012.新しい“時魔法”
「形成魔法って……1年の初めにやるやつじゃない。教えてって何?まさかできないの?」
「そのまさかです。時属性の形成ってイメージできなくて。ご教授頂けますか、先輩?」
ああ、と合点がいったように呟いたフェール先輩が、考え込むように数秒目を瞑る。
「……水属性と時属性は魔力の色が似てることから、同じ様な性質を持ってるとされている。水は流れるものであるのと同様に、時も流れるものである、と」
淡々と教科書でも読むようにアドバイスをするフェール先輩。
「行き詰まったのなら、水属性の人に話を聞くといい」
なるほど。つまるところ、フェール先輩にも分からないってことか。
「……ありがとうございます」
「形成魔法もできない人がこの学園に居るとは思わなかった。この学園に泥を塗るようなことはしないでちょうだい」
お礼言ったの撤回してもいいかなぁ。相変わらず口が悪くて嫌になる。
「そんなことより、ここが資料室。あらゆる魔法の詳細やその魔法陣が保管されている」
移動しながら話をしていた訳だが、どうやらいつの間にか目的地に到着していたらしい。フェール先輩が手で示した先には、こじんまりとした蔵のような建物が建っていた。
とくにこれといった特徴も無く、これが資料室だと聞かされていなければただの倉庫だと見向きもしなかっただろう。
なんというか……思ってたより小さいな。もっといっぱい保管してあるものだと思ってた。
なんて思っていると、フェール先輩が口を挟む。
「リーベルト先生が学園長に頼んで空間を拡張してもらっている。入るよ」
懐から取り出した鍵を使って扉を開け、さっさと中に入ってしまうフェール先輩。そういうのって扉を開けるまで内緒にしておいた方がサプライズ感があって良くないか。まぁいいや。
僕も続いて中に入っていった。
フェール先輩の言う通り、中はかなり広々とした空間が広がっていた。この間訪れた図書室にも負けない程に様々な書物や文献が保管されているのが分かる。
しかも、図書室のものとは違い、それら全てが魔法に関する資料だ。とくに、壁に飾られるようにズラっと並ぶ魔法陣は圧巻と言う他ない。
感動している僕を他所に、スタスタと歩くフェール先輩。少しは浸らせてくれないかな。はぐれても困るので仕方なく着いていった。
「魔法陣の基礎がこれ。読みなさい」
1番手前にあった本を1冊手に取り、こちらに寄越してくる。受け取った本をぱらぱらと捲ると、なるほど魔法陣の基礎的な本だった。著者はリーベルト先生となっている。
「読んだ? 全部覚えたわよね。じゃあ次これ。各属性の主な魔法陣」
一度最後まで捲ったのを読み終わったと解釈したのか、フェール先輩が次の本を差し出す。
めちゃくちゃだ。まだざっと読んだだけだし、一度で覚えられるわけないだろ。
「そう? 私は一度読んだら忘れないけど」
……相変わらず煽るなぁ。
それに乗る僕も僕だよ。ほんと。
「……《アクセル》、《リコール・ビフォア》」
魔法を唱え、魔法陣基礎の本をぱらぱらと素早く捲る。1字1句見逃さないように全てのページに目を通していく。
《リコール》は“時を思い返す魔法”……時属性の初歩的な魔法で、《リコール・ビフォア》は園アレンジだ。
自分の見聞きした任意の事象を一定期間記録し、いつでも思い返すことができるという効果を持つ。
最後のページまで読み進めたところでパタンと本を閉じた。次に各属性の魔法陣もだ。
「ふぅ……覚えました」
「魔法陣の特徴、長所、短所は?」
「魔法陣の1番の特徴は、使用者の属性がなんであっても全属性の魔法を使用出来ること。長所は事前に陣を用意しておけばあとは魔力を流すだけで使用可能な即効性。転じて短所は陣のストックを用意しておかなければならないこと、作成に特殊な魔法紙が必要なこと、更にはその属性保持者の魔法よりも効果が劣ることなどがあげられます」
その後もいくつも質問をされ、それらに答えていく。本の内容に記載されていたこと全てについて、淀みなく答えていく。
「出来るなら最初からやればいいのに」
最後にそれだけ言ってフェール先輩はまたすたすたと歩いていった。
キャパがあるんだよ。それに覚えてられるのは3日までだし。それまでに魔法無しで覚えられ無ければそのまま忘れる。身にもならない。
所詮は簡単なメモ代わりにしか利用方法がない魔法だ。
なんてフェール先輩に言っても仕方ないので僕もその後をついて行った。
「貴方はどの時魔法が使えるの」
ごそごそと本棚を探るフェール先輩に、唐突にそんなことを言われる。なんだかリーベルト先生に似てるな。せっかちなのか無駄が嫌いなのか。多分後者だ。
ともあれ、僕が今使える時魔法は《アクセル》《ディレイ》《リコール》《クロック》の4種類。
そして僕が生み出したオリジナルの《アラート》《カプリチオ》《フェルマータ》《リピート》の4種類。
最後に一応使えるがよく分からない基礎魔法の合計9種類だ。基本属性の魔法使いが扱う魔法の平均数が20〜30種類程度であることからもその少なさが分かるだろう。
とりあえずオリジナルは申告せずに文献から読みといた5種類のみを伝える。
「基礎、加速、減速、想起、測算。魔力が少ないって噂は本当だったのね」
