九話 告白、激白
呪いをかける少女を特定し、見つけ出すべく、別棟三階の美術室前に差し掛かったそのときだった。施錠されていない美術室の中に、見知った人影二人いた。そこには、先ほど別れた広也、そして、榎本さんだ。揺戯は慌てて、入り口のドアに身をひそめる。スサノオさまに言われ、二人の様子を伺う…
「どうしたの、榎本さん。こんなところに俺を呼び出して。まさか、そういう…」
広也は困惑しつつも、内心、期待を抑えられずにいた。放課後。誰もいない教室。注ぐ斜陽。女子からの唐突な呼び出し。条件が揃いすぎているのだ。
ややあって、柑夏は俯いていた顔をあげ、広也に向ける。目は充血し、きょろきょろとあちらこちらを見渡しており、広也から目を背けようとしながらも、チラチラと広也をみている。
「…実はね、小田切くん。謝らなければならないことがあるの」
「あやまりたい、こと?」
あやまりたいこと? 予期しない言葉に、広也は言葉を何度か反芻し、ようやく謝るという意味だと分かる。しかし…。 何か謝られることはあっただろうかと、一瞬考えたが、それよりも、そっちの告白ではないことに、広也は拍子抜けし、緊張が一気に解きほぐされた。
「俺、何か謝られるようなことされたっけ?」
状況が飲み込めず、広也は苦笑いを浮かべつつ、頭をかく。
「…小田切くんの足のケガ、私のせいなの」
かすれた声で柑夏は言った。自責で耐えられないぐらいに押しつぶされた心の、ほんのわずかな隙間から絞り出したかのように、弱々しいものだった。
一方で、広也はさらに困惑した。謝られる理由が、足の怪我? 全くもって、柑夏に要因がないはずの怪我で、彼女が謝ろうとしていることの意図が汲み取れないからだ。
「えっ、なんで!? 俺はただ、自身のしょうもないミスで骨折しただけなんだけど」
「そっ、それ! それが私のせいなの!」
柑夏は今にも泣き出しそうに強く目を瞑りながら、広也に言い放った。尚更わけの分からなくなった広也は黙って柑夏の次の言葉を待った。
「…絵馬の噂、小田切くんは知ってる?」
「ああ、あれか。ゆらぎが言ってたな。好きな人の名前を書けば、恋が叶うっていう、どうこうのやつか?」
「そう、それ! それで私、小田切くんの名前を書いちゃったの。しかも、間違った書き方で。そのせいで、小田切くんが、事故にあって…」
必死に釈明する柑夏に、広也は笑わずにはいられなかった。
「おいおい、なんだよそれ。まるで、呪われたのは榎本さんのせいみたいじゃないか。そんなわけないだろ、バカらしい」
おどけて答えて見せるも、柑夏の表情は緩まない。
「でも、私、みかんちゃんと二人で、サッカー部のマネやってきて、お守り作ったよね。あれをみんなにあげた去年の地区大会、優勝できた。それで私、また勝てたらいいなって。神社にお参りに行ったの。
ちょうどその頃、絵馬の噂を聞いて。小田切くんの顔が浮かんだの。また、活躍して欲しかったから。それで、小田切くんの名前を書いて、絵馬を奉納した。
…でも、それが間違いだった。ちょうど、その次の日、小田切くんは骨折した。しかも、その後、退院が長引くことになって…。
あとになって、再び絵馬の噂を聞いた時、耳にしてしまった。書き方を間違えれば、書かれた名前の人間に良くないことが起こるって。それで気づいてしまったの。自分が、間違った絵馬の書き方をしていたことに。急いで処分しようと思って、神社に探しに行ったけど、見つからなくて…」
必死に謝意を伝えてくる柑夏の表情に、バカみたいに振る舞うのは失礼だと感じた広也は、まっすぐに柑夏を見つめた。
「…だから、小田切くんの骨折は、私のせい! だから、ほんと、ごめん、ね…」
言い終えると、榎本さんは顔を覆い、すすり泣いた。
榎本さんから語られた言葉から、ことの全容が判明した。
