境界に映るもの
落ちている、はずだった。
だが、いつまで経っても衝撃は来ない。
風を切る感覚すらなく、ただ、ゆっくりと視界が回転していく。
気づけば、俺は“地面”に立っていた。
いや、立っているという表現も正しくない。
足元は確かに固いのに、影がない。
空は夕暮れの色で固定され、太陽らしきものは沈みも昇りもしなかった。
世界が、止まっている。
「……境界、か」
誰に言うでもなく呟く。
先ほどNPCが言っていた言葉が、遅れて意味を持ち始めた。
ここは現実でもゲームでもない。
どちらにも属さない“途中”だ。
歩き出すと、遠くに人影が見えた。
見覚えがある。
というより――俺だ。
装備は今とは違う。
剣の構えも、動きも、微妙に雑だが力強い。
――ああ。
理解した瞬間、胸の奥が少しだけざわついた。
「初期ビルドの俺、か」
あれは、まだ効率も理論も分かっていなかった頃。
勢いだけで突っ込んで、何度も死んで、笑っていた時代の自分。
その“俺”は、敵を力任せに斬り伏せ、満足そうに笑っていた。
次の瞬間、視界が歪み、場面が切り替わる。
別の俺。
今度は仲間がいる。
ギルドタグを背負い、連携を取り、無駄のない動きで敵を処理していく。
効率的で、安定していて、正解に近いルート。
「……悪くないな」
正直、そう思った。
もしあのとき、ソロにこだわらなければ。
もし、別の選択をしていたら。
この“俺”になっていた可能性は、確かにある。
さらに進む。
次に現れた俺は――
もっと強かった。
今の俺より、はっきりと。
ユニーク種族。
見覚えのある異形の姿。
圧倒的な数値、派手なスキル。
敵を寄せつけず、世界を踏み潰すように進んでいく。
「……ああ、これもあり得たな」
きっと、運と選択が噛み合えば、俺もこうなれた。
早い段階で、強さを掴んで。
上に行って。
誰よりも目立って。
でも。
その“俺”は、途中で足を止めていた。
進めない。
次の道が、見えていない。
画面が割れるように、その姿が消えた。
最後に映ったのは、何も選ばなかった俺だった。
戦わず、深入りせず、危険を避けて。
そこそこ強く、そこそこ満足して。
どこにも行かないまま、時間だけを消費している。
「……一番、つまらなそうだな」
はっきりそう思った。
その瞬間、背後から声がした。
「選ばれなかった道だ」
振り向くと、あのNPCが立っていた。
今度は、はっきりと“妖”の気配を纏っている。
「お前が通らなかった可能性。
掴めなかった未来。
拒んだ結果だ」
「見せる意味、ある?」
「ある」
NPCは、静かに言った。
「ここで戻る者もいる。
失うことを恐れ、無難を選ぶ」
俺は、周囲に散らばる“俺たち”を一度だけ見渡した。
どれも悪くない。
どれも、正解だったかもしれない。
でも――。
「全部つまらん」
自分でも驚くほど、即答だった。
「強くても、安定してても、正解でも。
知らない道がないのは嫌だ」
NPCは、少しだけ目を見開いたあと、苦笑した。
「……やはりな」
世界が、軋む。
夕暮れの空が割れ、境界が剥がれ落ちていく。
足元が再び不確かになり、次の段階へと押し出される感覚。
「次は、最後だ」
その声だけが、はっきりと届いた。
「戻るか、進むか。
妖となるか、人で終わるか」
光が、視界を埋め尽くす。
俺は一歩も引かなかった。




