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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔法使いと少女

作者: 鳩梨

 いつだったか。

 いつからだったか。 

 もう、覚えてはいないのだけど。

 気がつけば彼女がいるのが当たり前になっていて。

 気がつけば、私は――

 

「やっほ。また来たよ」

 ニコニコと。彼女はいつものように、見る者を巻き込む伝染病のような笑顔を浮かべて、私の家にやってきた。

「また来たのね。毎度毎度、よく飽きないわね」

 はぁ。などとため息を吐きながら、呆れた風に私はいつも通りの言葉を言う。

「はは。飽きるわけないじゃない?」

 首をかしげて、ニコリと微笑んでくる。

 まぶしい。

「……お茶、淹れるわ。なにが良い?」

「んー。今日はダージリン」

 私は彼女に背を向けて、そそくさとキッチンへと向かった。


 本当に、いつからだろう。

 彼女の笑顔が、胸に、熱い……。




 彼女と出逢ったのは、ちょっとしたドジを踏んで、私が消えそうになっていたときだった。

「思わず助けちゃった」

 当時の私は、他者から施しを受けるのが何よりも厭だった。

 だから、私は彼女に食って掛かった。

 何で助けたりしたの、勝手なことしないで。と。

 すると彼女は言ったのだ。はにかむような笑みを浮かべて、首をかしげながら。

 私はそれを聞いて余計に頭にきた。

 何を言ってるんだこの人間は。ふざけているのかっ、と。

 けれどその怒りは、続けて発せられた言葉で泡沫のように消えてしまった。

「多分、貴女があんまりにも可愛かったからかもね」

 のほほんとしたその言葉と、向けられた朝日のような笑顔に。そんなモノを私に向けてくる彼女に、怒っている自分がバカらしく思えて仕方がなかった。



「はい、ダージリン」

「ありがと」

 勝手知ったる、とはよく言ったもので。彼女はいつものように、勝手に自分の定位置と決めた椅子に座っていた。

 最初は、そのあまりにも気ままな振る舞いに呆れていたけど、今ではもう慣れた。

 彼女の分と一緒に淹れた自分のお茶に口をつける。少し熱い。

 彼女はふーふーと冷ましながら、ちょっとずつ飲んでいた。

 いつも思うのだけれど、彼女は変だ。

 彼女は猫舌だ。けれど、熱いモノが好きなのだという。熱いものを熱いものとして、ちょっとずつ冷ましながら、自分にとって好ましいものにするのが彼女の流儀なのだそうだ。

 まどろっこしい。どうせ冷ますなら、最初からぬるくすればいいのに。



 彼女は毎日必ず私の家に来る。

 時間はバラバラ。朝早くに来ることもあれば、陽も高い真昼間に来ることもある。かと思えば、草木も眠ろうかという時間に来ることもあった。

 彼女が来てやることはいつも同じだった。

 私が永い時間の暇つぶしに蒐集してみた本を読む。

 その日にあったことを話す。

 そのまま居眠る。

 この三つをその日のうちにすることもあれば、来てすぐ眠って帰ることもある。

 とりあえず、着たら必ず最初に私の淹れたお茶を飲む。それ以外はマチマチで、バラバラだ。

 なんとなく、日常とはこんなものなのか、としみじみと感じることが多い。

 彼女と出会う前は思いもしなかったことだ。



 ちびちびとお茶を飲んでいた彼女はそれで一息ついたのか、本棚に収められていた本をいつものように断りもなく勝手に取り出し、黙々と読み始めた。

 私の蔵書は量も種類も多い。 

 参考書や専門書のようなモノから、伝記や演義のようなモノ。ただ暇を潰すためだけに色々な所から目に付いたモノを節操なく集めたため、これと言った一貫性はない。

 そう言えば、彼女が家に来るようになってから、まったくと言っていいほど外に出ていない。本の蒐集に関して言えば、もう完全に手をつけていない。

 ……まぁ、今はもっと良い暇潰しを見つけたし、いいか。

 彼女は本を読みながら、時折ふふっ、と笑みを零す。どうやら、今日は演義でも読んでいるらしい。

 彼女が読み終わるまでの間、私はただ静かに、表情をころころ変えながらとても真剣に読書をしている彼女を眺める。

 別にやることが無いと言うわけではない。ただ、彼女を見るのが……彼女が側に居るこの時間がなぜかとても落ち着く。