男の名前しか書かれていなかった絵馬。それは、少女たちの、一種の呪いのようなものだった。榎本さんも、前回のお守りの成功のこともあり、興味本位と次への希望を持って、広也の名前を書いた。しかし、名前の書き方を間違えてしまっていた。多分、神社で見た時は、ひらがなで書かれたものばかりだったから、漢字で書いたなどだろう。
折しも、その次の日、広也はタイミング悪いことに、自らの操縦ミスで足を骨折してしまう。同時に、疲労骨折箇所も見つかった。
それを聞き、榎本さんは神社に通い、回復を願っていた。しかし、その願いもむなしく、広也の退院は延期となる。その頃、榎本さんは再び絵馬の噂を耳にし、名前の書き方を間違えていたことに気づいた。
書き方を間違えれば、書かれた名前の人間への呪いは、呪いに変わる。それが、現実に広也の身に起こってしまったことにより、柑夏は自責の念に駆られた。それからというもの、神社に通い、自分を呪うようになった…。
そう。俺たちは勘違いしていたのだ。呪ってくださいという、彼女の言葉を。彼女は、他人ではなく、自分を呪っていたのだ。自分の自責の念と広也の回復を祈るために、定期的に神社へやってきては願っていた。
「まて、ゆらぎ!」
俺は、スサノオさまの声を無視し、駆け出していた。たまたま起こってしまった広也の骨折に、榎本さんは責任を感じすぎている。それに、神社に通い、広也の回復をあんなにも願っていたことをどうして黙っているんだ。俺はそれを言わずにはいられなかった。
「榎本さん、それは違う!」
いきなり現れた俺に、二人は息を飲む。
「どういうことだ、ゆらぎ!」
広也が振り向き、俺の登場に驚いた。
「榎本さん、どうして一人で背負おうとするんだ」
「だって、だって‥」
拭っても拭っても涙の止まらない榎本さんは膝から崩れ落ちてゆく。
「俺は知ってる。榎本さんが、菱川神社に通って、広也の回復を願っていたことを」
「どうして…それを本条くんが」
スサノオさまから情報を得たなんて言えるわけもなく、少し理由づけに戸惑うが、そんなことは二の次だ。この際、嘘も方便だ。理由は適当につける。
「ランニングしてる時に、たまたま暗闇に消えていく榎本さんを見つけて、心配でつけてしまったんだ。そしたら、神社でただ一心に、早く良くなりますようにって願っていて。きっと、あれは広也の回復を願っていたんでしょ? 榎本さんのことだ。一回じゃなく、何度も通っていたんじゃないかな。それほど、広也の一刻も早い復帰を願っていた」
榎本さんは頷いた。
「そこまでしてくれてたのかよ。榎本さん…」
榎本さんの思いは伝わったようで、広也は目頭を押さえていた。
「当たり前、でしょ…。好きな人が辛い思いをしてるのは、辛かった。だから、だから…」
その時だった。広也は松葉杖を置いて、自らの足でしゃがみ、榎本さんの頭にそっと手を置いた。
「ありがとうな。ほら、俺の脚。榎本さんのおかげで、ちゃんと治ったよ。きっと、榎本さんが願ってくれていなかったらもっと時間がかかってたと思う」
優しく頭を撫で、広也は榎本さんを見つめながら言った。榎本さんもほろりと大粒の涙を頬に伝わせながらも、目をしっかりと見開きながら、広也を見つめた。
「すごく、嬉しいよ。そんなに心配してくれてたなんて。最初は、マネージャーだから心配してくれてた、って思ってたけど。まさか、好いてくれてたなんてな。それに、そんなに強く思ってくれていたなんて、思ってもみなかったよ」
その言葉に、溢れ出すものがますます我慢できなくなった榎本さんは額を覆って大きく泣いた。
「うん…うん…」
泣きじゃくる榎本さんに、広也は寄り添った。
「少し大人っぽくて、芯の通ってるところがいいなって、思ってた。けど本当は、絵馬の噂を信じて願って。大切な人を一心に思える、等身大の女の子だったんだな。…榎本さん、俺みたいなノリばかりのちゃらんぽらんなんかで、本当にいいのか?」
肩を上下に震わせ、鼻をすすりながら、無言で榎本さんは頷いた。
「そっか。ありがとう」
広也は榎本さんを、包み込むようにそっと抱きしめた。
次に続く




