003.魔法都市メノラトス
後先なんて考えずに、周囲に向けて一番遅い魔法を使う。
「──《ディレイ・ラルゴ》!!」
鳥のさえずり。
木の葉のざわめき。
湖の波紋。
僕以外の周囲全てが遅くなる。
「うぅぅわぁぁぁっ!」
酷く間延びした声が響いた。魔法がちゃんと通った事に少し安堵し、目の前の人間を良く観察する。
歳は僕と同じくらいか。
目の色は金。“気属性”の色だ。近接警戒。
黄緑の髪をサイドテールにまとめている。あれを掴めば怯みそうだな。
性別は恐らく女。だからといって油断はできない。
そもそも不意を打たれている時点でこちらは一手遅れている。
その他一通り対策したところで、その拳をさっと避け、《ディレイ・ラルゴ》を解除する。
「あべっ!」
「……誰ですか」
意味の無い質問で時間を稼ぐ。
相手の情報を少しでも頭に入れなければ。
「いたい〜っ!」
……追撃する様子は無い。こちらを見る顔は、まるで「何するんだよ!」と訴えるような表情を浮かべ、痛そうに鼻を抑えている。
「なんですかその顔は。襲いかかってきたのそっちでしょ」
至極真っ当な回答で返す。
その間にも警戒を怠らない。
油断はしない。“あの時”のようなことは、もうゴメンだ。
少女はこちらをじっと睨みつける。僕も同様に少女を睨みつける。
暫くそうして見つめ合っていたが、次第に解けるように表情が緩んだ少女は、今度はとても申し訳なさそうなものへとその表情を変えた。
「それは……えっと、ごめんなさい」
……は?
いきなりの謝罪に呆気にとられてしまう。
僕を油断させる作戦か?
それにしては目が泳ぎ過ぎている。
「あの、ちょっとした人違いで……」
「ちょ、ちょっと待ってください。なんですか。なんなんですかあなた」
必死に弁明を繰り返す少女に、僕は訳が分からないと自分の心情を零すことしか出来なかった。
村を出た初日にこんなのと会うだなんて、ほんとツイてないな。
◇
「ごめんって。ねぇ許してよ〜」
「出会い頭に殴りかかってきた人を許せと?僕は聖人かなんかですか?」
あの後、こいつはちゃっかり馬車に乗せて貰っていた。おじさんが話を聞くには、どうやらこいつもメノラトスに向かう途中だったらしい。
「いや〜、それはほんとにそうなんだけど……たは」
たは、じゃねえよ。
普通に怖かったし、まだ心臓が落ち着かない。むしろ落ち着けるために怒ってる節すらある。まぁ、こいつの妙に申し訳なさそうな表情がムカつくっていうのもあるけど。
「ちょっとした人違いでさ。あたしの仇と同じ顔してたからさ、つい」
「つい、じゃないんですが。僕が対応できなかったら顔面ぐちゃぐちゃでしたよ」
「……はい、ごめんなさい」
しおらしく謝ってくるが、全く心が動かされない。
顔面ぐちゃぐちゃは流石に誇張だけど、あの勢いなら鼻の骨くらい折れててもおかしくは無い。
拳が目の前に来るまで気づけなかったことから、恐らく気属性の気配遮断魔法を使っていたのだろう。周到だ。
僕が対抗魔法を使っていなかったとしたら、きっと気づくことはできなかった。
邪教徒に攫われた経験もあって、僕は“奇襲”を殊更に警戒するようになった。そこで、邪教徒のアジトから逃げたあの日から、奇襲への対抗魔法をいの一番に作ることにした。
そしてかなりの時間を掛けて出来上がったのが、常時警戒魔法だ。この魔法は超限定的な未来予知と言える。
時属性の未来への干渉能力を利用し、数秒後の自分が“危険な状況”へと陥る事を、嫌な予感として僕の元へ届ける。
それがどんなものであるかまでは分からないが、危険が迫っていると分かるだけでも対処のしようがある。
デメリットとして、継続的に魔力を消費してしまう事が挙げられる。微々たるものではあるが、普通の魔力量しかない僕にとってはバカにならない。更なる改良が必要だと感じている。
