第一話 殺害命令
「君は狩魔さんだよね?かるまって珍しい名前だよねー。神様に君を殺せって言われたのー。てことで殺るよー!」
「......は?」
聞き間違いではないだろうか。しかし目の前でこちらに弓を構えながら見てくる紫髪のこいつは確かにそう言った。一体何なんだこいつは。なんの説明も無しに俺を殺すだって?というか頭に生えている角...まさか――
「.........お...鬼...か」
止まらない震えを悟られまいと睨みつけながらようやく言葉を振り絞った。奴は着ている髪色と同じ紫陽花のように鮮やかな紫色の和服を風に遊ばせながら
「ま,そんな感じかなー。」
とつまらなさそうに答えた。どうやら一刻も早く俺を殺したいらしい。
「ちょっ,ちょっと待て!俺は普通の大学生だしっ...犯罪も浮気もしてないし....神様は......そりゃあ今は信じてないかもだけど正月とかおみくじ買ったりお賽銭投げたりしてるんだ!いきなり殺される筋合いなんて...」
「ある。そしてそれは君が一番分かってるはずなんだけどねー」
俺は言葉を失った。一体俺は神にどんな不敬をしでかしてしまったのだろうか。この真昼時の人通りがないこの路地で,自分が神に犯してしまったであろう罪を講義終わりのよく動かない頭から絞り出した。
「テスト勉強してない時だけ神頼みしたから...とか?」
目の前の鬼は心底つまらなさそうな顔をして「違う」と言った。
「ふざけて飲み会で「私は神だ」とか言ったから?」
今度は欠伸をしながら首を横に振るだけだった。
「修学旅行で奈良の大仏を見に行った時全く見てなかったから?」
ついに鬼は軽蔑するような目を向けながら弓の弦をキリキリと伸ばし始めた。そして大きく溜息をしてからじっとこちらを見る。まるで処刑人の様なその目に,俺は半分泣きそうになった。
「僕たちはそんなことで人を殺したりはしないよ。そんなものは自分たちで勝手に作り出した一方的な儀式みたいなもんでしょ?....まさか気づいてないとかじゃないよね?神力に」
奴は静かにこう言った。
「しんりき?心理?信力?なんだそれ?そんなよく分からないもの俺には...」
着ている白いシャツに暑さと恐怖の汗が染みこみ皮膚にべったりと纏わり付いてくる。とにかくこの場から逃げ出したかった。今すぐこの服を脱いで冷たいシャワーですっきり今の状況を洗い流したかった。しかしこのマイペースな鬼はそんなことはさせてくれそうになかった。
「君には神力が備わってるんだよ。僕達神従鬼は神力を持つ君みたいな人をを殺してこっちの世界に連れていかなくちゃいけないの。そういう決まりなの!――面倒な人だなあ,ここまでこの世界でこんなに説明したのは君が初めてだよー多分。よし!続きはあっちで話そう!うんそうしよう。じゃあてことで...」
奴が弓をこちらに定めてくる。
「まっ待って!」「待たない」「いや家族とか荷物とか...!」「それは心配しなくていいから,後で調整するから!」「まだ俺は納得して――」「納得とかそういう問題じゃないの!じゃあまたあとで!」
黒く輝く矢尻が俺の心臓に深く突き刺さった。
ドサッ―――――――
「―――――今日の正午頃,――県――市の路地で一人の男性が倒れているところを近所に住む女性が発見しました。すでに意識はなく,通報で駆け付けた警察によって死亡が確認されました。死亡したのは,同県在住の稲村かりまさんであると見られており......え,かるま?了解です。失礼しました。死亡したのは稲村狩魔さんであると見られており,警察は調べを進めています。また発見時,遺体には何かで胸部を刺された様な痕があるにもかかわらず凶器が見つかっていないことから,計画的な犯行であるとみて犯人の行方を追っています。さて,続いては大谷選手の今季の活躍について解説者の――――」
少し先に米がついた箸がホテルの床に転がり落ちる。狩魔...と何回も昔から呼んだ名前が口から自然に出てくる。テレビには見慣れた顔が笑いかけていた。後悔と責任があいつとの思い出と一気に押し寄せてくる。神に仕えるだけの犬共が――
「舐めやがってクソが...クソがッ!」
どうしようもない神従鬼達への怒りを小さい木製テーブルにぶつける。
何度も俺に叩かれる机の音に難色を示した隣の部屋の客が玄関のドアをしきりにノックする。聞き取りにくい罵声を吐きながらドンドンとドアに憂さ晴らしをするかのようなその音は今の俺にはかなり不快だった。のろのろと立ち上がり騒音の元凶へと向かう。
「うるせえんだよ!静かにしろ!」
こちらを見上げながら怒鳴る男は着ているジャージと眼鏡が相まってとてつもない馬鹿にみえた。
「やはり...だ...舐められてるからだな...そ...か...神と犬共を黙認してきたか...だな...やはり...始めるべきは今だ...」
「ああ?はっきり喋れやゴミがあ!」
俺は喚き散らす奴の首を片手で掴み――――
「融吸」
奴の体はみるみる黒い液体になり俺の手の平の中へ吸い込まれていく。声にならない悲鳴をあげる間もなく,奴は俺の神力の餌となった。部屋に戻り手早く荷物をトランクに詰める。そして一つ大きな溜息をつき,スマホを取り出し仲間に電話をかける。
「あ,どうも禍天さん。焉真様に伝言ですか?」
「ああそうだ。こう伝えてくれ」
「そうか。分かった猿雲」
「では失礼します」
猿雲はいつものように礼をして部屋を出ていく。
「ああ待て。私もすぐに出る」
猿雲は扉を持って我が主人が出やすいように気を配る。
「猿雲,お前もわかっていると思うが,我々の躍進はここから始まる。ついにあの神従鬼達を討ち,改革するのだ」
「はい,ご主人様」
首をぶんぶんと振る。ようやくご主人様の願いを叶えるお手伝いができる。
「もう下の階に厄鬼達は集めております。どうか開戦の命を」
猿雲は焉真様の大きい背中に一礼した。
「よくぞ集まってくれた。厄鬼共よ。我々は今この瞬間に躍進を遂げる。今までの鬼が人を守り,人が鬼を糾弾する歴史に終止符を打つのだ。そのためには消えてもらう必要がある奴がいる。標的は勿論神,神従鬼,そしてその中でも神従鬼の頭,鬼の最強格である酒呑童子を殺害する」