「私、貴方を愛する気はありませんの」僕の婚約者はどうやら、僕に将来捨てられると思って僕を見限っているらしい。
今日、僕は最近婚約が決まった自分の婚約者と初めて会う。僕はこの国の第一王子で、決められた相手と結婚しなければならないのは当然のこと。しかし、相手は相当なワガママ令嬢だと聞く。僕は正直乗り気ではなかった。
しかし、どうしたことだろう。
「お初にお目にかかります、第一王子殿下。ところで、最近よく眠れないのではなくて?」
挨拶もそこそこに、寝不足を指摘されてしまった。
「お初にお目にかかる。…そんなにわかりやすいだろうか」
「目の下にクマができていましてよ」
「はは、すまない。無様を晒してしまった」
「婚約者同士ですもの。お気になさらないで」
ワガママ令嬢と噂される割には、相手をよく見ているらしい。気遣いも見て取れる。
「そうですわ。私、光魔法を使えるんですの。少しでも癒しになればと思うのですけれど、浄化してもよろしくて?」
「光魔法を?…なるほど。貴女は優れた逸材、というわけだ。お願いしよう」
「ええ」
光魔法は、心身の回復を司る。さらに呪いを解くこともできるし、魔王の封印をしている結界の強化も施せる。この広い世界でも、魔王の封印の要とされる我が国。光魔法の使い手はとても重宝される。さすがに我が婚約者殿が持つのはそこまで強い力ではないだろうが、大切な存在であることに変わりはない。蔑ろには出来ないな。
「さあ、いきますわよ」
「ああ、頼む」
光が僕を包む。…思ったより魔力が多い!
「これは…」
体力が回復するのと、眠気が取れるのを感じた。そして、ふっと身体が軽くなって僕の身体から黒い靄が出て行った。
「今の靄は…」
「第一王子殿下に掛かっていた呪いですわ」
「呪い!?一体誰が…」
「今頃呪い返しで苦しんでいますわ。ですからすぐにわかるでしょう」
「…悪いが、僕は一度王城に戻る。色々と、父上と話さなければならない」
僕は待たせてある馬車にUターンする。ことがことなだけに誰も文句は言わない。
「またお会い出来るのをお待ちしていますわ」
「ああ。今度はゆっくり話そう」
結論から言うと、僕は第二王妃に呪われていた。第一王妃である母の息子、つまり僕を消せば、父である国王の寵愛を得て自分の息子を将来の国王にできると思っていたらしい。第二王妃はお腹に宿っていたらしい子を呪い返しで失って、愛した国王からは軽蔑されて絶望の中毒杯を下賜された。
「というわけだ。貴女のおかげで助かったよ、ありがとう」
「いえ、お役に立てて何よりですわ」
「貴女は噂とは違い、有能で優しいな」
「興味が湧きました?」
「ふふ。ああ、興味津々だ」
僕がそう言うと、何故か彼女は冷たい目で言い放った。
「そうですの。でも私、貴方を愛する気はありませんの」
「…え?」
話を聞けば僕の婚約者はどうやら、僕に将来捨てられると思って僕を見限っているらしい。予知夢を何度も何度も見たのだとか。その予知夢では、僕は必ず聖女とやらに惚れて彼女を捨てるらしい。そして彼女に暗殺者を差し向けるとか。僕がそんなことをするなんて、と思うが彼女の目に嘘はない。
「まだ今は優しいですけれど、いつ貴方の態度が夢のように変わるかと思うと恐ろしいのです。そしてそうなってしまえば、私は貴方を憎んでしまう」
「…なるほど。僕も悪夢に悩まされていた。気持ちは良くわかる。僕は貴女を責めはしないから、安心して欲しい。…予知夢だというのなら、それを回避する努力を一緒にしないか?」
そんな悪夢を何度も何度も見た彼女は、本音では僕が怖くてたまらないのだろう。僕も呪いをかけられていた時、悪夢に悩まされていたから気持ちは良く分かる。彼女を責める気にはならない。だが、彼女に俄然興味があるので今更手放す気にはならない。だから、彼女に手を差し伸べた。
「僕を、一度だけ信じて欲しい」
「…でも」
「もしどうしてもダメなら、信じなくてもいい。ただ、予知夢の出来事を回避する手伝いはさせてくれ」
「それなら…」
彼女は視線を彷徨わせて、言った。
「先の戦争で片腕を失い辞職した元騎士団長と、同じく先の戦争で仲間の代わりに呪いを一身に受け魔法を使えなくなり辞職した元魔術師団長を私の元にお呼びくださいませんか?息子さん達も一緒に」
「…理由を聞いても?」
「彼らの欠損を癒し呪いを解きます。息子さん達の前で」
