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人で終わるか、妖に成るか

 光が引いたあと、俺は一人、何もない場所に立っていた。


 地平線も、空も、境界もない。

 ただ、足元に薄く霧が流れているだけの空間。


 静かすぎて、自分の呼吸音がやけに大きく聞こえた。


「ここが……最後か」


 そう呟くと、前方に影が生まれた。

 人型――いや、さっきまでの“俺”とは違う。


 白い着物。

 長い袖の奥で、何かが揺れている。


「ここまで来たな」


 妖狐のNPCは、もう隠す気もないらしい。

 声にも、姿にも、はっきりと“人ではない”気配が混じっていた。


「これ以上の試練はない。

 戦いも、数値も、技巧もな」


 NPCは、俺の前に二つの光を浮かべた。


 一つは、柔らかく安定した白。

 もう一つは、揺らぎ続ける淡い金。


「白は、人として戻る道だ。

 ここで終われば、今までのことは忘れられる。

 失った力も、いずれ取り戻せるだろう」


 次に、金色の光を見る。


「こちらは、妖へと廻る道。

 名も、立場も、積み上げたものも捨てる。

 得られるのは、可能性だけだ」


 可能性、か。


 ずいぶんと曖昧な報酬だ。

 強くなる、とは言わない。

 楽になる、とも言わない。


「……不親切だな」


「そういうものだ」


 妖狐は、淡々と答えた。


「妖とは、選ばれ続ける存在ではない。

 選び続ける存在だ」


 俺は腕を組み、二つの光を見比べた。


 人で終わる。

 悪くない。

 安全で、分かりやすくて、今まで通り。


 妖になる。

 先は見えない。

 戻れない。

 たぶん、面倒で、遠回りで、効率が悪い。


 ――だから。


「こっちだな」


 俺は、金色の光に手を伸ばした。


 理由を問われたら、たぶん答えは一つしかない。


「まだ、知らない道が多そうだ」


 妖狐は、少しだけ笑った。


「欲もなく、野心もなく……

 ただ、楽しそうだから選ぶか」


「ゲームだぞ?」


「だからだ」


 その言葉と同時に、金色の光が弾けた。


 体が、ほどけていく感覚。

 レベルも、スキルも、名前すらも、数値の向こうへ溶けていく。


 怖さはなかった。

 惜しさも、後悔も。


 ただ一つ、胸の奥にあったのは――期待だ。


「これより――」


 妖狐の声が、世界そのものに響く。


「お前は、人ではなくなる。

 だが、妖にもなりきれぬ」


 霧の中で、何かが蠢いた。

 影が伸び、重なり、形を変えていく。


「尾は、まだ一つ。

 力も、名も、未熟」


 それでも、と。


「進め。

 遊び尽くせ。

 この世界を」


 最後に聞こえたのは、どこか楽しそうな声だった。


 視界が、完全に闇に沈む。


 次に目を開けたとき、俺はもう――

 “人としての俺”ではない。

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