59話宴の準備①
宴の日取りが決まり、魔界・人間界・精霊界に向けて使い魔たちが招待状を運び出した頃――
ケンイチたちはすでに、酒の仕込みに取りかかっていた。
場所は、修道院に隣接する蔵。
かつてケンイチが手作業で始めた小さな蔵は、今では立派な仕込み場にまで成長している。
「……じゃあ、作業リストの確認をするぞ」
ケンイチが巻物のようなリストを広げた。
「まず、定番の霧の谷清酒“神ノ雫”。次に、蜂蜜酒“蜜の月”。ラム酒“海の記憶”。で、今回はそれに加えて“宴用・新作酒”を開発する」
「ええ、今回は“三界合同”。それぞれの文化に合わせた味を出したいわね」
ミコがうなずきながら、薬草の束を吟味している。
「霊草を使った精霊界向けの酒――香りと軽さが大事ね。
でも魔界向けには刺激も必要……辛口かつアルコール度数高め?」
「うふふ、じゃあ人間界向けには、華やかで飲みやすい“祝い酒”を」
リディアは優雅にリボンを整えながら、既にブドウとスパイスの配分メモを作っていた。
「三種三様……どれも魂を込めないと」
ケンイチは真剣な目で、酒米の袋を抱き上げた。
蒸し釜が唸り、木桶が満たされ、酵母が息を吹き返す。
「火入れは後。まずは一次発酵。温度、湿度、麹の活力……全部、ここで決まる」
ミコが祈るように指先で仕込み水に触れた。
それは霧の谷から持ち帰った、神の祠から湧く聖水だった。
「神に捧ぐ宴なら、ここから始めるべきだと思って」
「……ああ。ありがとな、ミコ」
ケンイチは微笑むと、手にした櫂棒を振るい、発酵の始まりを告げ、酒聖を使用し始めた。
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修道院の裏庭――
草花が咲き乱れる祈りの庭で、セラフィーナと三姉妹は静かに祈りを捧げていた。
「……三界の平穏と、神々の加護を」
セラフィーナが両手を胸に当て、目を閉じる。
その姿は、まるで祝福を具現化したように神聖だった。
「エスメラルダ、神託の巻物は読み終えたわ。あとは、祭壇の装飾と香の準備を進めましょう」
「了解です。料理班と交互に作業を分けましょう」
「よっしゃー!こっちは料理!祭りだ祭りだーっ!」
力強く腕まくりするのはベアトリーチェ。彼女はすでに大鍋に火を入れていた。
「お姉ちゃんたち〜、あたし、スイーツ係がいいの〜」
フェリシアは、干し果実とミルクを並べてきらきら笑っている。
「三界の客人にふさわしい料理……ってなると、やっぱり神界風の献立も必要になるね」
ベアトリーチェは手元の板に材料を並べながらうなる。
「ハーブ、野菜、スパイス。全部を調和させたら、絶品になるはずよ」
「セラフィーナ様の神託の祝詞も、一緒に添える形で出しましょう。“味”だけじゃなく“祈り”をも届けたいのです」
エスメラルダの言葉に、セラフィーナは微笑んで頷いた。
「ええ……これは、ただの宴ではない。
神も魔も、人も精霊も、手を取り合うための“儀式”でもあるのだから」
祈りと料理。神意と香り。
それらがひとつの場に集まるその日へ――
四人の乙女は、心を込めて準備を進めていた。
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