2-6:神討つ者Ⅰ
逃げるように学校から家に戻って、家でふとんを敷いて冬眠する熊のように深く眠ったまでは覚えている。
夕刻に目を覚ますと、そこにはキリオサクラがいた。
しかも結構怒っている。
勝手に学校に入ってきて戦ったことに腹を立てているらしかった。ひとしきり言いたいことを言った彼女は泣きだした。
本当に女の子は分からない。
もう無茶はしないと言ったら、本当に? と返してきて、ようやく泣き止んだ。
じゃあ、私のいる学校に入ってきて。
そんなことを彼女は告げた。
これは渡りに船かもしれない。
彼女の周りでは確かに異変が起きている。それも彼女の学校にかかわる人物の魂が狂っている。だとすれば、学校関係者がその元凶である可能性が高い。
そして、あの男。
室賀言についても調べなくてはならなくなった。
彼は歴史を取り戻す、と言った。
それは神を倒すか取り込むことに他ならない。
魔法使いのあの男はそれが出来ると思っているのだろうか。否、思っているのだろう。それも高い確率で。
課題が増えたことに頭を痛めながら、キリオサクラを家に帰して再び僕は眠りにつこうとしたが、眠れなかった。
かといって、夜中に出歩くわけにはいかない。
何となく、テレビというものをつけてみた。それは異世界に繋がる窓のようで、その窓の中には禿げ頭の中年男性が映っている。
『国立中央科学大学教授の室賀言氏は今年、超常現象の科学的再現に成功した実績を評価され、シュトーレン科学賞を受賞することが決まりました。氏は……』
その男性の横には今日見たあの男の顔がある。
とてもじゃないが、大学教授とは思わなかった。どこかの修道僧か何かだとばかり思っていた。
『室賀氏の生インタビュー入ります』
男性がそう言うと、窓は別の場所へ飛んだ。
そこにはスーツ姿の室賀言、その人がいる。
『研究室とテレビ局を繋いでお送りします。室賀さん、このたびは受賞おめでとうございます』
『ありがとうございます。これも神のおかげです。このような人生を与えてくださったことに感謝いたします』
室賀はここでもやはり命題に悩み苦しむ哲学者のように、重苦しく顔を歪ませていた。間違いない。彼はきっと喜んでいない。
『そうですね。ええと、何かメッセージはありますか?』
男性が困ったように問いかけた。
室賀は口の端を少し釣り上げて、笑う。まるで、これを狙っていたかのように。
『では、神に一言。これをご覧になっておられた場合、明日の朝十時に私の研究室までお越しください』
『あ、ありがとうございました。今後のご活躍を期待しています』
※ ※ ※
調べものをしていたせいで、すっかり寝不足になっている僕はけだるさを押し殺して、室賀言の研究室の前に来ていた。
ノックをすると
「どうぞお入りください」
と丁寧な返答が耳に届く。
ドアを開けると、そこには白衣姿の巨像が鎮座していた。
「人払いはしてある。遠慮せずに入るがいい」
彼は室内にある豪華なソファに深々と身を沈めると、僕に対面に座るようにと促す。
「あいにく丁重なもてなしは出来ないのでね、気を悪くしないで欲しい」
僕が座ると室賀は一枚の紙切れを、二人の間に横たわるテーブルの上に置いた。
「読んでみるといい。今回の件の内容が書かれてある。アブストラクトにもなっていないがね」
手に取って読み進めていくと、そこには目を疑う内容がある。
研究ナンバー一○二二
研究内容 人間の魔人化
目的 人間の体組織自体の強化、およびその限界を把握すること
また、人間の潜在能力についての調査
被験者 高校生一名
吐き気がするのを抑え込んで、読み続ける。
結果 部分的な魔人化には成功。制御機能が不十分かつ理性の消失を確認。
その後に続く考察と今後の課題を読み終えた僕はテーブルを右手の拳で殴りつけていた。五臓六腑で炎が燃え盛るように、感情が昂ぶる。
「なんだこれは!」
「これがこの件の真相だ。しかし、これには続きがある。分かるかね?」
猛る僕を静かに見据えて、彼は笑みをこぼした。
それは僕が初めて見た、彼の明らかな喜びの表情だった。
こんばんは、お久しぶりです。星見です。
この話はかなり長編になることが予想されます。六十枚なんて目じゃないくらいに。更新が遅いですが、お付き合いくだされば嬉しいです。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……