追いついた
竹林は静かだった。
風が止むと、葉擦れの音すら消え、空気が張り付いたように感じられる。
遠くで鳴いていたはずの虫の声も、いつの間にか途切れていた。
敵は三体。
数だけ見れば多くはない。
だが、動きには無駄がなく、互いの位置関係を正確に把握している。
一体が前に出る。
それに呼応するように、残り二体が半歩遅れて間合いを詰める。
囲むでもなく、離れすぎるでもない。
“いつもの連携”だ。
テラは、深く息を吸った。
胸に空気が満ちる感覚と同時に、意識が静まっていく。
不思議と、焦りはなかった。
昨日までなら、この配置を見た瞬間に、もう少し警戒していたはずだ。
距離を測り、逃げ道を確認し、余計な動きをしないよう神経を張り詰めていた。
(……楽、なのか?)
ふと浮かんだ考えを、すぐに否定する。
違う。
それは違う。
楽じゃない。
ただ――考える暇が、ないだけだ。
敵の一体が踏み込む。
肩が僅かに下がる。
体重移動。攻撃の予兆。
その瞬間、幻尾が揺れた。
尾の先端から、断片的な情報が流れ込む。
次の動き。
踏み込みの角度。
振り抜かれる刃の軌道。
――来る。
そう判断した、その瞬間だった。
身体が、前に出ていた。
意識が命じるよりも早く、足が地面を蹴っている。
踏み出した感触だけが、ほんの一拍遅れて認識に追いつく。
敵の刃が、すぐ横を空振りする。
風を裂く音だけが耳に残った。
(……今のは)
足を止める間もなく、視界の端で幻尾がまだ震えているのが分かる。
予測は、間違っていない。
敵の動きは、確かに読めていた。
だが――
避けたのは、読んだからじゃない。
次の攻撃。
今度は左右から、ほぼ同時。
以前なら、どちらかを選び、どちらかを捨てていた。
被弾覚悟で前に出るか、後ろに下がるか。
選択肢は限られていた。
だが、今回は違う。
身体が、わずかに傾く。
それだけで、二つの攻撃線から外れる。
回避と同時に、身体が自然と反撃の軌道に乗る。
考えた覚えはない。
ただ、そこに“そうなる流れ”があった。
刃が当たる。
手応えは軽い。
深手ではないが、確実に通った感触。
残る一体が、間を詰めてくる。
連携の最終段。
逃げ場を潰す動き。
――遅い。
そう感じたのは、動いた後だった。
尾が示す予測に、身体が置いていかれない。
予測を“見てから”動くのではない。
考える前に、すでに身体が反応している。
加速しているわけじゃない。
筋力が上がった感覚もない。
世界がスローに見えるわけでもない。
ただ――
初動が、存在しない。
「動こう」と思った瞬間がない。
気づいたときには、もう動いている。
最後の敵が倒れる。
竹が揺れ、倒れる音が響き、そして――
再び、静寂が戻った。
テラは立ち止まり、呼吸を整えようとして――
そこで初めて、息が上がっていないことに気づく。
胸は苦しくない。
脚も重くない。
その代わり、身体の奥が熱い。
妖力が、意識とは関係なく巡っている感覚。
流れが止まらず、勝手に循環している。
(……俺が、動いたんじゃない)
そんな考えが、自然と浮かぶ。
その瞬間、尾の根元に違和感が走った。
幻尾とは、少し違う感覚。
熱とも、痛みとも言えない。
一瞬だけ――
尾が、二本に見えた気がした。
だが、振り返って確認しても、そこにあるのは一本だけだ。
(気のせい、か)
そう思いたい。
だが、確かにあった。
尾が示した予測に、
身体が遅れずに追いついた感覚。
速さじゃない。
力でもない。
――追いついた。
その事実だけが、静かに、確かに残っていた。




