表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

妖狐廻帰

 神社の空気が、変わった。


 風が止んだわけでも、音が消えたわけでもない。

 ただ――さっきまで確かに聞こえていたはずの、遠くの人声や足音が、すっと引いていくように薄れていった。


 境内に立つ俺と、小さな社。そして、白い着物のNPC。

 世界から切り取られたみたいな、妙な静けさ。


「……ここまで来たか」


 NPCがそう呟いた瞬間、視界の端で光が弾けた。


 クエストウィンドウ。

 今まで見てきたものとは、明らかに違う表示だった。


【ユニーククエスト】


妖狐廻帰ようこえき

―魂を以て、境界を越えよ―


 一瞬、呼吸を忘れた。


 ユニーク。

 このゲームで、その文字がどれだけの重さを持つかは、嫌というほど知っている。


 だが、続きを読んで、思わず目を細めた。


■ 成功条件

・試練を最後まで踏破すること


■ 成功報酬

・ユニーク種族【妖狐】への転生


■ 失敗時

・何も得られずクエスト終了


■ 注意事項

・成功時、現在のステータスは初期化されます

・一般種族時の成長要素は全て失われます

・一般種族への復帰はできません


「……はっ」


 思わず、乾いた笑いが漏れた。


 重い。

 想像していたより、ずっと。


 今までのクエストが、前座だったと理解するには十分すぎる文面だった。

 これまで感じていた違和感――他のプレイヤーが自然と消えていった理由も、ようやく腑に落ちる。


 これは、誰でも挑めるものじゃない。

 いや、正確には――挑めても、選ばれない。


「今までのは……」


「試していた」


 NPCが、淡々と答えた。


「力でも、数値でもない。

 進み方だ。捨て方だ。戻らなかった理由だ」


 視線が、まっすぐ俺を射抜く。


「ここまで辿り着いた者も少なからず存在する。

 だが、みなここで立ち止まった。」


 俺は黙ったまま、クエストウィンドウを閉じた。


 頭の中で、いくつかの計算が走る。

 今の立ち位置。

 積み上げてきた時間。

 失うものの大きさ。


 ステータスは、ただの数字じゃない。

 ここまで来るのに、どれだけの時間を使ったかは、自分が一番よく知っている。


 正直に言えば――割に合わない。


「後悔はするぞ」


 NPCの声は、警告に近かった。


「戻ることはできぬ。

 選んだ瞬間、お前は“今までのお前”ではなくなる」


 それでも。


 俺は、画面の先にある世界を見た。

 この神社の向こう。

 枝分かれして見える、無数の道。


 どれも、知らない景色だ。


「……まあ」


 肩をすくめて、俺は言った。


「面白そうじゃん」


 一瞬だけ、NPCが目を細めた。


「欲でも、野心でもないか」


「ゲームだしな」


 それだけだ。


 表示された選択肢に、迷いはなかった。


《妖狐廻帰》を開始しますか?


YES / NO


 YESを選んだ瞬間、神社が音を立てて崩れた。


 瓦が砕ける音も、木が裂ける音も、どこか遠い。

 代わりに、世界そのものが“裏返る”ような感覚が走る。


 地面が消え、空が割れ、境界が曖昧になる。


「……業が深いな」


 NPCの声が、最後に聞こえた。


「だが、それでいい。

 進め。選び続けろ」


 視界が白に染まる。


 次に目を開けたとき、俺はもう――

 戻れない場所に立っているのだと、直感だけが告げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