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001.夢の続き

 朝日が嫌いだ。だってあの日を思い出すから。

 だから、僕は起き抜けにカーテンを開けないことにしている。

 きっと窓を開けると、まだ春になりたての肌寒い空気が入り込んでくるのだろう。


 ああ、今日も最悪な夢を見た。この4年間毎日だ。忘れてはならないと強く訴えるように、この夢は僕の傍から離れない。


 動こうとしない身体を無理やりに起き上がらせ、ベッドから抜け出す。部屋を出て、階段を降りて両親の居る1階へと足を運んだ。


「父さん母さん、おはよう」

「ああ、おはよう」

「おはよう。朝ごはん出来てるわよ」


 僕が知る一般的な家庭と比べて、どこかぎこちないそのやりとり。それに気がつかないフリをして、僕の一日が始まる。

 朝食を二人分受け取り、スープを零さないように慎重に階段を上がった。行き先は僕の部屋ではなく、僕の双子の片割れ──ルポゼの部屋だ。


 ノックをする間柄でも無いので、左手の甲で器用にドアノブのレバーを下げ、足でドアを開けた。

 果たして、そこにはいつものようにベッドから起き上がった体勢のルポゼがいた。


「お行儀悪いよ、クオン」

「だって両手が塞がってるもん、仕方ないよ」


 形だけの小言に、軽口で返す。カーテンは閉まったままだ。ルポゼは僕のことを分かっている。

 朝食を、ベッド脇のテーブルへと置く。

 ルポゼの頬に張り付いた長い藍色の髪が目につき、手を伸ばして耳に掛けてあげた。

 ルポゼがくすぐったそうに笑う。


 薄いカーテンから日光が漏れ出る程度のまだ少し薄暗い部屋で、僕たちは毎朝朝食を摂っている。


 僕とルポゼがあのイカれた邪教徒に攫われてもう4年が経った。今でもルポゼは邪神の呪いに侵されたままだ。あの頃よりも大きく、色濃くなった痛々しい黒の斑点が、その4年間の辛さを雄弁に物語っている。


「あんまりジロジロ見ないでよ、恥ずかしいから……」

「うん、ごめん」


 本当に悪いと思ってる? と言いたげに唇を尖らせるルポゼ。もちろん、僕は悪いとは思ってない。


「ルポゼが可愛いのが悪いと思うよ」


 いつものように返す。いつものように、ルポゼは可愛いからだ。


「それってさ、クオンは私と瓜二つなんだから、自画自賛してることにならない?」

「そうだね。ルポゼに似てる僕の顔もなかなか可愛いんじゃないかな」

「むー……まぁそうだけど」


 このやりとりはどうやら僕の勝ちらしい。頬を赤くして俯くルポゼの頭を撫でた。


 ルポゼが瓜二つと言ったことからも分かる通り、僕とルポゼは一卵性の双子だ。同じ日に産まれ、一緒に育ってきた僕達は、誰よりもお互いのことを分かっている。

 それからしばらくの間、スプーンが食器を打つ音だけが静かに響いた。


 食事が終わると、ルポゼの分の食器も一緒に回収し、立ち上がる。


「今日は定期検診があるから」

「うん、分かってる。じゃあ僕はもう行くね。またお昼に」

「うん、またね」


 しばしの別れを告げ、ルポゼの部屋を後にした。


 ◇


 僕の住む村は、聖属性の魔法使いが多く排出されている村だそうだ。


 そもそも、魔法属性っていうのは、一人につきひとつというのが世界の常識だけど、その中でも特に遺伝的に聖属性が発現しやすいのが、僕の村の特徴らしい。


 聖属性が発現していないのは、それこそ僕を含め数人くらいのものだろう。両親が言うには僕は隔世遺伝だそうだけど、うちの家系図をどう遡っても、時属性なんて世にも珍しい属性が発現した人は居なかった。


 もちろん、両親やルポゼとの血の繋がりを疑ったりはしていない。事実、僕とルポゼは瓜二つの容姿をしているし、吸い込まれそうな藍色の髪も、ルポゼとも両親とも同じだ。


 違うのは、瞳の色だけ。両親やルポゼは、聖属性の桃色。僕は、時属性の水色だ。


「それじゃ、行ってくるね」

「ああ、気をつけるんだぞ。森は危ないからな」

「分かってる」


 父さんのいつもの小言を軽く受け流す。


 そんなこんなで目的地までたどり着いた。僕がいつも魔法の練習をしている、村の外れにある森だ。本来大人達が魔法の訓練に利用している広場は此処とは反対方向の山の付近にあるんだけど、その山にはあのイカれた邪教徒の根城があったから、意識的にも無意識にも近づきたくない。

 邪教徒共が今どうなっているのかは分からないけど、深く刻まれたトラウマが呼び起こされそうで、4年前のあの日から一度も近づいていない。


 まずは走り込みからだ。もちろんただ走るだけじゃない。同時に魔法も使用する。


「《アクセル》…………《アクセル・アレグロ》……《アクセル・プレスト》」


 まず普通に加速。その後は徐々にギアを上げていき、僕の時を速くしていく。段階的に上げなければならない理由は無いが、全ての速さに慣れるためにそうする。


「《ディレイ》……《ディレイ・レント》…………《ディレイ・ラルゴ》」


 速さが限界に達したら、次は徐々に遅く。


 このとき気を向けるのは、僕自身ではなく周りの木々や鳥、小動物なんかの動きだ。


 というのも、時属性加速魔法アクセルは別属性の加速魔法……例えば風属性の《ステップ》などとは違い、体感速度を含めた自身の全てを加速する。《ディレイ》も同様に、自身の全てを遅くする。