「それは何故?」
「…彼らの息子さん達は父親のことで悩んでいます。自分の誇りであった仕事を失った彼らは酒に溺れて自堕落になってしまいましたから。それを将来聖女に助けられて、彼らの息子さん達は貴方と聖女の仲を取り持つのです」
なるほど、それならば今解決してしまえば確かに予知夢の回避には役立つ。人助けにもなる。将来僕の妻となる彼女にとっては、決して悪くない。
「わかったよ。今すぐにでも呼び出そう」
僕は第一王子としての立場を存分に活かして、元騎士団長と元魔術師団長、そしてその息子達を彼女の屋敷に呼び出した。彼女は僕達の前に跪く元騎士団長と元魔術師団長に対して、何の言葉もなく光魔法を放った。彼らが暖かな光に包まれると、元騎士団長の腕が生えて、元魔術師団長の身体から黒い靄が出て消えた。
「う、腕が…!?」
「違和感はありませんか?」
「あ、ありません!ありがとうございます、ありがとうございます!」
元騎士団長が大喜びする。その隣にいる息子が、元騎士団長に抱きついた。息子をひしっと抱きしめておいおい泣く元騎士団長。
「今の靄は、呪い…?」
「父上、魔法を」
「あ、ああ…つ、使える…!」
「父上!」
「ありがとうございます…ありがとうございます!」
ぼろぼろ涙を零す元魔術師団長。彼の息子はその涙をハンカチで拭いてやっている。どちらが息子かわからないな。
「本当に、どうお礼をしたらいいか…」
「では、元騎士団長。第一王子殿下の近衛騎士になっていただけますか?第一王子殿下、できます?」
「ああ、出来るとも。我が婚約者殿の望みならば、叶えよう」
「そ、そんな厚遇を!?」
元騎士団長は目を見開いた。
「騎士団長であった貴方にとっては降格になるかもしれないですが…」
「滅相もない!これほどの名誉はございません!」
「それなら良かった。それと、元魔術師団長には第一王子殿下専門の宮廷魔術師になっていただきたいのですが」
「それも可能だ。すぐに手配しよう」
「厚遇してくださり本当にありがとうございます!」
彼女は二人の息子に目を移す。
「そして貴方達。どうかよく聞いて。聖女を名乗る平民の女の子と出会っても、決して関わらないと約束してください」
「え?…は、はい!」
「関わりません、絶対に!」
こうして彼女は、僕と彼女を引き裂くかもしれない存在だった彼らをこちら側に引き込んだ。
「近衛騎士も宮廷魔術師もよくやってくれているよ。彼らの息子達も怪しい動きはない」
「それは良かった」
「次は何をする?」
「では、宰相様の息子さんに会わせてください」
「彼は病弱だからこちらから会いに行く形になるけれど、いいかな?」
僕が問えば彼女は頷いた。
「はい。彼を治癒するのが目的ですから。彼は聖女に病気を癒されて、貴方と聖女を結ばせるために聖女を両親の養子にして義兄になるのです。それを防ぎます」
「わかったよ。僕や近衛騎士、宮廷魔術師の件で宰相も君に一目置いているようだし、なんとかなるだろう」
そして僕達は宰相から許可を得て、宰相の家に向かった。
「お、お初にお目にかかります!」
ベッドの上の宰相の息子が頭を下げて挨拶をする中、彼女は無視して光魔法を発動。宰相の息子は目をパチクリとさせた後、とても驚いた。
「か、身体が軽い…!」
「私が光魔法で貴方を癒しました」
「あ、ありがとうございます!」
目に涙が浮かぶ彼。その目は彼女への心酔を表していた。
「どうお礼をしたらいいのか…」
「では、聖女を名乗る平民の女の子と出会っても決して関わらないでください」
「…?貴女がそれを望むなら!」
こうして彼女は、また自分を傷つけるだろう相手を自分の側に引き込んだ。
「宰相の息子の方も、動きはないようだね。次はどうする?」
「教会の神父見習い、聖王猊下の甥御さんと会いたいです」
「彼は予知夢ではどんな役割?」
「教会に働きかけて、彼女を聖女として奉り上げます」
「最も重要だね」
「ええ」
僕達は教会に行く。彼女の光魔法による活躍は教会にまで伝わっていて、邪険にはされなかった。そして、聖王猊下の甥御さんに会わせて貰えた。
「あ、え、えっと…」
彼女は無言で光魔法を放つ。すると、どこか青白く表情のなかった彼は顔色が良くなり明るい雰囲気になる。
「あ、なんか心が軽くなった…気がします。もしかして貴女が?」
「光魔法で癒しました」
