三十二発目 砦とその後
オーガを倒した俺たちは、怪我人たちを闘技場に集めて手当てをしていた。
水の精霊ミーズの『水生成』で傷を洗ったり、出血の多い者には生理食塩水を注入してみたり、糸の精霊イートで包帯を作ったりと、俺と精霊たちもそれなりに役に立っている。
元々、百人以上いた盗賊たちだが、その怪我のほとんどはオーガじゃなく、俺とサラにつけられたものだったりとする。
なんていうか、勢いとかノリ?
それがなかったら、元々冒険者資格も持っている者も多い盗賊たちならオーガの一匹くらいなら対応可能だったとのことだ。
だが、残念なことに死人も出た。
オーガに武器にされていた小男を含めた数人が死んだ。
だが、この砦に捕らえていたオーガを解放したのもそいつらだろうとのトランテッタの言葉もあり、あまり悲しさを感じずにすんだのは幸いだろう。
どこの世界でも自業自得という言葉は通じそうだな。
そんなことを思いながらせっせと働く俺に、ジト目で突き刺さるような視線を送ってくる奴がいた。
「…………」
俺に獲物のオーガを横取りされた形のサラだ。
白いメイド服が汚れ、下着が見えることもお構いなしに地面に体育座りして無言で俺を見つめている。
背中に突き刺さる視線が痛い。
そんな俺の様子を見かねて、執事服姿のトランテッタが仲裁に入ってくれるようだ。
さすが、できる男は気が利く。
「まあまあ、サラさん、もういいじゃないですか」
「トランテッタさん、でも、せっかくの精霊ジルドのお披露目だってのにオーガを独り占めって、アルファ酷すぎですよ」
「アルファ様に悪気はないですよ。普通、オーガの首をあっさり切断できるだなんて誰も思いませんからね。どうやら、今度の輝白銀を精霊の力で加工した鋼糸は本当に危険な物のようですね」
不貞腐れるサラをトランテッタが慰めるという光景が俺の目の前で繰り返されている。
協力してオーガを仕留めようと言った矢先に、新しい鋼糸で簡単に俺が仕留めてしまったことが原因だから俺が悪いのは間違いない。
いや、だって鉄を材料に使った鋼糸が効かなかったんだから、今度の鋼糸も効かないと思ったんだよな。
まさか、人買いから貰った(奪った?)指輪が、オルハリコンを混ぜこんだ輝白銀とか、そんなすごい希少な材料で出来ているとは思わないだろ普通。
そのトランテッタに危険物扱いされた鋼糸は、今は指輪サイズに編み上げて俺の左人差し指に収まっている。
「どのみちサラさんの剣ではオーガにダメージを与えるのは難しかった訳ですし」
「それはそうだけど」
「そうですね、これからアルファ様が向かう地方は魔物も多いですし、サラさんも攻撃力をあげてもらうために、この砦にある剣をどれでもプレゼントしますよ。それで機嫌を直していただけませんか?」
「新しい剣、貰えるの!」
「はい」
期待に満ちたサラの眼差しに、トランテッタが優しく微笑み肯定する。
「やったー」
「それでは、怪我人の処置も大分落ち着いてきましたし、武器庫や宝物室を回ってみましょうか」
「はい」
自分でも新しい剣が欲しいと思っていたようで、サラは大喜びだ。
サラ、物に釣られるなんてチョロイン過ぎないか。
まあ、なんだかんだ言ってあの二人には仲が良くなっていてもらわないと今後旅する上で困るので、あえて口は挟まないでおく。
ただ、いずれサラには出番を失った怒りをぶつける相手を用意してやらないとな。
「なあ、リック、トランテッタはこれから俺たちと旅することになるわけだが、この盗賊団『暁』はどうなるんだ?」
「まあ、しばらくは盗賊家業は休業でしょうね。ここまでダメージを負ったからには回復まで時間もかかるし、怪我人だらけじゃ冒険者としての依頼も受けられないでしょうし」
「そういえば、俺は最初トランテッタの嫁候補の一人として連れてこられたんだよな。それって、他にも候補者はいるってことだろ。どこにいるんだ?」
「頭が会って、断った女たちはみんな街に戻したはずですよ」
「それは、たしかか?」
「たしかかと言われましても、俺らは連れてくるのが専門で、管理や解放は別の奴が担当していたんですよね」
