002.魔法都市へ
ルポゼとひとしきり泣いた僕は、すぐに行動を起こし、次の日の朝には両親に声をかけた。
「父さん。話がある」
「……わかった。母さんを呼んでくるから待っていなさい」
両親も当然、余命の事は知っているだろう。
いつにも増して真剣な声色をしていた僕に、父さんも何かを決意したように部屋を出た。
少しして、母さんを連れ立って父さんが戻ってくる。どこか緊張したような面持ちで、二人して僕の向かいに座った。
早速話を切り出す。
「メノラトス魔法学園への入学の件、今年に早めて欲しいんだけど」
「……やっぱりそう来るか」
メノラトス魔法学園。それは文字通り、魔法の勉強をし、立派な魔法使いになるべく実践経験を積む学び舎の事だ。
僕がこの学園に入学したい理由は一つ。それは年に一度行われる魔法の大会、《マギ・アゴナス》の出場資格を得るためだ。
この大会は、魔法学園の生徒であり、尚且つ一定の成績を納めたもののみが出場資格を得ることができる。そして、その優勝者は学園長の手によって、文字通り「どんな願いでも叶えてもらえる」という。
実際に莫大な富を貰った者もいれば、決められた者以外は決して入ることの許されない“学園の禁書庫”への入室権限を貰った者もいるという。
つまるところ、僕はこの権利を使用してルポゼの呪いを解いて貰おうとしている。
学園長は“空の大魔道士”とも呼ばれる、歴史上でも類を見ないほどの魔法使いだ。彼に頼めば、あるいは彼の大魔道士としての伝手を頼れば、ルポゼの呪いだって解けるはず。逆に言えば、それが無理ならもう他に道は無いともいえる。
それほどまでに“邪神の呪い”は強く、そして理解不能な程に複雑怪奇だった。
本来であれば、来年受験し、そこから4年制である魔法学園の就学期間を全て費やして《マギ・アゴナス》に優勝するつもりでいた。その為に、これまで勉強に修行に励んできた。
でも、ルポゼの寿命が約1年に縮んでしまったことにより、その道は絶たれた。もはや時間は残されていない。このままだと、ルポゼには来年すら残されていない。
だからこその、今年入学。
入学できるのは15歳から。でも僕はまだ14歳だ。歳を誤魔化してでも、入学する必要がある。
僕の提案に目を逸らし頭を掻きむしる父さん。対して、母さんは僕の目を真っ直ぐに見据えていた。
「……私達も、昨日の件があってから、すぐに入学要項を調べたわ」
「おい、リリー」
「いいから。この子は聡いから、ちゃんと理解できるわ。それでね、本来なら15歳からの入学が一般的だけれど、14歳以前での入学の前例がない訳では無かったの」
それって、つまり。
「入学を許可するってこと?」
「私達もルポゼを助けたい。クオンだけにその重荷を押し付けてしまうことになるのは承知の上で、お願いしたい」
ルポゼを治してあげて、と。母さんが泣きそうな顔で言った。難しい顔をした父さんも、それに続けるように言葉を紡ぐ。
「……父さんも母さんも、一晩中悩んだ。他に方法は無いか。俺たちが“空の大魔道士”や“聖の大魔道士”に直接頭を下げにいって、一生かけて奉仕すれば、それで叶うならそうしたかった」
大魔道士は金や権力では動かない。唯我独尊にして雲上人である彼らは、自身の信念にのみ従うという。
だから大魔道士に助力を得るならば、《マギ・アゴナス》で優勝する以外、他に道は無い。
「クオン、頼まれてくれるか?」
「断る。僕は、僕が行きたいから行く。僕がルポゼを助けたいから助けるんだ。頼まれるとかそういうのじゃない」
「……そうか、そうだよな。ほんとに、お前は聡い奴だよ」
そう呟いた父さんに、頭を撫でられた。久しぶりの感覚に、少しくすぐったさを覚える。
「ルポゼのことは私達に任せて。クオンはまずは入学試験への合格にだけ集中すればいいからね」
母さんが僕をそっと抱き寄せる。暖かい。
「ありがとう。父さん、母さん、僕絶対に優勝するから、ルポゼをよろしくね」