 嗚呼、いいなぁ……

 と、そう思えるのだ。

 心休まる一時、とはこういうものなのかもしれない。



 彼女は最初、自らをこう名乗っていた。

「魔法使いなんだ」

 もう数えるのもバカらしい程に永い時間を過ごした私でも、これには思わず笑った。

 魔法使いなんてただの夢物語だ。

 確かに、御伽噺のようなモノが存在しているのは知っている。現に私がそうだ。

 けれど、それは存在するが故の御伽噺。

 そういった者たちを見てしまった人間たちが、勝手に自分の解釈で話し広めたモノだ。変に話が大きくなったり、逆に小さくなっている場合もあるけど、確かに存在しているモノだ。

 しかし、魔法使いは――夢物語は違う。

 それは自分の力不足を嘆いた愚かな人間たちが、こうであったらいいのに、こうなりたい、そういった幻想を積み上げて作り出した存在しない存在だ。

 魔法使い。その名の通り森羅万象の法を勝手に気ままにいじくる万能者。

 この世のモノは全て世界の法に縛られて生きている。存在している。戒めでもあり生命線でもあるソレを、自分の意思で扱える者など、存在してたまるかというのだ。

「じゃあ何で、貴女を助けられたのかな?」

 魔法使いだ、などという彼女を鼻で笑うと、今度は真顔でそう問い返してきた。

 確かにそうだ。

 私はあの時、確かに消滅しようとしていた。それをどうにかする方法はなかった。だから私は何もせず、ただ完全に消えてしまうのを待っていた。

 けれど、彼女が現れた。

 そして、私はなぜか消えていない。

 あの時はただ『他者に助けられた』という、自らの矜持を傷つけられたことに対する怒りしかなかったから、そのことを失念していたけれど。

 本来、死や消滅、それに列なる『終焉』を意味するものは不可避だ。

 必ず訪れる。

 避けられない。

 逃げられない。 

 当然、『終焉』後の『回復』や『復活』『再開』などもありえない。

 これは創世より定められた法の中でも絶対で、もっとも強固だ。

 今日まで様々なモノたちが、それでもなんとか『終焉』と言う『始まりと同時に決められた終わり』から逃げようともがいてきた。

 もがいてもがいて。醜く、その品を、質を墜とすことも厭わず、足掻き続けた。

 けれど、結局、それらは総て徒労に終わった。

 そういうものなのだ。どれほどの時を重ねて、如何ほどの力を持つに至ろうとも、決められた法の中にしか存在できない私たちには逃げることは叶わない。

 ――それこそ、魔法なんてモノでもないかぎり。



「んーっ、面白かった」

 パタン、と本を閉じると、彼女は伸びをしながら満足そうな笑顔でそう言った。

 彼女は読書が好きらしい。どのような本であれ、読み終わると必ず嬉しそうな、朗らかな顔をする。

「……いつも思うのだけれど、そんなに良いもの?」

「うん。キミだって、良いと思うからこうして、こんなにもたくさんの本を集めているのでしょう?」

「……どうかしらね。私はただ、暇を潰すのに丁度いいから集めていただけだもの。一応すべてに目を通したけれど、特別何かを思うことはなかったわ」

「そっか」

 感想は一言。ただ短い。

 けれど、そう言った彼女の表情は笑み。何かをこらえるように、微笑んでいた。

 なにか釈然としない。

「なにが可笑しいの?」

「ふふ、だって、あんまりにもキミらしいんだもの」

 私らしい?

「あるものをただ良しとする。そこにある何かに対して一切私情を挟まない。ただ受け入れる」

 ちがう? と、彼女は首を傾げ目で問いかけてくる。

 知るわけがなかった。

 私は自己分析とかそう言う、自分を見ることが嫌いだ。それをしたからどうなるというでもないし、何をしてどうしようとも私は私だ。

「ふん。勝手なことを……」

 私は、まだ微笑んでいる彼女から顔を背けると、自分でもそうとわかるくらいぶっきらぼうに、けれど上ずった声でそう言っていた。

 意図したわけではない。

 ただ、なぜか彼女の言葉に言いようの無いものを感じてしまって。

 それは私が今まで感じたことの無い、知らないもので。

 本当に、なぜか顔が熱くなって。

 なんとなく、それを見られるのが恥ずかしかった。

 それだけ。

 そんな私に対して、彼女が微笑みを深くして笑みへと変えたことが雰囲気でわかった。

 なんか、気に食わない。

 

