕は人間だよ」

「じゃあ、どうして?」

「まぁ、いろいろあってね。機会があったら話すよ。とりあえず言えることは、これは借りものだということさ」

 しばらく自転車を押す園田君と並んで歩き、今日の出来事を園田君にも伝えた。天丈さん、御鏡さまとの出会い。お守りの中身をもらったこと。鏡写しの儀を見学したこと。安全祈願のお参りしたこと。そして、奏邨さんが人型の幽霊に出くわしたこと。

「そうか。彼女、見たんだね」

「そうみたい。俺の前だったからなのか、遣いの先輩として威厳を保ちたかったからだからか、気を張ってるように見えたんだ。でも、結構背筋を凍らせてたから心配で」

俺が心配で脹れる一方、園田君は爽やかに微笑んだ。

「確かに。彼女、変なところで強がるからなぁ。でも、君がいれば大丈夫だと思うよ」

園田君はなぜか、僕に向かってウインクした。

「どうして?」

「ほら。前回の絵馬の件の話を聞いてるし。ユラギくんなら、奏邨さんのこともなんとかしてくれるだろうって」

「知ってたんだ。絵馬の件」

気心が知られているようで少し恥ずかしいが、自分のことを知ってくれているということで、無意識に抱いていた園田君への警戒心は薄らいだような気がした。

「お手柄だったし。あのあと、絵馬の噂も終息した。それはさておき。幽霊の件だけど、どんな霊が見えたのかは聞いた?」

俺は彼女の言動を思い出す。

「確か、セーラー服の少女って言ってた」

「若い子か。目が合ったとか言ってた?」

「そんな感じはなさそうだった。ただ、通り過ぎたのが見えただけのようだった」

「そっか。それなら、必要以上に関わりさえしなければ、君達に害を加えることはないと思うよ」

淡々と説明する園田君からは、慣れを感じた。

「詳しいの、こういうこと?」

「ほどほどに、かな。まぁ、いろいろあったからね」

軽い口調だったが、星空を見上げながら言ったその表情は、神霊世界でのさまざまな経験を基にした自信みたいなものを感じ取れた。

「もし、あの鏡から出てきたのなら、何かしらこの世に未練を残していることは確かだと思う。しばらく境内をさまよっているようなら、僕とか天丈さん、もしくは君のところのえびすさまとかにも相談するといいかもね」

あの鏡。それは、鏡写しの儀の際に使われていた、あの円鏡のことだろう。祭りの間、この世とあの世を繋ぐという、鏡を通ってやってきたというのなら、何かしらの理由があるのは当然だろう。

「わかった。そうするよ」

 大きな幹線道路に出ると、たくさんのサーチライトが右から左へ、左から右手と流れていった。園田君は自転車にまたがった。

「それじゃあ。僕はこっちだから、この辺で」

「うん。明日も来るんだっけ?」

内心、園田君もいてくれると心強いと感じていたのだろう、思いが口に出る形となった。

「多分。時間が合えば会えるかもしれない」

「わかった。じゃあまた明日」

「また明日」

手を振り、園田君を見送った。

 こうして、祭りの初日は幕を下ろした。新たな出会いと、奇妙な出来事を引き連れて。明日からは朝から夜まで滞在することになっている。今日は早めに寝ておこう。そう思いながら、俺は自宅に向かった。

次に続く。

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