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神遣いのユラギ!  作者: Atsu
二章 春〈待祭祀〉る風
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三話 視える者、視えた者

春祭りの会場に訪れた揺戯ゆらぎ柚凪ゆなの二人は御鏡みかがみ神社の神主である天丈てんじょうさんによる舞の奉納を鑑賞した。その後、呼び出された二人は祭りでの役割を告げられる。その後、二人は祭り模様を楽しむのだが…

 天丈てんじょうさんの舞の奉納が終わる。すると中央の大きな鏡からオーブのようなものが、ふわりふわりと放出された。その様子はまるで、室内に差し込む光がホコリを雪のようにキラキラと反射させるようで幻想的だった。御鏡みかがみさまに手招きされる。何か言い残したことでもあるのかと思い、私はゆらくんと一緒に観覧席を後にして、先ほどの裏手の方向へと向かった。

 途中で正装の天丈さんとも合流した。

「すこし、境内を散策しないか」

天丈さんは微笑みながら言う。境内の石畳を奥へ奥へと歩いていくと次第に祭りの喧騒が遠ざかり、林立する樹木が葉桜から竹林へ移っていった。先ほどまでの騒がしい空間とのギャップに寂しさを感じながら歩を進めていると天丈さんが口を開いた。

「最近じゃ神社は消えるばかりでね。加えて神社の管理者が減るばかりさ。これがなにを意味するか。その結果がこれさ」

竹林の中に開けた空間が出現する。そこには、大きさの異なる三体のお地蔵さまが安置されており、灰になりかけるほどに縮んだ線香がむわりと香を漂わせていた。なんのお地蔵さまだろうと、私とゆらくんが注意深く見つめていると、

「水子供養の地蔵さ」

と、天丈さんは説明してくれた。

「まぁ、これに関しては以前からあるものなんだけど。他にも人形供養や車祓いなんてのもあってね。今じゃ神社はショッピングモールと同じさ。小さな神社は大きな神社に吸収され、個々の神社が専門に行ってきたはずの祓いや清めを一つの神社で全てまかなえてしまう。結果、専門性の喪失によって、払えるモノ、清められるモノが神主の力量に依存するようになった。

 加えて、神さまと語らうことができず、おつとめしかできない神主は増える一方らしい。その結果、ますます誤った対処によって、すくなからず不幸な末路を送った人々も人づてではあるけれど、聞いている」

少し寂しげな、儚げな思いがなんとなく私たちにも伝わって来る。

「さっき、俺が神主になった話をしたけれど、人と神さまを繋ぐ役目は僕にしかできないこと、このままではこの神社も吸収されること、そういうのも理由の一つだったんだ」

「なんだか、悲しい現実ですね」

「だからこそ、こうやってこの御鏡神社であんな風に舞いを見に来てくれる人たちが大勢いたのは嬉しくてね。これから頑張っていきたいと思ってるよ」

その横顔は少し誇らしそうに私の目には映った。

「…話がずれてしまった。さっき話したように、現代において神様と語らえる人間は貴重な存在であることはわかってもらえたと思う。今回、君たちに来てもらったのは他でもない。お願いしたいことがあるからんだ」

「お願いしたいこと…ですか」

「ええ。そうよ」

その時、背後からふわりと御鏡さまが浮かび上がってきた。

「先ほどの舞で中央に大きな鏡があったでしょう。普通の人たちには、ただの鏡のように見えているかもしれないけれど、そうじゃないの。実際に、この三日間にわたって、あの鏡はこの世とあの世を繋ぐ扉になるの」

「ということは、霊とかが行き来するということですか?」

「その通り。その様子は、あなたたちにも視えるはずです」

「もしかして、さっきの光っていたのって!」

確かに、儀式の最後にオーブのようなものが視えていたことを私は思い出した。

「確かに視えましたが、幽霊は全てあのような形態なんですか。普通、幽霊といえば、足のない人間というイメージですけど」

ゆらくんが尋ねた。

「そう。実はそこなんだ」

天丈さんがよく気づいたと言わんばかりに声のトーンを上げた。

「幽霊にも度合いがあるのさ。さっき君たちが視たような、球体状の幽霊。そして、ユラギ君の言ったように足のない人型の幽霊。そして、人かそれ以上の形を持った幽霊。この三つだ」

「違いはなんですか?」

「これらを隔てるのは思念の度合いだ。しかし、厄介なのはこれら三つの幽霊の思念が害のある思念なのかどうかがわからないというところだ」

「つまり、重要なのは形ではなく思念の内容、ということなんですね」

「ユラギ君。君の言う通りさ。そこで、君たちにお願いしたいのは、この出入りするために集まっている幽霊の監視をお願いしたい」


 様々な色。様々な人。空が紫がかるにつれて境内の出店は淡い電球を灯し始める。わたしはゆらくんと二人、祭りに彩る境内を散策している。遠くから響いてくる太鼓の重音。甘いずっぱいソースの香り。鉄板で焼ける食べ物の音。ヒールや下駄がコツコツ、カラカラと石畳を踏み鳴らしている。たくさんの刺激が五感に響いてくる。

ああ。こうなるなら浴衣、着てこればよかったなぁ。なんだか、あの帯ひもの締め付けや歩幅の狭まる感じが恋しい。着こなしたスカートをこの風情に溶け込ませてしまっていることに申し訳なさを感じる。

