008.入学式
「ど、どうしたんだいその顎」
「あー……まぁ、転んだんですよ」
「転んだときって顎とか打たなくない?」
先輩との戦闘が終わったあと、すぐに気絶していたらしく、起きた時には既に夜だった。その時にはもう顎は腫れ上がっており、凄く痛かった。
寮に戻ったらルームメイトのシラビにも心配されたし、説教された。その後手当てをしてくれ、治癒能力強化魔法を掛けてくれたので、彼にはかなり感謝をしている。
腫れはかなりひいたが、まだ痛い。朝食を食べるのが辛かった。フルールやグリにもこうして心配されている。
「大丈夫? 《リカバリー》掛けたげようか?」
「もうルームメイトに掛けてもらったので遠慮しときます」
「むぅ〜」
口を尖らせても要らないものは要らない。
その後もあれこれと心配されたが、まぁこれは自分が悪いので甘んじて受け入れた。こういうときにルポゼが居てくれたらすぐに治してもらえるのになぁ。
ああ、ルポゼに会いたい。
ともあれ、今日は待ちに待った入学式だ。みんな入寮時に配られたアカデミックドレスを着込んで居る。これは式典にだけ着ていればいいらしい。
そして新入生達は一同に集められ……るかと思ったが、既に割り振られた教室に案内された。どうやら、ここで入学式を行うらしい。
教室を順番に回るのだろうか。そんな面倒なことはしないよな。
僕達3人のクラスは同じだった。というのも、1年次は受験の時と同様に身分によってクラスが割り当てられるからだ。
まだ学園のルールに慣れていない貴族と平民が同じクラスだとトラブルも起こりやすいとのことで、そういうクラス分けだという。2年からは成績によってクラスが変わるらしいので、勝負はそこからか。まぁ、1年次に全てを賭けてる僕にはあまり関係ないけど。
だから、僕達はABCDのうちのDクラス。周りを見ても、聞いたこともない家名の貴族でいっぱいだ。というかルームメイトのシラビが居なくないか。もしかして結構身分の高い人だったのだろうか。部屋分けは身分関係ないのか?
『あー、あー。てすてす』
誰もいないはずの教壇から声が響く。
ざわざわと騒がしかった教室が一瞬にして静まり返る。
皆一様に教壇を見るけど、やっぱり誰もいない。
『……よし。《スペース・パラサイト》』
かと思ったら魔法の発言があり、ノイズのような音と共に若干透けている人間が突然出現した。
まだあどけなさの残る幼い容姿。
なのにも関わらず、老獪さの漂う振る舞い。
そして、茶色……いや、黄土色の瞳はおそらく。
『んん、びっくりしたかな。僕はメノラトス魔法学園、学園長のアルルカン・メノラトスだよ』
やはり、彼こそがこのメノラトス魔法学園の創始者。悠久の時を生きる歴史の生き証人、“空の大魔道士”アルルカン・メノラトスその人か。
『この度は、入学おめでとうございます。君たちが入学してくるのを、教員一同心待ちにしていたよ』
そして無難な挨拶が続く。大魔道士だからなんかもっとすごいことを言うのかと思ったけど、こんなもんなのか。
と思っていたら、最後に凄いことを言っていた。
『何か疑問に思ったこと、知りたいことなんかがあったら、僕を呼んでみるといいよ。応えるかはわからないけど、僕は“どこにでもいるしどこにもいない”からね』
そして、これからよろしくねとだけ言い、学園長の挨拶は締めくくられた。
“どこにでもいるしどこにもいない”か……気になるなぁ。後で呼んでみよ。
『続いて生徒会長、歓迎の言葉』
学園長とは別の言葉が響く。そして、退場した学園長と入れ替わるように、少女が出現した。
学園長に負けず劣らず幼い風貌だ。腰まで伸ばしたストレートの髪が余計にその幼さを後押ししている。
瞳の色は、“火属性”の赤か?でもそれにしてはどこか薄いような……血色?