「やっぱり!ありがとうございます!」
暗い雰囲気から一変し、明るく笑った彼。
「あの、僕、両親を亡くして聖王猊下に引き取られて、でも教会ではみんなに腫れ物扱いされて落ち込んでて…でも、もう一度頑張ってみようと思えました!何かお礼は出来ますか?」
「なら、聖女を名乗る平民の女の子が来ても関わらないでください。あと、魔王の封印の強化を私にさせてください」
「わかりました!聖王猊下に相談してみます」
ということで、彼女は彼もこちら側に引き込んでしまった。順調と言えるだろう。
「さて、後は何をすればいい?」
「あとは魔王の封印で充分です」
「そうか。許可も降りたし、魔王の封印を施している小さな島の結界の元まで行こう」
彼女と共に島に降り立つ。そして、彼女が間髪入れず光魔法を解放した。島の結界はギリギリ保たれていた状態だったらしい。彼女の光魔法で再び強力な結界になり、今後千年は持ちそうだ。
「これは…すごいね」
「あとは用もないので、さっさと帰りましょう」
「うん。これで君の懸念は全部払拭出来たかな?」
「…ええ」
彼女と本土に戻ると、真っ直ぐ彼女の家には行かず教会に向かう。そこで聖王猊下が出迎えてくれた。
「これはこれは、『聖女様』。おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました」
「…聖女様?どういうこと?」
「結界の補修と強化がうまくいけば、聖女にしてもらう約束をしていたんです」
「…言ってくれれば手伝うのに」
「私は聖女として、今日から出家し俗世から離れて暮らします」
「…え?」
彼女は何を言っているんだ?
「ま、待って、なんで…出家って、僕との結婚は?」
「言ったじゃないですか。『貴方を愛する気は無い』と」
「でも、僕はここまで協力してきたじゃないか!」
「実は、私一つだけ嘘をついていたんです」
「な、なに?」
「予知夢を見ていたのではなく、死ぬたびに幼い日に戻る…死に戻り、無限ループとでも言うのか…そういう状態だったんです。私は何度も、貴方の差し向けた暗殺者に殺されました。そう、何度も何度も」
彼女の言葉に、僕は凍りつく。
「利用してしまって、ごめんなさい。最初の人生では光属性の魔力は無かったのですけど、死に戻りするたびに光属性の魔力が強まって。もしかしたら死に戻りを断ち切れるかもって。貴方には悪いことをしましたけど、何度も貴方に殺されたようなものですから、許してくださいね?」
僕はなにも言えなかった。何度も彼女を殺していた。それが頭にこびりついて。気付いたら王城に戻っていて、父から改めて彼女の出家と婚約の白紙化を告げられた。彼女の実家の方は、教会とのパイプができると喜んでいるだろう。父である国王も、魔王の封印の強化を喜んでいる。泣いているのは、僕だけだ。でも、僕も泣く資格なんてないんだろう。彼女を誰よりも傷つけたのは、僕なのだ。
「やあ、久しぶり。元気かい?聖女様」
「王太子殿下、お会い出来て嬉しいです」
「お世辞でも嬉しいよ、ありがとう」
「それで、例の件は?」
「あの平民の女の子…貴女から何度も僕を奪ったらしい彼女は、貴女という聖女がいる以上聖女を名乗ることも出来ず、光魔法の持ち腐れ状態でね。王家で囲って戦場に出してるよ。我が国の騎士団の怪我や病気を治させてる。戦場の悲惨さにトラウマになっているらしいが、痛みを与えてやれば光魔法を発動するらしい」
彼女はそれを聞いて、にっこり笑う。
「前世…というか、前回の人生の分まできっちり償ってもらいましょう」
「今回は彼女は何もしていないようだけど」
「そこはまあ、私には関係ないので」
「…ふふ、君らしい」
「失礼な方」
くすくすと笑う彼女は、やはりとても可愛らしい。婚約者ではなくなったが、交流は拒まないでくれるのがせめてもの救いだった。しかし、これで終わりにする。
「あの子は戦場ですり潰していくから、これからも安心していていい。ただ、これからは定期的に報告には来れない。新しい婚約者が決まったんだ。今度こそ、僕は婚約者を大切にする男になりたい」
「ええ、それがよろしいでしょうね。またいつか、御縁がありましたら」
「ああ。さようなら」
「ええ、さようなら」
こうして彼女との関係は、今度こそ切れた。願わくば、彼女がもう二度と死に戻りを繰り返しませんように。