それにだ。隣にはゆらくんの横顔があるのだ。わたしより少し高い視線は、まっすぐと前を見据えており、涼しげな表情をしていた。なぜが目が離せずにいると、後ろから神輿がやってきた。

「ごめんねー。通してー」

大きく体を寄せる。ゆらくんに密着してしまった。

 …ちょっと待って。これっていわゆるアレ、だよね。アレ。意識してしまうとなんだか隣を歩くのが恥ずかしくなってしまい、自然と一歩後ろを歩こうとしてしまう。

『おっと、そうじゃったな。…ああ! 思い出したわい。お主の望みはアレじゃったな、アレ』

不意によぎる、えびすさまの言葉。元旦の日。えびすさまとゆらくんが対面したとき、えびすさまがわたしの願いを口走ろうとしたあのシーンだ。私は今も、その願いを願い続けている。しかし、叶うのはまだまだ先かもしれない。そんな浮ついた心からか、歩調が遅くなっていると、

「歩くの、早かったかな。もう少しゆっくり歩いたほうがいい?」

ゆらくんがふりむき、訪ねてくれた。

「ううん。大丈夫。そうだ、せっかくだし何か食べよっか?」

「そうだね。何が食べたい?」

「うーん。せっかくだし、わたがしとか?」

「なんか、かなむらさんって案外子供っぽいところ、あるよね」

「そんなことないよ。高校生だから!」

「じゃあ、俺はたこ焼きにでもしようかな」

 二人それぞれが欲しいものを買い終えたので、私たちはまた再び人の流れに交わり、歩を進めた。

「おいしいね」

なんでだろう。わたがしってこんなに幸せな味がしたっけ。ひと口ちぎって頬張ると舌をじわりとろけていくのだけど、暖かく甘美的な余韻が強く残るように感じられた。祭りの雰囲気が風味をつけているのかな。…それとも。ゆらくんと一緒にいるこのひとときの楽しさがからなのだろうか。私は一口一口を惜しむようにゆっくりとわたあめを楽しんだ。

 幸福感に惚けていると、行き違いの人と肩をぶつけてしまった。

「あっ、ごめんなさい」

「いいえ。こちらこそ」

一瞬目が合う。大学生だろうか。社会人に成りたてのような少し幼さの残った長身の男性だった。どこかで会ったような気がしたけれど、流れて行ったため再び顔を見ることはできなかった。

「知り合い?」

ゆらくんが顔を覗き込んでくる。

「うーん。どこかで見た気がしたんだけど、勘違いかも」

「たまにあるよね、そんなこと」

「俺はさっき同級生見たよ」

「えっ、じゃあ二人でいるところみられたの?」

確かに、高校から歩いてこれる圏内だから遭遇する可能性があったんだ。ああ、もう少し警戒すべきだったと後悔するけれど、ゆらくんの方はあまり気にしていないようで、

「今更じゃない。前から見られてるし、問題ないんじゃないと思うけど」

と、ケラケラと笑った。確かに、この前の事件で仲がいいのは公認みたいみたいなところはあるけど、やっぱりこういうところを見られるのは正直恥ずかしいかなぁ。

「だ、だよねぇ…」

と流しつつも心臓の早まりは嘘をつけなかった。

 境内を回り終えたところで、最後に三日間の安全祈願もかねて、本殿にお参りをしていくことになった。先ほど下った階段を登っていくと、灯籠に照らされた石階段を浴衣の中の鯉が華やかに昇ってゆくのが見えた。やっぱり浴衣着たかったなぁ。夏は着ようとますます思った。

 私たちの順番が来て、慣れた手順で柏手を打ち、頭をさげて三日間の安全を願った。神様が本当に存在することを知ってからというもの、願うことに羞恥心が芽生えたなと思う。今まではボールを投げてもキャッチされたかわからなかったのに、キャッチされているとことを知ってしまったから。実際に心の中の願いが神様に届いているので、お願いするときに言葉選びとか、伝えたい感情とかが慎重になった気がする。

 帰路の石段はなんだか寂しく感じられた。明日また会えるはずなのに、もう少し痛いあの感じ。ちょうど人の流れもピークのようで、境内を満たす人の波は進んだり、止まったりを繰り返していた。私はあまり慎重が高くないので、ゆらくんの背中を追うのが精一杯だった。

耐えかねた私は、ねぇ、とゆらくんの肩を叩いた。

「裏道から通って帰らない?」

表通りは人が多くて息も苦しく感じられ始めたからだ。

「確かに。さっき天丈さんたちと通った道の方がいいかも」

その時だった。ぞく、ゾクゾクゾク。急に肩をのっぺり撫でていくように鳥肌が駆け抜けた。何か意識の外の者とすれ違い際に肩をぶつけたかのようだった。

「どうした? 急に固まっちゃって」

私は経験のない恐怖に包まれた。嘘…だよね。

思いが声にならなかった。私はゆっくりと振り返る。どうか、嘘であって欲しいと願った。でも、嘘ではなかった。初めて本物を視えたことによる動揺と不快感。天丈さん、御鏡さまの話ででてきたとはいえ、おとぎ話の域を抜け出すことのなかったその存在。神さまではないという直感と不安。それらは私から言葉を失わせるには十分だった。

制服姿の少女の背中が遠ざかっていく。少女のスカート下には、あるはずの両脚がなかったのだった。

次話に続きます。

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