ラインナップの中に大量の魔力が必要な……《ストップ》や《リバース》、《スキップ》などが入ってなかったことから魔力が少ないことを見破られる。
というか噂になってるのか。一体どこからだよ。
「そうね、貴方でも使えそうな時属性なら……この辺りね」
取り出した魔法書の記述から2箇所を指し示すフェール先輩。そこには2種類の魔法が記載されていた。
その名も《パスト》。
そして《ラグ》だ。
「“時を見返す魔法”と“時をずらす魔法”らしい。詳しくは知らないけれど、あなたなら分かるんじゃないの?」
差し出される書物を受け取って読み込んでいく。
《パスト》は《リコール》に近いが対象が異なる魔法の様だ。
《リコール》が自分の見聞きしたものを記録し、思い返す魔法に対して、《パスト》は他人……いや、それだけに留まらず、物や空間にまで作用し、魔法を使用する以前の過去の光景を見ることができる……つまり過去視の魔法の様だ。
使い方によっては有用だけど……戦闘に使えるかと言ったら微妙かな。要検討だ。
そして《ラグ》はというと……。
「《ラグ》」
そう唱えると、魔力で包んだ部分が“ぶれた”。腕を魔力で包んでから振ると、自分の感覚とは1拍遅れて腕が映し出される。どうやら写る像のみが遅れて出力されている。これが“ずれる”ってことか。
「なるほど……」
これも中々……使いどころが難しそうな。でも、使い方によって化けるのは間違いないだろう。色々と考えてみよう。
「終わった? あとは一人でやって欲しいんだけど。こっちも暇じゃないから」
「はい。ありがとうございました」
癇に障る言い方ではあるが魔法陣や時属性について教えてくれたことは間違いない。その部分には感謝しようと思う。
「時止めが使えない貴方に脅威は感じないから。せいぜいもっと研鑽しなさい」
なんでこういちいち一言多いんだろ。友達いなさそう。
ここの本は持ち出し厳禁であることから、先程の時属性の本も《リコール・ビフォア》で記録し、僕とフェール先輩は1度部室へと戻ることに。
その道中。
「おや、フェール後輩に……キミはクオン後輩だね」
幼い風貌に腰まで伸ばした長い白髪。そして血色の瞳。
「スオル・メノラトス……」
「もーフェール後輩ったら、せんぱい、って読んでよ」
ぷりぷりと怒ったように腰に手を当てる少女。
スオル・メノラトスが、入学式で生徒代表挨拶をしていたそのままの姿でそこにいた。
「どしたのこんなところで……え、逢い引き?」
「ありえない」
「だよねー。んでもここに入室出来てるってことは……クオン後輩ってば、リーベルト先生の試験に合格したってこと!?」
口に手を当てたスオル先輩にすごーいと褒めちぎられ、頭を撫でられる。スオル先輩の方が背が低いから若干背伸びだ。
「えと、こういうとこって静かにしなきゃいけないものじゃないんですかね」
「いいでしょ誰もいないんだからさ。細かいこと気にしちゃダメだよー」
真面目だねー、と、僕の照れ隠しの苦言は軽く流される。なんというか、リアクションが大きいな。こじんまりとした背たけなのに存在感がある。
「貴方こそここで何をしているの。ここは魔法陣学部の関係者以外立ち入りを許可されていないはず」
「んー、忘れちゃったのかなフェール後輩。スオルが去年何を願ったのか」
「……あぁ」
合点が言ったのか、口を強く結ぶフェール先輩。つまりあれか。スオル先輩は去年の《マギ・アゴナス》で優勝した際に、ここの入室権限を願ったと。
「ここだけじゃないよ。学園の全ての施設へ入室できる権限を貰ったの。ここはもちろん、図書室の禁書庫や生徒立ち入り禁止の学長室なんかも」
なるほど。禁書庫に入れるように願ったというのはスオル先輩の事だったか。
指折り数えるスオル先輩を気に入らないと睨みつけるフェール先輩。
「次の大会は私が勝つ。貴方の不敗神話は、ここで終わらせるから」
「ふーん、いいじゃんいいじゃん。去年はスオルに負けちゃったもんね。今年はどうかな?」
ニヤリと目を細めるスオル先輩に、対抗するように眼光を鋭く睨みつけるフェール先輩。2人はバチバチとした因縁の雰囲気を僕に見せつける。
なんだか置いてけぼりだなぁ。でもそうじゃない。
僕だって、優勝しなきゃいけない理由がある。
「──僕が勝ちます」
「おっと?」
「……は?」
2人が呆気にとられ、同時にこちらを向く。
「次の大会、僕も出場します。そして優勝します」
「は? 無理でしょ」
「いやクオン後輩、いい啖呵を切るじゃん」
スオル先輩が不敵に笑う。
「ここに居るのは3年最強、2年最強と銘打って遜色ない2人だぜ? そんな2人をキミは越えようっていうのかな?」
「はい。今年は絶対に僕が貰います」
だって、そうしないとルポゼを救えないから。3年最強、2年最強が相手なら、僕は学年最強になるだけだ。
気持ちで負けないように、僕も2人を睨みつける。
絶対に、僕が勝つ。強い意志を乗せて。
そんな僕をスオル先輩は機嫌良さそうに、フェール先輩は機嫌悪そうに見るのを尻目に、僕は足早にその場を立ち去った。
……結局スオル先輩は何をしに来てたんだろうか。
今回の1行まとめ:新しい時魔法を覚えた。先輩2人に啖呵を切った。
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