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01 プロローグ

悪魔のようだと謗られた濡羽色の髪を、アレンは細い指先で掬って耳にかけた。

草原の地平線をその赤い双眸で一瞥し、背負っていた旧式のライフルを下ろして構え、草原を駆け回る野兎に狙いを定め呼吸を止め、トリガーに指をかける。

狙い澄まされた静寂が支配する世界。

そこへ、邪魔をするようにざっという耳障りな短い無線のノイズが入った。


『ヘイターよりグレイブス、応答を』


聞き慣れたしゃがれ声が聞こえる。


「どうぞ」


短く応えると向こう側の規則的な電子音が耳に入る。 

『北西方向、レーダーにアクティブな未確認物体を捕捉した。視認できるか?』


岩場から立ち上がり、その方向へ目を向けるとトカゲ頭やらヘビ頭の兵士の群れが乗り込んだ兵員輸送車の群れがこちらに向かっているのが見える。

いや、正確にはこちらの、背後の更に向こう側に存在するヴァルハラへ向かって移動しているのだろう。


「今視認した、交戦許可を求める」

『了解、交戦を許可』

「因子解放を使う、既に友軍ユニットが戦闘状態だ」

『了解。どうせ、やるなって言ってもやるだろ?』

「当たり前だ」

『グレイブス0-1の安全装置を解除、完了』

〈安全装置、解除〉

〈ユーザー認証、個体識別グレイブス0-1確認〉

〈許諾されたユーザーです、サイオンの使用を許可〉


合成音声が右手のデバイスを流れると同時に、その銀の腕輪が僅かな熱を帯びる。


「お前がバディで助かるよ、()()()

『万世なる繁栄を、栄光なる王国万歳、ってな。生きて帰れよ、()()()

「交信終了」


さて、とアレンは顔を上げた。

既に平原の至る所で戦闘の火花が散り、救援を求めるフレアが焚かれている。

無線を調整すると雑音に混じり悲鳴やら叫び声やらが耳をつんざいた。


『回避!くそ、間に合わない!』

『魔族の犬のクソトカゲめ!』


犬のクソトカゲだと、種族は何になるんだろうか。

そんなことをぼんやり考えながらスコープを覗く。


『デルタ、三時方向に敵だ!』

「こちらグレイブス、デルタ0-3。伏せろ」


トリガーを引くと虹色の閃光が空を駆ける。

感応因子、体内に引き込む時限爆弾とも揶揄される魔族が扱う魔法のまがいもの。

生命を代償に、世界に干渉する力——虹色の光が標的に着弾すると同時に、光が弾けて爆風があたりを覆った。ここまで友軍ユニットを連れてきた軍用車のガラスが飛び散り、大地を耕す。


「デルタ0-3、生きてるか」


声をかけるが返答はない。


『デルタ指揮官は戦死した』


別回線から声が聞こえる。


「さっきの爆発で?」

『いや、その少し前に死んだよ』

「あぁ……間に合わなかったか」

『アレン』

「どうしたんだ」

『おれも、ダメみたいだ』


声の主が居るはずの方向へと銃口を向けスコープを覗くと血だらけで、ぐったりと岩場に体を預ける彼の姿があった。


『悪いな、アレン』

「かまわない」


再びトリガーに指をかける。

今度は因子を銃に装填はしない。

軽い音がして、鉛玉が風を切り、無線の向こうから粘着質の肉が弾ける音がした。


「ヘイター、友軍ユニットのシグナルは?」


ライフルを降ろし、司令部へと無線の周波数を合わせ尋ねる。


『今確認する——なるほど、他のハンドラーが酒盛りを始めたわけだ。お前以外のシグナルは全ロスト、位置も確認できない。ったく、オープン回線で酒盛りとはな。俺の存在を忘れてんじゃねぇの、アイツら』

「……そうか」

『肉片でも集めに行くか?』

「錬金術で復活でもさせてくれるのか」

『ははっ、錬金術なんてまやかしだって俺らが一番分かってるだろ?人造人間(ホムンクルス)なんだならよ』

「そうだな」


人は、死んだら二度と生き返らない。

それが人を人たらしめ、命を尊いものとしている理由だ。変えの効くような大量の複製品に、価値を見出す人間はそう多くない。

死んだ仲間の徽章のかけらを拾い、アレンはただ押し黙って地平線に泥む夕陽を見た。

誰の言葉も残らない戦場。

人間は誰一人として存在しない戦場。

居るのは人外のバケモノである魔族の手先と、人造人間(ホムンクルス)と呼ばれる人モドキだけ。

戦争を始めた魔族も人間もこの戦場には存在しない。


「……馬鹿に、しやがって」


徽章を手の中で握りしめた。


『アレン、無事に帰ってこいよ、()()()()()へ』


———


十二年前、その戦争は瞬く間に世界を覆い尽くした。

王国の東に位置する帝国、その玉座が一夜にして魔族と名乗る勢力によって奪われ、全帝国軍が周辺国に対し侵略を開始。

当初、全正面作戦など新興の軍事大国である帝国といえど通用しないかに思われたが、どの国も敗戦に次ぐ敗戦を重ね、王国も例に漏れず国土の八割、国民の六割を戦火によって失った。

