第五話 不穏分子
成界の日本,高層ビルが立ち並ぶ街の最上階で初老の男は頭を悩ませていた。自身と組織の悲願の為,数々の困難と犠牲と絶望を長年受けてきた。しかし,夢の世界を目前とした今,犯罪組織「天照」は慢性的な人員不足に陥っていた。
「畜生,東の傀儡共が...」
官僚にコネを作り続け警察から逃げる事は減ったが,大規模極道組織「東組」の暗躍で天照の活動が阻止されてきていた。突然の支部へのカチコミ,チャカやヤクの密売阻止,コネを売った閣僚の汚職情報のリークなど,数えきれないほどの邪魔をされ続けた。この邪魔のせいで最高時八千人だったのが今では千人行くか行かないかの大損害を受けた。
「どうする...作戦実行には少なくとも一万五千の人員が欲しいのに東のせいで滅茶苦茶だ。東の暗殺は失敗に終わり...近頃コネが効かなくなってきている。警察がまた動き出したりしたら天照は壊滅だ。どうする...」
赤ワイン色の絨毯の上を何度も歩き続けながら何時間も打開策を考えていた時,不意に扉を開ける音がした。驚いて振り返るとそこには黒い帽子を被った長い白髪の青年が立っていた。
「こんにちは。あなたが天照のトップ,相良乱太さんですね。連絡も無しにいきなり訪問してすみません」
青年は爽やかな笑みを浮かべながら相良に礼をした。青年が着ている黒と青のローブが揺れる。
「待て。どうしてここが分かった?俺の護衛はどうした?」
相良は動揺を隠しきれなかった。
「私の組織には優秀な諜報員がいましてね...ああ,あなたの護衛はそこで眠っていますよ。危害は加えていないので安心してください」
「安心できるわけないだろう。何が目的だ!」
青年は微笑みながら相良に歩み寄った。何を考えているのか分からない真っ暗な目は相良をじっと見ていた。
「何も殺すために来たわけではありませんよ。今回は私達の組織と協定を結んでいただきたく参りました。これが契約書です」
「......」
淡々と進んでいく会話に相良は業を煮やし,しかし冷静にこの意味不明な状況を飲み込もうとしていた。まず,護衛を音もたてずに気絶させて侵入してきた時点でこいつの事を信用してはいけないことは明白だ。しかしこの男が何者かは聞いておく必要があるだろう。
「すみませんね。何しろ連絡も寄越さずいきなり入られて少々驚きまして...まず協定を結ぶのはあなたの組織が何なのか...協定の目的は何なのか知っておかないと返事のしようがないですね」
青年はにこやかな表情を崩すことなく
「そうですね。ではまず私達の組織についてお話しましょう。私達の組織名は創真。目的は神を殺し,焉真様を次なる神の座へとお導きすることです。その為には成界の協力者がいた方がいいわけでして,協力者にぴったりな組織が相良さん率いる天照なのです」
「はあ」
相良はこれが夢の景色なのではないかとさえ思っていた。神だのエンマだの絵空事でしかない事をさも当然かと言う風に話している青年はもしかすると気が狂っているのかとさえ思った。しかしこの優雅に座っている青年は落ち着いた様子で広い余裕が感じられている。全くのでたらめを吐いているようには思えなかった。そんな心持ちの相良を微笑みながら見ていた青年は
「これから共に仕事をしていくのですから,相良さんと天照の幹部の皆様にはお教えしておいた方がよろしいですね。とりあえず今は相良さんに伝えておきましょう。世界の仕組みを」
「......という流れで栖界と成界は成り立っています。私達は目的を達成するために先ほど話しました神従鬼と神を殺害する事を現時点での目標としています」
相良は深く思案していた。初めて聞いた世界の構造は完璧に空想の世界にあるような話だった。しかしこの話が真実で,この青年の組織と協力したとするならば相良の望んだ世界が実現できる。この空想話を信じてもいいのだろうか。
「なあ...もしあんたの話が本当だとしたらあんたは...厄鬼...なんだよな」
青年の漆黒の瞳が妖しく輝く。「ええ,そうですね」とだけ答えた。
「ならばその鬼が持つ神力とやらを見せてくれないか?神力を見れたらあんたら創真と協力しよう」
相良はじっと値踏みする様に青年を見つめる。青年は静かに立ち上がり帽子を外した。その額からは暗黒に鈍く光る鋭く尖った角が二本突き出ている。青年は近くに飾ってある丸い花壇からアネモネをちぎると
「遮堂」
と呟いた。すると手の平のアネモネは青年の手に現れた黒いブラックホールに瞬く間に吸い込まれてしまった。相良はこの信じられない光景を見つめた後少し黙ってから
「分かった。あんたらと協力しよう。詳しい話はまたそちらのボスの...焉真だったか?と話すことにする」
と言った。青年は嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
「ありがとうございます。焉真様との連絡はまた猿雲という厄鬼がそちらに伺うはずです。私達と一緒にこの世界を変えましょう」
相良は口先をニッと上げた。
「未だに少し信じられねえが...まあそっちは厄鬼でこっちは犯罪組織だ。お互い世界の爪弾きだがあんたらと協力すれば変えれるかもしれねえと思えた。成界と栖界の不穏分子同士,仲良くやろうや」
相良と青年は手を強く握り合った。