3年前のあの日から、ギクシャクしていた僕達だったけど、今日ばかりは“心を一つにした家族”だったと思う。
◇
魔法学園がある都市、メノラトス行きの馬車は週に1度だけこの村に立ち寄る。
本来ならば、行商の為にこの村に訪れる馬車な訳だが、お金を払えば立ち寄る街まで同乗させてもらえるのだ。
「坊主、乗るかい?」
村の入り口で待っていると、行商のおじさんから声を掛けられる。それに頷いて、馬車に乗り込んだ。
「どこまで?」
「メノラトスまでお願いします」
「メノラトス……ってこたぁ入学希望か」
メノラトスは世界でも有数の魔道育成機関として有名な都市だ。
現存するおおよそ全ての魔法知識はこの都市にあるとされ、魔法使いを志すものなら誰もが1度はメノラトスにある魔法学園への入学を考える。
「はい。今年入学を目指してます」
「平民であそこ受けるのは中々大変だぞ。まぁ頑張んな」
おじさんの言う通り、平民で魔法学園を、それもメノラトス魔法学園を受験しようとするものはほとんど居ない。
そもそも魔法というのは血統によってその強大さが決まる側面があり、平民には魔法の才が無いものが多い。
というのも、あまり沢山の属性の血を入れすぎると、様々な属性が混ざりあった“どれでも無い”属性、つまり“無属性”になってしまう可能性が極端に上がってしまうからだ。
それ故に、貴族は他属性の血を入れる事を嫌う。
その点でいえば、聖属性以外の血をあまり入れないようにしているうちの村はかなり合理的と言えるだろう。
さらに言えば、受験費用もバカにはならない。
入学さえしてしまえば授業料を定期的に払ったりする必要はないが、それでも最初の受験費用さえ払えない平民がほとんどだ。
僕の場合は両親が治療師の仕事をして得たお金をつぎ込んで受験させて貰えている。
以上のことから、魔法学園は貴族が通うもの、というのが一般的であり、一部の豪商の子供などを除いた平民はほとんど入学してこない。
「ありがとうございます。絶対に受かって見せます」
「そうかそうか。受かったらこの馬車にメノラトスの学生を載せたんだって自慢できるなぁ。はっはっは」
そんな感じでおじさんと話をしながら馬車に揺られること数刻。少し休憩にしようとの事で馬車を降りることになった。
正直腰が痛くなってきていたところなので助かった。馬車なんてほとんど乗った事が無いけれど、やっぱり慣れないなぁ。
おじさんにひと声掛けて、気分転換がてらその辺を散策することにする。
辺りは木漏れ日が多く差し込む程度の林になっており、近くには湖があった。ここで馬を休ませるのだろう。
なんとなく、湖の淵をなぞるように歩みを進める。歩きながら、今後の事に付いて思考を巡らせた。
まずは入学。それが出来なければ先は無い。メノラトス魔法学園に入学する為には受験を受ける必要がある。
筆記と実技。どちらも他の魔法学園よりも難易度が高い、らしい。筆記については3年間みっちり勉強してきたから大丈夫だとは思うけど、問題は実技だな。実技の内容は公開されないから、どんなものなのかが分からない。毎年内容が変わるなんて言われてもいる。
そもそも、試験内容は属性毎に変わるそうだから、僕の場合本当に何も分からない。
魔力の多くない僕の“時属性”でどこまで喰らい付けるか。
そんなことを考えながら、湖の中頃、丁度馬車がある場所の反対側まで到達したとき。
──ぞく、と。背筋が凍るような、嫌な予感がした。
一瞬にして臨戦態勢をとり、思考を回転させる。
この場の最適解はなんだ。
僕の取れる最善手は。
そんな僕の思考を、相手は待ってくれない。
まばたき。
開いた目に拳が映り──
今回の1行まとめ:クオン、ルポゼの呪いを解くために魔法都市へと向かう
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