正規軍は九割が壊滅、反転攻勢の手段も無くなった頃にある革新的な二つの()()()が王立錬金術師工廠により開発された。

一つ目はエイドス、或いは感応因子技術。

爆発的な身体能力の向上と魔族の扱う()()に似た魔素を操る力を適合者に与える技術。

だがエイドスには致命的とも言える欠陥があった。

エイドスは体内に魔素を扱えるようにするためのコアを形成するが、それが適合しなければ拒絶反応を起こし死亡する。その上適合後も非常に不安定で、いつそれが暴発するか分からない時限爆弾。

故に五年生存率は僅か0.01%、その死に方は凄惨を極め、そんな不安定な必死の兵器を王国民は誰も体内に入れたがりはしなかった。

その状況を打開すべく開発された二つ目の兵器が人造人間(ホムンクルス)、生命を持たぬ自律二足歩行型の()()()()戦争兵器。

少なくとも()()()()()()()()()()()()()

実態は少し違う。

魔族出現以降次元に穴が空いた。

王国にもホールと呼ばれる次元の穴が存在し、そこからは良く異世界人が落ちてくる。この世界のどことも違う場所から来た、この世界においては誰でもない彼らを、王国は戦争兵器として扱うことにした。

何も知らないままの彼らに因子を植え付け、何も知らないままの彼らを前線に送りこむ。そして王国民には異世界とホールのことを隠し、それらは全て錬金術が生み出した奇跡であると喧伝する。

それだけで、王国の仮初の平和は保たれたれる。

全てが嘘に塗れた、ニセモノの平和が。


———


前回戦闘から三日ほど経ったが珍しく魔族たちの動きがない。常の擾乱射撃もなく、東部前線基地ヴァルハラは一見平和だ。

アレンは食堂で腐りかけの芋からできたスープを口に含みながら、一ヶ月遅れの王国の新聞を読んでいた。

弾薬やら因子安定剤が入った僅かばかりの兵站を包んでいた緩衝材だ。

ところどころ印刷が滲んでいるし紙の質も高くない。

新聞は王国内でも知識人が読むもので決して安いものではないが、あんな狭い城塞都市内に篭っていては紙の生産もままならないってわけか、日に日に目に見えて紙の質が落ちている。

それでもって内容も紙の質と同じく酷いもので、戦況を報じているのはたったの数行。あとはくだらない時事ネタと王室の動向やら政治の意味のない争い。これでは、王国民の誰も今の状況が()()()()だと気がつくことはないだろう。


「よぉ、アレン」

「カイル」


アレンが座る席の正面に座ったのはカイル・ゲリック一等兵。同期、というよりほぼ同時にこの前線基地に配属された友人であり戦闘におけるバディだ。

そして少し特殊なバディでもある。

通常、因子は心理現象によって効果を増幅し威力を高める。故に多くの場合、バディと呼ばれる感覚を共有し心理効果を高める存在を必要とするのだが、その相手は通常()()だ。

人造人間(ホムンクルス)に感情は存在しないということになっているから、が建前としての理由だが実際のところ監視と管制が主な業務。

感覚共有や心理増幅も理論上は可能ではあるが、それをすると大抵の人間は壊れてしまう。増幅した死への恐怖に耐えられる人間なんてのはそうそう居ない。

人造人間(ホムンクルス)同士のバディは稀どころか前例がなかったらしいが、特殊な事情が存在し便宜上バディとなっている。書類上では、誰だか知らない人間が割り当てられているらしいが特段聞こうとも思わなかった。

