未確定観測対象・妖狐
黒翼団本部。
固定拠点を持たないこのギルドにおいて、「本部」と呼ばれる空間はひとつではない。
だが今、複数の大陸から同時接続された上位メンバーの意識が、一つの円卓に集められていた。
中央に展開されているのは、簡易ホログラム。
丘陵地帯での戦闘ログが、角度を変えながら再生されている。
「……これが、例のユニーク種族か」
誰かが、感情の乗らない声で言った。
驚嘆でも警戒でもない。
ただの事実確認だ。
「妖狐。確認された尾は一本」
「戦闘時間、想定より短いな」
「数的不利、地形も不利。だが撤退行動は不要と判断している」
次々と、淡々とした分析が重ねられていく。
再生速度が落ちる。
問題視されている場面――被弾の瞬間。
「ここ」
指示とともに、映像が止まる。
「本来、回避しなくても成立する距離だな」
「受け流し、もしくは反撃選択が可能」
「だが、回避を選んでいる」
誰かが言う。
「判断が甘い?」
すぐに、別の声が否定した。
「違う。判断は速すぎる」
静かな沈黙。
「未来予測系能力を持っている可能性が高い。
だが、その未来が“最適解”ではない」
「生存率を優先した行動選択か」
「あるいは、能力側に身体が引っ張られている」
評価は割れない。
いや、割る必要がない。
黒翼団にとって重要なのは、結論ではなく状態だ。
下位観測役の報告が、ログとして再表示される。
『対象:妖狐ユニーク種族
戦闘挙動において、初動消失を確認
加速スキル未使用
反応速度は能力由来の可能性あり
戦闘スタイルは未完成』
「完成していない、という評価で一致だな」
「だが、この段階でこの出力は異常だ」
「成長途中であること自体が、情報価値だ」
誰も、好悪を口にしない。
敵か味方かという議題も、出てこない。
あくまで――
「観測対象として、どう扱うか」
それだけだ。
「危険度区分は?」
「現時点では“未確定・中”」
「敵対行動なし」
「接触履歴もなし」
団長格の一人が、ゆっくり頷いた。
「では、扱いは据え置きだ。
追跡は継続。だが、接触は不要」
「未来都市方面への移動ログがある」
「なら、監視ラインをそちらに引き直す」
それは命令でも警告でもない。
ただの業務指示だ。
「この個体は、分岐点にいる」
誰かが、ぽつりと呟く。
「進化するか、行き詰まるか」
「どちらでもいい」
即座に返された言葉は、あまりに黒翼団らしかった。
「どちらに転んでも、情報になる」
円卓のホログラムが消え、各自の意識が散っていく。
最後に、報告書の末尾が更新された。
『妖狐ユニーク種族
状態:未完成
評価:未確定
対応:観測継続
備考:成長段階により再評価の可能性あり』
黒翼団のすることは、世界で起きた変化を、正確に測るという仕事だ。




