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神遣いのユラギ!  作者: Atsu
プロローグ "神"と"器"
1/18

一話 詣でて見えたり

一話です。

 寒さとともに、浮き足立つ別景を醸し出す社へまっすぐと吸い込まれていく。人々は、うわだちながらも寒さに震え、夢とうつつの間のような石畳を歩いて行く。クリスマスとはまた違うが、人々が希望と喜びに満ちた表情で、ある人は家族と、友人と、そして恋人と。前を見据え、白い息を昇らせながら順番を待っている。

 俺はひとり、二回目の参拝に訪れていた。一度目は、新年を跨いですぐに友人と。そして、今回はひとりで。いつからだっただろうか、これが毎年恒例の行事となっていた。今年は高校三年生、受験シーズンに突入するということで、例年は行っていないお祓いも行うつもりでやっきた。

 しばらく人の波に身を任せて行くと、本殿の屋根が前方に見えてくる。二回目の参拝はなんと所信表明すべきだろうか。

 自分なりの行き着いた結論なのだが、初詣だけのことでなく、こういった神社での参拝は「お願い」するもではなく、「自分の思いを打ち明ける」ことこそが正しいのではないだろうか。人は都合の悪い時に神様にすがり過ぎているし、何でもかんでも神様に願い過ぎている、そんな気がどこかするのだ。なんというか、願いは叶えてもらうためのものではなく、叶えるためのものだと思う。そんな思いが芽生えた数年前から、参拝では、自分の思いを告白する場、そんな風に捉えているのだ。

 春の海が、耳を流れていく。前列の人の初心表明が終われば、自分の番がやってくる。社の中には、お祓いを受けている人々が正座し、神前に頭を下げている姿が見えた。白装束、烏帽子姿の神主らしき人物がふたり、祓串を念じながら振っている。前の人たちが左右にはけ、朱の賽銭箱が現れる。自分の番が回ってきた。

 二回目の神前。賽銭を投げ入れる。姿勢を直し、二礼、二拍手。

 ことしから、進路に向けて動き出しますが、何事にも動じず、真っ直ぐ乗り越えていきたいと思います。

 ・・・一礼。

 初穂料を社務所で納め、中へ。茣蓙、昔ながらの石油ストーブ、紅白の布地。ほのかに漂う木の柔らかな香り。いつもと違う神聖さと冬の日常が入り混じる世界に身を委ねていく。しばらくすると、神前には老人から、同じように受験生らしき学生が保護者とともに入り、たちまち満室となった。

 神前には、すでに神主らしき人物が正座をして、ご神体見つめていた。精神を統一しているのだろうか、身を一切動かさずに静かに鎮座していた。

 しばらくして、右手前の扉が開き、神職者が木製の盆に榊、玉串を携えて入ってきた。そのまま、参拝者の前に一度正座し、礼をする。

「ようこそいらっしゃいました。それでは、これよりお祓いを始めさせていただきます。私、神主の御川と申します。それでは、まずは祝詞から始めますので、姿勢を崩さずお願いいたします」

では、あそこに正座する人物は誰なのだろう。代わりの神職者というわけではないようだが。神主は先に座る人物の元へと立ち直り、歩いて行く。先ほどの人物はいつの間にか存在を消しており、何事もないように、神主は座る。

 祝詞が終わると、神主は俺たちの正座するところへ玉串を携えてくる。

「それでは、ひとりひとり、お祓いをしてまいりますので、声をかけましたら、頭をお下げください」

その時だった。ふたたび、神主が座っていたところに人影が突如として現れた。立ち上がり、こちらに向かってくる、格好は神主とほぼ同じ紅白烏帽子といった感じだ。顔から推測するに、年齢はおじさんから初老の間といったところだろうか。神主の後ろに同行し、お祓いに付き添い始めたのだが、後ろに立つその男は腕を組み、うんうんと難しい表情を浮かべ、神前であるにもかかわらず、失礼極まりない態度で、仁王立ちしている。にもかかわらず、神主、そして俺を含めた周りの人間は全く気付いていない様子でいる。