 つまり、僕自身はただ普通に走っているようでも、傍から見たら物凄く速く見える、という現象が起きてしまうのだ。


 だから、周りの景色と比較して僕が今どのくらいの速度なのかを正確に知ることが重要だという訳だ。


 そうして魔法のウォーミングアップと走り込みによるトレーニングを同時にこなした後、本格的な魔法開発に移る。


「さて、昨日の実験はどこまでいったかな……」


 今、僕は新しい魔法を開発している。


 そもそも、時属性とは文字通り時を操る魔法だ。小さいものなら、さっきの《アクセル》や《ディレイ》といった“時を速くしたり遅くしたりする魔法”が知られている。

 しかし、大きいものになると、“時を止める魔法”であったりだとか、“時を戻す魔法”であったりだとか様々な大それた魔法が陳列することになる。

 もちろん、それらを行使するのには莫大な魔力を要することになる。その為、歴史上でも数少ない時属性の魔法使いは、誰もが莫大な魔力を持ち、その大それた魔法達を駆使して歴史に名を残してきた。


 だけど、僕にはそんなものは無かった。

 人並み程度の魔力はあるが、それでは時を止めたり飛ばしたり戻したりなど出来るわけがない。

 その代わりにルポゼが莫大な魔力を持って生まれた。ルポゼはよく「私とクオン、魔力量が逆だったらよかったのにね」と申し訳なさそうに呟くが、僕は全く気にしていないので悲しそうな顔をするのはやめて欲しいと思っている。


 話を戻すけど、とにかく時属性には様々な大それた魔法が様々存在する。だけどその反面、それ以外の魔法が極端に少ない。

 時属性の魔法使いは、戦略級の魔法を派手に使うばかりで、細々とした魔法をあまり使わないし、開発しないからだ。


 だから僕が自分で作っている。ないんだから作るしかない。


「おっと」


 魔法が暴発して小規模の魔力事故が発生した。今日も実験は上手くいかなかった。この“繰り返す魔法”が完成すれば、戦略は相当広がると思うんだけどなぁ。


 昼食の時間が迫ってきたので、《アクセル》を使いながら早足で帰宅した。昼食を持ってルポゼの待つ2階へ。


「おかえりクオン。どう?魔法開発は順調?」


 その一言に、言いようのない違和感を抱いた。


「ただいま……なにかあった?」

「んーん、なんにも無かったよ。どうしたの?」


 確実に何かを隠している。僕じゃなきゃ気づけなかったかもしれないけど、僕だからそれに気づいた。


「言いたくないなら言わなくていいよ。でもせめて、辛そうな顔は見せてよ」

「……わかっちゃう?」

「当たり前じゃん。何年一緒にいると思ってるんだよ」


 ルポゼはくしゃりと表情を曇らせた後、観念したのかぽつり、と語り出した。


「……あのね、余命あと1年なんだって、私」

「……え?」


 素っ頓狂な声が喉から発せられた。思考が鈍くなり、ルポゼの言葉を何度も何度も反芻するが、理解しきれない。今言っても仕方の無い言葉を絞り出すのがやっとだった。


「え、だってまだ余裕があるって……言ってたんじゃ」

「突然悪化したんだって。邪神の呪いだから何が起きてもおかしくないとは言われてたけどさ、まさかこんなことに、なるなんて、思わなかったや」


 ルポゼの声が、段々としゃくるような声色に変わっていき、ついには目に涙が溜まっていく。


「ルポゼ……」

「クオン、私、死にたくないよ……」


 ルポゼの目から大粒の涙が溢れ、頬を伝ってこぼれ落ち、毛布に染みを作る。


「ルポゼ……」

「私まだ、クオンと一緒にいたいよ……やだよぉ」


 目から光が消え、堰を切ったように泣き出すルポゼのことを、僕は強く抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫だから」


 何が大丈夫なのか自分にもよく分からない。とにかくルポゼに安心して欲しかった。泣き止んで欲しかった。あの時のような顔を、もうして欲しくなかった。


「僕がルポゼを助ける」


 だから、ルポゼに、そして自分自身に言い聞かせるように強く決心する。


「クオン……」

「だから、必ず1年持たせてくれ。その間に僕がルポゼを助けるから」


 ルポゼの両肩を掴み、訴えるようにそう言い放つ。

 ずるいことを言っていると思う。今は余命1年だけど、いきなり1ヶ月になるかもしれない。明日死にますと言われるかもしれない。今回だって突然悪化したんだから、それがまた起こらないなんて保証は無い。


 だけど、それを承知で、僕は1年持たせてくれと言った。ルポゼに、生きることを諦めて欲しくなかった。


「……クオンって、そういうこと言うよね」

「嫌?」

「ううん、絶対に生きるよ。1年なんて言わず3年くらい余裕で生きてみせる。だから、クオンも、絶対私を助けてね」


 約束、と差し出された小指に、自分の小指を絡める。

 いつの間にか、ルポゼの目には光が戻っていた。そんなルポゼを、僕はいつまでも抱きしめ続けた。

今回の1行まとめ:クオンの双子の片割れ、ルポゼの余命が1年に縮んだ


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