小さな神社
東天大陸――その名の通り、朝日が昇る方向に向かって広がる広大な大陸の東端。
俺、テラはこの世界に初めてログインしてから早数年、いわゆる古参プレイヤーだ。そして剣魔というジョブで、剣聖の称号を持つ――戦闘においては誰もが一目置く存在だ。だが俺はギルドには属さず、完全にソロ専。自由気ままに冒険することだけを楽しんでいた。
この日は、剣魔専用装備『無剣』の強化素材を探して、東天大陸の人の少ない街道を歩いていた。
道端の木々が風に揺れる音、遠くで水車が回る音。耳を澄ませばNPCたちの生活音が淡く届く。しかし都市部の喧騒に慣れた目には、あまりにも静かすぎる裏通りだった。
ふと、地図にも載っていない小さな神社が目に入る。石段を上がると、苔むした灯籠が整然と並び、境内は昼間とは思えないほどひんやりとした空気に包まれていた。空気の密度が変わったような感覚――まるでこの場所だけ時間が少し止まっているかのようだ。
「……こんな場所に神社があるとは」
思わず独り言が漏れる。隠れるように建てられた神社――ここは、きっと誰にも見つけられずにひっそりと存在していたのだろう。
拝殿の前に、小柄な女性が座っていた。白い着物を纏い、背筋を伸ばして手を膝に置くその姿は、神社そのものの延長のように溶け込んでいた。目を合わせると、深く静謐な瞳が俺を射抜く。戦闘用NPCのような威圧感はないが、圧倒的な存在感が境内に広がる。
「……あら、剣魔……それも剣聖の称号……珍しいお客さまね」
声は透き通るようで、耳に残るほど神秘的だった。俺は軽く笑う。
「珍しいって……まあ、ただの寄り道だ」
女性は微笑み、手元の小さな石の鳥居を指差した。
「この神社には、あなたに試練を授ける者がいる――それを知るかどうかは、あなた次第」
淡い光が足元を縦横に走り、石畳を縁取る。光の渦は、まるで神社自体が呼吸しているかのように揺らめき、俺の心臓まで軽く震わせる。
「試練か……面白そうだな」
肩をすくめて返す。俺にとって、未知の冒険はいつだって刺激的だ。未知の情報、未知の敵、未知の報酬――それだけで胸が高鳴る。
女性は静かに立ち上がり、風で裾が揺れる。白い布が光を反射して、まるで空気そのものが光を纏っているかのようだった。
「それでは……あなたの道は、ここから始まる――」
その瞬間、視界の端に文字が浮かぶ。
『【妖狐との邂逅】クエストを受注しました』
俺は目を見開いたが、すぐにニヤリと笑う。
「……さて、どう転ぶか、楽しみだ」
静かな境内に、風の音だけが響く。苔むした灯籠の影が揺れ、鳥居の朱色はかすかに色褪せながらも、光に反射して柔らかく輝く。遠くの小川のせせらぎ、木々のざわめき――すべてが神社の息遣いと一体になり、時間さえもゆっくりと流れているようだ。
「さて……行こうか」
俺の声に、風がささやく。光と影が交差する境内に心が溶け込み、未来への期待が胸を満たす。
ここから始まる物語――自由で予測不能、俺だけの物語の第一歩だった。




