妖狐の目覚め
風が、神社の境内を撫でる。
鳥居をくぐると、空気の温度や湿度の違いまで感じ取れる。
石畳の冷たさが、足裏にくっきり残る。
俺は、妖狐になった直後の体を確かめるように、尾を意識して動かした。
半透明の尾――幻尾。
実体はないはずだが、思考に合わせて揺れる感覚は確かだ。
手を動かすよりも自然に、尾が反応する。
“尾は武器じゃない。選択肢だ”
さっき戦った妖狐NPCの言葉を、まだ体が覚えている。
軽く足を踏み出すだけで、尾が空気を切り、感覚が情報を返す。
周囲の小枝や石、遠くで鳴く鳥の羽音まで――感覚の解像度が、一段階上がったようだった。
目の前には小さな練習相手。
弱めの野生モンスターだ。
幻尾を使った攻撃はまだ単調だが、尾の先端に意識を集中させれば、敵の動きを先読みして回避も可能。
“なるほど、こういうことか”
まだ一本しか尾はないが、思考で動かす感覚は確かにある。
尾を“どう使うか”ではなく、“どう考えるか”。
ここが妖狐の核だ。
その一方、世界の片隅では、トップギルドたちの会話が交わされていた。
東天大陸――白蓮ギルドの集会室。
和風の装束をまとったギルドメンバー達が、神社の噂を口にする。
「あの神社、結局誰が挑んだんだ?」
「知らん。ただわしらのギルメンのだれかではないっちゅう訳や」
アスモフィア大陸ではメシアギルドが教会からの報告を確認していた。
「妖狐が誕生したか。ランキングへの影響を見極めろ」
「相性次第では対策を講じることも視野に入れておけ」
黒翼団や鉄槌会、龍の集いでも、同様の情報が錯綜する。
「とにかくユニーク種族が現れたとなれば、観察する価値は十分にある」
「次に動く時には戦略に組み込みたいところだ」
それぞれが異なる意図をもって、影で妖狐の動向を見守っていた。
公式掲示板では、誰がなったかという憶測で熱を帯びている。
「ランキング見た?」
「さっきまでいたやつ、一人消えてね?」
「え」
「誰」
「名前出せ」
「いや、確定じゃないけどさ…… あのソロ専のやつ、最近ログインしてたよな?」
「偶然だろ」
「いや、タイミング良すぎる」
「まさかな……」
誰が妖狐になったのかは、まだ誰も知らない。
境内では、俺の尾が揺れる。
初歩的な攻撃を繰り返すだけでも、感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。
尾を軸にした索敵、回避、間合い管理――すべて思考と直結している。
「……次はもっと複雑な相手でも試してみるか」 まだ一本しか尾はない。
だが、それでも、次に進むべき感触は確かにあった。
妖狐としての第一歩。 まだ世界は広く、そして未知だ。




