第九話 カタギ
「狩魔は何故神従鬼になりたいんだ?」
仁鬼は間合いを保ったまま話し始めた。声色は穏やかだが臨戦態勢は崩さず瞬きもせずこちらを見ていた。
「ここへ来た時神に神従鬼になるか否かを決める書類を渡されただろう。そこにサインしたのは何故だ?」
まっすぐとこちらを見ているその目には疑念と躊躇が混じっていた。間違いない。仁鬼は攻撃をためらっている。
「鬼は人間よりかは強い。それはそうだが、敵も鬼だ。強いやつだってわんさかいる。説明を受けたか知らんが神力で殺されたら正に今の自分を保てずに転生だ。なんなら転生すらできず魂ごと消えるかもしれない。それを知ったうえで本当になりたいのか?」
死ぬのは怖い。最初乱屠に殺された時も怖かった。全身を駆け巡る痛み、数秒にも満たない速度で全身の神経が反応しなくなり温かさが抜け落ちる感覚を栖界にいる今でも覚えている。死の恐怖は一生頭からこびりついて離れないだろう。だけど......
「俺は成界に戻りたい。厄鬼ならそのやり方を持っているかもしれないと聞きました。なら最も多くの厄鬼に会う神従鬼が適しています。死ぬのは怖いですよ。けど......俺はやります」
「その少ない可能性に命を懸けるのか?馬鹿馬鹿しいと思わなかったか?お前は死を目前としてそれを受け入れられるのか?」
「ー『加天』ー」
仁鬼の問いに対する答えは攻撃だった。突如狩魔の刀が震えだす。武者震いする様に振動する日本刀はしっかりと握りしめられ、仁鬼の懐に駆けだした狩魔の強力な武器となっていた。狩魔の手から血が滴る。
(相手は右手で短刀を持ってる。防御しずらいのは...左からの攻撃だ!)
その場で狩魔は一回転する。そして的確に、仁鬼の左腕を切り裂こうと刃を力任せに振るった。
歴戦の鬼にそんなものが当たるわけがない。仁鬼は軽くバックステップして眼前の刃をかわし、狩魔の背後に回り込んだ。そして容赦のないヤクザキックで背中を蹴り抜いた。情けない呻き声と共に狩魔は闘技場の端に激突する。背骨が粉砕されたまま休息の時間も与えられず仁鬼の締め技の餌食となる。
(声が出ねえ...体が動かねぇ......息...死ぬ.........)
「一旦やめ」
「オラッ」
「おぼふっ!」
ここ最近何度目かの気絶から目を覚ますと顔面を乱屠に踏みつけられている。慌てて背中に手を当てると、背骨の痛みはすっかり引いていた。
「乱屠!もう少し優しくするんだ」
「はーいはい」
辺りを見回すと自分を皆が囲っていた。仁鬼との手合わせは数秒で大敗を喫した。あーあ、と狩魔はつい溜息を漏らす。病棟を出る時貰ったTシャツとジーパンは既に袖や裾がボロボロになっていた。
「すまん。やり過ぎた」
仁鬼は申し訳なさそうに手を差し伸べる。
「正直少し迷っていた。狩魔がこの先腹括って仕事をやっていけるか不安だったが......まぁ気持ち的には今は大丈夫そうだな」
仁鬼が認めてくれたことに狩魔は安堵と感動で少し泣きそうになりながら、しかし笑顔でその手をとった。
「まぁ戦闘面ではからきしだからこのままだったら間違いなく初任務で死ぬけどな」
立ち上がった後に土鬼にこんなことを言われては起き上がった狩魔の心も一瞬にして膝をついた。
「あそこから回転するアイディアはよかったが動きにキレがなさすぎる。脚捌きが素人丸出しだ。日本刀の扱いも下手だな。初心者が片腕で振って当たるわけないし刀が斜めになり過ぎている。力任せにして斬れるもんじゃないぞ。避けなくてもよかったぐらいだな」
「ひ、ひどい...仁鬼さんまで」
「あとは攻撃後の対応もおろそかだな。刀を振った後に......」
「おかしいな」
「うん、確かにおかしいねー」
仁鬼と土鬼の毒舌レクチャーを背に棲蝋と乱屠は狩魔が使っていた日本刀を見ていた。主が吹き飛ばされた時日本刀は手を離れ地面に放り投げられた。それだけのはずなのに......
「何故もう柄に亀裂が入っているんだ?」
狩魔が持っていた日本刀の柄は落雷の様な亀裂が入りそれは刀身まで連なっていた。
「訓練用とは言っても真剣だしある程度頑丈に作られているはずなんだけどなー。そこまで古い刀じゃないはずだしー。ねぇ棲蝋、狩魔の神力は何?」
「神からの書類によると『物質にチカラを与える』神力らしい。乱屠と同じタイプの神力だな」
乱屠はハッと顔を上げ「もしかして超過現象かなー?」と呟いた。
「僕もこの前あったんだよー。任務中に不意打ち喰らっちゃった時があってーやばかった時に全力出して弓絞ったら矢にちょっとだけヒビ入ったんだよねー。帰った後に器作おじさんに聞いてみたら超過現象じゃないかって」
「神力に物体が耐えられずに破壊される現象か。確かにそれなら刀が壊れた説明はつく」
乱屠は自慢気に鼻を鳴らした。
「ただそれでも説明がつかない事が起きてる」
乱屠は少し不満気に顔をしかめながら「どうしたのさ」と聞いた
「神力は通常持ち主が出せる範囲で発動できる様になっている。神力を成長させるんじゃなくて元の神力のポテンシャルを引き出す為に俺らは訓練してるだろう?身体の限界を超えてまで神力は出せないはずだ」
棲蝋は割れた柄を指差した。
「血が付いている。恐らく狩魔の手から出血したものだ」
乱屠は目を見開きながら棲蝋に聞いた。
「神力の影響で身体が壊れたって言いたいの?まさか...聞いたこともないよそんなのー」
「俺も聞いたことがない」
棲蝋は顔を上げて乱屠を見た。珍しく冷静ではない棲蝋に乱屠も不安になる。
「ただ...一つ言えるのは俺達が置かれている状況はもう普通じゃない。狩魔の神力が特異な物なのか狩魔自身が特異体質なのか。俺には判断出来ないし、それは恐らく他の神従鬼も同じ筈だ。.....いずれにせよ神に報告しないといけない。仁鬼さんと土鬼さんとの対戦記録をすぐに送れる様泡蒔に手配頼む」
「急いで狩魔の訓練もしないとね」
乱屠は未だ説教をされている狩魔を見た。
「あいつを栖界まで来させたのは僕だ。多少の責任は取らないとね。今日は訓練だから大丈夫だろうけど.....このままだったら狩魔、最悪死ぬ」