服の温もり
一人は蝋燭に揺らめくオレンジ色の光を吸収したかのような飴色の髪、大きな瞳も同じ色に輝いている。年齢は14歳くらいだろうか。
そしてもう一人はもう少し幼く12歳くらいの少女で、こちらは銀色の髪にブルーの瞳だった。二人とも西洋人形のように愛らしいが、身なりは薄汚れていて上等そうには見えなかった。
「可哀想に、こんなに小さい子が捕まったんだね」
二人は俺に近づくと恐る恐るといった手つきで俺の頭を撫でた。俺からすれば君たちも充分に幼いんだが、俺の見た目年齢に二人は騙されたようだ。
「私はアルダ、この子はミカリエ、君の名前はなに?」
飴色の髪をした少女が苦笑交じりで話す、この子がアルダで銀髪の子がミカリエという名前らしい。やはりというかどっちもファンタジーじみた名前だった。
「燕路…」
「エンジ…変わった名前だね、あんた」
「こら、失礼だよ」
どうやらお姉さん気質らしいアルダがミカリエを窘めるが、ミカリエは何のそのといった態度でずいっとその顔を近づけて俺の顔を覗き込む。
「なんであんた裸なの?服とられたの?」
「えっと、これは」
「まぁいいや、その恰好じゃ風邪をひくし、仕様がないから一枚貸してあげるよ」
そう言ってミカリエは自分の服をもぞもぞ脱ぎだすと、自分が着ていたシャツを一枚俺に差し出した。ぶっきらぼうそうに見えてミカリエも優しい少女のようだ。
「いいの?」
「同じ牢屋でくしゃみをされても気になるんだもん」
「ありがとう!」
俺はいそいそと受け取ったシャツに腕を通した。相手は14歳くらいでも俺の方が体が小さいらしく、シャツがワンピース丈のように長くなってしまった。
差し出された服は鉾ぽくて着心地が良いものではないけれど、それまでシーツにくるまってほぼ裸だったころに比べれば温かみを感じたし、人間の尊厳としても天と地の差がある。やっとここに来て人の文化に触れられた気がした。
「あんたチビだね」
「エンジちゃんは何歳なの?」
ミカリエにさっそくファッションチェックをされながら、アルダに歳を聞かれて俺は首をかしげた。精神年齢は24歳なんだけれど、この体は一体何歳なんだろうか。
「自分の歳が分からないの?」
「じゃあどこから来たの?真っ黒の髪と瞳なんて珍しいね」
二人の問いにまた俺は首をかしげると妙な沈黙が房の内に流れる。
「何も覚えていないの?お母さんや、お父さんは?」
「家族は、居るよ、でもここからずっと遠くにいて、家への帰り方が分からないんだ、ここはどこなの?」
二人は困ったような顔でお互いを見つめた。たぶん相当に可哀想な子だと勘違いしてるのかもしれない。
「ここはね、サンタトリアの上にある街、私たちはエルドグランデって呼んでるよ」
「エルドグランデ…」
「そしてこの建物はエルドグランデの一番下層にある奴隷商の家だよ、君はエルドグランデの生まれじゃないの?」
「違う、今日気づいたらこの街に居たんだ、そして知らないおじさんに騙されてここに来たんだ」
ゆるく頭を振って否定すると、ミカリエは何かひらめいたようにアルダに詰め寄った。
「ねぇもしかしてこの子、天門の上から落ちてきた子じゃない?」
「そんな、まさか」
俺はまた聞きなれない単語に頭の中に『?』マークを乱立させた。
「天門てなに?」
「あんたもここに来る前に空に見ただろう?あの白い天井のような物が天門だよ」
空を覆う白い蓋、あれは天門って言うのか。しかし、天門から落ちるとはどういうことだ。
「私たち、ううん、この街に住む人はだれもまだ見たことがないけれど、天門の上にはもう一つの世界が広がっているって言われるの、私たちが知るおとぎ話の一つに天門から落ちてきた女の子の話があるのよ、でもそんなのおとぎ話で実際に居たなんて聞いたことないわ」
「アルダ、でもこの子はこの街の名前も知らなさそうだったよ、この世界に住んでいてエルドグランデを知らないなんておかしいよ」
「ええそうだけど、でも…」
ミカリエは俺がその天門の上から落ちてきたと信じてやまない様子だが、アルダの方はまだ困惑顔だ。
それにしても、あの蓋…天門の上にもう一つの世界があったなんて驚きだ。もしかして俺が死んだと思ったあの交通事故で、車が落ちた先がこのエルドグランデだったのだろうか。
いやそんな事ありえないのだが、この不思議な世界ではあり得てそうで怖い。
「元の世界では空には星や、太陽や、月があったよ」
「まぁ!」
「ほら!絵本と同じだ!この子は天門の上から来たんだよ、空に不思議な石が浮かぶ世界は本当にあったんだ!」
二人は手を合わせて興奮気味にブンブンと手を上下にシェイクしている。その眼はおとぎの国を見つけたようにキラキラと輝いていたが、俺の問いに直ぐにその輝きと興奮は光を失った。
「どうやったら帰れるのかな」
「あ…」
今度は彼女たちが言葉を失ったように目を泳がせる。
俺の元居た世界があの天門の上にあるとすれば、帰れる可能性があると思ったのだが、彼女達の様子に俺は自分の胃が痛くなるのを感じた。もしかして、ないのか?
誰とは分からないごくりと唾を飲む音がして、沈黙の後アルダがゆっくりと口を開いた。
「あるにはあるのよ、天門を越える手段が…でもこれから奴隷になる私たちには到底無理な話だわ…」