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時欠けの魔法使い  作者: 七草春菊


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011.魔法陣学部

「入部希望です」


 部室に入って開口一番。リーベルト先生にそう告げた。


 部活については追って説明する、とテイラー先生から言われている。

 が、そんなもの待ってられないのでこちらから動く。いいかどうかはリーベルト先生が決めるだろう。


「そうか」


 相変わらずリーベルト先生は話が早い。傍らにあった魔法紙を1枚手に取り、サラサラっと何かを書く。


「同じものを100枚書け。そうすれば考えてやる」


 そう言って渡されたのは魔法陣だった。恐ろしく精巧な魔法陣……聞けば、風属性の初歩的な魔法が込められたものであるらしい。


「100枚……期限は?」

「なんだ、期限が欲しいのか。では来週末までだ」


 しまった。要らないこと言わなきゃ良かった。

 来週末までに100枚。同じものをということは、当然魔法が発動される程度には精巧である必要があるだろう。


 ……できるできないじゃない。やろう。


「魔法紙は頂けるんですか?」

「そこにある。好きに取れ」


 リーベルト先生の指さした先には大量の魔法紙が束になって置かれていた。

 とっても高価だって聞いてるんだけど……また要らないこと聞いて100枚までとか言われても困るし黙って貰っていこ。


 とりあえず恐らく100枚単位でまとめられてるであろう束を2つほど掴んで部室を後にする。部室の扉を押すと同時に外側から引かれた様な感覚がする。


「あっ」

「……あなたは」


 扉の先に居たのは、《マギ・アゴナス》予選会場へ下見に行った時に出会ったあのいけ好かない先輩──フェール・ウルミタマだった。あのあと軽く調べたら、彼女はやはり2年筆頭の首席候補であるらしい。つまり蹴落とすべきライバルだ。


「ふうん。私に会いに来たの?」

「いえ別に。リーベルト先生に会いに来ただけですが」


 即答だ。

 確かにリーベルト先生に直接師事してもらっているとは言ってたけど、だれが会いに行くかよ。まだ顎痛いんだからな。


「あっそう……なにそれ、もしかして魔法陣学部に入部しようとしてるの?」

「そうですが、いけませんか?」


 僕が抱える魔法紙の束とリーベルト先生のお手本の魔法紙に目をつけたフェール先輩が機嫌悪そうにそう言う。


「いけない。どうせ入部試験を突破するのは無理だから、魔法紙の無駄」


カチンと来た。何でそんな言い方するんだよ。やっぱりこの先輩とは仲良くなれそうにない。


「やってみないと分からないでしょう。現に先輩は合格したんでしょう、だからここに居る」

「私が出来たからあなたにもできる?笑わせないでちょうだい」


 少しも笑っていない表情を見せるフェール先輩。


「とにかく、あなたには無理だから諦めなさい」

「お断りします。リーベルト先生から既に試験を出されてますので、先輩にどうこう言われる筋合いはありません」

「そう。まぁいいわ。身の程を知るのも時には必要だし」


 軽くあしらわれ、話は終わりだとばかりにこちらに、というか部室の方へと歩いてくる。


「ちなみに、私は5日で100枚書いた」

「はぁ」


 すれ違いざまにボソッと呟かれる。


 ……ムカつくんだよなぁ。無表情なのに小馬鹿にしてるのが伝わってきてさぁ。見返したいなぁ。どうにかして驚く顔が見たいなぁ。


 振り返って、扉を開けようとするフェール先輩に聞こえるように声をあげる。


「……3日」

「ん?」

「3日で書いてきますよ。楽しみにしててください」


 三本指を立てた僕に対して、呆れたような表情を見せるフェール先輩。


「はぁ……まぁ頑張れば?」

「応援ありがとうございます。ではこれで」


 応援じゃないんだけど、と零すフェール先輩をスルーして、すたすたとその場を去った。


 ……らしくもなく啖呵を切ってしまった。まぁ別に3日でできなくても来週末までにできればいいんだけど……せっかくだから見返したいよなぁ。


 そんなこと思い、ふつふつと気持ちを昂らせながら帰路につく。


「……あっ」


 時属性の形成魔法について聞こうと思ってたのに忘れた。くそう、それもこれも全部フェール先輩のせいだ。あのやろう絶対見返してやる。


 ◇


 三日後。目の下に大きな隈を作った僕は、再度魔法陣学部の戸を叩いた。3回のノックの後、扉がひとりでに開く。きっとリーベルト先生の風魔法だろう。どうでもいいところに高度な技術を使ってるなぁ。


「すみません、宜しいでしょうか」

「なんだ? 忙しいと言ったはずだ」

「試験、終わらせました。お納めください」


 隅の方で魔法陣関連の本を読んでいたフェールの「はぁ!?」という声が響く。してやったりだ。無言のドヤ顔で答える。なぜか唇を噛みながらこちらを睨んできた。そこまでくやしいか?