リックの話では『暁』は分業制ということか。
「なあ、リック。この砦の中にその管理や解放の担当だった奴が自由に使えるスペースとかあったりするのか?」
「それなら地下牢ですね。あそこは他の奴等の管轄でしたが、一緒にいきましょうか」
「頼む」
リックと一緒に地下牢にいく。
錠前のかかったドアの前まできた。
…………このむせかえりそうな臭いは。
「ちょっと待ってくださいね。ええっと鍵は……」
「めんどくさい、『傀儡糸』」
リックが地下牢の鍵を用意するより前に、俺が鋼糸でぶった切った。
鉄でできているとみられる錠前が簡単に切断される。
うん、便利だが怖いくらいの切れ味だな。
「…………」
「さあ、開いたみたいだし、入ろうぜ」
あっけにとられるリックを置いて先に入る俺。
中に入って驚く。
十畳程度の広さに十代後半から二十代と思われる女性たちが五人目隠しをされ、天井から吊り下げられた鎖で繋がれていた。
「……………………」
「…………」
「…………」
俺らが入ってきたというのに女性たちには反応がない。
理由は簡単だろう。
そういう風に、ここで教え込まれたのだろう。
明るく健全なエロを好む俺としては、こういうのはちょっといただけない状況だ。
「おい、リック…………」
「まさか、あいつら女たちの何人かを街に帰さず監禁して好きにしていたってことなんですか!」
「そうみたいだな」
「勝手なことを」
リックの今の言葉は盗賊としてどうかと思うが、『暁』のやり方としては認められていないことだったからだろう。
確かにルールなき強奪や凌辱なんて、ただの馬鹿がやることだ。
先を考えれば良いことなんてほとんどない。
「『傀儡糸』」
鋼糸で鎖を断ち切って女性たちの体を解放していく。
色々な目に遭って、肉体的にも精神的にも弱ってはいるようだが、みる限りでは命に別状無さそうだ。
良かった。
「リック、人を呼んで、こいつらをゆっくり休める場所に連れていこう」
「はい、すぐに手配します!」
リックの手配により、すぐに人手が集まり女性たちは地下牢から運び出されていく。
この事を後で知ったトランテッタが「暁の頭として最後の仕事が待っていますね」という言葉を残して、少しの間消えたことの意味するところを考えると少し恐い。
優美な笑顔だったので尚更だ。
「ん? なんか向こうが騒がしいな」
俺がいくと、目を覚ました女性の一人が暴れていた。
「どうしたんだ?」
「目を覚ました娘の一人がいきなり死のうとしたんです」
「ああ、そういうことか、まあ連れ去られ、知らない男どもの慰みものにされていたわけだし、当然だな。……いっそのこと死なせてやったらどうだ?」
「お嬢、何をいってんですか!」
……怒られた。
10歳女児相手に本気で怒るってどうなんだ?
だが、簡単に死なれても目覚めが悪そうだ。
思い止まらせることができるかはわからないが俺も何かしてみるか。
「しょうがない。リック、とりあえず、空のコップをひとつ用意してくれ」
「? わかりました」
リックがすぐにコップを用意してくれた。
「それで、死にたいって言ってるのはどいつだ?」
「あそこの女です」
俺がその方を見ると、美少女が取り押さえられていた。
うわ~、性格キツくて激しそうだな。
「なあ、奴をちょっと離してやってくれ」
「いいんですか?」
「ああ、死んだら死んだでかまわない」
俺の指示に素直に従ってくれて、取り押さえられていた娘が起き上がる。
「何よ、あんたみたいな子供のいうことを何でこいつらがきくのよ」
「今はどうでもいいだろ。それよりあんた死にたいんだよな。だったら、これを飲んでから死んだらどうだ?」
「飲めって、中身空じゃない?」
「まあ、今はな。ミーズ、ターキ、お前らの力を貸せ。『水生成』&『気体生成』、『液体生成』」
俺の呼び掛けに青と水色の球体が出現し用意してもらったコップに液体を生成していく。
周りの奴等も興味津々で覗き込む中、俺の持つコップが透明な炭酸の液体で満たされていく。