「それじゃあ、帰るね」

 それからしばらくすると、彼女が椅子から立ち上がった。

 自分でもなぜだかわからない。

 たぶん、今日は物思いにふけるなんてらしくないことをしてしまったからだ。

 だから、この時、私は実にらしくないことをしてしまった。

「――毎日毎日来るんだから、もういっそここに住めば?」

 ごくごく自然に。いつもどおりの何気ない調子で、すらすらとその言葉は私の口から出てきた。

 言ってから、何を言ってるんだと自分で自分に眉をひそめた。困惑した。

 けれど、正直に言うと、それは前々から思っていたことだった。

 いつもいつも、毎日毎日、飽きもせずに来るのだから私と一緒に、ここに――この私の家に住んでしまえばいいのだ。

 そしたら――

 そうすれば――


「ごめん、それは無理」

 

 彼女の返答はやけにあっさりとしたものだった。あっさりとしすぎていた。

 ズキリ、と。そんな音が聞こえたような気がした。

「あ……」

 頬に冷たい感触があった。

 なんだろうかと、指で触れてみる。

 ソレは濡れていた。

「っれ?」

 急に、足に力が入らなくなった。

 間抜けな声を出した。そう思ったときには、私はその場にしりもちをついていた。

 わけがわからない。

 

 ――私は、自己分析の類が嫌いだ。

 そもそも、私は他者に興味がない。関心がない。それは自分にも当てはまる。究極的に、私は自分という『私』でさえ他者として捉えていた。

 自分がないわけではない。ただ、自分も他者も、等しく興味や関心を割くに値しないのだ。

 私の関心に足るものは常に一つ。

 私の興味が向くのは常に一つ。

 如何にして、この永いだけの時の中を、生に飽くことなく、謳歌するか。

 ただ、それだけだった。

 それだけだった、ハズだ。


「え? あれ? どうして泣くの?」

 彼女の困惑したような声。

 ああ、私は泣いているのか。

 彼女に言われ、ようやく私は自分が泣いているということに気づいた。

 はは、コレが泣くということか。コレが、涙というものか。

 ――初めて見た。

 立っていることすら満足にできなくなるほど泣いているらしい私は、けれどこれ以上ないくらいに平静に、常と変わらない感じで泣くという初めての行為に驚いていた。いっそ、感動すら覚えているのかもしれない。

 私でも泣けるのか、と。

 あまりにも情けない姿を晒してしまっているのではないだろうかと思い、自嘲したくなったが、泣くという行為はどうにも他の行動を制限し、さらには優先順位すら高いらしく、瞳からただ涙が流れるだけで、それだけだった。

 悲しいとヒトは泣くのだという。

 ならば、私は何が悲しいのだろうか?

 ――わからない。

 答えは考える間をおくことを許すことなく、即座に出てきた。

 考えることすら制限されてしまうのだろうか?

 それとも、考えることを私は無意識下で拒んでいるのだろうか?

 やはり、わからない。

 ぽつぽつと、木張りの床に涙の小さな跡ができる。雨のように溜まることなく、落ちてはすぐに浸み込み、消えていく。

「ごめんね。何か、キミを傷つけるようなことを言ってしまったらしい」

 言われ、ただ反射運動で顔を上げる。

「あ……」

 上げた先は真っ暗だった。

 やわらかな感触。

 かすかな芳香。

 それはまるでお日様みたいな。

「こういう時、どうすればいいか、何を言えばいいのか……、わからないけど」

 そこで言葉を区切り、彼女は「他人との関わりを避けていたのが悔やまれるな」なんてことを、冗談めかしてぼやいた。

 