その魔法を使用し、こいつの奇襲に対抗することが出来たという訳だ。
「はぁ……謝罪は受け入れます。もう向こうへ行ってください」
しっし、と手で追いやる。このままだとずっとうるさく付きまとわれそうな気がする。もうどっかいって欲しい。
しかし、動かない。
仕方なく僕が馬車内の反対に移動するも、付いてくる。
「なんなんですか」
「ね〜、貴方も受験するんでしょ、メノラトス」
貴方も、ってことは。
「そう、あたしも受験するんだよ」
露骨に嫌な顔をしたと思う。というかして見せた。事実嫌だったからだ。
しかし、そんな僕に屈することもなくこいつは続ける。
「平民の友達なんてむこうで出来ると思えないからさ、友達になろうよ。ね?」
「嫌です」
「なんでよ〜」
襲われたからですが?と返そうと思ったが、そんな気力も湧かない。とにかくどっかに行って欲しい。
「あたしの名前はグリ。あなたは?」
「……名乗ったらもう話しかけないですか?」
「うん!」
「……はぁ。クオンです」
「クオン! これからよろしくね!」
よろしくね、じゃないんだよ。
キラキラと目を輝かせるグリに、うんざりするように目を背けた。
話しかけないって約束したのにその後もグリはずっと話しかけて来た。なんなんだよほんとにもう。
◇
「じゃ、2人とも頑張れよ! 応援してるぞ!」
「ありがとうおっちゃん! あたし頑張るね!」
「乗せてくださってありがとうございました」
それから丸1日程掛けてメノラトスに到着した。
馬車を降り、踏み出した一歩を噛み締める。
──ここから、僕の戦いが始まるんだ。ルポゼ、待っててね。
「で、どこいく? まずは宿探す?」
決意を新たにした僕に対してグリが水を差す。
「自然な感じでついてこようとしないでくださいよ。もう本当にどっかいってください」
「うんうん。で、やっぱり宿だよね。うちこの辺り詳しいから任せて!」
無敵か? 本当に勘弁してくれないか?
結局馬車でのグリは寝る時以外はずっと話しかけてきていた。というか寝る時も直前まで話しかけてきていた。その全てに無視していた僕だったが、グリは全くめげることなく話しかけてきた。
そのせいで無駄にグリについての知識が頭に入ってしまった。天涯孤独とか知るかよ。妙に悲しいストーリー並べるなよ。
そして話の中にもあったが、どうやらグリの出身はここメノラトスであるらしい。ならなぜあの場所に居たのかなんかは少し気になったが、それをグリが語ることは無かった。
……まぁ、詳しいなら教えてもらうか。正直手持ちも少ないし、使えるものは使うべきだ。
もちろん、情報の裏取りはするべきだろうけど。まだ警戒を解いたわけじゃない。
「はぁ……安くて安全な宿に案内してください」
「りょうか〜い! んじゃこっちね!」
僕から返答があったのが余程嬉しいのか、スキップでも繰り出しそうなグリは、あたしに付いてこいとばかりに先導して歩き出した。
「あっちの店は魔道具店で、こっちは喫茶店で〜」
道中グリがやたらと街について説明してくる。正直ありがたくはあるんだけど、顔には出さない。調子に乗られそうだからだ。
メノラトスの街並みは僕の住んでる村からしたら都会も都会だった。
あちらこちらに飲食店やら宿屋やら店屋やらが建ち並んでいる。その合間に民家も連なり、建物のごった煮のような印象を受けた。
そんな街並みを通り過ぎていき、少し薄暗い路地裏を抜けた先にあった古い宿屋の前で、グリが立ち止まる。
「安くて安全なギリギリがここだね。立地と外観は良くないけど部屋に鍵が付いてるから寝る時は安心!」
「……なるほど。悪くないですね」
問題は初対面で殴りかかってきたグリが紹介した宿、という点だけど。近くの人に宿の評判を聞いて周り、概ね悪くない回答が得られた。安心したのでここに泊まることにする。