知る必要のないことは知らないままで良い。

それがヴァルハラで生き残るコツだ。


「別れの挨拶を、と思ってな」

「ついに処分か」

「馬鹿、縁起でもねぇこというな!……明日から安全域(セーフティエリア)に行くことになったんだよ」

「隔壁の内側、どういう風の吹き回しだ?」


王国が存在する、要塞軍の内側。

皮肉にも安全域と呼ばれる箱庭には、通常ホムンクルスは立ち入れないはずだ。


「エンジニアとしてだってよ」

「本音は?」

「まぁサンプルだろうな」

「あぁ、適合率……」


カイルは肩をすくめ、大きく溜息を吐いた。


「モルモットになること自体は問題ねぇってか別に良いんだが、あのクソどものツラを毎日見ることになると思うと吐き気がするね」


こちら側に来た時に隔壁内の連中と少し話したが、潜在的な差別意識に軽蔑と嘲笑が入り混じったあの目。今思い出しても中々腹が立つ顔だ。


「言えてる」

「んで、本題なんだが——お前のバディがもう決まったらしい」

「司令部の仕事が早いなんて、雨でも降るかな」

「一応資料だとかは例の後任に渡したんだが」


カイルはアレンに顔を寄せ、周囲に聞こえないように耳打ちする。


「恐らく少し厄介なことが起きてる、後任には十分に気をつけろ」

「……?分かった」

「じゃあな、忠告はしたぞ」


去っていくカイルの背を見送りながら、そう深くは考えずに味のしないスープを啜った。


———


「編成自体の変更?」


塗装が剥がれ落ちたコンクリートが四方を囲む狭いオフィス。これでも基地の主人の部屋であるから基地内では随分マシな部屋を割り当てられている。

部屋の中央に据えられた無骨な事務机で頬杖をつくヴァルハラ副司令ロラン・グラネ大尉が放った言葉にアレンは首を傾げた。

部隊編成などこの数年存在していなかった。

当たり前だ。軍としての形をしているがその実はおざなりも良いところでこの軍は組織として成り立っていない。ヴァルハラの司令も居るには居るらしいが相手は安全域の将校で、ここに来たことはおろか隔壁から出たことすらないんだから。

それに不満を垂れるつもりもない。戦えない人間が来たところで邪魔なだけだ。戦闘編成の出来合いの悪さについても認知はしていたが文句はなかった、が。

そこらをきちんとしてくれる分には賛成だ。生存率の向上にも貢献するだろう。

だが、だが、どうにもタイミングが怪しい。


「正直に仰ってください、大尉。俺の例のバディ関係ありますよね?」

「ギクッ」

「口に出すんですか、それ」

「……まぁもうすぐだな。俺の気苦労も分かってくれよ、アレン。板挟みなんだ」


まるで駄々を捏ねる子供相手にする父親のような態度にアレンは思わず強く言い返そうとした。


「はぁ?戦場に出てる俺たちの方が——」


身を乗り出したと同時に、部屋に凛とした声が響く。


「失礼致します、ロラン・グラネ大尉」


声に弾かれるようにして振り返る。

そこには、王国貴族の象徴でもある燃えるような紅蓮の髪、上質な仕立ての詰襟の王国軍士官服。そして腰のベルトに提げられた白銀の()()()()()()。錬金術師、それも高貴な血族、紅蓮種(エニグマ)だ。


「あぁ、貴方も居られるとは。手間が省けましたね。はじめまして、アレン・ハーディ軍曹。わたしは王国軍統幕本部戦術指揮四課のルーナ・エル・フローレンス、階級は少佐です。聞き及んでいることかと思いますがわたしが貴方の新しいバディとなります」


アレンが当惑をもって基地の主人であるロランに目を向けると、彼もまた分からないといった様子で肩をすくめた。

訛りひとつないアクセントも含め、どう見たって上流階級の人間だ。何でそんな人間がこんな場所に?あまつさえ、バディに?どうしようもなく、嫌な予感がして止まない。


「ええっと……?合ってます、よね?」


先程までの凛とした態度はどこへ行ったのか少し不安げな様子でルーナは手元の端末を再確認し、そこに映し出されたアレンの顔を見比べてから首を傾げた。


「まさかデータベースの不備……?」

「いや、失礼。彼がアレン・ハーディ軍曹で間違いないですよ。少しコミュニケーションに難のあるやつでしてね、申し訳ない。少佐」


抗議の目線を向けると、ロランはあからさまに視線を外し取ってつけたような笑みを浮かべる。営業スマイルもここまで上手いと感心するな。


「良かったです、王国のデータベースは少し、いやかなり信用に足らないものですから……」


何故。

何故、この女はデータベースが信用に足らないと言った?幸せな洗脳状態の王国民が、自身の構築したシステムにおいて疑義を唱えることなど殆どない。

なのに、今、この女は信用に足らないと言った。

どういうことだ?

そもそも安全域から士官が来ること自体滅多にないのに何故この女は現地に居る?何が目的だ?

色々勘繰って視線を向けるが、ルーナ・エル・フローレンスはあたりを興味深そうに眺めるだけで特段聡いという印象も受けない。

どちらかというと、品はあるが平和ボケしたお嬢様というのが印象で——


「わたしのことが嫌いですか、アレン軍曹」

「はっ?」


考えを巡らせているところに声をかけられ、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


「何も言ってくれないものですから」

「……いえ、職務遂行の支障になるような感情は特に持ち合わせていません」


嫌い、その言葉にも違和感があった。

王国民の目線で見るとホムンクルスに感情はないはずだ。嫌いも、好きも——何かが、変だ。


「良かったです、少し話したいことがあるので明日、執務室まで来てください」

「執務室?まさか駐屯するおつもりで?」

「だって、貴方のバディですから」


毒気の一切ない笑み。

肌がぞわりと粟立つを感じた。

これは、面倒なことに巻き込まれた気がする——

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