 そう言えば、彼女に訊いたことがあった。

 なんとなく、そう、ただなんとなく。

「他人が嫌いなの?」

 と訊いたことがあった。

 何度か彼女と一緒に『外』に出たことがあった。

 二人だけでいることは気づけないことだが、彼女は私から見てもそうだとわかるほどに他人との関わりを露骨に避けていた。

 店先での店員との軽い応答でさえ、私に押し付けるようにして徹底して避けていた。

「嫌いとか以前に、ヒトとの関わりはただ煩わしいんだよ」

 彼女は苦笑しながらそう答えた。



「あのね、キミと一緒に住むのはとても魅力的だけど、無理なんだ」

 順番に話すね、そう言ってから、彼女は静かに話し出した。

「忘れてるかもしれないけど、ワタシは人間だから」

 …………

「アレから、もう結構経つよね。今はこうして、魔法で姿を誤魔化してるけど……実際は、もう■■歳で、十分にお婆さんと言われるような姿なんだ」

 私はそんなこと、気にしない。

 思ったが、口には出さない。

「――キミとは対等でいたいんだ。姿の変わらないキミの側で、あの時と同じ姿でいたかったんだ」

 嗚呼、この人は、この魔法使いは、本当に、

 ――バカだ。

「――半日しか持たないんだ。だから、一緒には住めない」

「…………」

 優しい声音で、そう諭すように言う彼女に、なんて言えばいいのだろう。

 わからない。

 わからないけど、なぜだろう。

  

 ――胸が、ひどく痛い



 時間だ。

 そう呟くと、抱きしめていた腕をそっと離し、ゆっくりと立ち上がった。

「おやすみ、また明日」

 どこか名残惜しそうな雰囲気で、彼女は扉を開けた。

 きっと彼女がそんな妙な様子だったからだ。

 だから私は、こうしてまた、らしくない――いつもとは違う、いつもなら絶対にしない対応をしてしまう。

「明日は!」

「え?」

「明日は、何時ごろ来るの?」

「……日が沈んだころ、かな」

「そう……。わかったわ。おやすみ、脆弱な魔法使い」

「懐かしい呼び方だね」

 はは、と笑う。

「おやすみ、孤高の――」

 彼女は私に倣って言うと、そっと扉を閉めた。

 私は、しばらくその場を動こうとしなかった。



 その日を境に、彼女が私の家に居る時間が、徐々に、徐々に、減っていった。



 今日、彼女は星が瞬くのと同時にやってきた。

「こんばんは」

「こんばんは。今日は、何にする?」

「んー、任せる」

「あら、めずらしいわね」

 言うと、彼女はやわらかく笑んだ。

 眉尻を下げた、力ない笑みだった。

 

 私はあの日から二つだけ誓ったことがある。

 一つは、気づかないフリをする。

 

「はい。今日はクッキーを焼いてみたわ」

「わ、美味しそう」

 少し熱めのレモンティーと、できて間もないクッキーをテーブルに置く。

 彼女はパッと顔を輝かせると、いただきます、と言いながら一つ、口に放った。

「どう?」

 待ちきれず、自分から感想を催促してしまう。 

 実を言うと、何かを作るというのはお茶以外では初めてだ。当然、気になって仕方がない。

 自分で味見をしたにはしたが、それでも気になるものは気になる。

「うん、美味しい」

 ニコニコと、まるで童女のように笑いながら、二つ目を口に放った。

「そう。まぁ、当然だけど」

 美味しいといってくれた。うまくできた。

 ――嬉しい。


 私は変わった。自分でもそうとわかるほどに、変わってしまった。

 感情の起伏にはっきりとした凹凸ができてしまった。平らではなくなってしまった。


「――にしてもさ、珍しいね。キミがお菓子を作るなんて」

「……そうね。気が向いたのよ」

「もしかして、ワタシのためだったりする?」

「……自意識過剰ね。ただの気まぐれよ」

「じゃあなんで顔を背けるのさ」

「にやけ面の貴女があんまりにも醜いからよ」

「ふぅん。そう言うキミの笑顔はかわいいよね。あんまり見せてくれないけど」

 どうして貴女はそう言う事を……っ!

 顔がすごく熱い。レモンティーがぬるく思えるほどだ。

 今日ほど自分が長い髪でよかったと思ったことはない。


「今日から、しばらくココには来ないから」

 