『新入生の皆さん、入学おめでとうございます。生徒会長のスオル・メノラトスです』
昨日先輩の言っていた、先輩より強い生徒会長ってのはスオル・メノラトスのことだったのか。前回大会優勝者なら納得だ。
『そうですね。学園長は私のひいおじい様に当たります』
みんなが疑問に思ったであろうことにスオルが答える。空の大魔道士の家系なのに空属性じゃないんだな。特異属性は血筋でも発現しにくいんだったかな。僕も隔世遺伝だし。
でも、メノラトスって確か地属性の家系だったような。
『みなさん疑問に思っている通り、うちの家系は地属性を多く排出しています。私は学園長と同じく特異属性を持って産まれました』
特異属性か。しかも学園長とは違う属性だ。珍しいな。
『私は“月属性”です』
聞いたこともない属性だ。少なくとも、僕が見た事のある歴史書には乗っていなかった。特異属性の中でも更に特異なのだろうか。
『これ言っておかないと話が頭に入ってこないと思うので先に言っておきました。では自己紹介はこんなところで、これから小難しい話をします』
そこから本当に小難しい話が始まった。2年前にスオル先輩が入学した日の話から、どんな気持ちだったか、とか、学園生活を送る上での秘訣だとか、身分差がある者との接し方とか、様々だ。
一通り話し終えて、区切るようにひとつ咳をするスオル先輩。
『こほん。とまぁ、堅苦しい前置きはいいとしてだね』
これまでとはがらっと口調を変える。多分こっちが素なんだろうな。
『これから4年間、辛いことや苦しいことがいっぱい待っているかと思うんだけど』
そこで、ぱっと満開の笑顔を見せるスオル先輩。
『そんな時はスオルのことを思い出して、ほら、この可愛さを思い出して、一緒に乗り越えていこう!』
そしてくるくると回ってみせるスオル先輩は、まるで劇場のスターでも見ているかのようなカリスマ性が感じられた。あとはなんというか、こう、あざとい。
『そして、仲間として、ライバルとして、みんなで切磋琢磨して行こう!スオルを超える逸材が現れるのを、楽しみにしてるよ。みんな待ってるぜ!』
最後にそう宣言して、スオル先輩はバチンとウインクした。学園長に続いてなんとも“濃い”人だったな。
そうして、入学式は終わった。
「いやー、凄かったですね。いろいろと」
隣のフルールに話しかけるが、反応が無い。横を見ると、ぼーっと口を開けるフルールがいた。
「おーい、フルールさん?」
再度声をかけるが、やはり反応が無い。
「ねぇ、フルール!」
フルールを挟んで向こう側に居たグリがフルールに呼びかけ、肩を叩く。
「……はっ!」
あ、帰ってきた。
ビクンと肩を震わせたフルールが、現世に帰還した。
「……いやぁ、すまない。スオル先輩があまりにも綺麗でさ。思わず見とれていたよ」
フルールがそんなことを口走る。
スオル先輩が……いや見た目10歳くらいだったぞ。年齢は多分上なんだろうけどさ。
「え、そういう趣味?」
グリがぼそりと呟く。容赦ないなぁおい。
「い、いや違うよ! ただ、最後のウインクに心を撃ち抜かれてさ……」
それ何か違うか?一目惚れを白状したようなものでは。
「まぁ、僕は応援しますよ」
「あたしもあたしも。頑張れフルール」
「い、いや、まだそういうのじゃないからさ……」
まだ、か。まぁいいや。人の恋路は邪魔しちゃいけないからね。
さて、入学式が終わったら次は教員の紹介とかだったはずだけど……来ないな。準備とかあるんだろうか。まぁ待ってよう。
それから5分くらい経過して、ようやく教室の扉が開いた。
そこから出てきたのは、草臥れたスーツを着込んだおじさんだった。無精髭の残る顔には覇気が見られない。端的に言ってやる気が無さそうだ。
「あー、今日から……とりあえず1年間。お前らの教師を務めるテイラー・アグーライヤだ。はい拍手ー」
いや自分で言うなよ。まばらに起きる拍手に合わせて僕も一応ぱちぱちしといた。
「えーっと、お前らも自己紹介しとくか。んじゃ、そっちから」
いきなり指をさされてわたわたする生徒に同情しつつ、自己紹介の内容を考える。
順調に自己紹介は続いていき、僕の番になる。
「クオンです。家名はありません。平民なのでみなさんからしたら下々の人間になるかと思いますが、まぁ仲良くしてください。よろしくお願いします」
無難に適当に。あまり多くの人と関わるつもりも無いし、目をつけられない程度に、適度に面倒な奴だと思われれば成功だ。
属性は明かさない。みんな目の色で分かるからいちいち属性は言わないし、それなら僕も水属性だと思われておけばいい。
まぁ後の授業で分かるんだろうけど、今日は行かないと行けない場所があるから今日質問責めにされるのは困る。
そして、フルール、グリと続き、最後の人まで自己紹介が終わった。
本当に僕とグリ以外平民居なかったな。まぁ別にいいんだけど。みんな位が上って考えてた方が分かりやすいし。
その後は各々に授業で使われる教材が配られた。教科書や筆記用具なんかだ。
「よし、じゃあ今日は終わりだ。後は流れで好きに帰ったり友達作ったりしていいぞー」
それだけ言い残してテイラー先生は居なくなった。本当に適当だな。Dクラスだからって適当な人配置したんじゃないだろうか。
「と、友達……しかし俺にはもう二人の親友がいるからこれ以上は……」
「いや友達は多い方がいいよフルール!ほら、あたしも一緒に行ってあげるから!ね、クオン!」
こっちに話を振られる。
けど、僕は今日中にやらないといけないことがあるんだ。
「あ、僕ちょっと用事があるので失礼します」
「え、こういうのは初めが肝心なんだよ。クオンぼっちになっちゃうよ!」
「二人がいるので大丈夫です」
僕の言葉に照れているグリとフルールをスルーして僕は教室を後にした。
……ノリと勢いで言ってみたけどちょっと恥ずかしかったのは内緒だ。
今回の1行まとめ:入学式に参加した。
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