 これは一体なんなんだ。確か、この神社に奇妙な伝えや、祭事はなく、由緒正しき神社だと、俺の通ってきた十数年間からはわかりきったことなのだが、目の前で行われる奇妙な行為は、そのどれにも該当しない。

「それでは次の方」

自分の番がくる。緩んでいた体がキュッと引き締まる。そんなこと、あとで聞けばどうにでもなることだ。単に知らなかっただけのことかもしれないだろうし。

「こうべをお下げください」

神主の声に、一度額をあげたその時だった。後ろにつく、その男と目がピタリと合う。一瞬が長く感じられるほど、その視線は強く、目があったと理解できるほどの惹きつける何かがあった。

 男は、なぜがジェスチャーで、男自身を指した後、親指と中指でグーのポーズをし、首をかしげた。俺は、意味が分からず、首をかしげたが、睨め付けるような表情で、人差し指を振り、もう一度同じジェスチャーをした。

 …私が、見えるのか? 口も見つつ、理解した俺はうなづいた。

「ちょっと、君。どうしたの?」

神主に、肩を叩かれ、ふと我に帰る。お祓いの最中だった。

「ごめんなさい、なんでもないです」

「では、始めますよ。払え給へ、清め給へ…」

お清めが終わり、額を上げると、そこには先ほどの男はいなかった。


 暗い空からは、ゆっくりと白い粒がふわりと落ちてきていた。傘をさすほどでもなく、指先に触れた瞬間に、すっと消えていく。 

 親から頼まれていた破魔矢も無事に社務所で購入し、神社を出て、すぐ近くにある公共の足湯へと向かった。ここは、神社に行く時だけではなく、時々訪れている。ひとりで来る時は、なんとなくここに向かうのがいつもの流れだ。ひとりで考えたい時がほとんどで、友人とくるのはごく稀だ。

 元々は観光客に向けて提供されているものらしく、木製の屋根と看板、そして代理石でできた浴槽が整備されている。地元の人もよく訪れ、憩いの場となっている。円形の浴槽を、一度に八人が囲うことができ、中央の柱から傘のように屋根が層を包み、柱のてっぺん付近には、ライトが取り付けられ、ほのかな明かりを放っている。

 湯気の立ち上る浴槽には誰もおらず、貸切状態だ。多分、元旦初日だから、家で家族と過ごすためだろう、普段なら、この時間でも老人がいたりする。ひとりというのは珍しく、なんだかラッキーな気分になる。とはいいつつも、ほどほどに家に帰らなければならないのだが。

 磨かれた石の浴槽に腰掛け、こげ茶のブーツ、黒ソックスを脱いで隣に置いて足を湯に浸す。はぁ、と思わず息が漏れる。湯面から立ち上り滞留する湯気が意識を朧げにする。

 すっかり忘れてしまっていたが、さっきのお祓いの男のことを思い出す。あの大げさなジェスチャーと、必死の表情。神主の後ろであれほど騒ぐような行為をとっていても気づかない周囲の人々。男が透けていたりすれば、幽霊やこの世のもではない者とある意味では正体が分かって安心という言い方も変だが、納得する。しかし、見たものは完璧な人間。透けてなどいなかった。

 だが。周囲が気づかなかったり、気付いていないふりをするというのは明らかにおかしい。少なくとも、不特定多数の人間が集まるはずなのだから、気付いてアクションを起こす人間がいてもおかしくない。

 あの空間で、あの格好で神主でないとするとー。まさかとは思うが、あの神社に祀られている神…だったのだろうか。これなら、納得がいくのではないだろうか。

 その時だった。ちゃぷん、と湯の跳ねる音が聞こえた。顔を上げ、音の方向を見ると、一人の女の子が足を湯に浸して、膝に両肘を乗っけ、ふう、と息をついた。コートをまとった彼女は同い年ぐらいで、マフラーに、肩まで伸びた黒髪が印象的だ。

