選別の街
この都市にきて数週間が過ぎた。
外縁南ブロックの空気にも、もう違和感はない。
監視ドローンの巡回間隔。
企業便の通る時間帯。
違法屋台が消え、また別の場所で再開する周期。
都市は流れている。
テラはその流れを、以前より正確に読めるようになっていた。
視界に通知が開く。
【都市貢献度:312】
数字は静かに積み上がっている。
500までは、まだ遠い。
だが“遠い”という感覚は、もう焦燥を生まない。
ただの距離だ。
外縁西区、改造市場。
半開きのシャッターの奥で、古い作業灯が揺れている。
違法改造屋の老人は、分解したEMP発生器を机に広げていた。
「また壊してきたな」
顔を上げもせずに言う。
テラは無言で部品を置く。
「出力は抑えてる。過負荷じゃねぇ。……撃たせる位置が悪い」
老人は鼻を鳴らす。
「真正面に立つ癖、直ってねぇな」
テラは否定しない。
数週間前より被弾は減った。
任務失敗もない。
外縁連鎖クエストの評価も安定してA以上。
だが。
「速いだけじゃ、あそこは開かねぇ」
老人がぽつりと漏らす。
テラが視線を上げる。
「……中枢か」
「そうだ」
老人はようやく顔を上げた。
濁った目だが、焦点は合っている。
「貢献度500。高評価三回。そりゃ入口の数字だ」
「違うのか」
「違う」
工具を置く音が、やけに乾いて響く。
「見られてるのはな、任務の中身だ」
外で子どもが走る足音がする。
輸送車両が低く唸りを上げて通り過ぎる。
「途中離脱しねぇか。余計な被害を出さねぇか。住民を巻き込まねぇか」
老人はEMPのコイルを組み直しながら続ける。
「それと――」
少し間を置く。
「この街の人間が、あんたをどう見てるかだ」
テラは黙って聞いている。
「最近、噂は悪くねぇ」
老人は肩をすくめる。
「輸送中にガキ庇ったとか、補償の説明を代わりにやったとか。あんたは気にしてねぇだろうがな」
気にしていない。
ただ、その場で必要だったから動いただけだ。
「数字は積めばいい。だがな」
老人の声が少し低くなる。
「あそこは、“通していい奴”しか入れねぇ」
「誰が決める」
「街だ」
即答だった。
中枢タワーが遠くに光っている。
空気ごと層が違う、あの光。
「門は自動じゃねぇ。推薦が要る」
「推薦」
「ユニーク連中のな」
老人はそこで口を閉じた。
言い過ぎた、という顔はしない。
だがそれ以上は語らない。
テラは問い返さない。
必要になれば、分かる。
「……あんた、最近焦ってねぇな」
老人が言う。
「前は“最短”ばっか見てた。今は違う」
テラはしばらく考え、
「慣れただけだ」
と答える。
老人は小さく笑った。
「それを、この街じゃ“馴染む”って言う」
工房を出る。
外縁の空は曇っている。
企業広告が雲を透かして滲んでいた。
視界の端に通知が出る。
【外縁連鎖クエスト:発生】
すぐには開かない。
テラはタワーを見る。
届くかどうかではない。
選ばれるかどうかでもない。
積む。
理解する。
流れを読む。
それだけだ。
背後で、工房の奥から微かな電子音が鳴る。
老人は古い端末を見下ろしている。
【外縁信用値:上昇】
【観測対象:狐種】
【推薦候補:監視中】
老人は画面を閉じた。
「……まだだな」
誰に言うでもなく呟く。
外縁は今日も動いている。
テラは歩き出す。
500までは、あと少しだ。