リックにハチミツとレモンも用意させ、ハチミツを一匙垂らしレモンを絞る。
「ほれ、これを飲め」
「それは? なんかすごいブクブクいってますが……」
一歩引いた様子でリックが顔をしかめている。
この世界に炭酸飲料はメジャーではないようだ。
「炭酸飲料っていう俺の故郷の飲み物だ」
ミーズとターキの同時使用なら、ひょっとしたら炭酸飲料を作れると思ったが、見た目的には成功のようだ。
炭酸は俺の記憶が曖昧で本物より多少強めかもしれない。
俺は炭酸飲料の入ったコップを娘に渡す。
始めてみる飲み物を前に、さっきまでの威勢も消え、娘がおとなしくなった。
「どうせ死ぬつもりだったんだ。怖いものなんてないだろ」
怖じ気づきそうになるのに気付かれたと感じたのか、娘が顔を赤くし一気に炭酸飲料を煽る。
「バカ、シロートが炭酸飲料の一気飲みなんてしたら」
「ブホっカハッエホッ」
「ほら、むせるだろうが…………大丈夫か?」
盛大にむせ込む娘の背中と胸を擦ってやる。
案外、小さなおっぱいだ。
俺の失礼ともとれる感想やセクハラにも気付かず、炭酸飲料を飲んだ娘が呆然としている。
「!?…………美味しい。なにこれ! 甘くて刺激的で本当に美味しい!」
どうやらおきに召してくれたらしい。
あんな待遇で、ろくなものを飲み食いさせてもらっているわけもなく、渇いた喉に炭酸飲料はさぞ美味かったことだろう。
「良かったな。世の中にはお前も知らない、こんなうまいものがまだまだイッパイあると思うんだが、それでもお前はまだ死にたいのか?」
いや、死にたいって思うのは変わらないだろうが、これが生きたいと思うきっかけにでもなってくれたらそれでいい。
決めるのは本人だ。
「…………あなた、名前は?」
「アルファだ、そういうお前は?」
「アメリアよ。このお礼はいつかするわ。…………それで、さっきの炭酸飲料って言ったかしら。あれってもう一杯もらえない?」
顔を背けながらそういうアメリアは案外可愛かった。
もう大丈夫そうだな。
「よし、今日はみんな炭酸飲料で乾杯といくか」
俺の提案に歓声が巻き起こる。
どうやら、アメリアの飲んでいる姿を見て、みんな飲んでみたくてしょうがなかったようだ。
こうして砦に残った俺たちが、動ける程度には元気になった女性たちを連れて街に戻るのには三日がかかった。
「アメリアっ!」
「お父様!」
すっかり忘れそうになっていた街のえらいさんのところにいくと、そんな父娘の再開劇が繰り広げられた。
デブったおっちゃんの娘とは思えないくらい可愛い娘だが、このおっちゃんが父親だと思うと微妙な感じだ。
どんだけ美人の奥さんを掴まえたんだろうか。
「なんとお礼を言えばいいか」
「礼は、現物支給がいい。俺たちこれから東の地方に行こうと思ってるんで足があると助かるんだが」
「馬車を用意しましょう」
「まじか!」
よっしゃ! 案外言ってみるもんだ。
俺たちの乗ってきた荷馬車もあるが、雨でも降られたら大変だし、そろそろ屋根付きの馬車が欲しいと思っていたとこだ。
これからの生活もあるし、くれると言われたものに遠慮なんてしない。
貰えるものは貰っとく!
俺がそんな生きる厳しさに思いを馳せていると、後ろから気の抜けた声が聞こえてきた。
「アルファ、見て見て~」
「サラ、まだやってんのか」
これで何度目だろうか?
トランテッタの提案で新しい剣を手に入れてから、サラは自分の新しい剣を見せびらかしたいようで、ずっとこんな調子だ。
サラの新しい剣はミスリルでできたロングソードだ。
以前の剣より長くなった刀身は青みがかった銀色をしている。
綺麗だし、威力も向上しているんだろうが、俺の輝白銀の鋼糸のほうがすごいと思ってる。
…………はあ。
こんなことで対抗心を燃やすだなんて、俺もまだまだ子供だな。
まあ、今は一応10歳児だしいいか。
「サラ、今日はこの街に泊まるとして、ゆっくり風呂にでも入りたいな」
「あはは、なんか10歳のアルファが一番老けて見えちゃうよ」
「ほっといてくれ」
とりあえず、今夜は久しぶりにゆっくり眠れそうだ。