「……見せてみろ」


 リーベルト先生がこちらを見ずに風魔法で作ったであろう手を差し出す。紙束を渡すとそれを引ったくり、10枚程をまとめてライトの下で透かし始めた。

 ライトから放出される魔力を含んだ光が僕の魔法陣へと当たると、魔法陣が淡く光り始める。すると机上に旋風(つむじかぜ)が複数発生。同時にリーベルト先生が指を一つ鳴らすと、旋風は瞬時に解けて消えた。


「ふむ、まぁ少し線は荒いが合格だな」


 入学試験の時と同じように、なんともあっさりとした合格発表を貰う。ほっと胸を撫で下ろした。


「良かった。“ずる”って言われないかと」

「自身の属性を有用に使うことを“ずる”と言うなら、そいつは魔法使いを辞めるべきだ」


 にしても早かったな、と先生が続ける。リーベルト先生に褒められるのはこれで2回目になるな。正直めちゃくちゃ嬉しい。


「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」

「ああ。ここの資料は好きに使え。分からないことはフェールに聞け。フェールが分からないなら俺に聞け」


 リーベルト先生の短い説明を頭に入れる。フェール先輩に聞け、かぁ。

 ……やだなぁ。


 ちら、とフェール先輩を見ると。不服そうにこちらへとやってきているところだった。


「どうやったの?」

「教える必要が?」

「……ここに魔法陣の研究をしに来たんじゃないの? 情報の共有はするべき」


 ……まぁ、一理ある。向こうの札(メタルスタンプ)も1枚知っている訳だし、こちらも開示するか。あと自慢したいし。自慢したいし。


「分かりました。そこまで言うなら」


 コホン、とひとつ咳をし、説明を開始する。


 実を言えば、3日間で100枚書く手立ては整っていた。


「《リピート・トレース》」


 フェール先輩の魔法紙と筆記用具を借り、魔法を唱えると、手が僕の意志とは関係無しにひとりでに動きだす。

 それから数分程掛けて入部課題の魔法陣と全く同じものが作り出された。


 グリとの試合でも使ったとおり、《リピート・トレース》は《リピート》のアレンジで、“動きを繰り返す”魔法だ。ある一点から一点までを保存し、それを再現することが出来る魔法。

 グリとの試合ではグリの動きを繰り返させるために使ったが、当然自分の動きを繰り返すことも出来る。


 つまり、完璧な魔法陣を1枚書き上げることが出来さえすれば、あとは《リピート・トレース》で魔法陣を書いた時の動きを繰り返すだけで、あっという間に100枚書き上がるという訳だ。

 《アクセル》も併用すればその繰り返しも早まり、一気に量産することが出来た。


 それを利用し、2日を精巧な魔法陣の作成に終始して、残りの1日でそれを一気に量産した。


 後は僕の魔力と根気がどれだけ持つかだった。もちろん授業などもあるわけで、それには出席しなければならない。必然、活動は放課後から夜にかけてに絞られる。


 魔力については寝ればある程度回復するので、昨日は少し寝て作って少し寝て作ってをひたすらに繰り返した。根気はまぁ、やれば出来る。


 この3日間夜遅くまで……というか徹夜で起きてることについてルームメイトのシラビからお説教されたりしたが、必要なことだと言ってどうにか通した。


 だって3日で終わらせないとフェール先輩をあっと言わせられないんだから、必要だろう。


「こんな感じです。やれば出来るってわかってるんだから、やらない理由は無いでしょう」

「頭おかしい」


 うるさいな。時間が無いんだよ。

 出来る手を全部打とうとしたら、いくら準備しても足りない。事実マギ・アゴナスの開催まで残り4ヶ月を切っており、僕達1年はまだ基礎を習っている最中だ。

 僕はその基礎も怪しい。ってか基礎“が”怪しい。それはこないだの授業で身に染みた。


「それに、貴方だってやったんでしょう?」


 決闘で見せたスタンプ。あれを使わずに五日で100枚は不可能だろう。ある意味あれがヒントになったとも言える。

 あの精密な魔法陣を『魔法』という枠組みで再現するのは、並の技術と集中力、イメージ力無しでは無理だろう。というか僕なんかより遥かに凄いことをしていると思う。


「あれは……私の家の秘技だから。魔法陣の勉強も幼い頃からしていた。貴方みたいに3日で1から仕上げるなんて馬鹿げたこと、やる気にもならない」

「急造ですけどね。基礎もなにも無いのであの風魔法しか書けませんし、魔法を使わなければ再現も難しいでしょう」


 まぁ、反復練習(・・・・)なら文字通り身体に染み込むほどにやったから、多分時間をかければ同じようなものは魔法使わずとも出来るんだろうけど。


「それでも、貴方の技術力はあの風の大魔道士に認められるほどだった」

「……もしかして褒めてます? ありがとうございますって言っときましょうか?」

「褒めてはない。ただ意味もなく謙遜してるのがムカついたから……とにかく、まだ風の初級魔法しか扱え無いんだから、貴方の場合は幅を増やした方がいい」


 それはそうだ。とにかく書けるものを増やせば、後は《リピート》による反復練習で無理やり身体で覚えればいい。すぐにでも覚えられそうな有用な魔法陣を早急に覚えてバリエーションを増やそう。


 ……が、その前にやらなければならないことがある。本当はリーベルト先生に聞きたかったんだけど、先にフェール先輩に聞けって言われたからそうするしかない。


「魔法陣もいいんですけど、その前にひとつ」

「何?別に私も暇な訳じゃないんだけど」


 出鼻をくじかれたフェール先輩が不満げにこちらを睨む。言いづらいなぁ。

 ……よし。


「形成魔法の作り方教えてくれません?」

「……はぁ?」


 今日一の呆れ顔だった。これも1種のしてやったりなのかもしれない。

今回の1行まとめ:クオンが魔法陣学部に入部した


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