「ねぇ酷くない?」
「酷くないです。貴方が信用できないので」
「ぐう」
ぐうの音を出したグリもここに泊まるという事で、二人で宿に入った。
もちろん部屋は別々に。手早く受付を済ませ、グリと分かれて自分の部屋に入る。
鍵は……ちゃんと閉まるな。内装も少し薄汚れているけど、まぁ贅沢は言ってられない。どうせ受験に合格したら寮暮らしになるんだからなんでもいいだろう。
一点だけ。窓にカーテンが無いのは頂けない。プライバシーもそうだが、それよりなにより朝日が差し込むのは良くない。
着込んでいたローブで窓を隠し、眠りについた。
◇
ノックの音で起こされる。誰だこんな朝早くに。食事は出ないって話だったけど。
「ねぇクオン〜、起きてる〜?」
……グリか。朝から気が滅入るな。
ベッドから這い出て扉越しに答える。
「朝っぱらから何の用ですか」
「朝ごはん食べに行こうよ。いい店知ってるからさ」
……はぁ。
もういいや。便利な案内ガイドだと思おう、そうしよう。
グリに了承の旨を伝え、ぱぱっと身支度して宿を出た。
宿屋から5分ほど歩いたところにある店にグリが入店する。僕もそれに続いた。
「ここ安くて量が多いの。味はまぁまぁかな」
それはいい店か?僕そんな食べれる方じゃないんだけど。
グリのおすすめとやらを頼み、出された料理の量に驚愕する。いや多すぎだろ。僕が普段食べてる昼食の倍くらいあるぞ。必死に食べ進める。
なんとか食べ終わった後、グリは馬車で無視されたことにも懲りずにやたらと話しかけてくる。
ちなみにグリは大量の朝食をものの数分でペロリと平らげていた。なんなら僕の分も半分くらい食べていた。化け物か。
「あとね、ここ夜は酒場として運用されてるから、住民からの依頼とか張り出されてたりするんだよ。ほらあのボードのとこ」
グリが指さした先には、なるほど“迷子猫を探して”だとか“庭の草むしりをしてくれ”だとか様々な依頼票が貼り付けられたボードが掛けられていた。
朝昼夜と人が多く利用するなら、目に留まりやすいところに頼み事を貼り付けるのはまぁ割にあってるのかもしれない。
近寄ってよく見てみる。なるほど、本当に雑多に色々な依頼が貼り付けられている。
「これは……」
なんとなく目に付いた依頼票を手に取る。
【邪属性魔法の練習台募集!】
そんな物騒な題字に連なる文章を読んでみれば、どうやら今年魔法学園への入学を予定している貴族の子息様が、魔法の練習に付き合ってもらいたいらしい。
邪属性……“邪属性”か。主に精神に作用する魔法属性だけど……。
「ありですね」
邪属性を間近で見られる機会なんてあまりない。ましてや魔法を掛けてもらえるなんて。傾向と対策を知るためにはまさに渡りに船だろう。
受験勉強も大事だが、その後も見据えないといけない。
「えー、そこ行くの? 練度の低い邪属性魔法とか怖くない? 頭がバカになっちゃいそうだなぁ」
そんな難色を示すグリに、そもそもの苦言を呈する。
「いや、なんで一緒に行こうとしてるんですか」
「え、友達じゃん。一緒に行こうよ」
友達になった覚えはないんだけど。言っても聞かないんだろうな。今どきの子はこういう感じが普通なんだろうか。村にはルポゼ以外に同年代が居なかったからよく分からないな。
「まぁ、僕はこれ行くんで。嫌なら来ないでください」
「そんな寂しいこと言わないでよ〜。あたしも! あたしも行くから!」
そうして僕とついでにグリは、貴族のご子息である邪属性魔法使いが住む邸宅へと向かった。
今回の1行まとめ:グリに襲われた。街に着いた。そして邪属性魔法使いの貴族の元へ。
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