 その言葉は、なんの前置きもなく、唐突に発せられた。

 最初、何を言っているのかわからなかった。

 ――わかりたくなかった。

「そんな顔しないでよ」

 わかりたくなど、なかった。

「やっぱり、気づいてたんだね」


 ――もう一つは、悲しまない。


「大丈夫だよ。何がなんでも転生して、またココに――キミのところに来るから」

 絶対に、悲しまない。

「ふん。魔法使いなんて言う割りに、ずいぶんと弱気な台詞ね」

「魔法も、万能じゃあないらしいんだよ」

「他者の終わりに手出しできるくせに自分は無理なんてけち臭いのね。使えない」

「あはは。まったくだね、けちんぼだ」

 本当に可笑しそうに、彼女は声に出して笑った。

 やけくそな、無理な笑いじゃなくて、心底からの笑いだと私でもわかる。

 だから。

 それが。

 なんで。

「なんで笑ってられるのよ!」

 バン! と何かを打ちつけたような音がした。

 カチャン、と硬質的な音がした。

 笑い声が止まった。

「なんで? なんで笑っていられるの?」

 魔法は他者には使えるけど自分には使えない? そんなバカな話があるか。ならばなんで、彼女は今もこうしてあの時の姿のままで居られるんだ。

「言いなさいよ。私なんかを助けたせいだって。『終焉』の改竄をしたせいだって」

 魔法の使用。つまりは定められた法の改竄、改変。

 いくら魔法とはいえ、もっとも強固な『終焉』の改竄は負荷があったのだ。

 世界に意思があるのかどうかなんてことは知らない。

 けれど、世界に自浄作用があるのは知っている。

 生物の体と同じだ。異物が入り込んだらそれを排除しようとする。ましてや、それが質の悪い病原菌ならなんとしてでも排除しようとするだろう。

 魔法使いなんて、定められた法の改竄者なんてものは異物中の異物。悪性の病原体もいいところだ。

 彼女の力は弱くなっている。

 もっともやってはいけないことをしたから、してしまったから、とても顕著に。

 それこそ、命を削ってしまうほどに。

 少し考えればわかることだ。

 魔法使いが、『好き勝手に法をいじくれる存在』が、その法に縛られるようなことになっているのか。

「なんでよっ……なんで笑ってるのよ! なんで、なんで……」

 視界が霞む。

 頭の中がごちゃごちゃしてる。わけがわからない。なんでこんなにも私は取り乱している?

 なんで彼女はこんあにも、幸せそうに笑っていられる?

「キミのせいじゃない。死ぬのは当然のことなんだよ。たとえ魔法でどうにかできても、ワタシはそれでどうこうしようなんて思わない」

「ウソッ!」

「嘘じゃないよ」

「じゃあなんで私を消滅から救ったのよ! 私が消滅しかけていたのは私の愚かさゆえよ! なんで救ったの!」

 気がつけば、私はたたきつける言葉と共に、握り締めた手で彼女を叩いていた。

 彼女の笑みは薄れない。

「ワタシはね、人間に生まれてよかったと、そう思うんだよ」

 何を言ってるんだ。

 今はそんなこと聞いていない。

 ――じゃあ、何が聞きたいの?

「人間は愚かで利己的で面倒だけど、それでもワタシは人間でよかったと思う。だって――


 ――こうして、好きなヒトより先に死ねるから」


「――っ」

「キミを助けたのはキミを好きになったから。一目惚れしちゃったから」

 なんで、なんで

「大好きになったキミが目の前で死にそうだったから、だからそれを防いだ。キミを助けた」

「……相手の終焉は拒絶して、自分の終焉は受け入れるなんて、なんて自分勝手」

「そうだよ。ワタシは自分勝手だ。だって人間だし、それに、キミも知っていたことでしょう?」

 目の前のバカを力の限りに殴ってやりたい。

 心底からの罵倒を浴びせつけてやりたい。

 なのに、そう思うのに。 

 私は床に力なく座り込んでいて。

 唇からは嗚咽しか出てこない。

「好き。大好きだ。とっても好き。愛してる。だから、キミは簡単に生に飽きないで。終焉を受け入れないで。長い永い時の中で、ワタシのことを待っていて」

 膝をつき、いつかのようにそっと抱きしめてくる。

 なんて自分勝手。

 自分はさっさと居なくなるくせに。

 終焉を、死を受け入れているくせに、私にはそんな残酷な要求をするなんて。

 そんな風に優しく振舞って、自分の都合を押し付けてくるなんて。

「……いいわ。待っていてあげる。だから、早く戻ってきなさい」

「うん。戻ってくる。どんなに時間が経っても、どんな姿になっても、必ず」

「約束よ。違えるようなことがあったら、私は絶対に貴女を許さないわ。大嫌いになるから」

「え?! ダメ! それはダメっ! 約束、約束する。絶対、なにがなんでも戻ってくるから!」

 嫌いになる、その言葉を聞いて途端に慌てふためく彼女があんまりにも可笑しくて、それ以上に可愛くて。

 だからというわけじゃないけど。

「……」

「ぁ――」

 必死な様子の彼女の唇に、自分の唇を押し当てた。

 