 俺の視線に気づいたようで、こちらを見つめる。

「こんにちわ…いや、こんばんばですね。こんばんわ」

「こ、こんばんわ」

おずおずと返答すると、彼女は俺に微笑んだ。

「あれ、さっき会ったの、覚えてない?」

「え?」

俺は頭を十巡する。ニコっと微笑む彼女の顔を目に焼き付けながら、先程までの行動をフラッシュバックさせ、彼女の存在を探した。

「ほらほら、神社で」

神社で参拝して、お祓いして、社務所によって破魔矢を購入して…。

「あ」

「思い出してくれた?」

「社務所…、の巫女さん?」

「お、覚えててくれたんだね」

彼女は、傍から缶のポターシュを取り出してプルタブを開け、俺の前に差し出す。

「飲む?」

「いいの?」

「うん。私が買ったわけじゃないけど、ふたりで飲みなって」

彼女から缶を受け取る。持つには熱すぎない丁度良い温度だ。一口、口をつける。

「じゃあ、遠慮なくいただくね。誰から?」

俺がそう言うと、少し悩むような表情を見せるが、何か閃いたようで、自分の缶を取り出し、彼女も一口ポタージュを飲んだ。

「そうね、その話の前に自己紹介、しようかしら」彼女は、缶の持ってない左手を胸に当てる。「私は、奏邨かなむら 柚凪ゆな。あの神社の娘。あなたは?」

「俺は、本条、本条ほんじょう 揺戯ゆらぎ。すぐそこの高校生だ。地元もここ」

「ゆらくん、でいいかな。わたしは何て呼ばれてもいいけど」

いきなり、距離感近い呼び方するあたり、あまり人と分け隔てなく仲良くするタイプなのだろう。

「じゃあ、俺はかなむらさん、で」

「なんだか、距離を置かれてるみたいだなぁ」

「いきなり近すぎるのもどうかと思うぞ」

「あらそう。わたしはなんとなく、同じ学年だから、いいかなって思ったけど。じゃあ、しばらくはそれでもいいわ」

「同級生か? それに、俺のこと知ってたのか」

「ううん。顔だけ見たことがあったから」

「なんだ。じゃあ、最初からそう言ってくれれば、もう少し警戒心解いたのに」

「そうね、それは悪かったわね」

次第に、足先からの温もりが体に伝わり始めてきた。奏邨さんが切り出す。

「じゃあ、本題入るね。なんで、あなたのところにやってきたか。それは、あるひと、いや神様に頼まれてきたの」

「神様?」

「そう、あなたは選ばれたのよ」

何が何だかわからない。

「なぜ?」

「ひとつは、そのピュアな志。もう一つは、視えるひとだったから。『ことしから、進路に向けて動き出しますが、何事にも動じず、真っ直ぐ乗り越えていきたいと思います』…どう? 覚えてる?」

俺は、その言葉に背筋が凍ったと同時に悶絶した。

「な、なんで知ってるんだよ。俺の所信表明を」

「神様が教えてくれた。証拠出さないとわかってもらえないだろうって」

ひとり、思い当たる人物がいる。あのお祓いの時の・・・。

「なぁ、視える人って言ったよな。まさか、俺に神様が見えるとでも言うのか?」

「そうよ。私と一緒」

「え、奏邨さんも…。まぁ、そんな話をするくらいだからそうなるか」

「そう、その神様があなたを見込んで呼んでる。あったまったし、ちょっと神社にもう一回来てくれないかな」


 人混みは相変わらず絶えない。変わったことといえば、少し境内の木々が白んでいることぐらいだ。

「さ、来て。祭壇である祭事はもう少しで終わるから。終わったらいきましょう。ちょっとここで待っててもらっていいかな?」

彼女は、社務所内の休憩室に俺を残し、奥へと消えていくと、しばらくして再び姿を見せた。

「どう、巫女姿? 似合う?」

「さっき見たはずだが。なぜわざわざ着替えたんだ?」

「神前だからね。一応正装のほうがいいかなと思って。じゃあ、いこうか」


二話に続く。

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