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黄泉の河  作者: ののろ
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牢屋の中で

おじさんに手を引かれて目的地らしき建物についた時にはもうあたりは薄暗くなりつつあった。

窓からは電気とは無縁のランプや蝋燭のオレンジ色の淡い光が漏れている、看板らしきものに文字が書いてあるが俺には全く読めない文字だったので、俺は大人しくおじさんの背後で待つことにした。


ノックを二回、しばらくして扉から出てきたのは赤毛の女性だった、歳はおじさんと同じで40代くらいだろうか。

無言でおじさんと俺を交互に見た女性は、眉をひそめる。


「この子かい?」


「ああ、黒い髪と黒い眼なんて珍しいだろう?」


「ふん、ちょっとあんた、そのシーツ脱いでごらん」


この夫人はなんと言ったのだろう、シーツを脱ぐ?は、なんで

抵抗する間もなく俺の纏っていたシーツは夫人にはぎとられてしまった。ギャー痴漢!


「か!返してください!」


ぴょんぴょんと飛び跳ねながら取り上げられたシーツを女から取り返そうとするが、自分の背よりも高い位置にあるシーツには届かなく、醜態を晒すだけだった。


「見たところ肌に傷はなさそうだね、日に焼けたような様子もないし、あんたどこからこんな上玉攫ってきたんだい」


「そんなことどうでも良いだろう!さっさと金をくれ!」


「私が言えた義理じゃないが、あんた良い死に方はしないよ」


女は服のポケットから紙幣らしきものを取り出すと、男にそれを渡す。

おいおい、なんだか雲行きが怪しいんだけど、確か俺は役場に向かっていたはずなのに、今の二人のやり取りはとても役人のそれには見えなかった。


「お、おじさん、お役所は?この人なに?」


「っ悪かったな、せいぜい良い旦那に買われるこった」


罰の悪そうな顔をして俺を横目で見たおじさんはそそくさと来た道を戻ろうとする、ちょっ!ちょっと待ってくれよ!


慌てて追いかけようとしたが女はそれを許さなかった。

俺の腰に腕を回したかと思うと、軽々と俺を抱えて建物の中へ入る。


「ギャー!離して!離して!」


「ったく煩い子だね、あんたはもう私に買われた奴隷なんだよ」


そう言って女に尻をぱしっと叩かれた。


「ちょっ!?」


直に尻を叩かれるなんて人生初体験である。いやそれよりも、なんだって?奴隷?誰が?俺が?


手足をばたつかせて逃げようとするが見た目よりもパワフルな女の腕からはなかなか逃げ出せない。木造の家具が置いてある部屋を抜けると何やら地下に続くらしい階段があった。そこをずんずんと進む女だが、俺は後ろ向きに運ばれているせいで一体自分がどこに連れていかれるか見当もつかない。


「ちょうど明日奴隷市場が開かれる、それまでせいぜい休むこったね」


金属でできた格子が開く音がして俺は床に落とされる、ひんやりした石に額をぶつけて悶絶していると、頭上からそれまで身にまとっていたシーツを落とされた。


そして無慈悲にもガチャンと再び格子が閉じる音がして視線を上げると、女が格子に鍵をかけているところだった。再び人生初の牢屋入りである。


「ちょっと待って!ここから出せよ!」


「そんだけ元気なら晩飯はいらないね」


「はぁ!?おい!待てー!」


俺の声も空しく女は階段を再び上がっていった。

階段側に蝋燭が立てかけられているがその明かりは俺のいる牢屋にはあまり届かずに薄暗い。牢屋の鉄格子は所々さびて蜘蛛の巣が張っている状態だが、この体の腕力ではとても壊せそうになかった。


あの人の好さそうなおっさんはやはりただの善人じゃなく、人さらいだったようだ。小さい頃さんざん大人に言われたとうり、知らない大人に付いていくんじゃなかった。人さらいどころか、あの女の言う事が本当ならば俺は奴隷にされて明日市場で魚や野菜と同じように競売にかけられるんだろう。

俺の元居た21世紀の日本じゃありえないが、今まさにそれが現実になろうとしていることに今更ながらぞっとした。


「ねぇ声をかけてみようよ」


「しっ悪い奴かもしれないよ」


てっきり牢屋には俺一人だと思って油断していた所で、背後から声がして驚く。これまた年端もいかない少女の声だった。


「誰か居るのか?」


「…君も捕まって売られたんだね」


薄明りの中で目を凝らすと、だんだんと牢屋の内装が見えてくる。

とても寝心地が良さそうに見えないベッドと、いつ洗ったんだと問いたいくらいに不潔なトイレ、そして牢屋の奥の方で手を繋ぎながら不安そうにしている少女が二人居た。

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