第四話 初心芽
乱屠の弓から放たれた無慈悲の矢は容赦なく狩魔の心臓に迫っていた
「なっ...」
狩魔は咄嗟に横っ飛びで自身二度目の命の危機から逃げた――
「変化弓」
確かに皮一枚で避けたはずの矢は狩魔の脇腹を確実に抉っていた。狩魔が右脇腹を抑えている手にはしとどに鮮血が滴り落ちていく。
「があっ...うっ...くあっ.......」
狩魔は声にならない悲鳴をあげながら奥歯をギリギリと噛み締めていた。白装束にどんどん血が染み込んで広がっていく...
「試練で殺すのはご法度だからねー。ちょっと片腹抉っただけだよ?僕が怒られるんだから死なないでよね」
乱屠は愉快にニヤッと口角を上げた。
「ああっ...ぐっ,クソがあ...」
平凡な前世を送っていた狩魔にとってこれは致命的な痛みだ。止血方法も鎮痛のやり方も分からない。
「厄鬼との戦いでは四肢が刎ねられたり内臓が飛び散るなんてこともある。鬼に成った以上,普通の人間よりかは再生力も高いし身体も五感も強くなってるのにこの様じゃあ君の言ってた神力を見つける前にしゃっだよしゃっ」
そう言って首を切り落とす仕草をした。
「うるせえ...そら,もう治ったぞ。これでまだ戦える」
そう言って見せた狩魔の脇腹は確かにもう癒えていた。
(こいつ再生が早いなー。しゅーさんとどっちが早いかな)
乱屠は思考を巡らしていた。こいつを止めるためには...やはりこれしかない。
「うわああああああああっッッッ」
間の抜けた声と共に狩魔が走ってきた。戦い方を知らない分なにをするか分かりづらい。乱屠は少し後ろに下がり弓を構える。
「はああっ!」
乱屠の顔面目掛けて全力のフックが飛んできていた。もちろん当たるはずもなく狩魔はそのまま血濡れた白装束に足を絡ませ,前のめりにつんのめった。
「変化弓」
すばやく後ろに回り込み至近距離で太腿に矢を放つ。近いぶん威力は小さいが,矢は容赦なく狩魔の肉を抉り飛ばした。
「あっ...」
その矢は地面すれすれで急変化し,両方の太腿の肉を喰らった後左肘の骨に突き刺さった。血飛沫が噴水の様に狩魔から出ていく。白装束はもうボロボロなうえに大部分が赤黒く染まっていた。
「ううっ...あ...かはっ...」
最早狩魔の意思で動かせなくなった脚は身体を支えることなく崩れ落ちた。左腕も壊れた人形のように伸びたまま矢が突き刺さったままでいた。狩魔は電池が切れたかのようにその場に倒れて血溜まりを作っていた
「もう動けないねー。再生も永遠じゃないんだ。訓練0のひょろ鬼じゃ完封がオチだよ。――試練終了でいいですかー?」と乱屠は何もない空間に語りかけた。
「まあ待ってよ乱屠。狩魔は戦おうとしてるじゃないか」
と帝真が優しく返した。
「!?」
乱屠は狩魔がもう動けないと思っていた。しかし振り返るとそこには血の池に立つ狩魔がらんらんと目を輝かせながら居た。
「はあああ?君どうやって立ってんの?」
「再生したに決まってんだろーが。お...お前の弓でに...ども死ねるか馬鹿が」
「...ハッ。君の再生力には目を見張るものがあるけど,ここまで化け物とは...てか右手,それ僕の弓だろ?」
狩魔の右手には左肘に刺さっていた矢が握りしめられていた。
「なんとなく...分かる気がする。神力の使い方」
そのまま無茶苦茶なフォームで乱屠目掛けて矢を投げつけた。乱屠は避けようと身体をひねる
「加天...変化弓!」
完全に外れていた矢があり得ない方向に曲がり続け,乱屠を喰らおうと襲い掛かる。
「なんだああ!」
鳩尾に喰いつこうとする自身の矢を懐の短刀で抑えようとした。しかし矢はくねくねと乱屠の防御をかいくぐり,ついに乱屠の腹に突き刺さった。
「かっ...は」
乱屠は腹に突き刺さった矢を握りしめ無理矢理引き抜いた。血が滝のように溢れ出し,乱屠の茶色いズボンを赤黒く濡らした。
(初めての神力の威力じゃない...しかもこいつ...僕の神力を模倣して...!)
乱屠は荒い息を吐きだしながら狩魔を睨んだ。ギラギラと輝く狩魔の黒い瞳は乱屠を睨み返していた。
「これで俺のほうが優位だろ。ほら来いよ!」
「...チッ」
狩魔と乱屠が睨み合う。お互いに本気の殺し合いを始めようとしていた。乱屠はもう一度矢を手に入れようと身構え,乱屠は既に次の矢を放とうと弓を構えている。
「散弓」
乱屠の持つ弓に装填されていた矢は一本だった。しかし次の瞬間,狩魔の眼前には一瞬にして無数の矢尻が迫っており狩魔の全身を食い破ろうとしていた。
「えっ...」
命脈を断ち切る矢は無数に膨れ上がり,まさに人肉を欲する獣の様に狩魔を殺そうと一直線に近づいてきていた。
あ...死ぬ...
「紛極」
「ありがとう酒呑童子。また助けてもらってすまない,いつも助かってる」
「いえ,謝るのは寧ろこちらです。こいつ,いつも聞かせてるんですが中々制御が効かないみたいで」
「クソガキだのなんだのうざったくて...あだっ」
「大事な仲間になるかもしれない者になんてことをするんだ。しかもこれで何回目だ!もう試練監督は
任せられないな。雉羽は忙しいし,世羅は乱屠と似たようなもんだし...」
「いや,試練の事は後に回そう。とりあえずは...酒呑童子,乱屠,狩魔を病室に運んでくれないか。あと神従鬼について色々説明を頼むよ」
「てことはつまりこいつは」
「うん,神従鬼としてここに迎えることにした」
「...了解。僕が連れていきます」
「...殺すなよ?」
「考えときます」