 願わくば、時よ止まれ。

 叶うなら、彼女を死なせないで。


 どれくらいの時間か、互いをむさぼりあうようにしていた私たちは、そっと唇を離した。

「手形よ。約束手形。私の初めてを貴女に捧げたのだから、あの世の亡者でも役人でも、邪魔をしようとする全てを蹴倒してでも戻ってきなさい」

「うん。約束」

 

「またね」

「ええ、また」

 また、と再開の言葉を互いに。

 彼女いつものように笑顔で、かえっていった。

 ――また、ね。

 


はい。続き物書かずになにやってんだ、と。

だって書きたかったんだモン☆


――ごめんさなさいごめんなさい。


ともかく。どうでした?

今回、あえて人物描写はしてません。名前すら出してません。一人称と代名詞です。少女の正体は各自脳内補完と言うことで。

まぁ、それすらさて置き。


ココより先はアフターを載せます。その後の様子です。気になる方は読んでください。いや、もういいよ。という方は悲しいですけど、お戻りください。

では、ドゾー

 

 ◇◆◇◆◇


 そして、再び私は独りの生活に戻った。

 戻った、と言っても以前とはもう違う。

 暇つぶしをすることなどなくなったし、何より毎日がそこそこ忙しい。

 彼女が私の元に戻ってきたときのために、色々と試行錯誤を重ねて料理に挑戦中だ。

 お茶はもう文句なしだ。これにはそう言えるだけの自負がある。だてに毎日毎日お茶を淹れていない。

 お菓子もいい感じだ。

 料理は……鋭意努力中。


 なぁお


 食材の買出しを済まして帰ってきた私の足元から、そんな鳴き声が聞こえた。

 ネコだ。

 あまり大きくはないが、たぶん成猫だろう。よく食べるし。

 色は茶色で、ところどころ白い。

 ネコなんて、実物を見るのは初めてだし、最初は大いに戸惑った。

 けれど、聞いた話とは違い、このネコはやたらと人懐っこかったので、割とすぐになれた。

 今では私の作った料理の、たった一人の――いや、一匹の試食ネコだ。

「ふふ、お腹がすいたの? 待ってなさい、すぐに用意するから」

 もう一つ。

 私はよく笑うようになった。

 笑うなんて、はっきり言って本当に慣れないことだったから、最初はすごく苦心したけど、今では割りと自然に笑えるようになったと思う。

 あの日、彼女は私は笑うと可愛いなんて言っていた。さらには、あまり見せてくれないとも。

 そんなに言うなら、見せてやろうと思う。

 存分に見て、どうしようもないくらいにもっと、もっともっと私を好きになればいいのだ。

 こんなにも長い時間待たせていることを後悔してしまうくらい。後悔のし過ぎで、もう二度と待たせるようなことをしたくなくなるくらい。

「何がすぐに戻ってくるよ。ずいぶんと経つじゃない」

 膝に顔を埋め、ボソリと恨みがましく呟いてみる。

 もう何度と呟いたかわからない。最近ではもう、口癖といってもいいかもしれない。

 

 なぁお


「おいしい?」


 うにゃぁ


「うーん、微妙かしら?」

 シーフード炒飯を食べていたネコは、一度顔を上げ首を傾げると再びむしゃむしゃと食べだした。

 このネコは私の呟きによく反応する。

 私の言葉がわかっているのではないだろうかと、ついつい勘ぐってしまうほどに。

「まさか、お前が彼女じゃないわよね?」

 

なー


「え? ウソ!?」

 いくらどんな姿になってでも、なんて言ったからってネコに転生しなくてもいいじゃない。 

早くしろと急かすようなことを言ったとは言え、ネコはないだろう。これじゃあ、人間より寿命が短いじゃないか。


「そんなわけないでしょ」


 聞き慣れた、待ちわびた声が聞こえた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] キャー素敵、尊い、絶賛の嵐を贈りたい!
[一言] とても良かったです!これで終わりなのが悔しい!続きが凄く見たいと思いました!
[一言] んーと・・・失礼ですが微妙でした・・・^^;
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