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力を奪われた場所で

 目を開けた瞬間、まず思ったのは――暗い、だった。


 夜でも洞窟でもない。

 光はある。ただ、距離感がおかしい。

 足元は確かに地面なのに、どこか宙に浮いているような感覚が抜けない。


 境界。

 そんな言葉が、自然と頭に浮かんだ。


 視界の端で、ウィンドウが次々と展開される。


【システム通知】


・ステータス補正を一時的に制限します

・ジョブスキル効果が低下しています

・一部アクティブスキルは使用できません


「……おいおい」


 思わず声が出た。


 剣を握る感覚が、明らかに違う。

 軽い。いや、軽すぎる。

 筋肉が抜け落ちたわけじゃないのに、体の芯が空洞になったみたいだ。


 試しに、いつもの動きで踏み込む。


 ――遅い。


 自分でも驚くほど、反応が鈍い。

 避けられるはずの距離、間に合うはずのタイミング。

 全部が、半拍ずつズレている。


「なるほどな……」


 納得と同時に、少しだけ苦笑する。


 これは試練だ。

 しかも、かなり露骨なやつ。


 数値を奪い、スキルを縛り、積み上げてきた“強さ”を否定する。

 それでも進めるか、と。


 前方で、影が動いた。


 人型に近いが、輪郭が曖昧だ。

 まるで誰かの記憶を雑に切り取ったみたいな姿。


 敵。


 考えるより先に、体が動いた。

 ――いや、動かそうとした。


 剣を振る。

 浅い。


 影は避けることもなく、こちらに突っ込んできた。


「チッ……!」


 紙一重でかわす。

 いや、かわしきれない。

 肩を掠められ、HPが削られる。


 たった一撃。

 それだけで、はっきり分かる。


 ――今の俺は、弱い。


 一般種族だとか、ランクだとか、そんな話じゃない。

 単純に、ここでは“通用しない側”だ。


「……面白いじゃん」


 そう呟いて、距離を取る。


 力押しは無理。

 スキル連打も無理。

 なら、やることは一つしかない。


 動きを見る。

 癖を読む。

 無駄を削る。


 影が踏み込む瞬間、足元がわずかに沈む。

 その一拍を待って、最短距離で斬る。


 今度は、通った。


 影が揺らぎ、霧のように散っていく。


 ドロップはない。

 経験値表示も出ない。


 ただ、静かになるだけ。


「そういう仕様か」


 効率は最悪。

 達成感も薄い。

 でも、不思議と不快じゃなかった。


 進むほど、同じような敵が現れる。

 どれも派手さはないが、油断すると普通に死ねる。


 そのたびに、体が少しずつ慣れていく。


 スキルに頼らず、

 数値に甘えず、

 ただ、動く。


 どれくらい歩いたか分からない。


 ふと、背後から声がした。


「まだ、進むか」


 振り返ると、あのNPCが立っていた。

 神社にいたときとは違い、輪郭がはっきりしていない。


「ここでやめてもいい。

 失うものは、もう十分だ」


 俺は、少し考えてから答えた。


「ここまで来て?」


「そうだ」


「……やだね」


 理由は特にない。

 ただ、今やめたら、ここまでの全部が中途半端になる。


 NPCは、しばらく俺を見つめてから、ふっと息を吐いた。


「やはりな」


 次の瞬間、足元の景色が崩れ落ちる。


 落下感。

 だが、恐怖はない。


 これは――次だ。


 そう確信したところで、意識が遠のいた。

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